5話: まもなく24時間
飯の間に考えなきゃいけないことがある。それがあの暴力女への対抗策だ。勿論拳ではない。ムカつく相手であっても流石に女子を殴る勇気はない。何かといえばそう、自分の嘘が全部バレるかもしれねえって話だ。あそこまで民主派に対して恨みを持っているということは間違いなく王政派で相当戦ってきたやつであることは安易に想像がつく。ってことは奴は本当にプテラノからの難民であって、王政と民主で内情がどこまで違うかなどを加味しても絶対にリアリティのある話をすることだろう。ルーカスたちは話半分で聞いてるとは言ったが、私はその発言を話半分で捉えている。なんか裏がありそうだもん。今思えば。
そもそも飯は何が出てくるんでしょうか。だがこの国の普遍的な昼食がわからねえ。昨夜は随分と普通というか、まあ普通じゃないけれど安全な食事が出てきた。しかし、今考えてもあの店はそこそこ良いところであって、難民である我々に対して自国の素晴らしさを誇示してやろうという運動の一環である可能性が高い。つまり庶民の食事ではないかもしれないってこった。実際に食っているモノがやばかったらまたBCGワクチンに頑張ってもらう必要がある。やめていただきたい。
ちょうどルーカスが戻ってきた。説教が終わったらしい。
「わりいな少年。とりあえずたっぷり説教しといたからまあしばらくはおとなしくしているだろう。」
いいや名前覚えろや。そんなんだからカスって言われるんだよ。
「あ、ルーカス。ちょうど飯にしようと思ってて。」
「ああ、わかった。ちょっと待ってな、用意するよ。」
え、ルーカスさん料理もできるの。うわー勝てねえ。人としての閾値を感じてしまう。マジで私の人生で積み上げたものは何だったんだ。何もないから異世界転生してるんだよな。ああなんか、今更疲れがどっと押し寄せてきた。気づいたらルーカスはキッチンとかがありそうな部屋の奥へと引き上げていった。
幾度となく繰り返した気まずい時間に、そろそろ飽き飽きしている頃合いである。おそらくヴァーチュオも、こいつは会話が下手くそなんかと思われ始めていてもおかしくない頃合いである。ぶっちゃけいうと女の人は苦手なんだって。許してくれよ。
「ああ…そうだ。なんかこの国の文化とか、組織とかのことで質問ってある?なんでもいいよ?」
そうヴァーチュオは話しかけてきた。まあ文化もそうだし、この女への疑問もわんさかあるのだが、いざそれを切り取って言葉にするとなると想像より難しいものがある。ただせっかくそっちから会話しやすくなる糸口を与えられてもらったので、それに甘えるしかない。とりあえず無難なラインから行こう。
「えっとまず…公認自警団って何ですか?」
「自治体の治安維持組織ね。自治体は軍を持つことができないから、治安の維持は組織に委託という形を取るの。それで公認の自警団って感じになる。」
やっぱしそういうことか。あくまで公認してるだけの自警団ってことにすればなんか…住民の反感を買わないようにできるんだな?もう難しいこと考えられない。ばなな。
「じゃあ、ヴァーチュオさんはなぜ公認自警団に?」
ぶっちゃけた質問だけどもうどうにでもなってくれ。改めて考えればいきなり殴ってくる難民と同じ空間共有してるような場所だし、どうせいなくなるから好き勝手してやる…これフラグ?
「私はねー…端的にまとめると両親がね、農作業中に君が出会ったような奇獣達に襲われて死んでるの。それまでは公務員になろうと思って勉強してきたんだけど、ちょっとやりたいことが変わって。姉貴と一緒に自警団目指そうということになってね。」
あ、お姉さんいたの?てかここにいるの?ちょっと会ってみたいな。妹でこれなんだから姉はさぞかしデカいんでしょうな…え?何がデカいって?どうしたんですかあなた?何も言ってませんよ?
