踏みにじられた尊厳 1
送迎車が停まる。
窓の景色を見れば、そこに建つのはこぎれいでしっかりとしたラブホテルだった。古いチープなホテルか壁の薄いアパートに呼び出されることがほとんどのユイは、目を疑う。
「ユイさん、ここの308号室ね」
どうやら間違いないようだ。
返事をしてドアを開けたユイに、運転席に座るスタッフが振り返る。
「NGにしてる子多いけど、金払いはいい客だから。困らせないようにね。ただでさえ、人気ないんだし」
「……はい」
車から降りて、ドアを閉める。ホテルに入り、指示された部屋に向かえば、出てきたのは清潔感のあるガタイのいい男性だった。人当たりのいい笑みを浮かべ、部屋の中に手を向ける。
「どうぞどうぞ、さ、入って」
「お邪魔します」
ユイがいつも相手にしているのは、中年のおじさんがほとんどだ。プレイ前のシャワーをケチる不潔な人が多い。たまにいる若者も、横柄なヤンチャタイプか、なにも話さない根暗タイプのどちらかだ。
しかし今回の男性は、どのタイプでもない。真面目で、会話のできる大人といった印象だ。
部屋はデザインの凝ったかわいらしい内装で、ユイが思わずあたりを見渡してしまうほどだった。いつも訪れるような、ベッドが最低限整えられているだけの狭い部屋とは大違いだ。
余裕しゃくしゃくとベッドに腰掛けた男性を見下ろす。
「時間は、どうしますか?」
「120分で」
「あ、はい……」
これもまた珍しい。
激安デリヘルは短い時間で抜くのがスタンダード。通常の四倍かかる時間を選ぶ客は、なかなかいない。困惑しながら電話でスタッフに伝え、前払いで料金を請求する。
シャワーを浴びてもらおうとしたが、その前に話をしようと、男はとなりをぽんぽんとたたいた。120分もあるしいいか、と、ユイは促されるがまま腰を下ろす。
「それ、どうしたの?」
「ああ……」
やはりこの客も、顔を指さして聞いてきた。またかと思いつつ、事情を説明する。適当にごまかしても包帯の中身を見たがるのは同じなので、包み隠さず伝えていた。
「そうだったんだ。そりゃあ、大変だったねぇ」
それを皮切りに、さまざまなことを聞いてくる。
本名はなんだ、お昼の仕事は何をしているのか、子どもはいるのか、今彼氏はいるのか、風俗の仕事はどうだ――。
さすがに、すべてをぽんぽんと馬鹿正直に答えることはない。プライベートに踏み込ませないよう、ほんの少しの事実を混ぜたウソで返していく。
「そうかそうか。家計のために働いてるんだ?」
「物価も高いし、子どもの学費も貯めておきたいので」
「子どもに不自由させらんないもんねぇ。ユイさんみたいな人こそ報われてほしいよ。こういう仕事、ホスト通いするためにやってますって女の子も多いからさ」
一瞬ドキリとしたが、うまく相づちを打って逃げることができた。
「ユイさん、やけどがなかったらすごく美人だったんだろうな。見た感じ、スタイルもめっちゃいいと思うんだよね」
「いえ、そんなことは……」
男がそばに置いていたバッグを漁る。ごそごそと取りだしたのは、ごつごつとした大きい一眼レフカメラだ。
「どうかな? 写真、とってもいい?」
プロが使うような、手入れが行き届いているしっかりとしたカメラに、ユイの顔が引きつる。
「撮ったらユイさんにも見せてあげるからさ」
「いや、私は、ちょっと……」
「え~? ほかの女の子たちは撮らせてくれるよ? きみの店のフミちゃんとかぁ、モエちゃんとか」
男性が話すたびに、嫌悪感と恐怖がじわじわを湧きあがってくる。
先ほどまで穏やかに会話が続いていたからこそ、すでに断りにくい空気ができ上がっていた。決して良くはない頭で、反感を買わずに切り抜ける方法を必死に考える。
「すみません。私、やっぱりその、恥ずかしいですし」
「そんなことないよ、大丈夫だって! デリヘル嬢ならこういうのよろこんでOKするもんだよ」
「いや、でも私はちょっと、無理なので……」
その場の空気がスッと凍り付くのを、肌で感じ取った。ユイがバツの悪さを感じる中、男はあっけらかんと笑う。
「ああ、そう。わかったわかった。無理強いはしないよ」
カメラをバッグにしまう男に、安堵の息をついた。
なんとか断れたものの、不安と恐怖は消え去ってくれない。これまで罵倒してきたどの客よりも危険だと、頭の中で響く警鐘が鳴りやまなかった。
それでも、報酬を受け取った以上仕事はこなさなければならない。とりあえず早々にシャワーを浴びるよううながした。
包帯を巻いたまま浴室に入るユイは、男性の体を洗っていく。それが終わればベッドに移動し、相手が希望するプレイを始めていった。
終始笑みを浮かべて相手をするユイだったが、早く帰りたくて仕方がない。
「ほんとにだめ?」
「だめです」
「どこにも出さないよ?」
「ほんとにだめなんで」
シャワーを浴びているときも、ベッドでのプレイ中も、撮影の催促がしつこい。
「うわ……すごい体してる」
男性の上にのっているときの反応に、ユイは眉尻を下げる。
「そうですよ、だから写真はダメなんです」
「いやいやこれがいいんだよ。だからね、一枚だけでも」
「だめですって」
「顔もちゃんと隠すからさぁ」
「ごめんなさい、ほんとうに無理なんです」
この調子で120分は地獄だ。はやく解放されたい。
腰を動かすユイの表情が、ふと、ゆがむ。
「ちょ、ちょっと待ってください! だめです!」




