新年祝賀会 参
舞台の上では本日のお楽しみの一つである羽根突き大会が始まろうとしていた。
「誰でも参加可能です。
参加したい方はこちらへお集まりください」
舞台の端で男が参加者を募っている。
「葵亥様、菊守様、行きましょう!」
椿嬉が葵亥と菊守の袖を掴んで引っ張った。
「羽根突き、ほとんどやったことないんですけど」
葵亥が困ったように答えると椿嬉は笑った。
「やったこと無くてもいいじゃないですか、遊びなんですから。
相変わらず真面目ですね、葵亥様は」
椿嬉がからかうように笑うので、葵亥もつられて笑みがこぼれた。
「分かりました。でも下手ですよ?」
「葵亥様は、勝敗にこだわりすぎですよ。
ご存じないのですか?遊びというのは下手なほうが面白いんですよ?」
「そうなんですか?」椿嬉が言うと妙に説得力がある。
「確かめましょう!」
椿嬉は葵亥と菊守の袖を掴んだまま舞台の方へ引っ張って行った。
羽根突き大会では、葵亥の予想通り葵亥の打った羽根はあらぬ方向へ飛んで行ったが、とんでもない方向へ羽根が飛んで行くたびに皆で腹を抱えて笑い、葵亥にとって勝敗などどうでもよくなった。
菊守や椿嬉は葵亥よりは上手かったが、それでも空振りしたり失敗するたびに皆で大笑いした。
いつも真剣勝負しかして来なかった葵亥にとっては新鮮な出来事だった。
ただし、椿嬉の言った『下手な方が楽しい』は少し間違いだと思った。
下手でも楽しいし、上手くても楽しい。遊びというのは、楽しむものだ。
それが葵亥の答えだった。
しかしもしそんな話を椿嬉にしたら当たり前だという顔をされそうだと思い、言うのはやめておこうと心に誓った。
羽根突き大会が終わると、今度は舞台の上で何やら神事のようなものが始まった。
「あれは何かしら?」
椿嬉が舞台を指して言ったので、葵亥は舞台の方を見た。
舞台の上では今は神職のような男性が何か箱を掲げて歩いている。
「あれは新年を祝う神事です。
祝賀会は最近では食事や酒を楽しむ会としての色が濃くなっていますが、本来あの神事のためにあったのです」
菊守が葵亥と椿嬉に向かって説明していると、舞台の上の男は掲げていた箱を台の上に置いて、何か祝詞のような言葉を口にしている。
「あの箱には、天沼矛の矛先が入っていると言われています。
新しい年を迎える、つまりそれは、この国の新しい一年が始まるということです。
伊邪那岐命と伊邪那美命による国産みの際に使った天沼矛を、始まりの象徴として祀ります。
そして国の始まりに感謝し、またこの一年が始まることに喜び、そしてその年が無事に続くことに祈りを捧げます」
「なるほど」
葵亥は想殿で菊守と矛で瓶の水をかき混ぜたことを思い出していた。
あれがなければ、今の話の半分以上は理解できなかっただろう。
祝詞が終わり、男が箱を持って舞台から退場すると、今度は舞台の上手の方から鬼の面を被った小柄な女性が一人、弓を持って歩いてきた。
「今度は何でしょうか?」椿嬉の質問にまた菊守が答えた。
「あの方が的に矢を当てられたら、今年はよい年になるだろう、という占いのようなものです」
舞台の上で女性は立ち止まり、弓を引いて構えた。
その構えた先をたどっていくと、舞台の下手からもっとずっと外の、だいぶ遠いところに木製の丸い的が立てられていた。
的の縁取りに赤い色が塗られ、中心には小さく黒丸の印が描かれている。
「あんなに遠い的を狙うんですか?」
葵亥は思わず菊守に耳打ちした。
葵亥ならあれくらいの距離からでも的に当てられる自信はある。
しかしたいていの人間には無理だろう。
ましてあんな小柄な女性が当てられるとは思えなかった。
「一応、弓の上手い者が選ばれるんです。
鬼の面をつけていますから確証はありませんが、おそらく彼女は三年前からこの役を担っている方です。
そして彼女の腕はなかなか凄いんですよ。
まあ、見ていてください」
菊守がにこりと微笑んで葵亥の肩に手を乗せた。
葵亥はもう一度舞台の上の人物を見て、彼女が弓を構えている様子を見守った。
気が付くと辺りは静まり返って、会場の全員の目が彼女に釘付けになっていた。
少しの間があり、とうとう鬼の面を被ったその女性は矢を射った。
しゅっという、矢が空気を割く音が聞こえたと思うと、どっという音と共に矢は的に突き刺さった。
会場が歓声に包まれ、立ち上がって手をたたく者もいた。
葵亥は我を忘れてその場に立ち上がり、矢の突き刺さった的を見ていた。
矢は確かに的に突き刺さっていた。
しかも驚くべきことに、矢の刺さっているのは、的のど真ん中の小さな黒丸印のまさに真上だった。
あんなに遠い的に当てるだけでもすごいことなのに、的の真ん中を射ったのだ。
葵亥はもう一度、舞台の上の女性を見た。
的の真ん中に当てたのはまぐれなのだろうか?
