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虚界少女  作者: sara
復生の影
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電梯

  夜が深まり、都会の喧騒は背後に隔てられた。天城由美は詩花の柔らかな小さな手を握り、自分が借りているアパートの入り口にたどり着いた。銀色の月光がこのそびえ立つ建物に冷たい輝きをまとわせていた。


  詩花は顔を上げ、夜空に突き刺さりそうな巨大な建造物を仰ぎ見ながら、澄んだ瞳に好奇の光を宿した。「お姉ちゃん、ここがお姉ちゃんの家なの?」


「ええ」天城由美は優しく応えた。


  「こんなに高いビルは初めて見たよ」詩花の声には子供らしい興奮が満ちていた。「中を見てみたい!」


「じゃあ早く入ろうね」天城由美は甘えるように言った。


彼女は詩花の手を引いて、明るく照らされたマンションのロビーへ入った。天城由美の部屋は十四階にあるため、二人は巨大なエレベーターの前に立った。


  詩花は金属光沢を放つエレベーターのドアを好奇心いっぱいにポンポンと叩きながら尋ねた。「お姉ちゃん、これ何?」


「エレベーターよ」天城由美は辛抱強く説明した。「私は十四階に住んでいるから、これに乗って上がらなきゃいけないの」


  「どうして動かないの?」詩花は首をかしげて、少し不思議そうに尋ねた。


  天城由美はエレベーターの横にある微かに光るボタンを指さし、笑いながら言った。「まずスタートボタンを押さないとね」そう言うと、彼女は指を伸ばして上行きのボタンを押した。エレベーターはかすかな機械音を立てて、高層階からゆっくりと降り始めた。


  「わあ!エレベーターさん、動いたね!」詩花は嬉しそうに小さな手を叩いた。


  しばらくすると、「チン」という軽い音と共にエレベーターは1階に到着した。ドアがゆっくりと開き、中から白髪の老婦人が出てきた。彼女は天城由美を見ると、優しい笑顔を浮かべた。「あら、天城先生、今戻られたの?」


  「ええ」天城由美は微笑みながら答えた。「妹と外で少し遊んで、今戻ったところです。ちょうど下の庭園で蝶々を追いかけて何周か走り回っていて、妹がとってもきれいな花を一輪摘んできたんです」


  老婦人は天城由美のそばにいる詩花に目を向けた。彼女は大人しく天城由美の隣に立ち、耳にはかわいらしい小さな花が挟まっていた。


  「あなたが天城先生のお妹さん?なんて可愛い子なの」


詩花はすぐに礼儀正しくお辞儀をし、澄んだ声で答えた。「おばあちゃん、こんにちは。私は天城詩花です。お姉ちゃんの妹です!さっきお姉ちゃんが道端の花や草をたくさん教えてくれたんです」


「なんて礼儀正しい良い子なの」おばあさんはさらに嬉しそうに笑った。


  「こんな遅い時間に、どこへお出かけですか?」天城由美が気遣って尋ねた。


「夫を迎えに行くの。散歩に出かけていて、もうすぐ戻ってくるのよ」おばあさんは答えた。


「では、お気をつけて。もう暗くなってきていますから、足元にお気をつけください」天城由美は医師らしい細やかな口調で注意を促した。


  「承知しました。お気遣いありがとうございます、天城先生」おばあさんは何度もうなずいて礼を述べた。


  おばあさんと別れた天城由美は詩花と一緒にエレベーターに乗った。ドアがゆっくりと閉まると、天城由美はエレベーター内で十四階のボタンを押した。エレベーターは動き出し、ゆっくりと上昇し始めた。


  彼女たちの姿がエレベーターのドアの向こうに消えた直後、慌ただしい足音がアパートの建物へと入ってきた。現れたのは緒方花音だった。天城医師のことがどうしても気にかかり、拭い去れない不気味な感覚に駆られて、彼女は後を追ってきたのだ。


