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4話: カルチャーショック

 藁のベッドは現代人が寝るには軽い拷問と言って差し支えない。それぐらい寝心地はとても良くなかった。やはり見るのは、現代の天井ではない。当たり前のことかもしれないが、やはりどこか受け入れがたいものがある。


 やはり昨日は散々だった。目覚めたら狼に襲われ、失礼な医者のもとに運ばれ、爆乳の女に頭を撫でられ、感じの悪い男に尋問された。今日ぐらいはせめてもの平穏が来てくれないだろうか。いや逆に急に平和になったら、それはそれで怖いね。さて今何時だろうかと思い時計らしいものを見つめたが、時計が読めねえ。文字盤のコントラストが低すぎる。なんで文字読めて言葉を話せたのに時計はダメなんだよ。わけわかんねぇ。あ、思い出したが、私の腹も悲鳴は上げていない。ついでに下半身も元気だ。これなら何気なく飲む水とかも大丈夫な気がしてきた。おそらくこの世界は清潔だ。匂いとかもないしな。私はさっきから都合のいい世界を冷ややかに笑っているが、こう言うことには素直に感謝したい。


 小鳥が囀る。優雅さのない藁の上、空はぼんやり未だ暗く、どこか隠しきれぬ寂寞が漂う…ちょっと衒学な言い方をしてみたが私には合わねえ。誰もみていないのに黒歴史を一個作ってしまった。いやニコラという仮名を含めると二つ目だよ。あーあ、私の人生いっつもこうだよ。黒歴史製造マシーンだ。元の世ならスマホを見てればそういうフラッシュバックからは逃げられたのにな。

 さて、どうしようか。そういえば昨日風呂にも入ってないし、トイレも行っていない。もう膀胱が破裂しそうだ。1日ぐらいの風呂キャンならギリ…耐えかな。でも今日の夜あのカスに相談しよう。とりあえずトイレはどこだ?廊下を進んでも見当たらないぞって、あ、めっちゃ目の前だ。しかもピクトグラムついてる。ご丁寧に?本当に時代設定どこなの?ピクトグラムって1964年の東京オリンピックとかの頃だよな?中世なん?近世なん?戦後なん?はっきりして?さてと、トイレの中は…ぼっとんじゃねーか。うん。わかってたよ。んであんまトイレのシーンながすと食事中の人に悪いから割愛するけど、まあここは期待を裏切らなかったな。


 トイレを出ると、やはり目を凝らしても昨日と似たテイストの服を着たヴァーチュオが居間に現れた。しかも色違い。ヴァーチュオ?贅沢な名前だねえ、今日からお前の名前は露出狂だ。まあ確かに今は暑いけどさ。この国に四季があるのかとかわからんけど。にしても公序良俗という文化がどこか欠損しているだろ。

「あ、ニコラさん。おはよう。」

「おはようございます。昨日はどうも。」

「いいの、気にしないで。職務上のことをやったまでだから。そうだな、なんか困ったこととかない?」

 まあまずそのち…もういい加減このくだりやめよう。いくら何でもダサいぞ。そうだな、朝にやることといえば…朝食とかあるのかな?腹が減っては何もできないからな。

「えっと…この国って、朝にご飯を食べる習慣ってありますか?」

「ないことはないけど…基本的に宗教でダメって言われてる。それでも食べるのは肉体労働をしている人ぐらいだわね。もしかして…プテラノには朝も食べる文化がある地域もあるのかしら?」

 あー、そうなんだ。難民に割く食料がねぇってことか。しょうがないな…それとこの人頭ごなしに否定しないのなんか好感度高いなあ。やっぱり難民の扱いには相当慣れているのだろうか。これうまく交渉すれば朝飯にありつけるのではないか?あっちも歩み寄ろうとしてくれているし。


「そうですね。朝に少し食べて、昼はそこそこ。夜はまあ普通に食べて寝ます。」

「なるほどね。でも大変申し訳ない。昨日も言ったかもしれないけど、ここは難民に追加の食事を与えられるほど裕福じゃないの。昼まで堪えられる?」

 そうきたか。まあしょうがない昼まで堪えますよ。

「わかりました…何とか頑張ってみますね。」

「申し訳ないね…」

 あれ、朝食を食う以外にこの日の目的ってあったっけか。思えば生き延びることという刹那的な目標を凌ぐことで精一杯で、大きな目標なんてこれっぽっちも考えられる状況ではなかった。じゃあ今目標を決めてしまえ。そうだな、現実の世界ではある意味戦場だったからな。この人生ぐらいはせめて、まあどうせ異世界にいるならスローライフだな。そう、「安寧のある暮らし」。一度こんな感じで考えるか。