舞台の上の人物はまた新しく矢を取り出し、再び的に向かって構えた。
するとまた会場が静まり返り、全員が舞台の上に注目した。
そして少しの間があり、再び舞台の上から矢が放たれた。
しゅっ、どっ、という音が鳴り、矢は的に突き刺さっていた。
今度こそ葵亥は自分の見ているものが信じられなかった。
今、的のど真ん中には一本の矢が突き刺さっており、的の真下の地面には別の矢が真っ二つになって落ちている。
二回目に放った矢が再び的のど真ん中に放たれたことで、先に的に突き刺さっていた一回目の矢を矢じりから真っ二つに割いてしまったということだ。
二回目も、一回目と同様に、的のど真ん中に寸分の狂いも無く当てた。
恐るべき精密な的当てだ。
葵亥は興奮の余りに握った拳が震えていた。
「菊守殿、彼女は一体何者なんですか?」
「彼女の正体を知るものは一握りだということです。
私も知りません」
「あんな精密に的当てができるのは、尾木の国でも佐治三木ヱ門くらいです。
天性としか言いようがありません。
それが正体も分からないなど、あり得ないことですよ」
「それではつまり武術の達人である葵亥殿にもできないとおっしゃるのですか?
あの的に当てるということが?」
「的に当てるだけなら私にもできます。
しかしあんなに遠い的のど真ん中に何度も当てるのは無理です。私の領分は剣術ですからね。
彼女は間違いなく天才ですよ」
「しかし京の都でそのような弓の名手がいるという話は聞いたことがありません。
彼女は正体を隠したいのかもしれません」
「どういうことですか?」
「彼女がこの神事に参加するのは三年目です。
その前までは別の人がやっていて、その人物はあのような面はつけていなかったんです。
彼女が鬼の面をつけるのは顔を見られたくないからだと聞いた事があります」
「そうですか。そういうことなら彼女と話すことはできないのでしょうね」
「どうでしょうか。葵亥殿は彼女と何を話したいのですか?」
「まずはその能力の素晴らしさに感動したことを伝えたい。
それから、できれば三木ヱ門と並ぶ優秀な弓の名手として雇いたいですね」
「なるほど、埋もれた才能を発掘し、陽の目を浴びせたい、ということですか」
「そんなところです」
葵亥はすでに鬼の面の女性がいなくなった舞台をじっと見つめていた。
あの鬼の面の弓の名手と話がしてみたい。
葵亥はあの矢が放たれた時の空気を裂く音の虜になっていた。
◇◇◇
祝賀会からの帰り道、葵亥はまた椿嬉と雪笹を五姫婆の屋敷まで送っていた。
三人で祝賀会の料理についてや、客たちの話、導仁の正体や和子内親王の話で盛り上がった。
それからもちろん、あの弓の女性の話もした。
椿嬉が五姫婆の屋敷の玄関の戸を開くと、奥から先に会った中年の使用人と一緒に花月もやって来た。
「おかえりなさいませ」
「葵亥様、送って頂きありがとうございました。
お茶を飲んで行かれませんか?」
雪笹が気をつかってくれたが、葵亥は断ることにした。
「いえ、お二人もお疲れでしょうし。今日は帰ります」
「それは残念」
椿嬉が履物を脱いで花月の横へ行き、花月の腕をぐいぐい掴みながら言った。
「ねぇ花月。今日の葵亥様、豪華に着飾っていて酉貴様みたいにきらきらして見えない?」
「ふふ、確かに、一目見たときは酉貴様みたいだと思いました。
でも酉貴様とも少し違って、葵亥様はなんだか柔らかい雰囲気があります。
いつも落ち着いた着物を着ていらっしゃいますけど、豪華な着物も着こなせるなんて素敵ですね」
花月の言葉はお世辞と分かっていても、葵亥は心は躍った。
葵亥が無言でいると、椿嬉が笑って言った。
「花月は葵亥様のことすごくちゃんと見てくれているのね」
「そうですか?私、思った通りに言っただけですけど⋯」
「花月殿、ありがとうございます」
花月は葵亥のことをきらきらした酉貴に似た弟ではなく、葵亥を葵亥としてちゃんと見てくれていると思えて嬉しかった。




