武の力
いつもの参拝の後、葵亥たちは皆それぞれ新年祝賀会の準備ために帰って行った。
「椿嬉殿、雪笹殿。後ほど、お迎えに来ます」
葵亥は二人を連れて宮廷へ向かう約束をした。
葵亥が所司代の屋敷へ戻ると、いつにも増して派手に着飾った酉貴が居間で本を読んでいた。
「葵亥、帰ったか」
「今日は一段と派手ですね」
酉貴は赤と黒を基調とした葵の花の絵の入った着物を着ている。
そして金糸がきらきらと光る豪華な着物にも負けないくらい眩い笑顔を見せていた。
「将軍の代理で宮廷の新年祝賀会へ行くんだぞ。
これくらい着飾らないと失礼に値する」
「そうかも知れませんね」
「葵亥の分も選んでおいたから着てみるといい」
「やな予感しかしないんですけど」
「今日は地味な着物はだめだ。言っとくが逆に目立つぞ」
「⋯まあ、そうですね」
葵亥が自室に戻ると、酉貴が選んでくれた着物が置いてあった。
派手ではあるが上等で上品で、嫌味な柄ではなかった。
葵亥は黙ってそれに着替えて、椿嬉にもらった香袋を懐にしまい、居間に戻った。
「やはり葵亥にしては少し派手だが、宮廷に出向くならこれくらいでないとな。
公家のお嬢様方も来るはずだから、ちゃんと感じの良い笑顔を振りまいておけよ」
「俺にはそういうの無理です。胡散臭くなるだけですよ。
そういうのは酉貴兄の得意分野でしょう」
「はは、そうだな。
ところで、私はこの新年祝賀会へ参加するために京の都へ来たんだ。
だから、あと数日滞在したら尾木の国へ戻るよ。
義巳殿には真朝隊の動きを注視してもらっているが、葵亥も何かあれば文をよこしてくれ」
「分かっています。
しかし真朝隊は何を考えているのでしょう。
彼らの理想とする朝廷を取り戻すために幕府が邪魔なのは分かりますが。
夜襲と言い、葉香園での件と言い⋯
武力による統治を否定しておきながら、武力でなんとかしようとしているように思います」
「そうだな。
話合いで解決するのが理想ではあるが、相手が武力行使してきたとき、こちらとしてもみすみすやられるわけにもいかない。
残念ながら今のところ武力に対抗できるのは武力だけだからな。
お前は実際に夜襲にあったんだろう?
相手は攻撃のために武力を行使してきた。
そしてお前は守備のために武力を行使した。
武力というのは、攻撃のために行使するか、守備のために行使するか、人は選ぶことはできる」
「俺は守備のために行使することを選んでこの刀を作らせた。
でも本当のことを言うと守備であろうと戦いたくはない。
人を傷つけたくはないんです」
「ああ、お前は強いから分かっているんだろう。
本当は武器なんて無くても、話合いで全てが解決するのが理想だが、現実の世界はそううまくいかない。
それなら少なくとも私達は武力を攻撃に使わないという選択をするべきだろう。
しかし武力もう一つ意味がある。
武力は行使しなくとも、持っているだけで牽制になる。
誰だって強い相手とは喧嘩をしたくないからな」
酉貴の話に葵亥は眉をひそめた。
「武力による衝突を避けるために武力を持つという事ですか。これもまた逆説的ですね」
酉貴は葵亥の言葉に少し微笑み、姿勢を崩して頬杖をついた。
「そもそも武力というのは野蛮な手段だ。
皆が武器を捨てて額を寄せ合って話し合えば、誰も傷つかずに済む。
そんなことは誰だって分かる。
世の中というのは本来単純なんだよ。
それなのに人間は無駄な知恵をつけたせいで、誰も武器を捨てられなくなってしまった。
自分たちでわざわざ事を難しくして、生きにくい世界を作ってしまったと思わないか?」
「はは、酉貴兄の話は興味深い」
「ああ、知っている。だから女性にもてるんだよ」
「すぐ調子に乗る」
酉貴は少し笑ってからふと真面目な顔になり、葵亥の方を見た。
「葵亥。お前は誰よりも強い。強さとは責任の大きさだ」
「分かっています」
葵亥には酉貴の言いたいことが十分に伝わっていた。
「そろそろ私は宮廷に向かうとするか。
お前も一緒に行くか?」
酉貴は立ち上がり、着物を整えながら言った。
「俺は椿嬉殿と雪笹殿を迎えに行ってから向かいます」
「そうか。花月ちゃんにもその晴れ着を見てもらえよ。
今日のお前はかなり盛れてる」
「余計なお世話ですよ」葵亥は話を誤魔化すようにそっけなく言った。
「葵亥もそろそろ嫁をもらってもいい歳になるんだ。
尾木の国に連れて帰りたい娘がいたら今のうちに声をかけておけ」
「だから余計なお世話ですよ。
そう言う酉貴兄こそまだ妻帯していないじゃないですか」
「お前こそ、余計なお世話だ。
私には心に決めた女性がいるからな」
「知っています。
しかし彼女はなかなか手ごわいですよ。
それに将軍補佐なら他に嫁の二人や三人いてもおかしくはないでしょう」
「一人で十分だ」
「やれやれ」
酉貴が真面目に言うので葵亥もそれ以上は茶化さないことにした。
「では、また後でな」
酉貴が派手な着物をなびかせて、滑るように華麗な足取りで出て行った。




