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虚界少女  作者: sara
虚界呼唤
29/70

混亂

  宮野鞠子との別れを告げた後、遠山凛は一人、夜の街を歩き続けていた。


  時刻はすでに遅く、通りには人影がほとんど見られなかった。それは、先日の不可解な失踪事件の影響なのか、街灯だけが彼女の影を歩道に寂しく映し出している。彼女は、さっき一緒に楽しんだ温かな夕食や、鞠子や優子と過ごした純粋でかけがえのない瞬間を、心の中でふと思い返していた。


  鞠子が残酷な殺戮から解放され、再び普通の生活を取り戻す手助けをできたことが、遠山凛の胸にこれまでにない達成感を与えていた。


  しかし、その穏やかな気持ちもつかの間だった。突然、彼女の右手の甲にある刻印が、何の前触れもなく鮮やかに光り始めたのだ。緑色の導く光線が、彼女の手の甲から放たれ、街路のどこかを指し示しているように見えた。


  「また、蝕刻の姫が現れたのか……?」と、遠山凛は即座に警戒の声を上げた。


  だが、その導く光線は以前のように安定しておらず、まるで何かに妨害されているかのように、途切れたり点滅したりを繰り返していた。


  不思議な思いを抱きつつも、遠山凛は少しの迷いも見せずに、すぐに足を踏み出した。断続的に揺らめく光線の導きに従い、静まり返った路地を素早く駆け抜けていく。


  走っている途中、自宅で黒猫に餌をあげた際の奇妙な出来事が再び頭をよぎった。周囲のあらゆる音——風の音や夜の虫の鳴き声、さらには自分の走る足音さえも、一瞬にして消え去ってしまったのだ。世界が完全な静寂に包まれ、道端で風に揺れる広告看板は空中で固まってしまい、ついさっきまで転がっていた空き缶さえ、地面からわずか数センチ浮いたまま止まっていた。


  「またこんな状況か……一体、なぜこんなことが起きるんだろう?」と、遠山凛は立ち止まることなく、さらに街路を進んでいった。


  もしかしたら、自分の中に目覚めたタイムストップ能力なのかもしれない。でも、それを自分でコントロールすることはできない……?


  彼女はなおも光線の導きに従い、目的へと急ぎ続けた。そして、ある交差点に差し掛かったとき、ついに光線が指し示す先を目撃した。


  街灯の明かりが照らす交差点の角に、紫の長い髪をした女性が静かに立っていた。その足元には、今まさに微風に舞い散ろうとしている二つの人型の砂の山が——それも、ほんの数分前まで生きていたはずの人々の姿だった。一方、女性の右手は、冷たく輝く腕剣へと変貌し、その刃には金色の砂粒がちらついているのがはっきりと見て取れた。


  この異常な光景に、遠山凛の心臓は激しく高鳴った。彼女は瞬時に理解した。あの二つの砂の山こそ、ほんの数分前まで確かに生きていた二人の人間であり、そして目の前の女性こそ、彼らを惨殺した犯人だと……


  遠山凛の怒りが一気にこみ上げ、彼女は暗がりから静かに姿を現した。


  「あなたが彼らを殺したの?」と、彼女は冷ややかに問いかけた。


  「あら?気づかれちゃったのかしら。残念だけど、あの連中は見るべきでないものを目にしたから、つい手を出してしまったの。それにしても、次こそは私の親切な忠告を素直に受け入れて、来世ではちゃんと気をつけてくれるといいんだけどね」——女は淡々と語り、その口調はまるで今まさに踏み潰したばかりの二匹の蟻について話しているかのようだった。


  「あなたの行動を正義だと思ってるの?命を平気で踏みにじるなんて、一体何の正義よ!」と、遠山凛の声は怒りのあまりわずかに震えていた。


  「正義?悪?そんなものは人間だけが考える幻想よ。私は決して、そんな虚しいものには囚われないわ」——紫髪の女は冷笑を浮かべ、続けた。


  「ただ一つ、効率と結果だけを信じているだけ。あの連中は私の本性を見てしまった。放っておけば余計なトラブルを招くだけだから、仕方なく片付けたまで。」


  その言葉を聞いた瞬間、遠山凛は目の前の女が冷酷非道な怪物だと悟った。しかし、彼女は何も口にせず、ただ鋭い視線を向け、まるで眼前の相手を突き刺すような剣のような眼光を放った。


  「まあ、怖い目つきね。まさか、あなたは私を裁くための正義の味方になりたいっていうの?もし本気なら、どうぞおいで!」


  その言葉が終わるや否や、彼女はすでに遠山凛のすぐ前に移動していた。そして、右手に握られた鋭い腕剣を勢いよく振り下ろし、彼女の心臓めがけて猛然と突き立てようとした!


