预兆
天城由美は病院の近くにある、いつも人で賑わっているコンビニエンスストアにやって来た。
この時間はちょうどランチタイム。小さな店内は近隣の会社員や病院の医療スタッフで溢れ返っていた。客たちは慌ただしく棚の間を駆け回り、お目当てのランチを選んでいる。レジ前にも長い列ができていて、順番を待っているのだ。
天城由美は無表情のまま混雑した人混みを抜け、弁当が並ぶ冷蔵ケースの前に立った。
彼女は他の人たちのようにじっくりとお気に入りの弁当を選ぶわけではなく、手当たり次第に割引になっていて、それなりに美味しそうな弁当を一つ手に取った。
彼女にとってランチとは、すでにボロボロになった体の機能を維持するために必要な単なる手続きに過ぎなかった。
その後、彼女はコンビニの冷凍庫の前にやって来た。冷蔵庫の中には種類豊富なビールが並んでおり、彼女はそれを眺めながら長い間考え込んでいた。
「今日は手術の予定はないはずだ。ちょっと一杯くらい飲んでもいいだろう……」天城由美は心の中で、これから自分が犯そうとしている“戒律違反”にふさわしい言い訳を探していた。
とはいえ、やはり冷凍庫の前で迷い続けている。
「ねえ、あなた、一体どうするつもりなの？」背後から少し反抗的な少女の声が聞こえてきた。
振り返ると、真っ黒なオニキスのような艶やかな長い髪をした少女が立っていた。上半身にはかっこいい黒いジャケット、下半身にはこれまたクールなショートデニムパンツを履いている。彼女は不機嫌そうな顔で天城由美の後ろに立っていた。
どうやら天城由美がなかなか決められず、自分の飲み物を取りに行く道を塞いでしまったようだ。それで彼女は後ろで苛立たしげに注意を促したのだった。
「ごめんなさい」と天城由美はすぐに謝った。「先にどうぞ」
そして彼女は横に移動し、場所を譲った。
その少女は冷凍庫の前に来て、慣れた手つきで扉を開け、中から冷えたコーラの缶を取り出した。さらに隣にあった冷えたビールの缶もさらっと手に取った。
「彼女、まだ未成年じゃないかな？」と天城由美は心の中で思った。
彼女は目の前の少女をよく観察した。相手はあまり手を出しそうにない雰囲気だ。服装はかなり反抗的だが、よく見るとまだ若いことが分かる。きっと言うことを聞かない、一風変わった“不良少女”なのだろう。
その瞬間、若き少女は振り返り、まだ冷気が立ち上る冷えたビールを軽く天城由美の前に差し出した。
「え？」と天城由美は少し驚いた。「私に……くれるの？あなたは飲まないの？」
「ずっとこのビールを見つめていたでしょう。きっと届かないんだと思ったから。それに私だって一口くらい飲みたいけど、まだ法律で飲酒が許されていない年齢だから、最低限の法律知識くらいはちゃんとあるわよ」
天城由美は言われて一瞬戸惑い、すぐに少女が差し出したビールの缶を受け取った。「ありがとう」
「見た目ほど反抗的じゃなくて、むしろ結構しっかりしていて節度があるのね」と天城由美は心の中で思わず感心した。この一見平凡な少女に、少しだけ目を見張らされたのだ。
一方、その少女は天城由美の反応などあまり気に留めず、何気なく手を振ってさらりと言った。「じゃあね」
言葉が終わると同時に彼女は振り返り、軽やかな足取りで長い列の中に入っていった。他の客と同じように静かに並んで会計を待っている。
天城由美は割引弁当と、見知らぬ少女から渡されたビールの缶を持って病院へと戻った。左手には弁当、右手にはまだ冷気が漂う冷えたビールの缶を持っている。
昼時、暑い日だった。しかも朝から風邪をひいてマスクをしている。手に持つ冷えたビールの冷たい感触が、少し眠くなった頭を少しでも覚ますのにちょうどよかった。
彼女は自分のオフィスに戻った。すると、そこには予期せぬ訪問者が座っていた。
彼女の親友であり、唯一の友人である三森歌月が、堂々と広い自分のオフィスチェアに腰掛け、静かに彼女を待っていたのだ。
そしてオフィスの机の上には、とても上品に見えるお弁当箱が置かれていた。
三森歌月はドアから入ってきたばかりの天城由美を上下にざっと見渡し、まるで何か間違いを犯した子供を審査するような鋭い視線を向けた。
天城由美の神経は一気に張り詰めた！彼女は無意識のうちに右手に握っていたまだ飲んでいないビールの缶をそっと背後に隠した！
「隠さなくてもいいわよ」と三森歌月は厳しく一語一句はっきりと言った。「全部見てるから」
「ははっ」と天城由美は冗談交じりに言った。「本当に、あなたの目からは何も逃げられないね」
すると三森歌月はすばやく一歩踏み出し、彼女の手から栄養価のない割引弁当と、背後に隠していた冷えたビールの缶を奪い取った！
そして彼女は天城由美の手首を引っ張り、自分がさっきまで座っていた快適なオフィスチェアの前に押し付けた。
