松迦羅社
導仁と雪笹を架橋神社に残して、菊守と椿嬉と共に葵亥は松迦羅社を目指していた。
京の都の東の端にある架橋神社から、西の端にある松迦羅社までは結構距離がある。
しかし急ぐ必要のない三人組は途中に他愛もない話をしながら歩いていた。
途中で絵を売っている店に寄り道をした時、葵亥たちが店内へ入るのを見た店主が、葵亥の姿絵を素早く隠しているのを菊守が見たそうだ。
葵亥は絵が好きなので、絵を売っている店には今までも出入りしたことあったのだが、自分の姿絵が売られているのを見たことは一度も無かったのはそういうわけなのだと理解した。
ちなみに佐治三木ヱ門の姿絵が売られているのは確認できた。
もしかしたら今まではそんな物があるとは知らず目に入っていなかったのかもしれない。
そして黒い弓を構えた三木ヱ門の姿絵はなかなか格好良く描かれていた。
これが花月の部屋にも飾られているとすると、普段から花月はこれを見て過ごしているということなのだろう。
かと言って葵亥は三木ヱ門の代わりに自分の姿絵を飾ってほしいわけでもないので、結局もやもやとした気持ちになった。
またこの姿絵は実物の三木ヱ門よりも上方修正されていると葵亥が何気なく口にしたら、菊守と椿嬉が目配せして薄笑いを浮かべていたので、余計な事を言わなければよかったと後悔した。
気になる店は他にもたくさんあった。
全てに寄り道していると神社までたどり着けなくなりそうなので、とにかく神社へ行ってから帰りに寄るということにした。
松迦羅社の鳥居は架橋神社よりは少し大きかった。
色も形状も架橋神社とは少し違っていて、ここだけ見ても神社ごとに違いがあるのだということがわかる。
三人は架橋神社と同じようにして初めに軽く礼をしてから鳥居をくぐった。
少し進んでいくと右側に手水舎がある。
近づいていみると確かに吐水口が石造りの亀であった。
葵亥は亀の口から水盤に水が注がれているのをまじまじと見た。
ふと気が付くと菊守も同様に亀を見つめている。
亀の手足はずんぐりしていて、顔も意外に丸みを帯びていて、口を開いた様子はなんと言うか…
「かわいいですね」
聞こえてきたのが自分の声であるということに葵亥自身気がついて驚いた。
菊守と椿嬉もきょとんとした目で葵亥のことを見ている。
「あっ、いえ。だからその、少し思っただけです。
亀がずんぐりしていて…」
葵亥がなぜか必死に言い訳していると、菊守が横から言った。
「実は私も思ったのですよ、ちょっとこの手足やあごのところがかわいいな、と」
菊守がまるでちょっとした秘密でも打ち明けるかのように恥ずかしそうにして言うのは面白かった。
「葵亥様も菊守様も、分かってきたではありませんか」
椿嬉は満足そうに葵亥と菊守の顔を交互に見て言った。
「ありがとうございます」
菊守がにっこりと微笑んでお礼を言うと、椿嬉は今度は真面目な顔で言った。
「この松迦羅社の御祭神は伊邪那岐命で、この亀は健康長寿を意味するそうです。
伊邪那岐命は生命の神でもあります」
三人はかわいらしい亀の手水舎で手を清め、参道を進んでいった。
踏み慣れた架橋神社の玉砂利とはまた違うごつごつした感覚が足に伝わってくる。
一言に神社とは言っても鳥居や灯籠の形も違うし、社殿の装飾も違う。
手水舎から拝殿の間には参道に沿って左右にたくさんの灯籠が並んでいる。
葵亥は架橋神社の灯籠とはまた違った目の前に並ぶ灯籠を物珍しく思った。
拝殿の少し手前まで来ると、菊守は百度石を見つけて嬉しそうに観察していた。
ここの百度石は架橋神社のものより小ぶりだったが、形状は架橋神社と同じ石柱のようだった。
「ここの百度石もこれと同じですね」
椿嬉が嬉しそうに自分の帯を指さして言ったので、葵亥と菊守が椿嬉の指の指すところを見てみると、そこには以前菊守がくれた木の百度石の彫刻が根付として下がっていた。
この松迦羅神社には太鼓橋や池は無いようだ。
葵亥たちは一対の狛犬と獅子の間を抜けて拝殿へ進んだ。
拝殿の前に来ると三人は順番に鈴を鳴らして祈った。
鈴の音は明るい音でからからと軽快に鳴った。
二礼二拍手一礼、葵亥はもう何度もやってきたことだったが、初めて来たこの神社ではまた何か違った感覚があった。
