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第一歩

今回は短いです。

申し訳ありません。

 智将メラスの居城。

 現在も古今東西の戦術書を読み耽っているメラスのもとに、筋骨隆々たる文官が訪れた。


 毎度のことながら、メラスは我関せずという顔をしており、文官は険しい顔をしていた。


「先の戦争の顛末は聞いたか?」

「ああ、残念な結果だったな」

「……本当にな! 残念としか言いようがないな!」


 主力部隊を率いる若きエリートオーガが自己判断で暴走した結果、いいところまで行っていた戦争はイシディス軍の敗北で終わっていた。

 トップエリートオーガが身を捨てて得た勝機は、はかなくも消えてしまったのである。

 文官は大いに怒っているが、メラスはあまり怒っていなかった。


「仕方ないだろう。エリートオーガとはそういう生き物だ。それにお前だって、ガイカク・ヒクメを自ら捕縛できるかもしれないと思ったら、逸ってしまうんじゃないか?」

「うぐ……」


 文官である大男が戦場に立つことはないだろうし、ガイカク・ヒクメを生け捕りにできる環境に居合わせる可能性など皆無に等しい。

 それでもそのシチュエーションになってしまえば、暴走しないとは言えない。

 文官の立場でも、彼の価値の高さはよく知っている。だからこそ、違うと即答できなかった。


「ご本人も認めているが、アレはイシディス殿が部下を管理しきれなかっただけだ。残念だと言うしかないよ」

「……それで、次の策はあるか? 前回の策は、二度も成功しないだろう」

「武官の立場からすれば、そうとは言い切れない。しかしやはり難易度が上がったことは事実だろうな」

「だから、次の策は!?」

「広域戦を仕掛けるのが定番だ」


 焦れる文官に、メラスは白けた顔で返事をする。


「奇術騎士団は、人数も予算も設備も騎士団一つ分程度だ。これは今後も増えないだろう。だからこそ、どうしても戦闘継続能力は普通になる。彼の所属する国を、四方の国が協力して袋叩きにしていけば、その内奇術騎士団も崩壊するさ」

「……先々のことを考えれば、アリだな」


 メラスの提案は政治的な決断による大味な戦略だった。

 だからこそ文官はそれを簡単に受け入れる。


「私としては、その勝ち方は下の下だ。とはいえ私が提案しなくても、他の誰かが提案するだろう。だから君に伝えたが……実現しそうかね?」


 どんなエリートでも倒せる必勝法。

 まったく面白味のかけらもない、美しさを捨てた正攻法。

 智将メラスは文官が『それは無理だな』と断ってくれることを願いながら待っている。


「当分は無理だな。そう、向こう十年はムリだ」


 文官の耳にも『ガイカク・ヒクメにお手本になってもらおう計画』は入っている。

 この一大プロジェクトこそ、複数の国家の大戦略によるものであった。


 なにせ今回の臨床試験希望者たちは、エルフの森もそうだが諸国からも集まっている。

 したがって、ある種の紳士協定により『一定期間は騎士団への要請が必要な戦争は止めよう』となっていた。


 もちろん、破る奴もいるだろう。

 国内の小さな事件解決に駆り出される可能性もあり得る。


 しかし重要で確実なことは『現在のガイカクが死にかねない作戦』を一致団結(・・・・)して実行することはあり得ないということだ。


「お前も知っての通り、ヒクメ卿は凄腕の医者でもあるらしい。現在あの国では、彼に技術指導をさせているそうだ。つまり……今までと違って、騎士団外の者でも彼に治療してもらえるようになっている。その状況で彼が死ぬかもしれない作戦で、諸国が手を組むことはあり得ない」

「待ってくれ。彼が技術指導をしているのなら、他の医者に治してもらえるようになるんじゃないか?」

「……今こうして戦術書を読み直しているお前ならわかるだろう。一回習ったぐらいで一人前になれるわけがない。それに患者としても、世界最高の医者に施術してほしいと思うのは普通じゃないか」

