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新年祝賀会 弐

葵亥(あおい)たちが導仁の事でこそこそ話していると、右手の方に用意された舞台の上に一人の人物が話し始めた。


「お集まりの皆様、あけましておめでとうございます。これより新年祝賀会を始めます。


特に堅苦しい事はありません。

皆様はお料理と、こちらの舞台で披露されるいくつかの芸をお楽しみ下さい。

お席を立たれてお互いにお話されても結構でございます。

皆様、肩のお力を抜いてお楽しみください」


舞台上の人物はお辞儀をした。


葵亥はその人物に何となく見覚えがある気がしたが、誰だか思い出せなかった。


宮廷に来た時に見かけたのかもしれないし、葵亥の思い違いかもしれない。


葵亥が一人で考えていると、隣から椿嬉が葵亥の肘のあたりをつついてきた。


「葵亥様。私、あの方に見覚えがあります」


「実は私もどこかで見た気がするのですが思い出せなくて」


「あの方は架橋神社によく参拝に来られている方です」


「なるほど、それで見覚えがあるのですね」


「ちなみにあちらの薄紅色のお召し物の丸顔の方もよく葉香園で見かけます」


椿嬉が左前方の席の人物をさりげなく示しながら言った。


「そうなんですか?他に見覚えのある方は?」


葵亥は椿嬉の記憶力に感心し、また同時に面白くも感じた。


葵亥が初めて見ると思っている人々の中に、すでに市井ですれ違っていた人物が紛れているということが実に不思議だった。


「えーっと、あっ。

あちらの前方の深緑色の着物の殿方は長庵で隣の卓に座っていた方です。

それからその後ろの若い女性も葉香園で何度か見たことがあります」


葵亥は改めて椿嬉のずば抜けた記憶力を思い知った。

なんと優秀な娘なのだろう。


「椿嬉殿、本当に私の補佐をするつもりはないですか?」


「ふふっ、気織(けおり)家にお仕えするのもいいかもしれませんね。

お給金はたくさんもらえるのかしら?」


「もちろん。優秀な人材は抱え込みたいものです」


「考えておきましょう」


椿嬉はあえて腕組みをしてみせた。

こういう時、椿嬉は可愛らしく見えてとても微笑ましい。


次々と料理を運んで来る者たちがやって来たので、葵亥と椿嬉は一旦話をやめた。


宮廷の宴会の料理なだけあり、見た目も美しい高級料理が並んだ。


「何はともあれ、こんな素敵なお食事がいただけるなんてうれしいわ」


椿嬉が目の前に並ぶ料理に目を輝かせて言った。


葵亥は右の席を見てみると、雪笹も宝石のように美しい宮廷料理を前に目をきらきらとさせていた。


料理に手をつけながら、葵亥は周囲を観察してみた。


舞台では三味線に合わせ五人の美しい女性たちが踊りを披露していた。


招待客たちはそれを見ながら料理を口に運ぶ者や、自分席を離れて他の招待客に話しかけに行く者がいた。


葵亥は椿嬉と雪笹以外に特に知り合いもいないので、舞台を見ながら、そしてたまに椿嬉や雪笹と話しながら宮廷の新年祝賀会を楽しんでいた。


雪笹の隣の席は空席だが、途中でどこかの招待客の若い男が来て雪笹に話しかけに来た。


雪笹とは知り合いのようで世間話をしているようだ。


男は落ち着いた紺色の着物を着ていたが、背は高くいかにも誠実そうな見た目で不思議と目を引く何かがあった。


話している様子も品があり、なかなか感じの良さそうな人物だった。


「椿嬉殿、あの雪笹殿と話している方は誰なのですか?

