買い出し
葵亥が八百屋の前を通りがかった時、ふと店先の見覚えのある人物に目が止まった。
「花月殿?」
葵亥が声をかけると花月は丁度、店主に代金を支払い終えたところだった。
店主は花月に渡す品物を袋に詰めている。
「葵亥様。お出かけですか?」
花月は淡い桃色の簡素な柄の町着に黄色い帯を締めて、まとめた髪に小さな紅色の玉飾りがついた簪をさしていた。
特に派手でも無いが、むしろその装いの簡素さが花月の可愛らしさを引き立たせる。
葵亥は一瞬その姿に見とれたが、すぐに我に返り返事をしなければいけない事に気がついた。
「ええ、先ほどまで菊守殿たちと一緒だったんです。
花月殿はお仕事ですか?」
「はい。お屋敷の仕事で買い出しです」
「お嬢さん、はい、これ」
八百屋の店主が麻袋に詰めた野菜を差し出した。
「ありがとうございます」
花月が手を差し出そうとするのを見て、葵亥は素早く店主の手から袋を受け取った。
「私がお持ちします。他に寄る所はありますか?」
「葵亥様に持たせるなんてだめですよ!」
「屈強な武士の私が手ぶらではさすがに居心地が悪いです。
私の面目の為にも五姫婆の屋敷までしっかり持たせてください。
それとも私がいると迷惑でしょうか?」
「迷惑だなんてあり得ません!」
花月の慌てた様子に、葵亥は自分が意地悪な質問をしたと気が付いたが、そのことは忘れることにした。
「それは良かったです。さあ、次はどちらへ向かいますか?」
「ええっと、あとは葉香園でお茶の葉を買うだけですが⋯」
花月は少し戸惑いながらも次の行き先を告げた。
「では一緒に葉香園へ行きましょう」
葵亥は上機嫌で花月と葉香園の方へ向かった。
葉香園へ向かう道中、花月は葵亥に気を遣って葵亥より少し後ろを歩いていた。
葵亥にとって逆にそれは居心地が悪かったので、何か話かけてみることにした。
「買い出しは花月殿がよく担当しているんですか?」
「はい、私は町をふらふらするのが好きなので買い出しはほとんど私の役目です。
お店で品物を見るのが好きなんです」
まだ花月は葵亥の少し後ろだが、案の定、会話をしているとだいぶ横に近いところを歩いてくれた。
「そうなんですか。
でも野菜をたくさん買うと女性にとっては結構重たくなりませんか?」
「ええ、そうなんです。でも運べない程ではありませんし。
もちろん、あんまりにも重たい時には手伝いを頼むこともあります。
今日は人出が足りなくて休み休み帰ろうと考えていたので、実はとても助かりました」
花月が嬉しそうに言う様子を見て、葵亥は思わずその笑顔に見とれてしまいそうになった。
「私の方こそ花月殿の手伝いができてよかったです」
花月は葵亥の言葉に顔に困惑の色を浮かべた。
「葵亥様は、不思議な方ですね」
確かに『手伝いができてよかった』というのは意味不明だ。
しかし葵亥は元々口下手なのだ。
上手く気の利いた事を話せるわけがないとここでようやく気がついた。
葉香園の店の前に来ると、ちょうど主人が外に出てきたところだった。
「おや、葵亥様と花月ちゃんじゃないか。
珍しい組み合わせだな。もしかしてデートかい?」
「いえ、あの、」
店主の冗談に花月が慌てているので、葵亥がすかさず答えた。
「はい、私が無理に誘ったんですよ」
葵亥の返事に店主は腰に手を当てて笑った。
店主は自分の言った冗談に上手く返事が返ってきて喜んでいる、そんな様子だ。
「ははは!
そうですか。それならお茶でも飲んでいってください。
花月ちゃんはいつものお茶のお使いだろう?
準備するから、その間葵亥様とゆっくりくつろいでお行き」
「え?あ、はい。ありがとうございます⋯」
葉香園の店内は普段より客が多く、四葉が忙しそうに行ったり来たりしていた。
「こちらのお席へどうぞ!」
四葉に案内されて葵亥は花月と二人で壁際の席に着いた。
すぐに四葉が茶と茶菓子を持って戻って来た。
「今日のお茶菓子は美味しいこしあんのお饅頭です」
「ありがとうございます」
葵亥は四葉にお礼を言うと出された茶を飲んだ。
やはり葉香園の茶はうまい。
外はまだ寒いので温かい茶が身にしみるようだった。
花月は葵亥の向かいで気まずそうにしばらく湯呑を見つめていた。
葵亥は何を話したら良いだろうかと考えていると、花月の方から葵亥の様子を伺うように見て話し始めた。
「葵亥様。先日は、所司代様のお屋敷の餅つきに誘っていただきありがとうございました。
私、お断わりするなんて無礼でした。申し訳ありませんでした」
「無礼なんてことはまったくありませんよ。
私の方こそ思いつきで急に声をかけてしまったんですから」
そういえばそんなこともあったな、と葵亥は懐かしむ様に思い返していた。
「私の名前まで覚えていただけていたので、実は私、すごく驚いてしまって」
「以前、雪笹殿が花月殿の名前を呼んでいるのを聞いて覚えていたんですよ。
こちらこそ急に名前を呼んで気持ち悪がらせてすみませんでした」
葵亥は冗談のつもりで言ったが、花月は慌てて否定した。
「気持ち悪いだなんて全然思っていません!
