9話: 奇抜な夜ふかしについて
深夜一時。もう寝ない。もう寝ない。こんなに寝るシーンが多いと読者が飽きちまうぜ。まあさ、働く覚悟が決まったなら、それに見合うだけの肉体を手に入れる必要がある。今の世界での体格はわからないが、前の世界で最後に測った時は169cm、44kg、BMIは15.6だった。それでも2人前ぐらいは平気で平らげるレベルでは食べてはいたんだが、毎年健康診断で摂食障害を疑われて紙が来る。この世界ではまああれよりはガリガリ度は低いが、おそらく筋肉ではなく最低限の肉がついただけのように思える。身長はまあ、目線が気持ち高い程度だからそんなに変わってないかな。強いていうなら170乗ってくれって感じ。言うまでもないけど運動神経は最悪だ。12年連続スポーツテストF判定だぞ。舐めんな。いや誰も舐めてねーし相手にしねーよ。
えーと、まずは何をすればいいんだ?護身術?武器の扱い?それとも魔法でも使いこなす?自分じゃ何もわかんねえな。とりあえずこういう時は外の空気を吸うに越したことはないな。勝手に外出ていいのかわからんけどまあ敷地から出ないから。まあバレへんやろ…
そろりそろりと、誰もいない廊下をのそのそと歩いて、裏口のドアを静かに開けると、ヴァーチュオが外を覗き込んでいた。雲はいつの間に晴れていて、東京からは到底見ることのできなかった星々が光っている。星座なんて覚えてはいないが、独断変わった様子とかは見当たらない。なんだよ、ロマンチストかぶれかよ。俺もヴァーチュオも。
「ニコラくん?どうしたの?」
ヤベバレた。勝手に外出てることもそうだし正直な話すると星座とかそっちのけで最後の方はほぼケツしか見ていないこととかなんか怒られそうな要因がいろいろある。てかぶっちゃけた話すると俺ヴァーチュオの乳とかケツとかガン見しちゃってるのになんも言ってこないよな。絶対バレてると思うのに。ええい、とにかく今は釈明しないと。つっても普段はあんなに上手い言い訳がどうも思いつかない。こういう時は正直なことをぶちまけるに限るわ。あ、ケツみてたことじゃないよ。それセクハラだからね普通ね。なんだよ、どの口が言ってるんだよって?なんも言い返せねえよ。
「いや、ちょっと外の空気吸いにきただけです」
「そうなの?じゃあ夜間対応変わってもらおうかな。」
あ、そういう感じ。24時間体制で対応できるようにしてあるんだ。まあ実質警察だもんな。けど俺はやりたくねーよ。
「勘弁してくださいよ。まだ団員になったわけでもなし…」
「まだ?」
うわしくった。本職の人にここで働きたいなんて言ったら『貴様みたいなクソもやしに何ができる』っていうブチギレを頂戴してしまう。こっから入れそうな保険もないし、ここは正直にいうしかないかな。あーやっぱ俺は正直ものだよ。正直すぎて金の斧と銀の斧両方もらえそう…いやあ、怒られるか怒られないかで行動してるうちはダメだと思うなあ。
「あの、昼にルーカスさんと将来的な話をしていて、調査が終わったらここで働きたいって話をしたんですよ。こんな…ひよわな体ですけど…」
「変わってるね君。まあ確かに、もう少し体がガッチリしている方が嬉しいけどねえ。ここだけの話、自警団はもう人手が足りなすぎるから四肢があったら難民でも誰でも歓迎だよ。本当に。」
