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虚界少女  作者: sara
迷雾
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いけにえ

原田曈は校門まで歩み寄ると、道端に一台のリンカーン・リムジンが停まっているのに気づいた。夕闇の中でもひときわ目立つその長い車体は、時折通りかかる人々の視線を惹きつけている。車内には茉莉が座り、窓を半分開けて原田曈の姿を求めるように校門の方へと目を向けていた。


「茉莉? どうして彼女が来てるの?」原田曈は内心少し驚いた。


遠くから校門に立つ原田曈を見つけた茉莉は、さっとドアを開けて近づいてきた。ちょうどその頃、数人の女子生徒が校門を出てきて、茉莉の姿を目にして小さく囁き合う。


「あのメイドさん、どこから来たの? すごくかっこいいよね。」


「片目が青で、もう片目が赤って、めっちゃきれい。ハーフなのかな?」


そんな噂話にも茉莉は表情一つ変えず、足早に原田曈の前に立つと、淡々とこう告げた。


「クロティア様、お仕事はもうお済みでしょうか?」


「聞いた?『クロティア様』って言ったよ。もしかして、あの子の専属メイドなの?」隣の友達に小声で耳打ちする女生徒。


「えー、あれって文学部の原田さんだよね? いつの間にあんなメイドさん、雇ったの?」別の女生徒もぼそっと呟いた。


後ろからのざわめきが大きくなってきたので、原田曈は茉莉に声をかけた。


「あの、茉莉。もう日も暮れてきたし、早く車に乗ろうか。」


指示を受けた茉莉は、原田曈に向かって一礼して答える。


「承知いたしました、クロティア様。」


そう言うと、茉莉は立ち上がり、後部座席のドアを開けて原田曈を促した。彼女が腰を下ろすと静かにドアを閉じ、自身は運転席へと移ってエンジンを始動。車は滑らかに校門を離れた。


車が遠ざかると、原田曈はシートにもたれかかり、そっと息をついた。車内のリモコンを手に取り、前方のテレビを下ろすと、運転する茉莉の横顔が現れる。


「あの、茉莉」と彼女は口を開いた。「どうして突然、校門まで迎えに来てくれたの?」


「クロティア様、本日の授業スケジュールでは、二十分ほど前に終了されていたはずですが、お出になるのがずいぶん遅くなられましたので、何かごトラブルでもあったのかと心配になり、あえて校門でお待ち申し上げた次第です。」


原田曈は首を振る。


「別にトラブルなんてなかったわ。ただ、ある同級生とちょっと話し込んでしまっただけよ。次からは、勝手にこんなところまで来ないでね。」


「クロティア様、先ほどヒストリア家の執事がお電話をくださり、来週ヒストリア家の当主が日本へお越しになるとお伝えになりました。あなたさまにお会いになるための訪問で、アメリカに残された遺産の一部について、相続手続きを直接行っていただく必要があるそうです。」


「遺産?」眉をひそめる原田曈。「父上が生前にお残しになった遺産は、とっくに処理が終わっているはずだけど……?」


「ミスカトニック大学で教授を務めておられた頃の収集品で、最近になってようやく整理が完了したものです。古書や調査記録なども含まれており、具体的な書類は来週のお会いする際に当主自らお渡しいたします。そのため、来週の面会まで、私はあなたの安全確保に全力を尽くさなければなりません、クロティア様。」


「最近、東京都内で起きている“謎の失踪事件”については、あなたもご存じでしょう。警察もまだ解決できていない状況です。家族一同もそれを警戒して、私たちとの接触頻度を減らしています。このような特殊な時期だからこそ、私はなお一層慎重に職務を果たす義務があります。」


「わかったわ、茉莉」と原田曈はうなずいた。


「そこでクロティア様、来週は学校での勉強以外の外出はできるだけ控えていただきたいと思います。授業が終わり次第、私が校門で必ずお待ちしておりますので、安全にご自宅へお戻りください。」


平然とした口調で自分の計画を述べた茉莉は、さらに尋ねた。


「クロティア様、先ほど少しお話しされたという同級生とは、どなたなのでしょうか?」


「ああ、文学部の蕭珊雅さんよ。以前、警察署で会ったことがあるでしょう? 特に怪しい人物じゃないわ。」


聞き終えた茉莉は、落ち着いた声で答えた。


「クロティア様、それはお間違いです。私の役目は、邸宅内での食事や身の回りの世話をし、家事全般をお手伝いすること。学校での人間関係は、私の職務範囲外です。どうぞご説明いただかなくても結構です。ただひとつ申し上げますと、最近の東京の治安は決して良好とはいえません。例えその方と楽しい時間を過ごされていても、くれぐれもご自身の安全には十分ご注意ください。」


