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新年祝賀会 壱

五姫婆の屋敷に椿嬉と雪笹を迎えに行くと、玄関に以前見たことのある中年の丸顔の使用人が出て来た。


出てきたのが花月ではなかったことに、葵亥は自分が思いのほかがっかりしていることに気が付いた。


雪笹が葵亥の格好をまじまじと見つめてから言った。


「葵亥様。一瞬、酉貴(ゆうき)様と見間違えましたよ。

着ているものでこうも雰囲気が変わるのですね」


「本当ですね。葵亥様、こういう華やかな着物もお似合いですよ」

椿嬉も葵亥がいつもとは違う派手な装いをしているのを珍しそうに見ている。


「あ、ありがとうございます。

なんだか居心地が悪いんですが、酉貴兄には宮廷に行けば馴染むと言われました。

私のことよりも、お二人こそ素敵ですね。

美女を二人もお連れできるなんて私は誇らしいですよ」


葵亥の歯の浮くようなお世辞に雪笹と椿嬉は顔を見合わせて微笑んだ。


「ふふ、酉貴様みたいなこと言うのね。

でも褒められて悪い気は全然しないわ」椿嬉が言った。


「さあ、新年祝賀会へ参りましょう」

そう言った雪笹の帯に、以前酉貴が贈った帯留めがきらりと光った。



宮廷では警備こそ厳重であったが、菊守と導仁が言っていた通り厳粛な雰囲気はなく、礼儀正しくはあるが気楽そうに会話する招待客たちの姿があった。


ひらけた庭に敷物が敷かれ、客用の卓が並べられている。

庭に向けて開かれた建物の方には、数席用意されている。


「葵亥、雪笹、椿嬉ちゃん」周りの景色に気を取られていた葵亥の耳に、酉貴の声がした。


「もうしばらくしたら皆一度席に着く。

菊悌(きくてい)親王の招待客の葵亥と椿嬉ちゃんはそちら、桜仁(おうじん)親王の招待客の雪笹はその右隣だ」


酉貴が手で庭にある席の位置を指し示した。


「酉貴兄の席はどちらですか?」葵亥が聞いた。


「私の席はあちらだ」


酉貴が自分の席だと指したのは、建物の中の中央から二つ右の席だった。


「さすが将軍代理ですね」葵亥が驚いていると、酉貴が笑って言った。


「中央はもちろん松嶺(しょうれい)天皇の席だ。

その右は桜仁親王、左側は菊悌親王、さらにその左側が和子(わこ)内親王だ」


「内親王?」


「菊悌親王の妹だ」


菊守に妹がいるなんて話は聞いたことが無かったので葵亥は少々驚いた。


「驚いているみたいだな。しかしまだ驚くのは早い」


酉貴が悪そうな笑みを浮かべて言った。

なにかまた悪戯でも考えているのだろうか。


「と言うと?」

葵亥が白けた表情を隠すこともなく酉貴に横目を向けて聞いた。


「まあ、あとで分かる。ではまた後でな。

まだ少し時間があるから私は父上の代わりに挨拶回りでもしてくるよ」


そう言い残して酉貴はさっさと行ってしまった。


「葵亥様はいいんですか?挨拶回りとかしなくて」椿嬉が言った。


「そういうのは兄に任せてます。

私は積極的に人に話しかけるタイプでもありませんから⋯」


「あの、気織(けおり)葵亥様でいらっしゃいますか?」


急に後ろから声をかけられ、葵亥が振り返ると、見知らぬ若い美しい娘が二人立っていた。


「はい、そうですが。ええと、貴方がたは⋯?」


「私達は京の都の三大公家の一つ、望月家の者でございます。

私は姉で望月沙弥(さや)と申します」


「妹の望月天紀(あき)と申します」


二人は丁寧にお辞儀した。


京の都には三大公家と言われる公家が存在する。

当然、そのうちの一つ望月家のことは葵亥も知っている。

姉の沙弥の方が続けた。


「京の都に葵亥様がいらっしゃっていると聞き、是非ご挨拶したいと思っておりました」


「沙弥殿、天紀殿。私もお会いできで光栄です。

尾木の国で望月清磨呂殿に大変お世話になっています。

私は清磨呂殿に詩歌や教養を学んだのです」


「清磨呂は私達の叔父です。

我が望月家と気織家とは以前から長く親交があります。

今後も私達の事もどうかよろしくお願いいたします。

先ほど酉貴様にもご挨拶申し上げたところでございます。

酉貴様も葵亥様も、お二人とも噂に聞いていた以上にとても凛々しい御方で、お声を聞けただけでも私達は嬉しく思います」


沙弥は上品な笑みを浮かべながら言った。

それから姉の沙弥に続けて、妹の天紀が口を開いた。


「京の都に滞在中、何かお困り事など有りましたら是非お気軽に我が望月家にいらして下さい」


天紀も姉と同様に気品のある笑みを浮かべてお辞儀した。


「お心遣いありがとうございます。

当主の満夜殿にもよろしくお伝え下さい」

葵亥も軽くお辞儀した。


