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梅立商店

梅立商店の者たちは夫婦と、その若い息子という三人でやって来ていた。


葵亥が今まで会ったことのある商家の誰よりも品のある上等な着物を着た三人は、確かに京の都の大店らしく見えた。


梅立商店の息子はがっちりとして肩幅の広く、きりりとした眉の好青年だ。

葵亥にはこの人物にはっきりと見覚えがあった。


「おや。梅立十夜殿ではないですか」


「はい、葵亥様。西倭(せいわ)道場でお世話になっております。

気織(けおり)酉貴(ゆうき)様、お初にお目にかかります。

梅立十夜にございます」


梅立十夜は西倭道場の門下生の一人だ。

道場にはまだ数回しか行っていなかったが、門下生は少ないので全員の顔と名前は覚えていた。


「知り合いなのか?」酉貴が不思議そうに聞いた。


「はい。十夜殿は西倭道場の門下生です。

十夜殿が梅立商店の方だったとは知らず失礼しました」


「いえいえ!とんでもございません!

そもそも私なんてまだ見習いです。

これから精進して気織様のお役に立てるように励んでまいります」


十夜の礼儀正しさに葵亥だけでなく酉貴も感心した様子だった。


「それは頼もしいことだ。

それでは今日は尾木(おぎ)への土産をいくつか買いたいと思っている」

酉貴が夫婦と十夜に向かって言うと、梅立の主人が持って来た荷を示した。


「おすすめの品をたくさんお持ちしましたので、きっと気織様のお気に召す物が見つかると期待しております」


「では早速見せてもらおうか」


「はい、すぐに準備いたします」梅立夫婦と十夜は、運んで来た荷をほどき始めた。


目の前に次々に並べられていく美しい扇子、(かんざし)、練香や紅、それに茶器などを葵亥は黙って見つめていた。

どれも素敵な色や装飾で、はっきり言って葵亥には選べそうに無い。

酉貴もそのために片栗を同席させたのだ。


「先日それとなく聞いたところ、母上は扇子が欲しいと言っていた。

そうだな、これなんか良さそうだ。片栗はどう思う?」


酉貴が美しい金の糸の垂れた扇子を指さして片栗に聞いた。


「ええ、とても美しいですね。

ただ、奥方様はどちらかと言うと、派手な物よりさり気ない美しさをお好みですから、あちらの淡い桜の絵の物の方が良いのではないでしょうか」


さすが片栗だ。葵亥とて母の好みそうなものは何となく分かるが、選ぶとなると話は別だ。

片栗に言われて初めてなるほどと納得した。


「うん、確かにそうだな。

それに絵柄は派手ではないが一級品だ。

では片栗の言う通り、その桜の扇子を一つ頼む」


「こちらですね。承知致しました」

梅立の主人が扇子を丁寧に手に取り、そっと箱に入れた。


「次は(けい)殿だ。

成未(なるみ)兄さんからは何も要らないと言われたが、兄の正妻だ。

そういうわけにもいかない。景殿にも扇子を贈ろうか」


酉貴が顎に手を当てて考えるように言ってから、片栗の方を見て意見を求めた。


「良いと思います。景様にはあちらの少し華やかさのある扇子はどうでしょうか?」


「片栗が言うならそれにしよう。

それにあれなら景殿に似合いそうだ。

梅立殿、あの扇子を頼みます」


梅立の主人が片栗の示した扇子を箱に入れた。


「それから、次は菖蒲(あやめ)だ。

葵亥、かわいい妹から何かねだられていないか?」


葵亥はついに自分が役に立つ場面が来たと思った。


一つ下の妹の菖蒲は、尾木の国では頻繁に顔を合わせていた。

葵亥にとっては良き友人でもあり、相談相手でもある。


「菖蒲は色々な簪を集めているようですから、簪で良いかと思います。

たしか、花の装飾のが特に好きだと言っていました」


葵亥は妹が以前簪の収集について語った事を思い出した。

実際、よく花の飾りの簪を付けていることが多かったと記憶している。


「そうか。菖蒲は葵亥によく懐いているから、やはり詳しいのだな。

よし、それなら花の簪で良いのがあるといいのだが⋯」


「こちらはいかかでしょう?」

梅立の奥さんが勧めたのは藤の花が咲くように揺れる飾りのついた簪だった。

ところどころ金が入っていてきらりと光る。


「これは素敵ですね」片栗がにこりと微笑んで言った。


「ええ、それなら菖蒲も気に入りそうです」