葵亥様に覚えていただけていたことに感激しました。
なのに無礼な真似をしてしまいました⋯」
「では、その件の代わりと言ってはなんですが、花月殿に一つお願いがあるのですが」
「お願いですか?何でしょう?」
「たまにでいいので、花月殿の買い出しに同行させていただきたいのですが」
「ええっと、それって、どういうことですか?」
「そのままの意味です。
たまにこうやって荷物持ちをさせていただきたいんです」
「葵亥様には何の得も無いようですけれど⋯
実は他の重要な意味があるのでしょうか?
例えば市井の調査とか、ですか?」
「はは、そんなものは無いですよ。駄目ですか?」
葵亥には花月が断れないと分かっている。
我ながらずるい事をするな、と葵亥は心の中で苦笑した。
「いいえ、勿論大丈夫です。
ただ、何というか、恐れ多いですが⋯」
「それなら見かけた時には声をかけさせてください」
「⋯分かりました。
葵亥様って本当に不思議な方です」
「そうですか?私はただの真面目で陰気で地味な人間ですよ」
そう言って葵亥は菊守と椿嬉の事を思い浮かべた。
あの二人にはずけずけと言われたものだった。
葵亥がうっすらと笑みを浮かべているのを花月は不思議そうに眺めていた。
◇◇◇
花月を五姫婆の屋敷まで送り届けると、葵亥は鼻歌交じりで所司代の屋敷へ帰って行った。
「なんだ葵亥、いやに上機嫌だな」
酉貴が葵亥の様子を見て探るように言った。
「別に。いつも通りですよ」
「大丈夫か?花月殿に気持ち悪がられなかったか?」
酉貴の目が笑っている。
葵亥はため息をついて酉貴を睨んだ。
「⋯なんで花月殿といたことを酉貴兄が知ってるんですか」
「顔に書いてある」
「書いてませんよ。なるほど、片栗ですか」
「片栗は仕事をしているだけだ。悪く言うな」
「別に悪くなんて言ってません」
「申し訳ございません。葵亥様」
いつの間にか現れた片栗が頭を下げていた。
「いや、片栗は謝らなくていい」
葵亥が言うと片栗が頭をあげて続けた。
「私が報告したのです。
花月様はそんなに葵亥様へ興味があるようには見えませんでした、と」
「やっぱりさっきのは取り消しだな。謝ってくれていい」
葵亥は拗ねるように言い、その場にどかりと座った。
そして片栗の方を横目でちらりと見て咳払いしてから言った。
「あー、それで、片栗。花月殿は俺に興味無さそうだったというのは本当か?」
「はい、間違いありません」
「そうか。はっきり言ってくれるのは嬉しいやら悲しいやら」
「名前を覚えていただけて感激したとおっしゃっていましたが、それは葵亥様に対してというよりも、気織家の方に覚えていただけたことに対してですね」
「そこまでちゃんと説明されると結構傷つくな」
「勘違いされると後で困りますから」
「片栗、ありがとう。もう分かったからそれ以上は言わなくていい」
「葵亥、これから少しずつがんばれ」
酉貴は葵亥の肩をばしばしと叩いた。
「痛いです。酉貴兄はいつも力加減がめちゃくちゃですね」
「心が傷ついた時には少し痛い方がちょうどいいだろう?」
「さあ、どうでしょう」
葵亥はさっきまで上機嫌で鼻歌を歌っていた自分が恥ずかしくなってきた。
「ところで、葵亥。これから商家が来る。
色々と品物を見せてもらう約束になっているからお前も同席しろ」
「今からですか?」
「そうだ。片栗にも付いていてもらう。
母上たちへの土産を選ぶのに女性がいたほうが心強い」
廊下から使用人がやってくる足音が聞こえ、部屋の襖が小さく開いた。
「梅立商店の方々が到着しました。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「ああ、通してくれ」
酉貴が返事をして使用人が行ってしまうと、葵亥は先ほどの使用人の言葉を思い出しながら言った。
「梅立商店。尾木の国と取引をしているあの梅立商店ですか?」
「そうだ。詳しいんだな」
「尾木の国で物流関係の仕事もしていましたから、何となく聞き覚えがあったんです。
京の都から来ていたとは知りませんでしたけど」
「幕府の西の物流は梅立商店に任せている。
結構大きい商家なんだよ」
また廊下から複数の足音が聞こえ、襖が開いた。
「失礼いたします。梅立商店の方々をお連れしました」