  天城医師の身に何か問題が起きているに違いない!緒方花音の心は揺るぎない確信に満ちていた。さっき児童公園の前を通った時、天城先生が誰もいないブランコのそばで、空に向かって話しかけ、一人でブランコを押しているのを確かに見た。なのに後で「妹と遊んでいた」と言うなんて、おかしい。


  緒方花音はエレベーターの前に来てボタンを押した。ドアが開き、彼女は中に入った。「天城先生の部屋は十四階だったはず」 」と、先ほど聞いた情報を思い出しながら「14」のボタンを押した。


  エレベーターはゆっくりと動き出し、滑らかに上昇し始めた。しかし、数字が「8」に変わった瞬間、エレベーターは突然停止した。ドアは開いたまま、上昇も閉まることもない。緒方花音は不思議に思い、閉めボタンを何度も押したが、エレベーターのドアは微動だにせず、まるで何かの力に引っかかっているようだった。


  「ドアが何かで引っかかっているのか?それとも外で誰かがずっとボタンを押しているのか?」緒方花音は心の中で推測した。彼女は慎重に頭を突き出し、エレベーターから離れて外の状況を見ようとした。すると廊下の向こう側で、一人の女性が必死に下行きのエレベーターボタンを押しているのが見えた。


  「あの…すみません?」花音は女性に声をかけたが、相手は聞こえないかのように全く反応しない。花音は女性の背中を見つめた。乱れた長い髪が肩にかかり、体の大半を覆っている。薄暗い照明の下で、その姿はホラー映画の貞子にそっくりで、背筋が凍る思いだった。


  勇気を振り絞って、花音はその女性の肩を軽く叩いた。しかし、手が触れた瞬間、女性は「さらさら」という音と共に、生命感のない砂利へと変わり、地面に散らばってしまった!


  「あっ!」花音は恐怖で足がすくみ、その場にへたり込んだ。同時に、ビル全体の照明が「ぱっ」と消え、辺りは一瞬で真っ暗闇に包まれた。


  花音はすぐに携帯を取り出し、懐中電灯機能をオンにした。白い光の柱が闇を少しだけ払いのけ、彼女はふらつく体を支えながら立ち上がり、エレベーターの方を振り返った。エレベーターで下りようとしたが、停電で完全に停止していることに気づいた。


  「階段で降りるしかないのか?」おそらくこれが唯一の脱出路だ。花音は懐中電灯で前方を照らしながら、階段の方向へ一歩一歩手探りで進んだ。進むにつれ、アパート全体が不気味なほど静まり返っていることに気づいた。空虚な廊下に響くのは、自分の足音と早鐘のような鼓動だけだった。


  突然、懐中電灯の光が前方で赤い光る物体を浮かび上がらせた。階段はその物体のすぐそばにあった。緒方花音の胸に漠然とした不安がよぎったが、ここから脱出するには前に進むしか選択肢はなかった。彼女は一歩一歩その赤い光る物体に近づき、階段に差し掛かった瞬間、懐中電灯の光がようやくその物体の全貌を照らし出した。


  それは彼女がこれまで見たこともない怪物だった!口いっぱいに牙を剥き、背中にはタコのようにうねる八本の触手が伸び、胸には不吉な赤光を放つ巨大な宝石が嵌め込まれている。左手は鋭い巨爪、右手には白骨でできた盾を構えていた。


  緒方花音の心臓がぎゅっと縮み、恐怖がツタのように全身を這い上がった。彼女は足がすくんで再び地面に崩れ落ちた。しかし生存本能が彼女をすぐに這い上がらせ、素早く後退させた。怪物は緒方花音を見つけると、待ちわびた獲物を見たかのように、ヒィヒィと低く唸り、重い足取りでゆっくりと彼女に迫ってきた。