「ええ、気をつけるわ。それじゃあ、来週の面会はいつなの?」


「来週の水曜日、午後三時。場所は銀座のモンテリホテルの会議室です。ヒストリア家の当主が直接関連書類をお持ちになりますので、あなたはその場に赴いて署名していただくだけで結構です。」


「わかったわ」と原田曈は答えた。「茉莉、今日は勝手に車で学校まで迎えに来て、しかもあんな目立つメイド服を着ていたけど、ちょっと派手すぎたんじゃない? 次からはもっと地味な格好にしてちょうだいね。」


「申し訳ございません、クロティア様。次回からはより控えめな普段着にいたしますので、どうかご無理のないよう、しばらく外出を控えて、ご自身の安全を第一に考えていただけますと幸いです。」


茉莉の口調は相変わらず穏やかだった。原田曈はしばし沈黙した。茉莉の懸念が決して的外れではないことはわかっていた。彼女は亡き父の最後の願いを背負い、一度決めたことからは簡単には引き下がらない頑固な一面もあるのだ。


「わかったわ。できるだけ協力するから」と原田曈は約束した。


「ご理解いただき、誠にありがとうございます、クロティア様。」


本題が一段落すると、車内は短い沈黙に包まれた。原田曈は再びテレビを上げて、もう茉莉とは口を利かなくなった。リンカーン・リムジンは東京の街路を抜け、港区の高級住宅街へと向かっていく。


二十分後、車は邸宅の門前に到着した。茉莉が車を停めると、まず降りて原田曈のためにドアを開ける。原田曈は車を降り、目の前の邸宅を見上げた。


この西洋風の建物は大正時代に建てられたもので、英国ヴィクトリア朝のスタイルだ。三階建てほどの本体は、整然と積み上げられた赤レンガの外壁に覆われ、歳月の浸食により色は深みを増し、ほぼ黒褐色に近い濃い茶色へと変化している。白い百葉窓が石造りの壁に幾つも嵌め込まれ、窓枠の白い塗装はところどころ剥げてはいるものの、それでもなお清潔感を保っている。屋根は急勾配で広く、濃い灰色の瓦が幾重にも重なり合い、軒下の銅製排水溝には厚い緑青が生じ、雨が降ればその溝を伝って雨水が流れ落ちる。


庭園は周囲を整然と刈り込まれた植栽が取り囲み、中央の噴水からは時折水柱が勢いよく吹き上がる。玄関の両脇には真っ白な大理石の円柱が立ち、その奥にある重厚な銅の扉を守っている。


この邸宅は、かつてのご主人さまが最も大切にしていた財産のひとつだ。購入にあたり、前任の所有者と実に三ヶ月もの交渉を重ね、最終的にはかなりの大金を支払って手に入れたという。そして今では、この邸宅が原田家に帰属してすでに半世紀以上が経過している。


銅の扉の前に立つ茉莉は、ポケットから色褪せた銅の鍵を取り出し、慣れた手つきで扉を開けると、半開きのドアの脇に立ち、身をかがめて「どうぞ」というジェスチャーをした。


「クロティア様、お入りください」と茉莉が告げる。


「ありがとう、茉莉」と原田曈は礼を述べ、敷居を越えて邸宅の玄庭へと足を踏み入れた。


中央の玄庭は天井高が六メートルもあり、上には精緻なスワロフスキーのクリスタル・シャンデリアが吊るされている。原田曈がそばのスイッチを押すと、シャンデリアは瞬く間に煌々と輝き、光は滑らかな大理石の床に反射して広間全体を明るく照らし、同時に館内に並ぶ数々のコレクションにも陽を注ぐ。


ご主人さまが生前、各国の芸術品をこよなく愛する収集家だったため、邸宅の至るところに長年の蒐集品が見られる。


玄庭の両側の壁にはいくつもの絵画が掛けられ、フランスのモネの印象派作品、日本の葛飾北斎の浮世絵、中国の唐伯虎の山水画などが並び、いずれも精巧な額縁と解説プレート付きだ。両脇のガラスケースには古代エジプトの陶器や、古代ローマの剣闘士用ヘルメット、中国の唐三彩の人形といった貴重な文物が展示されている。中央の二階へと続く階段の両脇には、古代ギリシャの大理石像が二体置かれ、一方は竪琴を手にするミューズの女神、もう一方は戦袍を纏うアテナだ。