  だが、それよりさらに素早い反応を見せたのは遠山凛だった!彼女は横へと大きく跳び、危うく致命の一撃をかわしたのだ。


  次の瞬間、彼女の右手の甲に刻まれた紋章が鮮やかな光を放ち、空から一筋の聖なる輝きを宿した華麗な剣が降り注いできた。それを彼女はすばやく受け止め、剣を握りしめた途端、元素の印と聖剣が共鳴し、炎が剣身を覆いつくした!


  「ギィン!」——遠山凛は聖剣を振るい、女の腕剣を弾き飛ばす。互いに正面から向き合い、再び激しく動き出した。


  「ガッシャーン!」——空中で激しくぶつかり合う二つの刃。その衝撃で二人の位置は一瞬にして入れ替わり、再び逆転する形となった。互いに相手の隙を探しながら、一歩も油断なく睨み合っている。どちらも、最適なタイミングを見極めようと必死だった。


  時折吹く晩風が木々の梢を揺らし、落ちた葉がゆっくりと舞い上がる。まるで空中で優雅なダンスを踊っているかのようだ。その瞬間、二人の鼓動は一瞬止まったように感じられた。なぜなら、葉が地面に触れるその瞬間こそが、勝負の結末を告げる時なのだと、お互いが確信していたからだ。


  息を潜め、集中力を高める。ほんの一瞬の遅れさえも、命取りになるかもしれない。だからこそ、常に緊張感を保ちながら、葉が地面に届く瞬間を待ち構えているのだった。


  しかし、紫髪の女はすぐに異変に気づいていた。先ほど鞠子との戦いで浴びた奇妙な聖なる光によって、体と力がまだ完全に回復していないことに……。あの光に秘められた力が、彼女の根源的な力を抑え込んでいるようで、本来の実力は人間の状態でも半分程度にしか戻っていない。ましてや、怪物の姿に戻るほどのパワーも、まだ十分に取り戻せていないのだ。


  彼女の額には冷や汗が浮かび、先ほどまでの自信はすっかり消え去っていた。遠くに立つ遠山凛がじっと彼女を睨みつけていたが、もう葉は地面に落ちようとしている——それでも、彼女は背中を押されるように、覚悟を決めて立ち向かうしかなかった!


  葉が静かに舞い降りる瞬間、遠山凛は素早く飛び出し、一気に相手の急所へと迫った!一方、紫髪の女性はわずか半拍遅れて反応したものの、その鋭い剣先はすでに彼女の身体へと迫りつつあった。


  一瞬の気の緩みが、致命的な隙を作り出してしまう。それを見逃さなかった遠山凛は、剣先を一転させ、渾身の力で振り下ろした。刹那、「バキッ」という甲高い音が響き渡り、紫髪の女性が誇る堅牢な腕の剣が、あろうことか真っ二つに斬り裂かれてしまった!


  さらに遠山凛は絶妙なタイミングを見計らい、横向きに一閃。細くしなやかな腰へと容赦なく襲いかかる!この一撃が命中すれば、彼女は文字通り真っ二つに分断されてしまうだろう——まさに生死を分ける瞬間だった。


  だが、その時、紫髪の女性はもはや後退する余裕さえ失っていた。しかし突然、彼女は自らの持つ「タイムストップ」能力が完成間近であることに気づいた。もし自分が斬られる直前に時間を止められれば、ギリギリで回避できるかもしれない——そう考えたのだ!


  「小娘よ、私と戦うなんて、まだ早すぎるわ!」


  絶体絶命の瞬間、女性は自身が最も誇る力を解き放った。まるであの恋人たちのように、遠山凛を完全に動きを封じ込めるつもりだった。ところが、いざ発動してみると、驚愕すべきことに、彼女の動きは一切止まっていなかった!むしろ、その鋭い剣は依然として凄まじい勢いで、彼女の腰へと迫り続けていたのである!


