声が響く場所 1
「今日から入ります。よろしくお願いしまーす」
スズの初出勤、あの独特の高い声が厨房に響き渡る。ぎょっとする店員もいる中、バックヤードの手前に立っていた翠が、「すてきな声よね」とほほ笑んだ。
ホールスタッフのほとんどが、学生やフリーターだ。翠に見守られる形で、まずはアルバイトたちと一緒にホールの仕事を覚えていく。
やはり年齢が年齢ということもあり、覚えが悪い部分も多かった。
「あ、あれ? すみません、藤崎さん! これどうやるんでしたっけ!」
慣れないレジ操作に何度もつまずき、くじけそうになる。アルバイトリ―ダーの女性を呼び、あきれられながら教わっていった。
初日はただひたすらに注文を取り、料理を運ぶので精いっぱい。意外にも注文はきちんと取れ、席の番号もすぐに覚えていた。手書きで席番号とメニューを書くスタイルが合っていたようだ。
オーナーである店長が出勤したことで、ようやく退勤の時間を迎える。満身創痍であいさつをするスズの姿に、店長がそばにいた翠へ尋ねた。
「おいおい、ほんとに大丈夫か」
「大丈夫よ。初日だから、疲れただけよね」
その優しい声に、スズは疲弊をにじませながらも笑みを浮かべる。
「はい。明日もまた、よろしくお願いします」
†
初日を終えた次の日の朝。全身が筋肉痛でバッキバキ。いかに自分がこれまで動いてなかったかを悟る。
もちろん、この程度で簡単に投げ出すつもりはない。出勤し、ホール仕事に徹して帰り、翌日にまた出勤。
年下のアルバイトたちに教えてもらいながら、手探りで雑用や接客を覚えていく。裏に控えている翠も、スズの成長に向き合ってくれていた。期待してくれているのなら、応えなければならない。
失敗もあるが、今のところは毎日続いている。
仕事に慣れてきたと判断されたのか、一週間もたたないうちに翠から経営の内容を教わるようになった。
まだ早いんじゃないかと言う店長をよそに、売り上げ状況や仕入れ先とのやりとりまで、みっちりと叩き込まれていく。メモ帳が何枚あっても書き留められないほどだ。
ホールの仕事と同時並行で頭に詰め込み、くたくたになって帰っていく。それでもホールに立つ間は、笑みを浮かべて疲れを見せないよう徹底していた。
「ほうれん草のグラタン、ハンバーグドリア、どちらもドリンクセットでコーヒーですね。お間違いないでしょうか」
客の少ない時間帯。スズの高い声は店の隅にまで響き渡る。注文を取るスズを見ていた若いカップル客が、吹き出した。
「お間違いないでしょうかぁ、だって」
「すげー声」
それは、厨房で待機している調理スタッフたちも同じ。意地の悪い笑みを浮かべていた。
「やばくない? ここまで聞こえるんだけど」
「周波数たっか」
「小学生かっつうの。もういい年してあの声はないだろ」
「ホールまで聞こえてるよ~。よろしくね」
厨房に入ったスズはニコニコしながら、カウンター側のクリッパーに注文票を吊り下げる。スタッフたちは気まずそうに調理を始めた。
スタッフのみながみな、スズを歓迎しているわけではない。それでも自分の仕事を覚えながら、やるべきことに集中する。うじうじと悩んでいる暇はなかった。
「いらっしゃいませ~。……ご注文ですね? 少々お待ちください」
いつしか、その高い声は、客席のざわめきに映えたBGMの一つになっていた。常連にもその存在が浸透していく。
「今日もちょこまか動いてんな」
「ちっちゃくてかわいいのよ~」
「あんた小学生か? がんばれよ~」
優秀とまではいかなかったが、持ち前の明るさとコミュニケーション能力で、喫茶店の雰囲気にゆっくりとなじんでいった。
「今日もお疲れさま」
退勤の時間を迎えてバックヤードに入ると、穏やかにほほ笑む翠がパイプ椅子に座っている。
「やっぱり、私の目に狂いはなかったわ。その調子でこれからも頑張りましょうね」
「はい!」