これらはかつてご主人さまが最も大切にしていた宝物たちで、彼の逝去後はこれらの収蔵品の管理責任が茉莉の肩に託されたのだ。


原田曈がそれらのコレクションに目を留めているのを見た茉莉は、彼女に報告した。


「クロティア様、これらの収蔵品はすべて、ご主人さまの習慣に従って定期的に拭き掃除と点検を行っておりますので、どれも完全な状態で保管されております。」


「ありがとう、茉莉。よくやってくれているわ」と原田曈は微笑んだ。


ホールの奥に鎮座する黒胡桃材の据え置き時計を見た茉莉は、時刻が十九時三十分になっていることを告げた。


「クロティア様、ディナーの準備が整いました。そろそろお召し上がりになられますか?」


「ええ、茉莉」と原田曈は答え、茉莉に続いてホールを横切り、右手のダイニングルームへと向かった。両開きの木製扉の前に差し掛かると、茉莉がそっと扉を押し開けると、室内から芳醇な香りが溢れ出した。


オーク材のテーブルにはすでに繊細な料理が並べられており、茉莉は椅子を引いて原田曈に着席を促した。彼女が腰を下ろすと、茉莉は銀製のカトラリーを整然と並べて彼女の前に置いた。


「クロティア様、本日のディナーはウェリントン・ステーキにフレンチ・フォアグラとトリュフの濃厚スープ、デザートは定番のマカロン、お酒は以前からご主人さまがワインセラーに保管されていたボルドーの赤ワインです。」


茉莉は説明しながら原田曈に赤ワインを注ぎ、すべての準備が整うと、そっと脇へと退いた。


原田曈がナイフとフォークを手に取ろうとしたその時、茉莉がふいに声を上げた。


「クロティア様。」


「何なの、茉莉?」原田曈は手元の作業を止め、彼女へと視線を向けた。


「本日、邸宅へのご帰宅が三十分ほど遅れましたので、その後のスケジュールもすべて三十分ずつ繰り下げております。したがって、本日は八時から読書の時間となっております。ヒストリア家当主から届いた招待状も既にテーブルに置いてございますので、学習前にひと通りお目通しください。九時からは入浴、十時には就寝となります。今夜のスケジュールに変更はございませんでしょうか?」茉莉は恭しく、しかし平静な口調で問いかけた。


「変更しなくていいわ。そのままの時間割で進めるから。」


「承知いたしました、クロティア様」と茉莉は軽く頭を下げた。「では、まず書斎の掃除をしてまいりますので、お食事後はそのまま書斎へお越しください。」


「わかったわ。じゃあ、先に行ってちょうだい。」


「それでは失礼いたします、クロティア様」と茉莉は一礼し、ゆっくりとダイニングルームを退出した。


彼女が廊下に出ると、白い窓の外は漆黒の夜。空には三日月が浮かび、その光が茉莉の赤い瞳に反射して、まるでルビーのような輝きを放っていた。


「蕭珊雅……」茉莉は小さな声で独りごち、表情には一切の揺らぎがない。「クロティア様、やはり蕭珊雅さんと一緒にいらっしゃったのですね。どうやらあの蕭さんは、あなたにとって特別な存在のようです。」


その頃、原田曈はダイニングルームで茉莉の用意したディナーを味わっていたが、廊下の茉莉の言葉には気づかなかった。一方、レストランの地下にある薄暗い地下室では、黄ばんだ灯油ランプが微かな光を放ち、二人の少女が埃の積もった古い木製のテーブルを挟んで座っていた。テーブルには二つの真っ赤な液体が載せられ、片方はすでに底をつき、もう片方は半分ほど残っている。左側の少女は銀白色の長い髪を垂らし、暗紅色の刺繍が施されたゴシック調のロングドレスを着ている。右側の少女は茶色のロングヘアで、ロリータ風のワンピースをまとっている。


銀髪の少女が残り半分の液体を一口すすり、こう賞賛した。


「この味……前回よりもずっと芳醇ね、ステイシー。」


対面のロリータ少女が笑みを浮かべて答える。


「そりゃあもちろんよ、ステラ姉さま。今回の“いけにえ”は厳選したものなんだから。」


地下室の空間はそれほど広くなく、およそ二十平方メートルほどしかない。木製のテーブルと二脚の椅子のほかには、隅にいくつかの布袋が積み重ねられており、中には雑多なものが詰まっているらしい。


ステラが杯を置き、布袋の山を見やりながら口を開いた。


「気がつけば、私たちはもうたくさんの“いけにえ”を集めてしまったわね。ステイシー、最近の動きがちょっと派手すぎない?」


「心配しないで、ステラ姉さま」とステイシーは手を振って笑った。「こんな低級な“いけにえ”なら、街中にいくらでも転がってるわ。多少減ったところで誰も気にしないでしょう。それに、こういうのはもう自分でやらないの。使魔に任せるだけよ。」