 で?そのために何をする?非常に困ってしまった。またヴァーチュオとの気まずい時間が流れる。この世界に来て24時間も経っていないだろうにもはやデジャヴすら覚える。童貞すぎてワードが出てこねえんだよ。そこのお前と一緒で。

 ヴァーチュオは慣れているのか、どこかぼーっとしていて私のことをあまり気にせずにのびのび過ごしているように見える。やっぱ慣れているんだな。文章にすれば短いかもしれないが、自分だけが理由なく悶々としている状況が体感20〜30分続くのを想像してほしい。なかなかにきついものがある。


 だが、展開的にも自分の心情的にもそういういわゆる「虚しい」時間というのは長続きしないもので、少し奥で木が軋む音がしたと思ったら、ルーカスが起きてきた。

「おはよう二人とも。早いね。」

 まあな。一応挨拶は返しておこうか。

「おはようございます、ルーカスさん」

「ああおはよう、そういえばお前の名を聞いてなかったな。偽名でもいいから教えて。」

 またいうのかよ。軽い拷問だろこれ。

「えっと…ニコラです。」

「ニコラ?お前男だよな?随分変わった名前してるんだな。」

 あー、だめだ。こいつ思ったこと言わないと気が済まないタイプの人間だ。一番苦手なタイプである。そんな性格だからカスとか言われるんだよ。

「そんじゃあニコラ、体調とか大丈夫か?」

「ええ、それは問題ないです。おかげさまで…」

 何で俺は難民の食糧も捻出できないような団体に頭下げてるのか。不本意である。もうちょいなんかあるだろ、ほら…と言おうとしたがここで実例を挙げると政治的な問題が発生してしまう。


 少しすると、ルーカスが来た方の通路からまた小さく、床の軋む音がした。え?まさか誰かいるの?こわいこわいこわい。ゴースト?幽霊?いやそれ一緒。とにかくなんかいる。来ないでくれ!なんか足音大きくなってるし!侵入者か何か?だとしたらルーカスさん動いてくれよ。俺は難民だから何もしないけどな!

 その足音の主はすぐに現れた。私ほどじゃないが何となく細身で、華奢な女の子…であってるよな?多分ボーイッシュな女の子であってるよな?服装は少し灰色がかったワンピースっぽい。てことは女子でいいんだよな?ふと顔を上げれば、目の形がちょっこし丸っこいので、私は朧気ながらのこの人が女子であることの確信を持った。んで、足元は律儀にローファーを履いているが明らかに動きづらそう、というか素人目に見て全体的なバランスを考えても絶対に小さい。これじゃあ纒足になっちまうぜ。

「おはよう、カランビット。体調は大丈夫か?」

 ルーカスはその少女(?)に聞いた。

「ちょっとお腹が痛いですけど、まあなんとか。それよりこの人は?」

 あ、声はちゃんと女だ。こういうの異世界にもいるんだ。てかどうしよう、私に注目がいってしまったよ。女の子苦手なんだよ。勘弁してくださいまし。

「彼はニコラ。君と同じプテラノからの難民だよ。ああ話してなかったねニコラ、ここで受け入れてる難民は君だけじゃないん。もともとここ難民キャンプでも何でもないんだけどな…」

 予想外のことが起きた。これは本当に良くない。今まで自分が話してきたことが全部嘘であることをこいつが証明してしまうかもしれない。終わったー、終わった。ごめんねお母さん、あまず死んでもうたことに。

「ニコラ…?こいつ男でしょ?」

 もうええて。やめてくれよ。

「俺も同じこと思ってるが、本人が言ってるならしょうがないでしょ。」

 何のフォローにもなってねえよカス。むしろ傷抉ってるし。マジで覚えてろよ。

「でもそういう名付け方をするってことは…そうだな、お前。」

 はい?どうしました?