「どうして来たの？」と天城由美は少し落ち着かない様子で尋ねた。
「今朝、病院の入り口で、マスクをしたあなたが中に入っていくところを見かけたの」と三森歌月は悔しそうな口調で言った。「あなた、また裸で寝て風邪をひいたんでしょ？何年も付き合ってるから、きっと当たってるわよ！」
そして三森歌月は自分で持ってきた上品なお弁当箱を開けた。中には彼女が天城由美のために丹念に作った栄養満点の食事が詰まっていた。その横には小さな保温ジャーも置いてあり、中には湯気の立つ鶏ガラスープが入っていた。
「これは私がわざわざあなたのために作ったの。早く食べなさい」と三森歌月は命令口調で言った。
「分かった、分かった」と天城由美は少し諦めたように答えた。「全部食べるよ。あなた、あと用事があるんでしょ？」
「今日の午後は患者の予約がないの」と三森歌月は腕組みをして言った。「だから、ここで直接あなたが食べるところを見守るわ」
そして彼女は再び手に持っていた弁当とビールを持ち上げ、「その代わり、あなたの不健康な弁当は私にあげて。このビールもついでに私が『処理』してあげるわ」
天城由美と三森歌月の二人は静かにランチを楽しんでいた。三森歌月は隅にある別のオフィスチェアを持ってきて天城由美の隣に座り、時折彼女の食事ぶりを観察していた。
天城由美は三森歌月が丹念に用意した栄養満点の食事を一口ずつ味わい、一方で三森歌月は天城由美がコンビニで見つけた割引弁当をゆっくりと味わっていた。シンプルではあるが、そこから特別な味わいを感じ取ることができた。
「そういえば」と天城由美は数口食べ進めた後、突然顔を上げた。「昨日、詩花を見たの」
「いつ？」と三森歌月は箸を止めて天城由美の方を見た。明らかに彼女の話に興味津々だ。
「昨夜」と天城由美は答えた。「信じてもらえないかもしれないけど、本当に見たの。彼女は私の家にいて、私を連れて行こうとしたの」
三森歌月は興味を持ったようで、「それで、どこに行ったの？」と追及した。
「その後、私は彼女についてトイレに行きました」と天城由美は思い出しながら言った。「その後のことは覚えていません。目が覚めたら、トイレの床に横たわっていたんです」
「だから風邪をひいたのね」と三森歌月は聞いてから淡々と答えた。「きっとお酒を飲み過ぎて幻覚を見たんだろうと思うわ」
天城由美は少し照れくさそうに言った。「確かに目が覚めたらテーブルの上に飲みかけのビールの半分が残っていたけど、それは間違いなく詩花よ。彼女の姿も、彼女の香りも、絶対に間違えるはずがないわ」
三森歌月は話を聞いた後、それ以上追及したり意見を述べたりしなかった。
彼女の表情は静かで、まるで心の奥底には波風が立っていないかのようだった。彼女はただ素早く、機械的に自分の手元にあるシンプルで安価な弁当を片付けた。まるでその方法で内心の複雑な感情を隠そうとしているかのようだった。
食べ終えると、彼女はそっと立ち上がり、天城由美のそばに歩いて行って肩を軽く叩き、できるだけ穏やかな口調で言った。「由美、私は先に帰るね。あなたも食べ終わったら弁当箱をテーブルに置いておいて。午後また取りに来るから」
一言一句が深く考え抜かれていて、何か異常を悟られないよう細心の注意が払われていた。
天城由美は三森歌月を見上げて少し不思議そうに尋ねた。「午後は患者がいないんでしょ？どうしてそんなに急いで帰るの？」
三森歌月は天城由美の視線を避け、小声で答えた。「ちょっと外に出て、空気を吸って来ようと思って」
「分かった」と天城由美はそれ以上聞かずに淡々と答えた。
三森歌月はゆっくりと重厚なオフィスのドアを押し開けた。動きは遅く、重々しく、音を立てないようにそっとドアを閉めた。
ドアが閉まった瞬間、彼女がずっと保っていた冷静さと理性が一気に崩れ落ちた。
「由美……あなたはもう……」彼女の声は抑えきれずに震え、体は力なくドアにもたれかかり、涙が音もなく流れ落ちた。
オフィスでは、天城由美に心配をかけないよう、彼女はあえて感情を抑えて多くを語らなかったが、彼女の心の中は誰よりもはっきりと、誰よりも苦しかった。
彼女の親友である天城由美に残された時間はもうほとんどない。
なぜなら、人は死の直前に、すでに亡くなった親しい人の幻影を見ることが多いのだ。親族が幻影となって瀕死の人に戻り、死神の使者として最も優しく天国へと導くのである。
三森歌月は、天城由美が言及した“幻影”こそがその前兆だと知っていた。彼女はその事実を受け入れたくなかったが、同時に直面しなければならない。彼女の心は無力さと絶望でいっぱいになり、ただ黙ってこの大きな苦しみに耐えるしかなかった。
彼女はただ友人が死んでいくのを傍観し、自分は何もできないのだろうか。
