心の声
「葵亥様、花月。いらっしゃいませ!」
四葉がいつも通り明るく挨拶して葵亥たちを席へ案内した。
花月は店先の猫を抱いて席まで連れてきていた。
手慣れた様子から、今日が初めてではないらしい。
四葉はてきぱきと奥から二人分のお茶と茶菓子を持って戻ってくるなり言った。
「また二人で買い出しね?」
「八百屋の前でたまたま葵亥様に会ったの」
葵亥は思わず二人から目をそらした。
四葉は意味ありげに葵亥の顔をうかがった。
「もしかして望月様のお屋敷に行かれた帰り道ですか?」
「なぜ分かるのですか?」
葵亥はどきりとして四葉の顔を見た。
四葉は面白がるように目をきらきらさせて言った。
「市井は今その話題で持ちきりですよ。
葵亥様が望月様のお屋敷に通ってらっしゃるって。
文も行き来しているし婚約されているのではという噂ですよ」
なるほど、噂というのは恐ろしいものだ。
しかも京の都の三大公家の望月家が気織家と婚約などという話ならなおさら広まるのも早いということだ。
「えっ?そうなのですか?」
花月が驚いて葵亥の方を見ている。
四葉と花月の期待を裏切るようで悪いが、葵亥は首を横に振った。
「根も葉もない噂ですよ。
婚約なんて話は全くありません。
今日で伺ったのは二回目ですし、用事です」
葵亥の素っ気ない言いように、四葉だけでなく葵亥の正面で聞いていた花月までがっかりした様子だ。
「望月姉妹はとってもお優しいしとっても美人じゃないですか。
女性にとっても憧れの存在なのですよ。もったいないですね」
四葉の力説も分かるのだが葵亥にはどうしようもない。
「ご期待に添えずすみません。
あの姉妹はとても頼りになる友人なんですよ」
「きっとお似合いになるのに。
それとも葵亥様は美女よりも武に精通した強い女性の方が好みなのかしら」
「…決してそういうわけではありませんけど、まあ、どちらかと言えばそうかもしれません」
思わず答えてしまってから、四葉と花月が目を合わせて何やらひそひそ盛り上がっているのを見て、こういうことは言わないほうがいいのだと悟った。
四葉が仕事に戻ると、やっと葵亥は落ち着いて茶菓子に手を伸ばした。
今日の菓子は菊の花の形の練りきりだった。
「これ、後で雪笹姉さんの分も買って帰らなくちゃ」
花月が独り言のように言うのを聞きながら、葵亥はここぞとばかりに花月に尋ねてみた。
「そういえば先日、雪笹殿のところへ丸坂喜太郎殿が訪ねてきていました」
「ええ、そのようですね。
丸坂様はとても良い人なんですけど、雪笹姉さんは少し困っているみたいです。
葵亥様たちが松迦羅社に行かれた日、丸坂様は雪笹姉さんを食事に誘ったそうなんですけどお断りしたそうです」
「なぜ断るんですか?」
普通なら京の都の有名な旅館の御曹司の誘いを断るなんて失礼なことはできない。
「それはもちろん、雪笹姉さんには導仁様がいらっしゃるからですよ」
「?」
葵亥の表情を見て、花月はとうとう椿嬉のように呆れたような様子でやれやれという風に首を横に振った。
「雪笹姉さんは導仁様のことが好きなんです」
花月は小さい子供にでも説明するかのように葵亥の目を覗き込んではっきりと言った。
しかし、だとすると葵亥には色々と腑に落ちないことが多い。
「逆だと思っていたのですが…。
つまり、導仁殿が雪笹殿のことを好いていると思っていました」
「そうです。お二人は両思いなんですよ」
「それにしては雪笹殿は導仁殿に対して厳しくないですか?」
葵亥の問いに花月は優しく微笑んで言った。
「雪笹姉さんは素直じゃないですから、ああいうつんつんした態度になってしまうのですよ」
「しかし、以前導仁殿が櫛を贈った時も、喜ぶどころか怒って突っ返してしまいましたし…」
「葵亥様は誰かから高価な物を渡されたらどう思いますか?」
葵亥は腕組みをして眉間にしわを寄せて考えてみたが、ごく普通の答えしか出てこなかった。
「…嬉しくはないのですか?」
「家族や親しい友人か、逆にどうでもよい相手なら単純に嬉しいかもしれません。
しかし本当に好きな相手から急にそんな高価な物を渡されたら単純には喜べません。
高価な物に釣られるような人だと思われたくないからです。
雪笹姉さんは導仁様から、高価な物を喜ぶ人間だと思われたのではないかと思って悔しかったのでしょう」
「雪笹殿があの贈り物を受け取らなかったのは導仁殿のことを慕っている証拠だという事ですか」
花月は口の端をきゅっと上げて企みのありそうな笑顔を見せた。
葵亥は初めて見る花月の表情にどきりとした。
「酉貴様が贈り物を渡したときのことを覚えていますか?
雪笹姉さんはすんなり受け取っていましたよね」
「…つまり雪笹殿にとって酉貴兄はただの友人だと」
「はい、そういうことです」
なかなか面白い理論だなと思ったが、色々と話の辻褄は合っているし、たぶんこれが真実なのだろう。
しかし人の心とは不思議なものだ。
「なんだか雪笹殿は本当の気持ちと真逆の態度をとっているように思うのですが」
葵亥が考え込むように言うと、花月は面白がるように笑った。
「ふふふ。小さい頃、私のことが好きでいつも意地悪してくる男の子がいたんですけどそれに近いのでしょうね。
恥ずかしいから好きなのを隠そうとして真逆の行動をとってしまうんですよ」
葵亥は花月の言うことは理解できたが、それと同時に自分がいかに単純な思考しかできていなかったかを思い知った。
それにしても前回の荷物持ちの時は、葵亥が手伝いをすることを『恐れ多い』と言っていた花月がこんなに打ち解けて話してくれるようになったのだなと葵亥はしみじみと思った。
ついでに花月に意地悪した男の子というのが気になったが、それは今は忘れることにした。
「でもいいんですか?
こんなに雪笹殿のことを勝手にバラしてしまって」
葵亥の問いかけに花月は吹き出した。
「バラすも何もとっくに皆知っていることですよ。
葵亥様ってこういうことに関してはすごく鈍いと言われませんか?」
花月の言葉に葵亥は笑いを噛み殺して応えた。
「言われます」
そして、花月殿ほどではないですけど、と心の中で呟いた。




