2話: いつの世も一人
そんなこんなで、私はそのハレンチな女の誘い文句に乗ることにした。
スパイク通りと呼ばれる道を歩いてゆく。少し上を見上げただけでも、中世や近世の様々な建築意匠が織り交ぜられているように見え、統一感がない。この世界線を作ったやつの学の無さが窺える。というか顔を見てみてえ。きっと髪の毛はギトギトでたらこ唇、お母さんに買ってもらったヨレヨレのチャック柄Yシャツを着ているのだろうか。道は端の方も真ん中の方も均等に汚い。道幅はコミュニティバスを横向きにねじ込めるほどはあり、土を何となく固めてできているように見える。幸いにも靴は履いていたので、私は足ツボをいじめるレインボーマゾロードを踏まずに済む。
その道中で、私は例の女に話題をふられてしまった。
「ところで…君の名前は?」
これも聞かれると困るトピックだ。作者が一人称視点での作風にこだわりすぎるあまり、私に固有の名前を設定してくれなかったのである。もちろん本名はあるが、今の時代ネットリテラシー的な問題でも言わないほうがいいだろうな。どちらにしてもなんか決めなきゃあかんが、咄嗟に考え事ができるほど私の頭は器用ではない。否でも考えろ、考えるんだ■■■■。某江戸川コナンの自己命名術を思い出せ。そういえば、私がやっていたゲームで好きなキャラとかあったよな。ビリー、雅…これ以上出せば怒られてしまう…あ、これでいこう。
「ニコラ…僕はニコラ。」
よりによってなんで女キャラの方に走ってしまったのか。ここにきて二つめの後悔だ。絶対突っ込まれる。絶対女の子?とか言われる。
「ニコラ…ニコラね。わかった。私の名前はヴァーチュオ。」
今言葉飲み込んだな。彼女なりの優しさなんだろうな。うんそれが一番いいよ。
とはいえど双方に思っていることがあるせいで、どこかしら気まずい時間が流れる。そういえば私は今女の子と二人きりだよな。いやもうこれデートやん。もう私のこと好きやん。絶対そうやん…と心の中の童貞は言っている。実情で言えばおそらくこの女は似た要領で大量の人を助けているんだろうし、私はその一部でしかない。だから同じように恋情を抱く人々も多い。なんかそんなところまで見えた。うげえ。一つ上から忠告しよう、その自覚があるならこんな破廉恥な服を着るでないよ。にしても乳デカすぎだろ。ケツもだけど。もうなんか現実離れしてるんだよ。峰不二子のそれ、いいや下手したらそれ以上だね。もう二次元への移住を希望する人々の考える俺の嫁みたいな体型だもん。異世界だからなんでもありなんだろうけどさ。便利な言葉や。
「近くにレストランがあるわね。そこに行きましょう。」
ええ、レストランとかあるの。確かレストランの始まりはフランス革命のあたりだったよな…てことは18世紀ごろか。こういう系の世界にしては随分と近世なんだな。とはいえ日本はその頃江戸時代だから案外近いなという感覚もない。どちらにしても面白いな。さあさあ、私に魔法の料理を見せておくれよ。
レストランの名前はさぞ現地語なんだろうなと思ったらローマ字で普通にarrowsって書かれてやがる。富士通のスマホかっつーねん。言語のプライドとかないのかよ。んてか文字が日本語もといローマ字とかが平気で書いてあることへの疑問はさっきの失礼な診療所の時点で持つべきだろ。この調子だと建物に非常口のサインとか消火栓とかすらあるんじゃないか。もう異世界にいる感じがしねえ。U○Jとかディ○ニーとかハー○ニーランドとかにいる感覚だ…あ、ハー○ニーランド知ってる?大分のサ○リオのテーマパーク。もう伏字ばっかじゃねーか。
ドアを開ければ、そこにあるのは典型的な酒場的な内装の飲食店である。予想はついてた。捻りがなくて面白くねえな。そこは近世の絵画のような感じじゃないのかよ。時代考証班頑張れよ。
対面のテーブル席に着けば、マスターがメニューが書かれた木の板を指差す。メニューはいろいろあるが、ここはどうやら魚介類が多いようである。大丈夫?アニサキスとかいない?そもそも水は清潔?軟水?硬水?保健所は機能してる?ちゃんと手洗ってから調理してる?トイレ設置してる?日本だと法律上中に席がある飲食店はトイレないとダメだよ?そういう衛生観念はある?まあないだろうな、食事中の方がいたら悪いが、ベルサイユ宮殿の周りは馬の落としたブツや窓から投げ捨てる人間のそれのせいでクソミソパラダイスだったという話がある。この辺の考え方というか文明レベルが中世レベルの設定なのだとしたら、この時代向けの強靭な免疫なしに私は生きられないだろう。長すぎるからこの辺で改行しよう。