葵亥には自信はなかったが、それでも菖蒲の喜ぶ様子が目に浮かぶようで口元が緩んだ。


「それではその簪をいただきます」

酉貴が言うと、また梅立の主人が簪を箱に入れた。


「それから私の友人への贈り物も選びたいのだが、(くし)はありますか?」


「櫛でございますか。もちろん、ございます」


十夜は大きな箱を酉貴の前に置き、蓋を開いた。

箱のなかには高価そうな櫛がたくさん並んでいた。


「上等で美しいが、品があり派手ではない物がいいのだが⋯」


酉貴が目の前に並ぶ櫛を一つ一つ眺めながら真剣な眼差しで悩んでいた。


「うん、これにしよう」


酉貴が選んだ櫛は繊細な絵がさりげなく描かれたとても品のある物だった。


梅立の主人がまた櫛を箱に入れた。


「今選んだものと、事前に頼んでおいたものを一緒に買い取ります」


「分かりました。後ほど全てお包みしてお持ちします」

梅立の主人がそう言うと、梅立夫婦と十夜は荷をてきぱきと片付けた。


十夜は荷物をまとめると葵亥にまた丁寧に挨拶をした。


「本日はありがとうございました。

私も来年には尾木の国へ出向く際には一行に加わる予定です。

しっかりその役目が務まるよう努力しますので、その際はよろしくお願いいたします」


梅立夫婦と十夜の三人が帰っていくと酉貴が口を開いた。


「十夜殿はとても感じのいい青年だな。

梅立商店に彼のような青年がいるということは良いことだ」


酉貴の意見に葵亥も同意見だった。

実際、十夜のことを嫌いな人間などいるとは思えないほど、どこからどう見ても感じのいい青年だった。


「片栗もご苦労だった」


「いいえ、私としてもお力になれて嬉しいです」

片栗はいつも通りの凛とした佇まいで言った。


「片栗、お礼だ」

酉貴は部屋の隅に置いていた木箱を片栗に差し出した。


片栗は静かにはっきりと、ありがとうございますとお礼を言い、その木箱を受け取った。


「開けてみてくれ」

酉貴が自信満々に言うので、葵亥も何が入っているのだろうかと片栗の手元を覗き込んだ。


片栗が蓋を開くと中から出てきたのは黒ぐろと輝く苦無(くない)だった。

片栗は目を見開き、みるみる顔が紅潮し、苦無を高々と掲げた。


「これは…!酉貴様っ!ありがとうございます!

大切に使わせていただきます!

それでは失礼いたします!」


いつもなら消えるようにいなくなる片栗にしては少しぎこちなく去っていった後、酉貴が伸びをしてその場にあぐらをかいて座った。


「葵亥。片栗のあの嬉しそうな顔見たか?」


「ええ、もちろん。あんな表情めったに見られませんからね。

目に焼き付けました。永久保存ですね」


葵亥もその場にあぐらをかいて座った。


「ところで酉貴兄。あの櫛って、山吹(やまぶき)殿への贈り物ですよね」


「ああ。もちろん」


「山吹殿は櫛を貰って喜ぶような方ではないと思いますが」


「分かっている。何を贈っても彼女は喜ばない。

私の自己満足にすぎないよ」


酉貴は別に大したことではないとでも言うようだった。


「それなら、何故?」


「山吹に求婚しようと思ってな」


「そうですか」


「なんだ、もっと驚いてくれないとつまらないな」


葵亥があまりにもあっさりとした返事をするので酉貴は不満な顔をした。


「今更驚きませんよ。それで何か策はあるのですか?」


酉貴は困った表情で天井を見上げて苦笑した。


「特にない。まあ、あえて言えば三顧の礼作戦だ。

もしかすると()()()()()になるかもしれないが」


中国の三国時代、劉備が諸葛孔明を引き入れるために三度訪ねたという。

酉貴は三度と言わず、受けてもらえるまで何度でも挑むつもりなのだろう。


「山吹殿は諸葛孔明よりも手強いのでしょうね」


葵亥の言葉に、酉貴は急に勝ち誇ったような笑顔になり葵亥の目を見て力強く言った。


「私は当たっても砕けない。

山吹が諸葛孔明を超えるなら、私は劉備を超える礼を尽くしてやる」


この酉貴という人物はやると決めたら全力でまっすぐ突き進む。

葵亥は幼い頃からそういう兄の姿に憧れさえ抱いていた。


「それは頼もしいですね。酉貴兄、ご武運を」


酉貴が十夜たちの帰って行った襖をただしばらく見つめていた。


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