「お前民主派だろ。絶対。じゃなきゃ女の名前つけねーもん。」

 え?どういう論理?背景情報何も知らないんですけど。そもそもどことどこが繋がっているんだ。なんかどこまで妄言でどこまで本当かわからなくなってきたわ。


 そう言ってあの女は私に向かって走ったと思えば、間髪入れずに胸ぐらを掴んできた。こんなボロい服だと破けてしまいそうだ。女は何か言葉をこらえながら、感情を殺そうともがいているように見える。すげえな、人間って一つの情報だけでここまで獰猛になるんだ。言ってる場合か、このままだと殴られる流れだぞ。

 女は捻り出すように呟いた。急造したのであろう涙が少しだけ垂れている。

「お前らの…お前らの…」

 あ、本当にそういうセリフが出るんだ。初めてみ…

 直後に、想像していたよりは二倍ぐらい強い右フックが私の左頬を襲った。直後に右半身に衝撃が走り、視界が横を向いた。何か喚いている。叫んでいる。

「ちょっと、やめなさい!」

 あ、ヴァーチュオが止めに入っている。両手を押さえている。ルーカスも抑えに行っている。後ろから地面に倒そうとしている。あの女はまだ感情を抑えきれていないように見える。遅れて私の中にも苦しみが走る。何だかよくない衝動を感じるが、体がなんだか動かないので抑え込めている。あ、意識が飛びそう…死にはしないんだろうけど、えっと、もう何も考えられねえな。本当に何なんだよ。朝起きて数十分の出来事がなぜ約4000字まで膨らむんだよ。


 また起きた時には、頭にどこかしら温かしさを感じた。もうこれで起床シーンが四回目になるのだが、今回のは別格だろう。てか寝すぎだろ。頼む。ヴァーチュオであってくれ。これでルーカスだったらマジで面白くないぞ。起きたら膝枕ってこういう異世界ものではよくある話だけど大体最初の方は美少女にしてもらってるんじゃないんだよな。どうせ今回もそうだよ。もう何も期待しない。

「あ、起きた!」

 お、ヴァーチュオの声が聞こえる。これ以上ない喜びだ。いいやまだ早い、二人いる可能性だってあるじゃないか、触覚は資格に比べて役に立たない。だからこの目で直接確かめてやる。さあ運命の瞬間だ。これでルーカスだったらもう今すぐ発狂しながらスポッチャ行ってやるし、ヴァーチュオだったら二度寝してやる。


 左側に聳える、強大な双璧と温かみ。そして改めて感じる生の太ももの弾力。想像していたよりは骨の位置が何となくわかるぐらいではあるが、これは絶対にヴァーチュオだ。ついに報われた。人生の後悔が一つ消えた。ありがとう神様。このまま二度寝してやろうかな。あの女が襲ってくることはないだろうし。まあ、多分。ああ、幸せだ。こればかりは幸せだ。これだけは例外だ。

「なんかよくわからないけど、ごめんね…?」

 そうヴァーチュオは言った。ああ、あの女の話?いいよいいよ、ぜんっぜん気にしてない。今の私はもう全部許すよ。

「さっきの女の子は反省室…というか彼女の部屋で今ルーカスに説教されてるよ。彼女ね、王政派で戦争で弟を亡くしているの。」

 ああ…そういう過去があったのね…何となく想像はついてたけど。

「とりあえず今後はなるべく君をカランビットと合わせないようにするから当面それで勘弁してちょうだい。」

「あ、はい…ところで何でヴァーチュオさんは僕のこと膝枕してるんですか?」

 あ、やべ。興味本位で聞いちまった。これ多分辞める流れになるやつやん。

「え?だって男の子みんなこれ好きじゃん。君も好きかなと思って。」

 はあ。ほんとにこの女オタクの夢に詳しいし、都合いいし、わけわからん。こうやって沼った男が何人いるんだろうか。というか、本当に難民慣れしているな…

「そろそろ膝が疲れるからこの辺で終わりね。昼ごはん食べましょう。」

 あ、終わっちゃった。私は彼女の膝に乗っけていた頭をどかし、そそくさと体を起こすこととした。あんな理由をつけられると普段はあんなにおとなしくなる本能もおとなしくなり、理性の前には抗えなくなってしまう。普通逆なんだけどな。さあ、飯にしよう。そろそろ飢えそうだ。

何とか力を振り絞って毎日投稿を維持してます。とても疲れますが非常に楽しいです。もう語彙力があれでそれ。ばなな。

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