望月姉妹
京の都の北西には他より二回りも大きな屋敷がある。
葵亥はそこへ失礼のないようにいつもより少し洒落た着物を着てやって来ていた。
「葵亥様に来ていただけるなんて光栄です」
「望月沙弥殿、天紀殿。こちらこそお招きいただきありがとうございます」
菊守によると三大公家のひとつである望月家の屋敷は、宮廷を除くと京の都でもいちばん広いという話だった。
今、葵亥が姉妹と話している部屋も、広く手入れの行き届いた美しい庭に面している。
目の前にいる沙弥と天紀は顔のよく似た双子の姉妹であったが、葵亥にとってありがたいことに、二人はちゃんと初めに名乗ってくれた。
今日は姉の沙弥が薄紫の地に石楠花の柄の着物、妹の天紀は空色の地に桔梗の柄の着物を着ている。
「葵亥様は尾木の国で色々なお仕事を任されていらっしゃったのでしょう?」
姉の沙弥は積極的に話題を振ってきた。
何を話していいか分からない葵亥にとってはこれもまたありがたいことだった。
「仕事と言えるほどのことではありませんが、物流関係の管理や、城下町やその周辺の警備や、その他雑用をしていました」
「こちらでも所司代様と京の都の警備をしてくださっているそうですね。
以前も真朝隊の暴動があった時にお一人でその場を鎮めたそうですね」
そう言ったのは妹の天紀の方だった。
しかし天紀の口から真朝隊という単語が出てきたことが葵亥にとっては意外だった。
「はい。真朝隊をご存知なのですね」
葵亥の反応に、姉妹は顔を見合わせて微笑んだ。
葵亥は二人の笑った顔を見て、椿嬉の言った通り確かに二人は美人だと今更ながら気がついた。
「ふふ、もちろんです。望月家の京の都での情報網を侮っていただいては困りますわ」
「真朝隊は新人の勧誘を行っていますから、市井でも一部の者たちには知られているのですよ」
葵亥はのんびりと世間話をしに来たつもりだったのだが、姉妹の言葉に一気に目が覚めるような心地がした。
「勧誘?その話は初めて聞きました。
もしよろしければ真朝隊についてお聞かせ願えますか?」
「ええ、もちろんです。
と、言いたいところなのですが、私達の情報網を持ってしても、真朝隊についてはその名前の他にはほとんどわかっていないのですよ」
沙弥が眉尻を下げ、本当に残念そうに言った。
「では、その新人の勧誘について何か手がかりのようなものは無いでしょうか?」
葵亥の真剣な態度に姉妹はまた互いに顔を見合わせた。
それから天紀が葵亥の目を見て微笑み話し始めた。
「葵亥様は落語をご覧になったことは?」
「…落語ですか?いいえ、一度もありません」
急に何の話が始まったのか分からないが、葵亥はとりあえず聞かれたことに答えた。
「やはり、そうでしょう。実は私たちも行ったことはないのですけれど。
使用人の話だと、なかなか面白いそうです。
わざわざ身分をお隠しになって見に来られる高貴な方もいらっしゃるとか」
「使用人たちが聞きに行ったあとで披露してくれるのですけれど、素人ながらとても面白いものです。
私たちもいずれは本物を観てみたいと思っている次第です。
葵亥様も、せっかく京の都にいらっしゃったのですから、一度ご覧になると良いかもしれません。
もしかしたら何か、面白い話が聞けるでしょうから」
天紀の意味深な言い回しに葵亥はしっかりと頷いて答えた。
「分かりました。行って参ります」
「それが良いですわ」
葵亥は明日は菊守と椿嬉を落語に誘おうと考えながら、出された茶を飲んだ。
葵亥が湯呑みを置くのを見計らって、沙弥が口を開いた。
「ところで私達の情報には市井の他愛のない噂話も入ってくるのです。
そのほとんどは当てにならないものが多いのですけど。
市井での葵亥様のお噂をご存知ですか?」
「確か私は悪党を滅多刺しにした危険人物だと聞きました」
竜胆宮比から聞いた噂話では、葵亥は真朝隊から葉香園を救ったとき、相手を滅多刺しにしたことになっていた。
「ふふふ。そうですね。他にもご存知ですか?」
「いいえ、他にも何かあるのですか?」
噂話は一つではなかったのかと葵亥は急に不安になってきた。
当てにならない話とはいえ、気分の良いものではない。
葵亥はもう一度喉を潤そうと茶を飲んだ。
「例えば、葵亥様がいつも目立たないように振る舞っていらっしゃるのは、女性の目を惹かないためで、実は幼馴染の三木ヱ門様という素敵な方がいらっしゃって、その方が葵亥様の恋人だからなのだとか」
葵亥は茶を危うく吹き出しそうになり、なんとかこらえたが、茶が喉にひっかかってむせてしまった。
「なんでそうなるのですか!
確かに三木ヱ門と言う幼馴染はいますけどめちゃくちゃですね」
葵亥の驚き慌てる様子に沙弥も天紀も笑っていた。
「噂話とは面白いものですね。誰か話を作る人がいるのでしょうか。
まだ他にもありますわ。気織酉貴様という方は実在せず、実は葵亥様が演じている別人格だとか」
この話には葵亥が笑ってしまった。
「はは、同時に同じ場所にいるのを是非見ていただきたいですね」
「そうですね。私達はお二人が新年祝賀会にいらっしゃるのを見ていますから。
でもお二人はよく似ていらっしゃいますから、信じる者もいるかもしれませんね。
それから他には、葵亥様の親衛隊の方々が今まさに所司代のお屋敷に忍び込むための地下道を掘り進めているという噂もあります」
「そもそも私に親衛隊などいませんが。
それは怖いですね。念のため屋敷に戻り次第地下を調べておきます」
「どうですか?噂話というのは当てになりませんけれど、それでも信じる人もいるものです。お気をつけくださいね」
「分かりました」
望月姉妹はなかなか面白い話題をふるものだと、葵亥は半ば感心した。
くだらない噂話について話した事で互いの距離が縮まった気がする。
「葵亥様についての噂話と言えば、もう一つ面白いお話があるのですけど」
姉の沙弥が語り始めたその噂話も、他と同様に根も葉もない噂話だったが、とても興味深い話だった。