ただ者ではない雰囲気を感じますけど」


「あぁ、あちらの御方は丸八旅館の丸坂喜太郎様です。

簡単に言えば、導仁様の恋敵です」


「ははっ、なるほど。分かりやすい」


葵亥と椿嬉が他愛のない話をしていると、頭上から葵亥に向かって話しかける者の声がした。


「何が分かりやすいんですか?」


顔をあげると菊守と導仁が立っていたので、葵亥と椿嬉と雪笹は急いで立ち上がった。


「お二人とも、庭に降りて来て良いのですか?」


葵亥は今の話を導仁に聞かれていないだろうか気にしつつ誤魔化すように言うと、菊守が笑って答えた。


「もちろん」


「葵亥殿、椿嬉殿、雪笹殿。三人ともとても素敵じゃないですか」

導仁が三人の晴れ着姿を見て言った。


「ありがとうございます、桜仁(おうじん)親王」


葵亥が言うと、導仁は吹き出してしばらく笑っていた。


「すみません、黙っていて。

元々は私は脇役として目立たぬようにという意図だったんですが、なんだか居心地もよくて楽しかったもので」


「まったくそういうところは困ったものですよ、桜仁様。

私まで巻き込んで」雪笹があきれた顔でため息をついた。


気が付くと雪笹と話していた男はもういなくなっていた。


「そうそう、葵亥殿、椿嬉殿。

妹の和子(わこ)を紹介させてください」

菊守が言うと同時に菊守と導仁の背後から小柄な娘が姿を現した。


「葵亥殿、椿嬉殿。はじめまして」


和子内親王は菊守と似た切れ長の美しい目をしていた。

葵亥はその長い睫毛の吸い込まれそうな黒い瞳に思わず見とれた。

菊守に見とれる女性たちの気持ちが少し分かった気がした。


「和子内親王。こちらこそお会いできで光栄です」


葵亥が少しどぎまぎしながら返事をすると椿嬉も挨拶し丁寧にお辞儀した。


「兄たちから葵亥殿と椿嬉殿の事を聞きずっとお会いできるのを楽しみにしていたのです」


和子内親王はにっこりと微笑んでから、頬を少し赤らめて葵亥の目を見つめて続けた。


「特に葵亥殿のことは以前より噂で耳にしていまして、お会い出来るのを夢に見ていました。

武術の達人で、その刀さばきは目にも留まらぬ速さで目で追うこともできないとか!

そんな憧れの御方が今目の前にいらっしゃるなんて、本当に信じられません。

それに、まさかこんなにも素敵な御方だったなんて感激です!」


和子内親王が葵亥のことを憧れの対象として見ている。

さすがに今回ばかりは鈍感な葵亥でさえも分かった。


「和子、葵亥殿が驚いているから落ち着きなさい」


導仁が和子内親王の肩に手を乗せて、優しく微笑んで言った。和子内親王は慌てて一歩下がった。


「ごめんなさい。私あまりにうれしくて、無礼でしたわ。

恥ずかしい。どうしましょう」


「いいえ、とんでもない」

葵亥はそれ以外に何を言ったら良いのか分からなかった。


「葵亥殿、椿嬉殿、是非またお会いしましょう」

そう言って和子内親王は名残惜しそうに葵亥の事をきらきらとした瞳で見つめてから去っていった。


和子内親王の美しい瞳で見つめられると葵亥はその瞳に吸い込まれそうな感覚になった。


和子内親王が十分離れてしまうと椿嬉が葵亥の脇を小突いて言った。


「葵亥様!和子様に気に入られてしまいましたね!」


「和子は本当に以前から葵亥殿に会いたがっていたのですよ。

いつも葵亥殿の話を聞きたがって大変です」


菊守が少し困ったような表情に笑顔を重ねた。


「葵亥様も和子様に見とれていましたよね」


椿嬉が少しからかうように言ったが、確かに本当の事だった。それだけ和子内親王は美しかったのだ。


「あんなに美しい方を前にして見とれないわけにはいかないですよ」

葵亥が正直に言うと雪笹も隣で頷いた。


「そうね。女の私でも見とれてしまいますから。

そんな方の憧れの存在だなんてうらやましい限りですよ」


「葵亥殿さえよければ和子は妻になるつもりでいますよ」


菊守が面白がるように言ったが、葵亥としては妻という言葉に少しぎょっとした。


「そんな。もったいないお言葉です。

それに正直なところ、私はまだ妻をもらうということについてはちゃんと考えたことがないんです」


葵亥はまだそういう話に現実味を感じられなかった。


「それを言うなら私もですよ」

菊守も同意した。


それを聞いて葵亥は少しほっとした。


「二人ともまだ若いからな」

導仁は口元にわずかに笑みを浮かべて優しい口調で言った。


そして導仁は雪笹の隣の空席に座った。

先ほどまで雪笹が話していた男が座っていた場所だ。


「桜仁様、このような場所に座られては⋯」

雪笹が言いかけたが導仁は落ち着いた笑みを口元に浮かべていた。


「少し休憩させてもらいます。

ここは私の招待客の席ですから良いでしょう。

酉貴殿が将軍代理としてあちらに座っているので、私の友人として招いているのは雪笹殿だけなんです」


「桜仁様がここにいては誰も近寄らなくなってしまうじゃないですか」


「それは都合が良いな」導仁が満足そうに微笑んだ。



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