だが免疫を得る方法なんてこの世界にあるわけない、あでもそれこそ魔法とやらでどうにかなるのだった?いや待てよ、そんなバイオマスな分野までわかっているならもう魔法いらねーだろ。ホワホワしたのを手の中から生み出せばなんか治るんだからさ。いや、いや、いや。そういえば、ここにきてからおそらく4時間余、元々魔法なんて見たことがない。ヴァー..チュオ?が狼を撃退したのはおそらく普通に銃だったし、魔法が街中で使われているわけでも無さそう。ええ、だとしたら魔法のない中世なんてただの中世やん。歴史付きとかでもない限り、そんな夢も見れない世界じゃ読者が離れちまう…そろそろメタ認知がしつこいな。自重しよう。とにかく俺は幼児に受けさせられたBCGのハンコ注射で全部乗り切ってやる。もうこんなの気にしたってしょうがねえ。どうせもう一度死んでるんだから異世界で死んだってもう変わらん。似たようなもんやろ。
さてと、とりあえずニシンの塩漬けでもいただきましょうかね。値段は知らん。どうせヴァーチュオネキの奢りだし。臭くないやつで頼むよ?シュールストレミングみたいなのがきたらどうしてくれようか。あり得るのが怖いんだよな。はあ。
「じゃあ…このニシンの塩漬けってやつで。」
「私は鮭の切り身でお願い。」
そんな極東文化に傾倒した料理あったのかよ。うわー、私も鮭にすればよかった。それとセットでコメを掻き込むのが美味さ。ああ、日本のコメが恋しいよ。普段はジャンクばっか食ってる身だけど、たまに頬張る定食屋の飯がうまいんだよ。
注文が聞こえたのか、奥から屈強な男たちの掛け声が聞こえた。それを確認してメニューがならんだ壁から視線を逸らすと、ヴァーチュオがこちらをじっと見つめていることに気づいた。ああ、これいよいよ尋問されるやつだな。どう受けごたえしようか。何も考えてねえや。私の人生いっつもこうだ。
「まず聞きたいんだけど…なんで許可なく森の中にいたの?」
知らねーよアホ。こっちが聞きてえよ。いやそっちが亡命の設定作ってくれたんだろ。忘れんなよ。どこの国から亡命したかは…語る必要あるのかな。いいやそれが欲しいんだよな。かと言って架空の国を作ってそれが国の特務機関にでも流れたりしたら?下手したらこれはこれで工作員的な扱いをされて首が飛んじまうよ。この時代は尚更感情的だろうからな、何されるかわからねえ。んてかさ、そもそも論として衛生面の保証がいない調理中の料理自体もどうせ私の最後の晩餐になっちまうんだ。BCGワクチンで戦える気はしないんだ。そう考えるとどんなこと言っても問題ないように思えてきたわ。ある意味これが走馬灯なんだとしたらさっさと私をあるべき場所において欲しいものだね。そうだな、最初はパニクって何が起きたのかわかってなかったけどだんだん思い出してきたってことにすればいいだろ。すまないな、よくわからん土地にいるよくわからない国たち。一か八かの賭けに出るよ。スリルとかはないな。そこまでメンタルは強くないっすよ。
「えーと..東側にあるプテラノ国って…わかります?」
「あ、あそこね。なんか最近揉めてるんでしょ?」
ビンゴ!もう一生分の運を使い果たした気がする。となると幸先が不安だな。明日はどんな祟り目を見る?ちゃうちゃうちゃう、現実見ろって。はあ。
「聞いた話だとプテラノはここ数年民主派と王政派の間で長い紛争が起きているって聞くよ。」
民主化運動ってことは少なくともフランス革命より後かな。そっから追従するように運動が起きた国とかもあった記憶が。この流れだと民主の方が弱そうだな。こっちに合わせよう。
「そうですね。私は親が民主派だったので一緒に運動に参加させられていたんですけど、運動中に両親が逮捕されてしまって...3人兄弟なんですけど、とりあえず西の方に逃げる決断をして、道中で一人は獣に襲われ、もう一人は深夜に突然叫んだ後にどこかに消えてしまって…おそらく生き残れたのは…自分だけ…そこをヴァーチュオさんに…助けてもらって…」
どうしよう、質の低い嘘なのに喋りながら涙が出てきたぞ。演技力が高いから出る涙なのか自分が惨めで出る涙なのか。もーわかんねえや。寸劇って虚しいなあ。周囲から変な注目を集めていなければいいが。ってあれ?少しヴァーチュオの目が潤んでる?アスペだから目あわねーけど。そんで乳に視線が行くけど。
「ちょっと…泣かないで。なんとなく事情はわかったから。とりあえずよく逃げてきたね。」