「あ、お姉さんいらっしゃるんですか。」
「そうそう…今は税金泥棒と化しているけどね。随分前から引きこもり。んで家がないから私の部屋で居候。」
「ええ…」
引きこもりの姉って…もしやなんか鬱でも発症しちゃったのか?んてかこんな娯楽の少ない時代で引きこもりってすごいな。存在しうる話ではあるんだろうけど珍しい気はするんだよねえ…いやそこは関係ないか?私もこっちくるまでの数日は引きこもりだったが、娯楽があったとしても全くその面白さがわからなかったし、そもそも楽しいとか嬉しいとかっていう感情がどういうものだったかを思い出せなくなってしまう。そうしている間にも活力のあるみんなは死力で己を磨いているのに、自分は何もできずに溝が埋まらず、ひたすら布団で突っ伏してしまう…もうこの話やめよう。
部屋の奥で、何かを切るためなのかギコギコという音が聞こえる。パンとかその辺のような気がする。硬いやつだと困るなあ。現代人の顎の弱さは相当なものであるし。
もう一つ聞いてみようか。そう、そう風呂の文化だ。なかったらやばいぞ。常時風呂キャンとかほんまに勘弁してほしい。
「あとそうだ、この国ってお風呂の文化とかってあるんですか?」
「あるわよ。最近できた文化だからまだみんな慣れてないけど。」
「最近できたというのは?」
「それまで湯船に入ると感染症にかかるって言われてたんだけど、数年前ぐらいにそれ逆じゃないか?っていう話が出てきて。いろんなところで銭湯を作ったり、まあなあんか普通の家にも設置するって動きができてる。でもこの村に銭湯はまだ一つしかないね。あとで行ってみてはどうかしら?」
「なるほど、ご飯食べ終わったらそうしてみますね。」
「ほら、できたぞ。」
ルーカスはそう言って、切り分けたいかにも硬そうなパンが入ったカゴをまずこの部屋の机に置き、ついで何やらスープというかポタージュらしきものが入った小さい鍋を持ってきた。率直に言って、割と美味しそうに見える。そういえばあの女の食事はどうするんだろうか。いきなりぶん殴ってきた憎き相手ではあるが食事抜きだったら流石に可哀想だと思ってしまう。少々優しすぎだろうか?いやそれ自分で言う代物じゃねーから。とにかく今は飯にありつこう。
「いただきます。」
「何それ。誰宛てに言ってるの?」
ああ、そうか。いただきますと言う文化って日本ぐらいにしかないのか。そしてこう言う疑問を持つキャラとか本当にいるんだ。はへ〜…
「えーと私がもともといた家では食事の前にこう唱える文化がありましてね〜…」
「なんか思想が強いね。」
あー、そう言う評価になるのか。我ながら嘘をつくのが上手いな。こんなはずじゃなかったのに。それで乗り切れているのもどこか悔しいぜ。
ルーカス、ヴァーチュオ、そしてこのニコラ(笑)。気になる女とそいつと仲良いやつ、そして打ちのめされるモブ男の私。もうちょい羨望を集めるような外見があったら違ったのかもしれないな。なんかデジャヴを感じるぞ。気のせいか。
うっわパンが硬すぎる。何だよこれ。想像はついてたんだけど酷すぎるぞ。もうレンガ食ってるだろ。レンが食ったことないけど。ダンゴムシじゃあるまいし…いやダンゴムシが食べるのはコンクリートでは?ちょっとその辺にしないと読者がついていけないだろ。
私がパンを食えなくて悪戦苦闘する様子を見て、両者は笑いを堪えているように見えるが、すぐにヴァーチュオは我慢できなくなったのか吹き出したようだった。見てないで教えろや。
「それ…ポタージュにつけて食うんだよ…」
といいながらヴァーチュオは表情筋がコントロールできなくなっているが、なお気品高く笑っている。釣られてルーカスも細かく笑い出す。なんの羞恥プレイだこれは。辱めを受ける趣味はないぞ。どちらかと言うと異文化に寄り添うのがお前らだろ、本当に腹だしい。
「何がそんな面白いんですか!」
「いやパンが硬いのはわかるけど…顔が迫真すぎて」
そういってヴァーチュオは机に顔を突っ伏した。一体私がどんな汚えツラを下げてるんだってんだ。醜い顔は罪か。罪なんだろうな。どの世界もどの時代も命に優劣をつけたがるのは変わらないな。マジで救いがねえ。ああ、いいから早く俺にハーレムを見せてほしいものだよね。その前に横浜○星に負けないレベルの顔面もだな。あと筋肉と人格と才能と努力できる力と体力と権力と富と名声。
しょげながら渋々パンをポタージュに浸し、やや筋肉の力を抜いてそれを齧ることとす。柔らかくなったパンは嘘のようにふんわりとしており、皆さんが想像するような温かく、どこかかぼちゃの味も漂ってくる、心温まるポタージュの味がパンの食感を引き立てる。なんだよ、庶民の飯も美味いじゃないか。安心したぜ。あ、これ異世界でグルメを堪能するタイプの作品じゃないからな。だって私料理できないし。何なら美味いものへの興味はそこそこ程度。とにかく、飯がうまいのは高得点だ。やっぱ安心して生活できるよ。でもやっぱり日本のコメは恋しい。あの世界にはもう2度と戻りたくはないけど、あのコメだけはDNAにしみついてしまっているもんだから忘れることはどうしてもできない。次から次へと欲望は滲み出る。やっぱ思うんだよ、アダムとかイブとかの話以前に人間ってっやっぱ欲深いよねと。
さて、まもなく私がここにきてから24時間というところだろうか。体内時計での話だけど。ああ、こんなに時間の進まないなろう作品があって堪るかよ。てかあやっべ、カランビット?だっけ。の対策を全然練ってねーや。まいっちまったな。まずはあの女と和解を…試みてみたいな。けどあの感じでは文字通り親の仇レベルで民主派のことを恨んでいるんだろうから聞く耳を持ってくれないかと。そもそも、あの目つきで睨まれたらもう固まってしまう。最初こそ柔らかい目つきなんて言ったけど訂正するよ。あれは何かしらのよくない魔法がかかっている。もういいや、具体的な話は銭湯でも言って考えようや。いい繋ぎだろ?




