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虚界少女  作者: sara
復生の影
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風の形

  特殊看護室外の廊下は、すでに別世界の戦場と化していた。


  春谷時雨は一人、暗闇の中に立ち尽くしていた。彼女の目の前には、密集した怪物たちの咆哮が響き渡っている。その音はますます近づき、まるで地獄の軍勢が迫りつつあるかのようだった。


  廊下の奥の闇の中から、無数の奇妙な歪んだ姿が浮かび上がり始めた。それらは定まった形を持たず、最も純粋な悪意と影が混ざり合って生まれたかのようだった。


  時雨の表情は微動だにせず、相変わらず皮肉げな顔つきのままであった。


  「影魔か。この生物たちは数が多いだけで、別に怖いものじゃないわね。」


  彼女の周囲では、見えない烈風が集まり始め、高速の気流によって空気が冷たく凍りついていた。冷たい風は彼女の体の周りを渦巻き、やがて目に見えるほどの風刃へと姿を変えた。


  右手の甲にある風のエレメントの印が、暗闇の中で青白く光る。時雨はゆっくりと目を上げた。少女らしい美しい瞳は、今や刃のように鋭くなっていた。


  彼女は低く、終わりを告げる言葉を口にした。


  「風の形、断!」


  瞬間、彼女を取り巻いていた全ての風刃が、まるで命令を受けたかのように前方へ猛然と爆発した!青い刃は完璧な扇状に疾走し、道中の闇を切り裂き、まだ形成されたばかりの怪物たちをも引き裂いた。


  廊下には影魔たちの悲痛な叫び声が満ち溢れ、攻撃を始める間もなく、その体は鋭い風刃によって幾重にも切り裂かれ、最後には舞い散る砂となって空気に溶けていった。


  風が止むと、廊下は再び死のような静けさに戻った。ただ細かな砂粒だけが、さらさらと地面に落ちる音を立てている。


  春谷時雨は手を振り払い、上を見上げて非常口の方角を確認すると、つぶやいた。


  「上の怪物たちはもう片付けたし、人間も避難させた。うまく逃げ切ってくれるといいんだけどね。」


  彼女はポケットから黒いキーカードを取り出し、「残念だけど、このカードは役に立たなかったわ」と言った。


  青木紗綾と緒方花音は非常口から急いで飛び出した。最後の扉を越え、病院の一階にある救急待合室へと到着した。


  目の前の光景に、彼女たちの心は再び深く沈み込んだ。


  病院のホール全体が、不気味なほど静まり返っていた。そこには誰もおらず、焦る患者も忙しく働く医療スタッフも、ついさっき逃れたばかりの怪物たちさえもいない。


  ホールの照明は明滅を繰り返し、電圧は極めて不安定だった。床には放置されたカルテや倒れた車椅子が散乱し、救急用の台車も横倒しになっている。すべてが、ここが少し前に大きな混乱に見舞われたことを物語っていた。


  何より彼女たちを不安にさせたのは、床一面に薄く広がる砂だった。


  「みんなどこに行ったの?さっきまでこんなにたくさんの患者や医療スタッフがいたはずなのに。」


  青木紗綾は荒れ果てた周囲を見回し、しゃがみ込んで地面の砂を指先でつまみ上げた。すぐに理解した。この砂は、さっき風刃で切り裂かれた怪物が元に戻ったものと全く同じだったのだ。


  「時雨ね」と青木紗綾はつぶやいた。「きっと怪物たちは彼女が退治したのよ。」


  「本当にそうなの、紗綾?」


  「今はそんなこと言ってる暇ないでしょ!」青木紗綾は勢いよく立ち上がり、花音の手を引いた。「早く逃げないと!」


  「どこに逃げるの?」緒方花音は茫然と辺りを見回した。


  突然彼女は、病院の入口の方角に、まるで空間の裂け目のような隙間が浮かんでいることに気づいた。思い出した!これは前回、アパートの八階で時雨と一緒に虚界から脱出したとき、最後に通り抜けたあの裂け目だ!


  「あそこ!」緒方花音はすぐにそちらを指差した。「きっと時雨が残してくれた出口よ!あの裂け目をくぐれば、現実世界に戻れるわ!」


  「早く!あっちへ走るの!」


  二人は最後の力を振り絞り、命を意味するあの裂け目めがけて猛ダッシュした。


  五十メートル、三十メートル、十メートル……


  裂け目にますます近づく中、花音はすでに向こう側から現実世界の空気が伝わってくるのを感じていた。


  そして、彼女たちの手がその光に触れる寸前!


  「チーッ!」


  三本の鋭い爪痕が突如として現れ、まるで刃物がキャンバスを裂くように、裂け目を粉々に引き裂いた。破壊された裂け目の向こう側に、恐ろしい姿が現れた。


  それはアパートで現れた蝕刻の姫だった!