「そういうもろもろを含めて、臨床試験が終わるまで十年ということか」


 ならばその十年以内に、自分に機会が巡ってくることを願おう。

 メラスは再び本を読み直すことにしていた。


「……これはここだけの話なんだが。お前は彼ともう一度戦えるのなら、どういう作戦にする?」

「基本方針だけは決めている、と言っておこう」


 この男なら、もう一度機会があればガイカクに勝てるかもしれない。

 少なくとも彼自身はそのつもりで策を練っている。

 文官はそれを頼もしく思えばいいのか、それとも恐れるべきなのか……。

 文官としても個人としても判断に迷っていた。



 憲兵隊の本部。

 騎士団総本部にも劣らぬ威厳のある建物の中枢、憲兵隊長室にて。

 憲兵隊の隊長は、少しやつれた顔であったが、それでも笑顔であった。

 それに対して、正面に立つ副長はやや不満そうである。


「ふふふ……ようやく肩の荷が下りたよ」

「まるで定年退職でもなさったかのような発言ですね」

「心持としてはそのようなものだよ。とにかく今回の件で、我らは完全に役目を終えた。何があっても我らの責任ではない!」


 今回の計画で重要だったのは、誰が出入りを管理するかということだ。


 出入りを管理する者がまじめに職務をこなしている限り、隔離施設内の誰が甘い誘惑に負けても問題ではない。

 だがそれこそ『誰が見張りを見張るのか』という全人類が抱え続ける問題にぶつかる。


 憲兵にやらせようという話も上がってはいた。

 これに対して憲兵隊長は全力で拒否をした。

 それはもう、清廉潔白なる弁護士が、加害者に仕立て上げられた無辜の民を救わんとするほどの熱量で無理ですと断った。


 憲兵隊の隊員たちは「そこで本気出すなよ」と呆れていたが、断るのは正しいと考えていた。

 警備の重要性は理解しているが、さすがに憲兵の仕事ではないと誰もが考えていたのだ。


 専門部署を立ち上げる話になったが、それが正解であろう。


「結局、今回の計画に関わる法案に賛成した政治家の親族が警備に就くことになったな……普通なら利権を独占したと思われるところだが、実際には、まあ、自分の尻をぬぐっているようなものか」

「仕方ないでしょう。一歩間違えれば危険薬物の製造工場を国営したということになる。可能な限り信頼性の高い者、責任をとるべき者に任せるのは必然かと」


 現在隔離病棟の護衛をしている者たちは、奇術騎士団の団員の顔と名前を全員覚えている。

 他はどうでもいいが、奇術騎士団だけは特別に顔パスなので、そこだけはきっちりと把握するようになっている。


(正式に法律が変更された以上、隔離施設の建造に異論はないが……奇術騎士団は非合法のままか。まったく、我ながらこんな欺瞞を抱えることになるとはな)


 るるる、と踊りながら喜びと解放を表現する隊長を冷ややかに見つめる副長。

 管轄外のことだから気にしないというのは、正しいのかもしれないが尊敬できないし信頼もできない。


「しかし……今更だが、先日の調査が『こんな形』で役に立つとは思わなかったな」

「それは同意見です」


 今回の隔離病棟を設計するにあたって、憲兵隊は参考資料を提出した。

 憲兵隊は先の調査の際に、奇術騎士団の医療施設やリハビリのデータを記録していた。

 検査上、奇術騎士団の体内状態から『違法薬物の濫用』は否定されたが、それでも治療の際に適切な運用にとどまっているか確認する必要があったため、とにかくデータを取りまくった結果である。


