表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
285円の借用書から始まる恋とVTuber事務所  作者: Azerostudio


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/13

埋もれた才能

約束通り、アカメは和歌山市黒田地区にある喫茶店「さくや珈琲」を訪れた。挽きたてのコーヒー豆の香りが、陽の差し込む小さな店内に温かく漂い、カウンターの近くのスピーカーから静かなジャズがかすかに流れている。


しかし、彼が予想していなかったのは、バイオレットが親友のヒミコを連れてきていたことだった。店に入ると、二人はすでに隅のテーブルに座っており、カップの間にはノートとスマートフォンが無造作に散らばっていた。


胸の奥にわずかな苛立ちがよぎったものの、アカメは声を落ち着けたまま保った。テーブルへ近づく前に肩の力を抜こうと意識する。ここで下手に反応すれば、これまで何週間もかけて積み上げてきた努力を台無しにしかねない。そう自分に言い聞かせながら。


「失礼ですが、姫星さん、フィオーリ。今日はどうしてフィオーリもご一緒に?」


彼はここ数日、丹念にリハーサルしてきたあの礼儀正しい態度を保とうと努めた。予期しない同席者などという些細なことで、自分の最初の本物の才能であり作家である相手を失うわけにはいかない。状況が本来求めている以上に、はるかに大きな賭けであるかのように感じられた。


「先に謝っておきます、赤和女。黒田に来たことがなかったから、私が一緒に来てって頼んだんです」


その間ヒミコは、まったく気負う様子もなくカプチーノを口にしていた。バイオレットが自分の代わりに話すのを黙って聞きながら、陶器のカップをソーサーに戻すと小さな音が鳴った。


アカメも同じくらい落ち着いて答えた。


「気にしているわけではありません。ただ、できれば姫星さんとお二人だけでお話ししたいと思っています」フィオーリに対して素っ気なく聞こえないよう、慎重に言葉を選んだ。


ヒミコはカップを口元まで運びかけたところで止め、少し頭を下げて詫びた。


「そうですよね。出過ぎた真似をしてすみません」


アカメはヒミコが詫びるのを見届けたあと、彼女が再び顔を上げ、意図をもう少しはっきりと説明するのを聞いた。


「ごめんなさい、赤和女。ただ、友達が最初の話し合いをうまくこなせるように、確認しておきたかっただけなんです」


ヒミコは一瞬黙り込んだあと、今度はカップを完全にテーブルへ置いてから、自分自身の質問を口にした。


「これって、仕事の話ですよね、赤和女。でも、面接ってわけでもないんですよね?」


アカメは喉を鳴らして唾を飲み込み、緊張が忍び寄る中でも落ち着きを保とうとした。手にしたまだ口をつけていないコーヒーカップの取っ手を、指先が一瞬強く握る。


「もちろん違います。ただ、小説そのものや、彼女の準備状況、VTuberキャラクターを演じる際の細かい部分については、姫星さんお一人で話し合いに来ていただけると助かります」語気は落ち着いたまま、会話に漂う緊張が声に滲まないよう慎重に保った。


アカメは、ヒミコとバイオレットが二人とも頷くのを見た。ほっとして、肩の緊張がわずかに緩む。


そして二人はほとんど同時に口を開いた。


「私たちも同意です」


「赤和女さん」


「赤和女」


バイオレットはそこでアカメに直接尋ねた。


「私の友達に、私の役割や書いている小説のことを知らせてもいいですか」


赤和女は首を横に振ったが、断りながらも人当たりのいい笑みを浮かべた。


「申し訳ありませんが、それはできません、姫星さん」


アカメはゆっくりと息を吐き、目の前で冷めていくコーヒーへ視線を落とした。表面からはもう湯気が立っていなかった。


「大手事務所であれ、私のような小さな事務所であれ、才能の本当の身元を漏らすことはできません。その守秘義務は絶対に守らなければならないんです」


バイオレットとヒミコは二人とも黙り込み、店内の静かな喧騒がしばらくの間、二人の間の空白を埋めた。


先に口を開いたのはヒミコだった。


「それは当然ですね。ただ、親友のことがちょっと心配だっただけです」いつものからかうような明るさが、より誠実な何かへと和らいでいた。先ほどまでのからかい混じりの調子とは裏腹に、その言葉に滲む懸念は本物だった。