二人の娘が何処かへ行ってしまうと、背後から椿嬉の意味ありげな「こほん」という咳払いが聞こえた。


「えーっと。椿嬉殿は何か言いたげですよね?」

葵亥が恐る恐る椿嬉の顔を見てみると、やはり椿嬉は眉間に少ししわを寄せて何かいいだけな表情をしていた。


「葵亥様は望月家の美女たちが単に挨拶をしに来ただけだとお思いなんじゃないですか?」


「え?ええっと、京の都の三大公家の望月家は名家です。

気織家との親交も深いです。

だから挨拶をしに来た、という事だと思いますが」


椿嬉は大げさに肩を落とす仕草をして、不正解だと言いたげに盛大にため息をついてみせた。


「はあ、葵亥様。鈍いにもほどがありますよ。

あれは挨拶ついでに葵亥様とお近づきになりたいということです。

何かあれば望月家に来てください、というのは建前で、何でもいいから用事を作って来てくださいという事ですよ」


「そうなんですか?」

葵亥は驚きと同時に、素直に椿嬉の観察力に感心した。

確かに、椿嬉の言う事は正しいのかもしれない。


「そうです」


「さすがですね。椿嬉殿に言われなければ全然気が付かない事でした」


「感心している場合ではないですよ。

美女とは言え葵亥様のタイプじゃなかったのでしょうけれど、葵亥様は気織家のご子息という立場として望月家をないがしろにはできないのでは?

丁度良い距離を保つ必要がありそうですよ」


「うっ、私はそういうのは不得意なのですが⋯」


「だからこうして彼女たちの本意をお伝えしているんですよ。

知らないでいては余計に困ったことになりますから」


「椿嬉殿は本当に頼りになりますね。

私の補佐役になって欲しいくらいです」


冗談交じりで言ったが、國造りの儀が終わったら実際尾木の国へ来くれないだろうかと葵亥は思った。


「ええ、そうでしょうとも!」

椿嬉は嬉しそうに胸を張って言った。

こういう時の椿嬉は可愛く見える。

その様子を見て葵亥は口元が緩んだ。


「でも、ご安心下さい。京の都での望月家の評判はとても良いんです。

先ほどのお二人についても、美しいだけでなく聡明で慈悲深い方々との噂です。身構える必要はないと思います」


「お二人とも、そろそろお喋りは終わりにして、席に着きましょう」


雪笹の言葉に葵亥は周りの人々が徐々に席に着き始めているのに気が付いた。


葵亥は自分の席に着き前方の建物を見ると、建物の中の席にも人影が見えた。


酉貴が一番右に座っているのが見える。

中央の松嶺天皇は以前、京の都に来た時に一度会ったことがあるが、その時と変わらず端正な顔立ちの御方だった。


その左に菊悌親王、菊守が座っている。

さらにその左にはかわいらしい女の子、和子内親王が座っている。

和子内親王は菊守に雰囲気の似た鼻筋の通った整った顔立ちで、何となく柔らかい印象を受けた。


そして、葵亥は松嶺天皇と酉貴の間にいる人物に目を奪われた。


そこには酉貴の話だと桜仁親王が座っているはずだった。

しかしそこに座っている人物を見て葵亥は状況が飲み込めずにいた。


「椿嬉殿⋯」葵亥は思わず椿嬉の顔を見た。


椿嬉も驚いた表情をしている。


「ええ。私達は完全にだまされていましたね」


「桜仁親王というのは」


「間違いないなく、導仁様ですね」


「椿嬉殿が言うなら、間違いないですね」


桜仁親王の席に座る導仁は満面の笑みを浮かべて葵亥たちの事を見ているようだった。


「導仁様、なんか笑ってますね」椿嬉が少し拗ねるように言った。


「うわ、酉貴兄も笑ってますよ。

二人して⋯というか、雪笹殿まで!」


葵亥がふと右の席を見ると雪笹が声もなく震えて笑いを噛み殺していた。


「ふふ。すみません、導仁様がお隠しになられるのなら、私は黙って合わせなくてはいけなかったものですから」


「一体何のためにそんな事をしていたんでしょう?」

葵亥が疑問を口にすると雪笹が笑って答えた。


「単なる悪戯というだけではないと思います。

はじめから自分が桜仁親王だと言ってしまうと、葵亥様と椿嬉にとって菊守様の存在が霞んでしまうのを恐れたからじゃないでしょうか?

あくまでも菊守様を主役とするために。

導仁様は意外に色々考えていらっしゃいますから」


「それはあるかもしれません」

葵亥もその意見には納得せざるを得なかった。

はじめから導仁が親王を名乗っていたら、どうしても導仁の方が目立ちすぎるということなのだろう。


「珍しく雪姉が導仁様を褒めるのね」


椿嬉がからかうように言うと、雪笹は頬を赤らめた。


「別に、普段は悪ふざけが過ぎるからよ。

私だって普通に認めるところは認めているわ」



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