 このデータを活かし……というか基本的な施設に関しては丸写しで隔離病棟は設計されている。


 奇術騎士団の本部は一応国家の施設なのだが、それを設計したガイカクに無断であるため、なにがしかの法に触れていると思われる。


 しかし考えようによっては、変に試行錯誤したりガイカクに設計を依頼するよりは安く、且つ早く仕上がったのだろう。

 ガイカクが気にしていなければそれでいいはずだ。


「ところで……今回の件、エルフたちは特に力を入れていたな。聞くところによれば、『連邦』とやらも陰ながら動いているとか」


 隊長は水の入ったコップを副長に渡しつつ、自分ではちょっと()のついた水を飲んだ。


「彼らの努力は実を結ぶと思うかね?」

「難しいでしょうね」


 副長はその味に今更文句を言わなかった。

 ただ水を飲むだけである。


「ヒクメ卿もおっしゃっていたそうですが、医療は倫理と常につながっている。切っても切り離せるものではない。よって、エルフの医療改革が迅速に進むことはないかと」



 隔離病棟内、大手術室。

 前述したように、隔離病棟は基本的に奇術騎士団の医療施設を丸写ししているが、この大手術室は違う。

 天井が三階まで吹き抜けしている上に、四方には手術の手順を観察できるように大きなガラスの窓が取り付けられている。

 さながら動物園か水族館か。

 ガイカクの手術の手並みを斜め上から観察するための、特別な手術室であった。


 当然ながら、四方からその施術を見守る者たちは真剣そのもの。

 それぞれが国営病院の凄腕たちであり、中には引退間近の大先生までいる。

 外科手術の指導を担う医学部の先生も、熱心な生徒のようにメモを取っていた。


 そのような人間たちと同様に、エルフの志士たちもその部屋にいたのだが……。

 ほとんどの者が、すでにバケツを抱きしめて嘔吐していた。


「うぷ……」


 胃液まで吐き出しているエルフたち、というある意味で新境地の図。

 しかし歴戦の医者たちはそれを笑わない。

 外科手術に対して理解があっても、実際に見て生理的な反応をするのは普通だ。


 むしろ、治すべき相手の体を切って、内部に直接手を加えるという行動に嫌悪感を覚えるのは普通であろう。

 これで確実に治るのならまだいいが、失敗したら死ぬこともある。

 見ていて気分がいいはずもない。


「無理はしない方がいい……このままでは慣れるどころか、逆にトラウマになりかねないよ」


 多くのエルフたちにとって、外科手術は未知の領域である。

 その上倫理観が高い種族でもあるため、無事なエルフなど一人もいない。

 その点もわかっているため、人間の医者たちはそれを慮っていた。


 それでもエルフの志士たちは立ち上がろうとしている。


「私たちは……エルフという種族の未来を背負っているのです。ここで退けば、不治の病を抱える同胞に顔向けができません!」

「それはそうかもしれないが、エルフの医療をエルフが行う必要はないだろう? オーガを含めた他の種族も、人間の医者に任せるつもりのようだし……」


 この世界において、種族差というのは非常に大きいと認識されている。

 自分たちにできないことは他の種族に任せればいい、というある種の分業制が標準となっている。


「それでは! エルフの喉元を貴方たちに掴まれたままではありませんか!」

「……」

「申し訳ない、強い言葉を使いました」

「いや、危機感はわかる。人間の価値観からしても普通のことだ」


 エルフは評議会があることからも明らかなように、国家や国家の連合という意識がある。

 国家の連合の外側に医療関係を握られたくない、という気持ちが確かにある。

 もっと言うと、他の種族、同族の異性に肌を見せたくないという文化もある。


 彼らの高い倫理は、そういう方向にも伸びているのだ。


 バカにしてはいけない。そういう種族だと自覚しているからこそ、自分たちで何とかしようと努力しているのだ。


「それとも……エルフに外科手術はできないとおっしゃるのですか? 前例があるのですから、それは非論理的です!」

「……それは、まあ、そうだが」


 現在大手術室内部では、ガイカクがエルフへの外科手術を行っている。

 それこそ熟練の料理人のような手並みで、するすると施術を行っていた。

 その補佐を務めているのは砲兵隊である。もちろん全員がうら若きエルフの乙女だ。