ステイシーの言葉が終わるとすぐに、地下室の入り口から黒い霧が流れ込み、やがてそれが凝縮して犬ほどの大きさの黒い生物へと姿を変えた。


全身は黒い毛皮に覆われ、鋭い肋骨が毛の下からわずかに透けて見える。四肢は細長く歪んでおり、全身からは淡い黒煙と腐敗臭が漂っていた。巨大な口は一人の人間の喉をがっちりと噛みしめ、その人はすでに息絶え、顔面は蒼白で、四肢は力なく地面に垂れ下がっている。


その使魔は死体をステイシーのそばまで引きずってきて、口を離してそっと床に下ろすと、数歩下がって地面にしゃがみ込み、赤い目でステイシーを見つめ、喉を低く鳴らしてまるで褒美を求めているかのようにうなる。


ステイシーは立ち上がって死体のそばへと歩み寄り、しゃがみ込んで“いけにえ”の顔をじっくりと眺め、満足そうにうなずいた。


「うん、この“いけにえ”は質もいいし、十分新鮮だろう。」


「スコット!」対面のステラが使魔の姿を見て、嬉しくなって立ち上がり、その頭を撫でながら言った。「まさか、君を呼び出せるなんて。デス・ハウンドなんて、簡単に操れるもんじゃないのに。」


ステイシーはにっこりと笑い、スコットの頭をポンと叩いた。


「ちゃんと餌さえ与えれば、言うことを聞く子だよ」と言いながら、隅の布袋へと歩み寄り、その紐をほどいて中から一本の骨を取り出し、スコットに向けて投げた。


スコットは跳び上がり、骨を正確に受け止めて隅へと移動し、地面にしゃがんで「カリカリ」と咀嚼音を立て、あっという間にその骨を噛み砕いて飲み込んだ。そして全身が黒い霧へと変わり、室内から消えてしまう。


「スコット、ご機嫌で食べてくれたみたいね」とステラが使魔の消えた方向を見て言った。


「そうだね。次は私たちが“いけにえ”をいただく番だわ」とステイシーは死体を抱えてテーブルへと運び、腰から小さなナイフを取り出して腕を切る準備に入った。


「早くして、ステイシー。もう待ちきれないわ」とステラが唇を舐めて催促した。


しかしステイシーはすぐには手をつけず、むしろ顔を上げてステラに尋ねた。


「そういえば、姉さま、あの特別な“いけにえ”はどうなったの?」


ステラが笑みを浮かべて答える。


「蕭珊雅っていう人間のこと?」


「その子よ」とステイシーがうなずく。


「あの女の子、なかなかやるわね。前回は殺せなかったんだから、本当に惜しかったわ。」


ステラは鼻を鳴らして軽蔑した。


「ただの凡人じゃないの。何ができるっていうのよ。」


「彼女のそばには奇妙な本があるらしいの。その本から漂ってくる気配がなんだか不安なの。なんとなくだけど、あの本には私たち一族が代々受け継いできた血の魔法なんかよりもずっと恐ろしい力が宿っているような気がするの。」


「どんなに強い本だって、蕭珊雅は所詮ただの凡人よ。致命的な罠を仕掛けてあるから、明日の朝には彼女の死を報じるニュースが流れるわ。」


「まあ、この勝負は姉さまの勝利ってわけね。ちょっと悔しいけど」とステイシーがため息をついた。


「でも、最後に鹿が死ぬのは誰なのか、まだわからないわよ」とステラが付け加えた。


「心配しないで、ステイシー」とステラは自信を持って言った。


「私の罠はそう簡単に突破できるもんじゃないわ。丹念に作り上げた成果なんだから。」


「それなら、楽しみにしてるわ」とステイシーが笑った。


「さて、じゃあ、目の前の“いけにえ”もいただきましょう。血が冷めないうちにね。」


ステイシーはにっこりと笑い、手にしたナイフで死体の腕をそっと切り裂く。滴り落ちる真っ赤な血液が高脚のガラスカップに溜まり、やがて一杯に満たされる。ステイシーは杯を掲げ、灯りの下で軽く振ってからステラに差し出した。


「姉さま、どうぞ」とステイシーは丁寧に言った。


ステラは杯を手に取り、鼻先で匂いを嗅いで言った。


「うん、この血の味はとても魅力的ね。ほのかに甘い香りも感じられるし、この“いけにえ”は生前、かなり幸せに暮らしていたみたい。」


ステラは仰向けになって杯の半分を飲み干し、舌を伸ばして唇の端についた残りの血をペロリと舐め、満足そうな表情を浮かべた。


残りの半分をステイシーに戻し、こう告げた。


「次はあなたの番よ、ステイシー。」


ステイシーは受け取って言った。


「じゃあ、私も遠慮せずいただくわ、姉さま」と

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