  まさに千鈞一髪の瞬間、高速で回転する風弾が花音の体を掠め、唸りを上げて怪物へと飛んでいった!怪物は致命的な殺意を感知し、即座に手にした骨の盾を掲げて防御した。風弾は盾に衝突した瞬間、無数の鋭い気刃へと分裂し、盾を狂ったように切り裂いた。しかし盾には浅い傷痕が残っただけで、怪物本体は無傷だった。


  まだ動揺が収まらない花音は後ろを振り返ると、いつの間にか黒いレザージャケットにショートジーンズ姿の少女が背後に立っていた。攻撃が効かなかった少女は不満そうに「ふん」と鼻を鳴らした。「効果なし?雑魚を倒して暇つぶししようと思ってたのに、骨の折れる相手に出くわしたわ」


  怪物が再び唸り声を上げ、花音に迫る。少女はそれを見て、また一発の風弾を放った。しかしその風弾は怪物ではなく、壁にかかっていた粉末消火器を正確に狙っていた!「ドン!」という音と共に消火器の缶体が粉砕され、激しい風が内部の粉末を巻き上げ、瞬時に白い濃霧を形成し、怪物の視界を遮った。


  少女はこの隙に、緒方花音の手首を掴むと、彼女を後ろへ引きずりながら走った。二人はエレベーター付近まで逃げ、そこに開いた窓があった。少女は即座に言った。「準備して、飛び降りるぞ!」


  「命知らず!?」緒方花音は声を詰まらせて叫んだ。「ここは八階よ、死ぬわ!」


「今しかないわ。消火器の粉末でまだ引き留められるうちに!」その言葉が終わらないうちに、背後から怪物の怒りに満ちた唸り声が響いた。少女の口調はさらに切迫したものになった。「もう時間がないみたい!」


  そう言うと、彼女は硬直した緒方花音を横抱きにし、躊躇なく窓から飛び降りた!


「あっ!」緒方花音は突然の行動に驚いたが、すぐに少女と共に急降下していることに気づいた。


  「あっ——!!!」緒方花音は絶叫した。死を覚悟したその時、少女の右手甲に刻まれた神秘的な印が眩い青光を放ち、突風が地から巻き起こった。その風は落下する二人の体を確実に支え、ゆっくりと屋外の地面へと降ろしていった。


  これは、プリンセスキャリーか!」緒方花音は少女が抱きかかえる姿勢が、自分が好きな少女漫画によく出てくるポーズとそっくりだと気づいた。


  抱きかかえているのが同じく女性であることはさておき。


  数秒後、緒方花音と少女は無傷で地面に着地した。彼女の目には驚きと信じられないという感情が浮かんでいた。一方、少女は周囲を冷静に見渡すと「追ってこなかったみたいね」と言った。


  そう言うと、彼女は右手の刻印で前方にある空間の裂け目のような開口部を開け、まだ呆然としている緒方花音を連れて外へ出た。裂け目を抜けると、緒方花音は驚いたことに、またアパートの玄関前に戻っていたことに気づいた。


  隣の少女が言った。「もう安全よ」


  「そ、そこの方は…?あの怪物は一体何?さっきの空間も現実じゃないんでしょ?」緒方花音は震える声で尋ねた。


  「そんなことは知る必要ない」少女の口調は冷たかった。「とにかく、まずは家に帰った方がいい」


  「でも…」緒方花音がさらに問いかけようとした瞬間、突然めまいが襲い、これまでの記憶がまるで無形の力に吸い取られるように消えた。意識が戻ると、彼女は茫然と周囲を見回し、「私…どうしてここにいるの?」と呟いた。


  目の前の少女が答えた。「迷ったんじゃない? もしよければ、家まで送ってあげるわ」


  「いえ、結構です。自分で帰ります」緒方花音は首を振り、背を向けて立ち去った。


少女は去っていく彼女の背中を見つめ、夜闇に浮かぶ不気味なアパートの建物を見上げながら、呟いた。「あれは一体、どんな怪物なんだろう?」

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