そういってヴァーチュオは、虚しく項垂れている私の頭を不躾に触ったようだった。こいつ難民保護するたびにこういうことしているのだろうな。この女やべえ、私じゃなかったら絶対好きになってるよ。夢のようなシチュエーションにパニクっている心の童貞と、嘘で泣かせていることへの罪悪感と、ちょろく撫でてきたことに対しての不信感が入り乱れ、どこか不快感のある撫で方のように感じた。ヴァーチュオはその手を数回左右に振った後、私が顔を上げるのを待っていたようだった。
「そんでー、そんな状況で聞くのも酷だけど、もしプテラノに関す流情報を持ってたら後で教えてほしい。なんかヤバそうな話持ってそうだからここで聞くのは良くない気がして。」
ですよねー。逃げられませんよね。知ってましたI know。まあなんかプテラノっていうでまかせで言った国が実際に存在していたのはいいが、そうなると今度はそのエピソードにさらなるリアリティが必要だ。とりあえず内紛の様子としては民主側が弱くて関係者を王政派と国が武力を使って弾圧していること、近くの国からそのための武器を輸入しており、この国からも武器のルーツがありそうなこととか、なんかそういう感じの出まかせを組もう。うーんどうだろう。精神状態鑑みると多少は戯言として流してもらえるかな。私は馬鹿じゃないからな、ちゃんと失敗から学ぶぜ。
そうこうしているうちに料理が届いた。私の最後の晩餐だろう。
奥には1ヶ月に一回ぐらい家庭の食卓で見た鮭の切り身を焼いたものが、皿の上に乗っかっている…いやそれフォークとナイフで行く代物じゃないでしょ。箸がないとまともに骨取れないと思うんだけど?ああもう、深く考えちゃダメ。他方、手前のニシンの塩漬けは想像した通りの見た目で、ニオイは全然問題ない。そして何故かフォークとナイフ。どうやって食えっていうんだ。てか手で食った方が良くね?とりあえず、ナイフを左に、フォークは右に。いやいや、こんな時代で左利きをかましていては迫害されてしまうよ。拙いかもしれないけど右でやろう。あ、いいこと思いついた。ナイフをブルブルさせながら持ったらもしかしてみかねたこの女が切って食べさせてくれるんじゃないか?そんであーんとかしてもらえるんじゃないか?うまくいけばアニサキスとかどうでもいい、私の人生の最高で最後の食事になろうか。ついでにこれはこの国の文化に慣れていないことの裏付け突しても利用できるな。あゝ神様よ、この時ばかりは左利きに感謝。
そう下世話なことをいろいろ考えて、私は右手にナイフ、左手にフォークを構えた。力を入れずとも、そういえばまともな食事をしていなかったことも含めて手がおのずと震えてしまう。キタコレ。これはいける。気付け気付けヴァーチュオ。私に森で介抱されたことに気づけなかった未練を晴らさせ…
「手で行くのよそれ。」
やっぱりねー。そこまで恥ずかしさのない形で企みが消えた。ありがとう。現実は厳しいが恥ずかしい過去にならなかっただけ幸いだ。言われた通り、私はペンギンの如くその塩漬けを丸呑みする。口の中に脂の乗ったコクと旨み、そして生きのいい玉ねぎのツンとくる刺激がなんとも絶妙で、いかにも健康に悪そうな味がある。控えめに言って旨い。なによりトッピングの野菜類が瑞々しい。これだけでも、おそらくこの世界の食物衛生はそれなりのクオリティに達していることが窺える。よかった、これが最後の晩餐ではないようだ。夕方だけどな。
久々に美味い魚を食った気さえしている。なんとも気分が良かった。期待していたよりもずっと良かったもんだから、その間にヴァーチュオとどんな内容を話していたのかとか、マスターの顔はどうなのかとかいろんな記憶が飛んでしまったのだ。富士通のスマホ店リピありだな。この世界悪くなさそうだな。店を出ると、私はヴァーチュオについて行ったまま、特に会話をすることなくそれなりに大きそうな建物まで連行されて行った。何故かといえば受けごたえの中身を考えるのと歩くたびに小刻みに震えるその乳に気を取られてしまっていたからだ。本当になんだよあれ。もう話のオチが大体それになりつつあるぞ。そんなことはさておき、多分こっから話すことになるお偉いさんにどういう法螺を吹くか考えないといけないな…っておい、同じ内容で次の話まで引っ張るのかよ!?
思ってるよりも筆が乗ったため、連日更新とさせていただきました。私は大学での休み時間とかを使って書いているんですが、ああいう適度に騒がしい環境の方が私は集中できる気がします。
いつやる気がなくなるかわからないので、気長に待っていてほしいのは相変わらずです。