健康長寿というと何となく年老いた者が祈るようなものだと思っていたが、あのかわいらしい亀のことを思い出し、葵亥はおとなしくここにいる三人ともが健康で長生きできますようにと心のなかで祈っておいた。
社務所にはお守りやお札などの授与品があり、椿嬉が五姫婆の為にお守りを選んでいた。
「ところで、普通に参拝してきただけですけど、こんな感じで良かったのでしょうか?」
お守りを持って戻ってきた椿嬉に葵亥が聞くと、椿嬉は微笑んで頷いた。
「ええ。上出来です。
今日の参拝はこれでおしまいですから、寄り道しながら帰りましょう!」
椿嬉がおすすめのお団子屋さんがすぐ近くにあるからと言うので、葵亥と菊守は椿嬉の後に付いて歩いた。
菊守は途中で小さく鼻歌を歌っていた。
本当にこの松迦羅社の道行きが楽しくて仕方がないのだろう。
そう思って葵亥がもう一度隣を歩く美しい青年を見ると、中身は小さな子どもが入っているのではないかと思うくらい無邪気な笑顔を浮かべていた。
三人は椿嬉のおすすめのお団子屋さんに着くと店先の椅子に並んで座った。
まだまだ寒い季節だが今日は日が差していて昼間なのもあり外でも少し暖かい。
三人分の串団子と茶が運ばれてくると、葵亥も少しお腹が空いていることに気が付いた。
串団子を一口食べてみると柔らかくてほんのり甘くとても美味しい。
「外で食べる団子は格別ですね」
菊守がとても美味しそうに団子を頬張りながら言った。
「でしょう?雪姉から教えてもらったお店なんです。
今度は雪姉おすすめのうどん屋さんに行きせんか?
ちょうど近くにお二人をお連れするのにぴったりの素敵な神社があるので、次はその神社へ行くといいと思います」
椿嬉の言葉からするとまた次も別の神社に行くということなのだろう。
しかしこの松迦羅社にしても一体なんの為に来たのか葵亥には分からなかった。
亀の吐水口を見るためだけに来たわけでは無いはずだ。
「あの…こうやって色々な神社に行くことにどのような意味があるのでしょうか?」
葵亥の質問に椿嬉は少し考えるような表情を見せて応えた。
「意味、ですか。なぜそんな事をお尋ねになるのですか?」
「國造り儀は何か意味があるものですよね?
こんなに長い期間をかけてやるのですから、何か意味があるはずです」
葵亥は真面目に言ったのだが、椿嬉は少し面白がるように笑った。
「ふふふっ。あ、すみません。
葵亥様は意味のあることをしようとしがちなのですよ。
やりたいかどうかよりも意味があるかどうかが行動基準なのではありませんか?
決して悪い考えではないと思いますけど、たまには無意味だと思うようなことをしてみるのも良いと思いますよ」
「無意味なことをする?」
椿嬉の言っていることがよく分からず、葵亥は思わず聞き返していた。
「ええ、そうです。
無意味でくだらないと思うようなことをするのです。
それでも、その無意味でくだらないと思っていたことが後で意味をもつこともあるのです」
「分かるような分からないような…」
「私は物事というのは本来それ自体には意味が無いのだと思っています。
私達が勝手に意味付けを行っているに過ぎない。
國造りの儀にしても、どう捉え考えるかは人によって様々でしょう」
「なるほど…」
「必ずあるはずだと思っている意味を探すのなら、それは必ず見つかります。
必ず意味付けを行うからです。
しかし全ての物事に無理に意味を持たせる必要はありません。
もっと肩の力を抜いてください」
椿嬉が葵亥の肩をぽんぽんと叩いた。
その叩きかたがとても優しくて本当に肩の力が抜けるかのようだった。
葵亥は思わず微笑んで椿嬉に言った。
「私は自分が経験する物事に価値があると思いたい質なのかもしれませんね。
少しは無意味だと思うことをしてみようと思います」
葵亥の言葉にそれまで横で黙って聞いていた菊守が口を開いた。
「それならちょうどよかったです。
すぐそこに川があるようなので見に行きませんか?
ただ見たいなと思っただけで、全然意味なんてありません」
菊守の提案に椿嬉が悪戯そうな笑みを浮かべた。
「あ、それはむしろ無駄に歩いて疲れるだけですね。
いいですね、行ってみましょう。ね、葵亥様?」
「そうですね、なんの意味もなさそうなので早速行きましょうか」
葵亥はそう言いながら、菊守のように興味があるかどうかで行動できるのは素晴らしいことなのではないかと思った。