ん?四肢?これさ、遠回しに大量の人間が使い捨てされたって言ってる?えそういうことだよな。もしかしてヴァーチュオは隊員を呼び寄せる客寄せパンダみたいなもの?いいやこいつの場合は乳寄せ女だな。やかましいわ。まあ聞くしかないよね。
「そんなに…過酷な現場なんですか?」
「事実で言うと、この職場で一年やって、体に障害が残らない方が珍しいよ。私は幸いにも五体満足だけどさ、同僚でも死んだやつや足がごっそり無くなった奴がいる。まあそうなっても国から生涯年金がもらえるから生活には困らないよ。」
なんのフォローにもなってねえよ。てかむしろちょっと意欲冷めた。
「すごいところですね…ええ…」
「いやそんな脅すつもりはなかったんだけど…まあ覚悟は…いるね。でもさ、わざわざ自警団を目指そうと思った訳はちょっと気になる。」
「それってもしや調査に関係ある話ですか?だとしたらちょっとルーカスさんに…」
「普通に私の興味の話よ。」
なんだろう、興味って言われると嬉しい。頭ではここに所属して散った足の本数を2で割った回数似たようなことを言っているのだろうなとはわかっちゃいるんだが、欲望の前に大言壮語は無力である。といっても流石に樹さんとの話を改変して伝えるのは憚られるので…なんかそれっぽいことも思いつかないから適当に誤魔化しますか。
「まあ前の世界でお世話になった人がいるんですよ。詳しくはちょっと言えないんですけど。運動に参加させられていた時に俺ら3兄弟を庇ってくれた人が。何もできずに『あなたたちはここから逃げなさい』と言われてそのまま言葉に甘えて逃げてきたもんで…」
「なるほどねー… とりあえず私としてはここで働いてもらうのは構わないよ。ルーカスはなんて言ってた?」
「まあ人手が足りないから歓迎するけどどっちの部署行くかと、覚悟をちゃんと決めてきなみたいな感じでした。」
「ああー…部署ね。私としては…君は攻撃課の方が向いてると思う。はっきりいって攻撃はまだ人の相手してるからいいけど、防衛は得体の知れないものと戦ってるから結構きつい。ちょっとでも動きをミスるとトカゲの餌になるよ。」
トカゲの餌って…なんか想像がつくな。でも俺はこの女と仕事したいんだよ。
「でも、俺はやっぱ防衛の方に興味があります。ほら、俺がヴァーチュオさんに助けてもらったみたいに。」
「その覚悟は認めるけど、私だって死人を増やしたくはないわよ。立場が立場だからいうけど、私はおすすめしないわ。しばらく攻撃の方で訓練して、それでも気が変わらなかったら、一緒に仕事しましょ。」
一緒に。一緒に。童貞すぎて節々のワードに淡い妄想が宿ってしまう。けどそこまでしてヴァーチュオは俺が防衛で働きたいという話を止めようとするのだろうか?まさか中でどろっどろの関係でもあるのか?うーん、モヤモヤするがここは食い下がろう。これでなんでなんでと繰り返し聞くのはなんかダサい気がしてきた。いいや、防衛で働きたいならそれを示せばいいじゃん。でも無駄にカッコ悪いのはそれ以上に嫌だな…クソみたいなプライドだよ。ほんまに。
「あとね、カランビットちゃん。あの子もこれまた珍しく働きたいって言ってて、その子がこっち来るのが決まったの。正直に言おう。だから止めてるの。」
「うーん、攻撃の方行きますね。」
そりゃあ、ねえ。ん?今なんて言ったって?別に攻撃の方行くことを明言しただけだぞ?なんだよ、何二度見してんだよ?