  なぜ自分の能力が効かないのか、理屈はまったく分からない。ただ、生きる本能が最期の瞬間に猛烈な勢いで腰を落とし、まるで体操選手のような柔軟性で攻撃をかわした。しかし、それでも腹部には深い傷が残り、風を通すようにビロードのジャケットは一瞬で切り裂かれてしまった。


  痛みに顔を歪めながら、女性は数歩後退する。あまりにも不思議な状況に、彼女自身、信じられない気持ちでいっぱいだった。


  一方、遠山凛は奇妙な光景を目にしてしまった。この女性がこれほどの重傷を負っているというのに、その傷口からは血の一滴すら流れ出ていないのだ——不自然すぎる現象に、彼女は思わず眉をひそめた。


  「あなた……いったい何者なの?どうして私の『タイムストップ』が、あなたの前では無意味なの?これは王様から授かった至高の力のはずなのに……普通の人間なら、誰一人として避けられないはずなのに!」と、彼女は恐怖に満ちた目で遠山凛を見つめ、問いかけた。


  「『タイムストップ』?」と、遠山凛は初めてピンときた表情を浮かべた。「つまり、さっきの奇妙な現象は、すべてあなたの仕業だったってこと?」


  ようやく事情が飲み込めた遠山凛は、ここで重要な情報を掴んだ。自分ではなく、この女性こそが時間停止の能力を持ちながらも、それでもなお自由に動き回ることができていたのだ——それが、これまでの不可解な出来事の真相だった。


  あまりの衝撃に言葉を失った女性だったが、その隙を突いて、遠山凛は即座に核心を追及した。「王様とは一体誰なの?そして、あなたは王様とどんな関係にあるの?」


  「ふん、バレちゃったか。でも構わないわ。王様の力は、こんなちっぽけな人間ごときが簡単に抗えるようなものじゃないのよ。今、たとえあなたが私を殺したとしても、王様には勝てないわ!」と、紫髪の女性は信者の忠誠心だけが宿る瞳で、静かに告げた。


  「では、お前の願いを叶えてやろう。さあ、死ね!」


  遠山凛はもはや無駄口を挟む余裕などなかった。彼女は両手で聖剣をしっかりと握りしめ、頭上高く掲げると、命を踏みにじり、罪深き悪行を重ねてきた女への最後の一撃を繰り出す準備を整えた。


  だがその瞬間——時が再び奇妙な変化を遂げた。しかし今度は止まったのではなく、まるで空間ごと跳躍したかのように、一気に移動してしまったのだ!


  目の前で、紫髪の女の姿が、地面に残っていた砂の跡ごと、突如として消え去ってしまった。そして、彼女が振り下ろそうとしていた鋭い剣も、いつの間にか地面へと静かに降りていた。まるで途中の“斬りかかる瞬間”が、誰かに編集ソフトで切り取られてしまったかのような不思議な光景だった!


  「くそっ!逃がしちまった……!」


  周囲の風景が再び歪み始め、彼女は強大な力に引き寄せられるように、夜の街よりもさらに静謐な虚界の空間へと無理やり引きずり込まれてしまった。そこにはすでに、獰猛な表情を浮かべた二体のエッチング・ウィッチたちが、左右から彼女を包囲するように迫っていた!


  冷静さを取り戻した遠山凛は、素早く心を落ち着け、聖剣を振るって迎え撃つ。二体の雑兵を片付け、印の力を用いて脱出した直後、彼女は気づいた——自分が再び、先ほどと同じ通りに戻っていることに。


  しかし、その道にはもう誰の姿もなく、ただ一人、遠山凛だけが立ち尽くしていた。


  結局、あの紫髪の女を逃がしてしまったが、彼女の胸中にはあまり悔しさはなかった。なぜなら、今日の夜は確かに収穫があったからだ。あの女が口にした「王」という言葉——それは、彼女と“王”が密接に関わっていることを示す重要な手がかりだった。このまま彼女を追いかけていけば、必ず“王”の居場所を見つけ出せるはずだ。


  自分自身も、決して無駄足ではなかったのだと、遠山凛は心の中でつぶやいた。


  そして彼女は、まだわずかに温もりを放つ聖剣をそっと握りながら、小さくつぶやいた。「お疲れ様、ありがとう。」


  すると、剣の柄に埋め込まれた眼球が、まるで彼女の言葉に応えるかのように、ピクッと瞬き、やがて流星となって、闇に沈む夜空へと舞い立っていった。


  都市の片隅、かつて使われていた廃墟の教会内。ゴシック様式のステンドグラスはとっくに深い陰に包まれ、月光が屋根の破れた穴から降り注ぎ、教会全体にほこりの匂いが漂っていた。