  彼女の眼窩には前回よりも激しい怒りの炎が燃えており、胸にある巨大な赤い宝石は血のような不吉な光を放ち、緒方花音をじっと睨みつけ、鈍い唸り声を上げた。その音波は周囲の空気を歪ませるほどだった。


  怪物の胸にある赤い宝石が一際鋭い血の光を放ち、目の前の光景は一瞬にして切り替わった。病院のホールは消え、代わりに異様な異空間が広がっていた。空は不気味な暗紫色をしており、遠くには東京の街並みがぼんやりと見えながらも、遥か彼方に感じられた。


  「吼えろ!」


  蝕刻の姫は背中にある八本の触手を振り回しながら、すでに恐怖で動けなくなっている緒方花音と青木紗綾に一歩ずつ近づいてきた。


  「シュシュシュ!」


  三発の冷たい光を放つ氷の弾が、蝕刻の姫の背後に襲いかかった。


  蝕刻の姫は明らかにこの強大な殺意に気づき、猛然と振り返った。目の前の獲物を諦め、本能的に右手の骨盾を掲げて防御の姿勢を取った。


  「バーン!バーン!バーン!」


  氷の弾は骨盾に炸裂し、冷気が広がると同時に、盾の表面には細かな氷の結晶が瞬く間に張り付いた。


  少し離れた廃墟の上で、蕭珊雅が立っていた。黒曜石のように美しい瞳が、冷たく目の前の怪物を見据えている。


  「またあなたなの?」彼女は怪物の胸にある特徴的な赤い宝石を見て、冷たく言った。彼女はこの怪物を知っていた。以前、遠山凛と協力して完全に倒したはずだった。


  どうやら、あのとき十分に死んでいなかったのか、あるいは別の方法で蘇ったのだろう。


  蕭珊雅は怪物の手に握られた新しい武器——鋭い骨爪と頑丈な骨盾——に目をやり、すべてを悟った。この怪物は明らかに虚界で新たな力を得たのだ。


  しかし、彼女は余計な説明をするつもりはなかった。彼女の目的はただ一つ、すべての蝕刻の姫を倒し、家族の仇を討ち、紫の怪物を見つけ出して姫玥の居場所を突き止めることだった。


  彼女は再び手を挙げ、新たな氷の弾を生成して怪物に向けて発射し、その注意を引きつけた。


  一方、遠山凛は蕭珊雅が蝕刻の姫を引きつけている隙をついて、音もなく青木紗綾と緒方花音の背後に現れ、二人を素早く安全な掩蔽壕へと移動させた。


  「大丈夫?」遠山凛は心配そうに尋ねた。


  緒方花音は壁に手をつき、大きく息を吐きながら答えた。「大丈夫よ、ありがとう。」


  一方、青木紗綾の視線は遠山凛の手の甲にある印に引き寄せられていた。その模様は異なるものの、漂う気配は時雨の手の甲にある印とどこか似ていた。


  「あなたは何者なの?」紗綾は勇気を出して尋ねた。「あの怪物は一体どこから来たの?」


  「私は『時痕者』よ。虚界と現実を行き来できる存在なの。」遠山凛は彼女を一瞥し、さらりと答えた。「さっきの怪物は蝕刻の姫。人間を虚界に引きずり込み、殺す怪物よ。どこから来たのかは、今のところ私にも分からないわ。」


  遠山凛は常識を覆すような恐ろしい情報を淡々と口にした。しかし、それがどうでもいいことも彼女は分かっていた。なぜなら、現実世界に戻れば、これらの記憶は長くは残らない。経験したことはすべて徐々に消されていくのだから。


  「時痕者」という名前も、彼女が咄嗟に思いついただけだった。なぜか青木紗綾が質問した瞬間、彼女の頭の中に自然とその言葉が浮かんだのだ。


  「時痕者?虚界?」青木紗綾がさらに問いかけようとしたとき、遠くから聞こえる巨大な轟音に遮られた。


  蝕刻の姫は激怒して咆哮し、蕭珊雅が作り出した氷の弾の嵐を力任せに引き裂いていた。遠山凛は遠くを見やると、蕭珊雅が怪物と激しく戦っているが、骨盾のおかげで彼女の鋭い氷の攻撃はすべて完璧に防がれ、戦況は膠着状態になっていた。


  これ以上は待てない。


  遠山凛は視線を戻し、傍らにいる青木紗綾と緒方花音に尋ねた。「緊急事態だから、二人とも右手を出してくれる?」


  二人は少し戸惑いながらも、言われた通り右手を差し出した。


  緒方花音の手のひらには鮮明な黄色い印があった。一方、青木紗綾の手のひらはきれいなままで、彼女がただ巻き込まれただけの一般人であることを示していた。


  「あなたは『虚界少女』みたいね。」


  「虚界少女?それって何?」緒方花音は尋ねた。


  「説明してる時間はないわ。」遠山凛は苦戦する蕭珊雅の方を一瞥し、すぐに戦闘に加わらなければならなかった。彼女は迷わず、自分の手を緒方花音の黄色い印に押し当てた。


  遠山凛の手の甲にある印が瞬時に眩しい光を放ち、その光は無数の複雑な光の紋様となって腕を伝い、緒方花音の全身へと広がった。緒方花音は掌が熱くなるのを感じただけで、その黄色い印はこの力によって徐々に消えていった。代わりに現れたのは、宮野鞠子と同じく「無限と再生」を象徴するメビウスの印だった。


  緒方花音は信じられない思いで自分の手の甲にできた新しい模様を見つめた。遠山凛が一体何をしたのか、どうやってあの恐ろしい黄色い印を消したのか、彼女には分からない。


  ただ、もう自分はこんな怪物に追われる必要がないということだけは、ぼんやりと理解できた。


  「これでいいわ。」遠山凛は手を引き、二人に真剣な表情で言った。「ここでしっかり隠れて、絶対に動かないで。」


  そう言うと、彼女はもう何も言わずに、激化する戦場へと向かった。



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