毎回毎回流れるヴァーチュオとの気まずい時間も、この時ばかりはいくばくか神秘的である。で多分変なことを考えているのも私だけである。あ読者の皆さん、今から恥ずかしいことするんでそういうのいてられない人は次の段落は読み飛ばすのをお勧めするよ。
なんか深夜の勢いもあいまって今なら言いたいことを言える気がするな。夜空を見ながら言うとしたら、あれしかないよな。いやでもやっぱ時期尚早か?でもここで働くならいつ死ぬかもわかんないしな。所詮この世界も三途の川までの広告に過ぎないと思うんだ。何を宣伝しているかは別にして。というかこんな絶好のシチュエーションがもう来ることはないだろう。今言わなくて後悔したことが何度あった?結構恥ずかしいけど、一度言って仕舞えば大体スッキリするもんだから。覚悟を決めろニコラ。
「ヴァーチュオさん。」
「どうした?」
「えーと月が…綺麗ですね。」
「うん。そうね。」
終わった。そうだわ。この世界一応中世ぐらいの設定なんだから、夏目漱石の恋文が伝わるはずなかったんだ。うわ。恥ずかしい。多分意味が伝わった時よりも数倍恥ずかしい。もう今の俺の顔とこいつの髪の色どっちが赤い?やんなきゃよかったよ。あーあ。
「もう遅い時間だよ?寝ないの?」
そうヴァーチオは聞く。だが私は寝られない。多少若気の至りでしぐじってもおう今は穴があったら入りたいが、それよりもおう少しこの象徴的なシーンに浸っていたい。
「いや、ここ数日寝過ぎて全く寝れる気配がないので…今夜は起きています。」
「じゃあやっぱ夜間対応変わってよ。」
うーん、そうじゃないんだよな。
「そんなこと言われても…これ逃げてきた時の格好そのままですし、まだ正式な団員でもないですし…」
「まあそうね。じゃあ、もう少しだべってる?」
「そうしましょう。」
とは言ったものの、話題が出てこない。もう本当に。そんな場面ばっかり。けど疑問は色々ある。なんでそんな格好なのかとか、ルーカスとの関係とか。いやでもそんなこと聞けるわけないんだよ。
とはいえ、就職ってこんなとんとん拍子で進むんだっけ。インターンとかないの?しかも割と重要な役職だし。まあ…深く考えちゃいけないことはわかっちゃいるんだけど。あそうだ、これを聞いちゃえ。
「でもそんな…治安維持とかの重要な仕事ってこんな難民にも任せてもいいんですか?」
「え?わりとこんなもんじゃない?もしかしてプテラノでは違うの?」
想像通りのガバガバ具合だった。これ給料とかちゃんと払ってくれるんだろうな?行政とかしっかりしてるのに雇用契約がこれじゃあヒヤヒヤするぜ。
まあでも、あーだこーだ言い訳すると、今のはちょっと焦り過ぎた気はしなくもないし。とはいえすぐ戦地に駆り出されることはないでしょう、だからまたチャンスはあるさ…そう言う意味でも、多分だけど俺が意図した意味で伝わらなくて良かったなーと感じる。
気づけば朝になっていた。あの後旧に眠気が襲ってきたのに眠ることができなくて、寝ていたのか起きていたのかすらも覚えていない。ヴァーチュオは相変わらず見張りをしているし、俺はあの時星を見つめていた小さな庭に転がっている。今日こそ、ルーカスさんに決意を伝えなきゃ。少し息を整えたら、早速起き上がっていかないと…
なんだか胸騒ぎがする。こういう小さな目標を見つけてそのために実践的に動こうとする時って、現実でも創作物でも決まってそれを阻害する何かが起きるんだよな。もうやめてくれよ。俺は義との命守りながらデカ乳女に飼われるスローライフをしたいだけなんだよ。
まもなく、鐘が鳴る。役所とおいうか教会からだろうか。高い建物から聞こえる。あれが鳴ったことは、俺がここにきてからはなかった。ただならぬ気配を感じた私は、即座に飽きっぱなしの裏口から中に入り、例の居間に戻った。何が起こる?何が起きている?
二分もしないうちに、こちらに向かって人の走る音が響いた。本当に何が起きてるの?怖い怖い。これ俺個人におこのっていること?それともある意味の現実で起きていること?どっちにしても空気が不穏だ。勘弁してくれよ…
すぐ、少し汗をかいているルーカスが表口のドアを開けて叫んだ。
「よく聞け!国王陛下が崩御された!」
ほらねー!
先日なんとあろうことか、メガネをなくしてしまいました。何も見えませんしタイプミスも連発するしでかなり辛いです。本当に情けない。