 全員、何とも思ってない顔で手術に参加している。

 彼女らは全員が外科手術に適応していたのだ。

 エルフに外科手術ができないというのは、彼女らが否定している。


「……こう言っては何だが、彼女らは同胞に対して思い入れがないからな」


 エルフの外科医療の希望である彼女らは、エルフ社会に絶望している。

 思い入れがないどころかマイナスである。

 彼女らの倫理に、同胞への気遣いは含まれていないと思われる。


「思い入れがないというだけで、彼女らが手術に参加しているというわけがない! 彼女らは彼女らで、膨大な場数を踏むことで慣れたはずです!」

「……そうだな」

「私たちも数を重ねるしかない!」

「うむ……しかしな」


 エルフの志士の咆哮に同意しないでもないのだが、彼以外のエルフたちを見ると気絶していたり動きに支障をきたしているものまでいる。


(やはり今回はこれまでにして、次に備える方がいいと思うが……次があるという保証もないからなあ)


「ぐぐぐ……」


 エルフの志士たちは立ち上がる。

 体液で顔がぐしゃぐしゃになっているが、立つしかないのだ。


(やっぱり別の種族に任せた方がいいような気がする……)



 某所。


 明るいエルフの森とは対照的に、とても暗い、暗すぎる森。


 その最奥にある洞窟の、さらに最奥部。


 ある、と噂されている、ダークエルフの森の、その評議会。

 連邦と呼ばれる、ダークエルフの統一政府。


 ロウソクほどの明かりもない、無明の洞窟内で会議が行われていた。


「ご報告します。アルテミス卿の尽力により、例の計画は順調に進んでいるようです。しかしやはり、エルフの医者で外科医療に耐えられるものは少ない様子です」


「そうか、ご苦労」


 深奥の地で、己の手足すら見えない闇の中。

 わずかな呼吸音だけが、その場に多くのダークエルフがいることを示しているが……。

 話す内容はエルフの評議会と変わらない。

 

「……やはり我らも噛むべきだったのではないか?」

「今更だ。いろいろな意味でな。我ら連邦が存在していることを秘匿していれば、こういう弊害も生まれる。それを受け入れてきたからこそ、連邦は存続している」

「違いない。今更嘆いても始まるものではないな」

「一旦技術の拡散が始まれば、我らの眼鼻が及ぶところにも届くだろう。それまでは耐え忍ぶほかない」

「そうは言うが、エルフの評議会が、エルフへの外科手術を人間に任せると思うか? 自分たちで無理やり何とかしようとして、結果破綻することが想像できるぞ」

「信じるしかない。奴らも我らの同種……やり通すだろう」


 ダークエルフたちは思っていた。

 自分たちなら同胞や同種が相手でも合理的に割り切れるのになあ、と。

 表立って動いていなかった自分たちが今更表に出ても信頼されないだろうなあ、とも。

 世の中いいところどりはできないものである。


「……それから別件なのだが、興味深い情報が入った。珍種とされるツリーエルフの個体が、この国の近辺をうろついていたらしい」

「なんだと? 実在したというのか」

「ヒトを探しているらしい。それこそ例の冒険記の作者……正しくはその後継者をな」

「すまない。例の冒険記は知っているが、作者名までは覚えていないぞ」

「『世界一周紀行』……作者は確か、異国の文字をそのまま書いていて、読める者がいないのだったな」


 動ける理由もなく、ただ待つしかない。

 忍耐に慣れたダークエルフの連邦首脳陣は、珍しいニュースに興味を移していった。

本日、コミカライズが更新されます。


よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
あけましておめでとうございます。本年も楽しみにさせていただきます。 種族特性や種族社会においてやはり手術というナマモノを扱える、受け入れられるってのはやはりあるんか…。こういう積み重ねはどうしても平等…
この作品の種族特性ほんま面白いな 他の作品だとあってないようなものだけどこの作品はちゃんと面白さにつながってる
エルフの志士たちのド根性はいいねぇ。熱血だねぇ。 確かに人間の医者たちの言うように、多種族に任せたほうが目先の効率は遥かに良い。だが、志士たちはもっと先を見ているのだ。彼らの気絶と顔の体液も決して無駄…
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