  傷だらけの紫髪の女は、今まさに埃まみれの長椅子に力なく横たわり、荒々しい息を繰り返していた。彼女の腹部には聖剣の一撃が刻まれた傷口があり、そこからは血は流れていないものの、炎に焼かれた痕跡が激痛を引き起こしている。


  その傍らには、ぼろぼろの黒いマントに身を包んだ影が立っていた。背の高いその人物は、兜帽の陰に頭部全体を隠しており、ただ闇色の濃さだけが浮かび上がっている。もしかすると、それがこの人の顔なのかもしれない。いや、そもそもこの人には顔など存在しないのかもしれない——そんな不気味な雰囲気が漂っていた。


  「あの女、一体何者なんだ?」紫髪の女は体を起こそうと必死に力を振り絞りながら、掠れた声で尋ねた。


  「私もよく分からないよ」と、黒衣の男の声はさらに低く、どこか異質な響きを帯びていた。


  「というのも、俺たちがこの世界に蘇ったのはつい最近のことだし、今の状況について深く知っているわけじゃないからな」


  「前に宮野鞠子という少女と接触した時、奇妙な光に照らされてやられた。それに加えて、今度はタイムストップにも影響されないクセモノまで現れた。本当に厄介な相手だ」紫髪の女は、まだ心の底に残る恐怖を抑えきれずに言った。


  「光か……なるほど、この世界は思ったより脆くないってことか。ひょっとしたら、この世界自体が独自に備えている防衛メカニズムなんじゃないのか?」黒衣の男はしばし考え込み、静かに答えた。


  「王様が、そんな光に負けてしまうなんてことがあるのか?」紫髪の女は不安げに問いかけた。


  黒衣の男は天を仰ぎ、豪快に笑い飛ばした。「冗談じゃない!王様こそが最高の存在だ。こんな程度の光など、王様の前では朽ちた草の蛍と同じようなものさ。どうして皓月と輝きを競えるというのだ?」


  そして、再び毅然とした口調で続けた。「俺たちの目的は、この偉大なる王様をこの世界へと呼び出し、腐敗しすぎて退屈なこの世を、永遠の混沌へと陥らせることだ!」


  「でもさ、宮野鞠子って女、もう印が尽きちゃってるはずなのに、なぜ生きているんだ?しかも、王様の制裁さえ逃れてしまったのか?」紫髪の女は依然として疑問を抱いたまま、首を傾げた。


  「まあ、彼女の魂は確かにまだ俺たちの手元にある。もしかしたら、別の新しい魂を受け継いだのかもしれないけど……でも、別に気にすることはないさ」黒衣の男はまるで無関心なように答えた。


  「虚界の戦いなんて、実は王様が目覚めるための、必要な魂の糧を集めるための脇役にすぎない。結局のところ、最後まで戦えば王様に会えるなんて幻想に過ぎない。真の鍵は、ここにあるんだ」


  黒衣の男はゆっくりと教会の廃墟の中にある説教壇へと歩み寄った。その上には、見慣れない言語で書かれた黄色い台本が静かに置かれていた。表紙を見るだけで、すでに不吉な空気が漂っているのが分かった。


  その後、彼は再び講台の後ろへと歩み寄った。そこには、透き通るように美しい水晶の棺が置かれていた。その中には、静かに眠り続ける一人の少女が——まるで童話に登場する『眠れる森の美女』のように、非の打ちどころのない美しさを湛えながら、ひっそりと横たわっていた。


  月明かりが、壊れた穴から差し込み、ちょうどその少女の体を照らしていた。すると、彼女の繊細な鎖骨のあたりに、まるで新月のような胎記がくっきりと浮かび上がるのが見えた。


  黒衣の男は、黄色い台本をそっと撫でながら言った。「もうすぐこの台本も完成する。『王』の復活に向けて、今はゆっくりと力を蓄えておけ。目覚めたら、次なる計画に移ろう。」


  そして彼は、今度は割れてしまった鏡の前に立ち、その向こう側にぼんやりと映る蝕刻の姫の姿を見つめた。彼女の胸元には血のように赤い宝石が輝き、背中からは八本の触手が不規則に蠢いていた。さらに左手の関節部分には鋭い骨爪が生え、右手には骨製の盾が備わっている。


  「さあ、これからののは君次第だ。この街に、混沌の種を広げてこい!」


  黒衣の男は、蝕刻の姫に向かって冷たく命じた。


  蝕刻の姫は、その命令を受けると小さな声でうなりを上げ、瞬く間に鏡の中から消え去ってしまった。



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