片
『どうして、目標値まで達しない!』
『もう一度、“調整”しましょう』
施設での1日1日を、忘れたことはない。…というより、忘れたくても忘れられない。
今でも、瞼を閉じれば白衣を着た男たちの姿が目に浮かぶ。耳を澄ませば、怒声がこびりついて聞こえてくるようだった。
それは、14年という今までの人生の大半をそこで過ごしてきた、というのも理由の1つ。
けれども最大の理由は、そこでの生活が無意識下に恐怖が刷り込まれるほど、過酷で拷問のような毎日だったからだ。
慧と沙羅の2人は、1番最初にそこで“造られた”2人だった。2人に、親はいない。あえていうなら、施設の研究員達だろうか。試験管で適当な卵子と精子を掛け合わされ、そこから更に遺伝子を弄られて。そうして“できあがった”のが2人だった。
その研究所で行っていたのは、“人の力を超えた力を持つ人間を作り出す”こと。要するに、超能力者の開発施設だった。
人の脳というのは、200年以上前から研究が進んでいる。遺伝子のゲノムも全て解明されていた。けれども、脳という1つの宇宙に関しては、長い間研究されてきたにも関わらず、未だ解明仕切れていない。その解明及び人の持つ潜在能力へのアプローチ…それが、研究施設の掲げる目標であり目的だった。
内容が内容なだけに…成功すれば、国防の面で多大なる利益を生じさせる…それ故、この開発施設は密かに国の支援を受けての活動だった。
『大丈夫?』
『ああ。まあ、調整も済んで、目標値は達したし…大丈夫だろ』
調整とは、実験。様々な薬物を投与されるそれは、時たま術中もそうだが術後にかなりの苦痛を強いられる物だった。
『……また、いなくなったな』
『うん。あいつらが、“失敗作”だと言っていたわ。だから…』
…試験管で生まれたのは、2人以外にもいた。けれども、早い段階で能力を発揮した2人とは違い、その能力を発動させることはなく…又は精神に異常をきたしたかで、早々に処分されていた。その子らがどうなったかは、2人も知らない。
元より、造られた人権のない存在だ。…生きていたとしても真っ当な施設ではないことだけは、想像に難くない。
『……なあ。お前は、いなくならないよな?』
『分からない。でも、貴方こそ…私の前からいなくならないで』
『うん…』
幼いながら常に死が身近にあった故か…それとも脳を弄られたおかげかせいか、2人は早熟な子供だった。
互いが唯一“同じ”存在。それを理解していた2人にとって、互いが互いに“なくてはならない存在”という認識だった。それが、依存だったのか愛だったのかは分からないが。
幸か不幸か、2人はそこに居続けることができた。そして2人が7歳になる頃、人数を補填される様に他のメンバーも施設にやってきた。…後々知ったことだったが、どうやらそれぞれ別の研究施設で別の目的で“造られた”らしい4人は、そこで特異な力を発揮した為、2人のいた施設に送り込まれたらしい。
『俺は、識別番号1だ』
顔合わせをしたその日、慧が皆を集めて自己紹介をした。
識別番号とは、そのままの意味で施設にいた頃に名前などつけれれていなく、数字で呼ばれていたのだ。
『私は、No.2』
沙羅も続けてそう言った。
『僕は…No3になりました。前の研究所では、クローン研究を行っていたみたいです』
『私は、No4になりました。前の研究所では、遺伝子療学の研究被験者でした』
『私はぁ、No5前の研究所が何やってたかは分からないぃ』
『俺は、No6。コイツと同じで、前に何やってたかは分からね』
次々に、自己紹介…もとい、その日に与えられた番号を言い合った。
『前いたところでは、何をしていたんだ?』
『僕はただただ作られた後は、普通に暮らしていました。ご飯を食べて、勉強をして…』
No3…後の朔夜の言葉に、慧は首を傾げた。
『勉強……?』
『はい。国語・数学・外語等々です』
それまで勉強というものに触れたことのない慧や沙羅にとって、初めて聞くような単語ばかりだった。
『それより、ここでは何をしているんですか?』
No4…後の桜月の疑問に、他のメンバーも頷く。全員、これから自分の身に何が起こるのか…それが気になって仕方がなかったのだ。
『ここ?ここは、訓練と実験』
『訓練と実験、ですか…?』
『そう。“力”を使った訓練と、力を調整するための実験。見せるのが一番手っ取り早いんだろうが、残念ながら今は見せられない』
『力と言われてもぉ、いきなり言われたんだもん…何がなんだかわから分からなかったぁ』
『明日から、嫌というほど分かるわよ』
兎も角、2人の世界が6人に広がった。…とはいえ、生活はそれまで通り…実験、訓練の毎日だったが。