アカメはしばらく黙り込んでから答えた。言葉を選ぶ様子には、目に見える慎重さがあった。


「安全のためであれば、万が一に備えてフィオーリに僕の電話番号をお伝えしても構いません」小さく安心させるように頷きながらそう言った。ヒミコの中にまだ残っているだろう不安を、少しでも和らげたいと願いながら。


次に口を開いたのはバイオレットだった。彼女の言葉がアカメの意識を再び自分へと引き戻す。声にはまだ、あの静かで読み取りづらい落ち着きが宿っていた。


「では、私が小説を書いている間、友達が手伝ってくれることはできますか」


アカメは再び首を横に振った。


「申し訳ないですが、それも難しいです。正式な公開前に、物語の詳細が漏れることは防がなければなりませんから」その口調はわずかに柔らかくなっていた。必要な答えとはいえ、どれほど落胆させるものかを分かっているようだった。


バイオレットはすぐに理解を示すように頷いたが、その表情にはまだ言い切れていない何かが残っているようだった。


「分かりました、赤和女。でも正直に言うと、私、約十二年やめていたのを、つい最近また書き始めたばかりなんです。あの頃はよく短編を書いていて、全国レベルの大会で何度か優勝したこともありました。でも……」


言葉はそこで途切れた。あえて言い切らずに残された一文が、まだ手渡す準備の整っていない何かのように、二人の間に宙づりのまま漂っていた。


アカメは首を傾げ、好奇心が抑えきれず、小さなカフェのテーブル越しにわずかに身を乗り出した。


「その先を伺ってもいいですか」


彼の視線は、目を伏せたままのバイオレットと、テーブルの向こうから彼をじっと見つめ、どちらが先に口を開くかを待っているフィオーリの間を、行ったり来たりした。


「姫星さん? フィオーリ?」


アカメはヒミコが頷くのを見た。しばらくして、バイオレットが再び視線を彼へ戻した。表情はいつも通り平坦だったが、指先は袖の裾をわずかに強く握りしめていた。


それでもアカメには感じ取れた。その落ち着きの奥に、彼女がひっそりと抑え込んでいる、もっと深い悲しみがあることを。声高に主張しない種類の悲しみで、代わりに見過ごされやすい小さな細部に、静かに居座り続けているような悲しみだった。


「私の両親は、私が小説を書くことを許してくれなかったんです」


彼女はそれを、劇的な重みを何も乗せずに、淡々と口にした。まるで、とうの昔に感情を失った事実を読み上げるかのように。


バイオレットは平坦な表情を崩さないまま、目の前で両手を静かに組んでいた。


短い間を置いてから、彼女は続けた。


「将来性のある仕事じゃないって言われました。今みたいなちゃんとした会社勤めをするか、それとも和歌山の梅原地区にある実家の花屋を継ぐか、どちらかにしてほしいって」


二人を包む店内は、さらに静けさを増していくように感じられた。カップの遠い音や他の客のかすかな話し声も、もはやどちらの耳にも届いていなかった。


アカメは、バイオレットの両親がそれを禁じていたこと自体には、それほど驚かなかった。それでも、実際に声に出して聞くと、何かが胸の中で落ち着かなく沈み込んだ。


似たような話は、これまでも何度か耳にしたことがあった。何より、彼自身が痛いほど似た経験をくぐり抜けてきたからだ。その記憶が招かれもせず浮かび上がる。年月が経っても鮮明で見覚えのある痛みとして、仕事と義務の下に丁寧に埋めてきたはずのものとして。


彼を本当に言葉なくさせたのは、彼女が書くことをやめた理由そのものではなかった。


それは、彼女がその叶わなかった夢を、これほど長い間、誰にも見せる必要はないと自分に言い聞かせてきたどこかにひっそりとしまい込んだまま、静かに抱え続けてきたという、その年月の長さだった。長い義務と、何の変哲もない日常の下に埋もれたまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