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苦い茶

社務所では五姫婆(いつきばあ)と雪笹が空の鍋を洗って片付けているところだった。


二人に向かって酉貴(ゆうき)が率先して声をかけた。


「五姫婆、雪笹殿。これから所司代の屋敷で餅つきをするのですが、おいでになりませんか?」


「あら、いいわね。お邪魔させていただきます。

五姫婆はどうします?」


「ちょうど義巳殿に話があるから、ついて行くよ」


「じゃ決まりね!

五姫婆のお屋敷に戻って急いで着替えて来なくちゃ!」

雪笹がそう言うと、酉貴が首を振った。


「急がせるなんてとんでもないです。

葵亥(あおい)、五姫婆の屋敷で待たせてもらって、あとから三人を連れてきてくれ。

先に餅の準備をしておくから、ゆっくり来ればいいですよ」


「分かりました。任せてください」


「では、また後ほど」酉貴が女性たちに丁寧にお辞儀して、菊守と導仁を連れて華麗に去っていくと、葵亥たちも五姫婆の屋敷へ向かった。


相変わらず立派な五姫婆の屋敷に着くと、葵亥は座敷へ通された。


三人が着替えをする間、外は寒いのでそこで待たせてもらう。


葵亥は座敷で一人、腕組みをしてぼんやり考え事をしていると、襖の向こうから声がした。


「失礼します。お茶をお持ちしました」


襖が開き、花月というかわいらしい使用人が茶を運んで来た。


「ありがとうございます、花月殿」


葵亥の言葉に花月は一瞬湯呑に伸ばした手を止めた。

葵亥が花月の顔を見ると、花月は少し驚いた表情をしていた。


そういえば以前雪笹が花月の名を呼んでいるのを聞いて、葵亥が勝手に名前を覚えていただけだった。


急に名前を呼んだのは良くなかったのかもしれない、などと葵亥が考えていると花月が湯呑を置いて口を開いた。


「いえ、とんでもございません。

三人とも準備ができましたらこちらへ来ますので、もうしばらくお待ちください。

それと何かご用がございましたらお申し付け下さい」


花月は座敷から退場しようとしていたが、葵亥は花月を呼び止めた。


「花月殿」


「はい」


「いや、その、五姫婆の屋敷の使用人の方々も来られてはいかがかなと思いまして。

気織(けおり)家では、毎年使用人も含めて皆で元旦に餅つきをするんです。

もちろん、お時間があれば、ですが⋯花月殿もいかがでしょうか」


「えっ、ええと、その⋯」

花月は驚いたような、困ったような、葵亥にはどうと捉えて良いのか分からない表情をして口ごもっていた。


その様子を見ていると葵亥は申し訳ない気持ちになった。


「すみません、困らせてしまったみたいで。

今のは聞かなかったことにしてください。

お茶をありがとうございます」


葵亥は花月に気を使わせないように精一杯自然な笑みを作ってみた。

上手くいったかどうかは分からないが、花月の方は葵亥の顔を見て少し落ち着いたようだった。


「すみません、私、人が多いところが苦手で⋯、あの、他の使用人達にも聞いてみます。失礼いたします」

そう言って花月は少し頬を赤らめて襖を閉めて去っていった。


花月がいなくなると葵亥はまた一人になり、座敷は静かになった。


遠くから使用人たちの声や物音が聞こえるだけだ。


葵亥は目の前の湯呑の模様を見つめながら、今しがたの出来事を思い返してみた。


よくよく考えてみると、ちゃんと紹介されてもいない使用人の名前を葵亥が勝手に記憶していて呼んだのは、気味が悪かったのかもしれない。


葵亥にとっては()()かわいらしい使用人の娘だが、花月にとって葵亥はただの客人の一人なのだろう。


そう考えると急に恥ずかしい気持ちになってきた。

今日は着飾って来たのを皆に褒められたせいか、無意識にいつもより変な自信がついてしまったようだ。


「⋯酉貴兄の悪い癖がうつったな」

葵亥は全てを兄のせいにすることにした。


最も、酉貴ならもっと上手くやれたのだろうが。


葵亥は、やはり地味な着物の方が自分にとってしっくりくると思った。


葵亥はため息をつき、花月が持って来た湯呑から茶を飲んだ。

いつもより茶さえ苦く感じられる。


「お待たせしましたー!」

襖が開いて、今度は椿嬉と雪笹と五姫婆がやって来た。

三人ともいつもより少し着飾っていた。


「皆さんお似合いですね。とても素敵です」

葵亥は上手い褒め言葉が見つからず、なんとかそう言ってみた。


今しがた酉貴のせいにしたところだが、こういう時は酉貴を見習わなければならない。


葵亥の下手くそな褒め言葉にも雪笹は笑顔で返事をした。


「ありがとうございます!

それから葵亥様、使用人達にも声をかけて頂きありがとうございました。

皆、内気な者ばかりなので遠慮するそうですが、声をかけて頂いた事はとても喜んでいました。

特に花月は名前を覚えて頂いていたことに感激していましたよ」


「そうなんですか」葵亥は少しほっとした。

椿嬉が雪笹の後ろでくすくすと笑っている気がしたが、葵亥はそれを気が付かないふりをした。


「さっ!行きましょうか!」雪笹が先頭に立ち、出発した。


なんとなく、雪笹はお餅も好きなんだろうなと葵亥は思った。



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