贈り物
午前中、陽射しがちょうどよく差し込んでいた。
宮野鞠子は、通っている女子高校の正門へと向かい、午後からの国語の課題研究に参加する準備をしていた。校門の前で、彼女はまた保健室の三原楓先生に出会った。
「こんにちは、宮野さん。」三原先生は鞠子を見つけると、にっこりと笑って声をかけてきた。
「こんにちは、三原先生。」
「体調はもうよくなりましたか?」三原先生は心配そうに尋ねながら、視線で彼女の様子を上下に確かめた。
「だいぶ良くなりました、本当に!先生のご心配、ありがとうございます。」
「あなた、この前は一日で二度も私のところに来ていたんですよ」と三原先生は半分冗談めかして言ったが、すぐに真剣な表情に戻り、「今度こそ本当のことを教えてくださいね。本当に大丈夫ですか?」と改めて問い直した。
「もう大丈夫です、本当にすっかり治りましたから」と鞠子は誠実に答えた。
「それならよかったわ」と三原先生は頷き、ふと視線を彼女の額へと移した。「その角は抜いてもらったんですか?まだめまいとか不快感はないですか?」
「角って何ですか?」鞠子は少し戸惑いながら、手を額に当ててみた。「ありませんよ、私にどこに角があるっていうんですか?」すると三原先生は眉をひそめ、困惑気味に言った。「前回ここに来たとき、あなたの額には小さな突起があったのよ。何かできものができたのかと思ってたんだけど……本当に覚えてないの?」
宮野鞠子も三原先生の言葉を頼りにじっくり思い返してみたが、自分の額に何か突起があったなんてどうしても思い出せなかった。
「そんなことありませんよ。記憶では貧血で倒れて、気がついたら保健室で横になっていました。額のことなんて、まったく覚えていないんです。」
「じゃあ、私が見間違えたのかもしれないわね」と三原先生は微笑んで、話題を変えた。「さあ、授業に遅れないように行きなさいね。」
「はい、先生、さようなら!」鞠子は三原先生に軽く一礼し、教学棟へと向き直った。
数歩進んだところで、鞠子は思わず自分の額に手をやった。触れる肌はすべすべで、わずかな傷跡があるだけで、とても角が生えていたとは思えない。
「どうして三原先生は、そこに突起があったなんて言ったんだろう?」鞠子は内心首を傾げた。
教学棟へと続く道の途中、鞠子は幹線道路沿いの掲示板の前に大勢の生徒が集まり、何かを指さしてひそひそ話をしているのに気づいた。興味を引かれた鞠子も、人混みの中へと割って入った。
掲示板には、真っ赤な印が押された処分通知がいくつか貼られていた。
鞠子はその名前を見て、すぐに相手たちだとわかった。先日カフェで美空を侮辱する発言をした彼女たちに、自分があえて注意したところ、逆に殴られて怪我を負ってしまったのだ。
いま掲示板には、白黒の文字でこう書かれている――校外で他人に故意の暴行を加えたとして、三人は厳重な戒告処分を受け、在学中の観察対象となった。
「あの三人、もう何日も連続で休んでいるらしいよ。」
「殴った子は退学しちゃったみたい。親御さんがアメリカに留学させるつもりだって聞いた。」
周囲の女生徒たちがざわざわと噂話を交わす中、処分通知を見つめる鞠子の胸にも、少しずつ安堵が広がっていった。
やはり三原先生が言っていた通り、彼女たちには処分が下されていたのだ。この通告が、いまだ行方不明のままの美空にとって、少しでも慰めになるだろう。
「今じゃあ、あの子たち、全校の有名人になっちゃってるわね。」
いつの間にか、原田瞳が鞠子のすぐそばに立っていた。
「やあ、宮野さん。」原田瞳は鞠子を見て、にこやかに挨拶した。
「こんにちは、原田さん。」鞠子も応えた。
「思ったより早く退院したんだね。茉莉に頼んで最新刊のライトノベルを届けさせたのに、結局使わずに済んじゃったみたいだね」と原田瞳はちょっと残念そうに言った。
実はあの日、病院でメイドさんが「クロティア様」と呼んでいた人物こそ、まさに原田瞳だったのだ。人情の薄い都会で、こんな風に気にかけてもらえるなんて、贅沢な幸せだと鞠子は胸を温かくした。しかも鞠子と原田瞳が知り合ってからまだ日も浅く、会ったのはほんの二度だけだったというのに。
「私は別にたいしたことはなくて、ただちょっと貧血が続いていただけなんです」と鞠子は微笑んだ。
「そういえば!」原田瞳はハッと何かを思い出したように、鞠子の額へと視線を向けた。「その傷、もう大丈夫なの?あのカフェで、遠くから見たけど、あなた、彼女たちに押し倒されてテーブルの角にぶつかってたよね。」
「もうほとんど治って、薄い傷跡が残ってるくらいです。」
「それから、保健室を出るとき、三原先生が『あなたの頭に変な角がある』って言ってたのを聞いたんだけど、あれは何だったの?」原田瞳は少し不思議そうに尋ねた。
「えっ、原田さんまで私の頭に変な角があるって言うんですか?」鞠子は内心首を傾げたが、原田瞳の心配そうな様子は決して冗談ではなさそうだ。
「ごめんなさい、あまり覚えてないんです。頭を打って、ちょっと記憶が曇っちゃったのかもしれません。」
側で見ていた原田瞳は鞠子の困った様子を見て、慌てて言い直した。「まあいいわ。きっと私の聞き間違いよ。あなたが元気ならそれで安心だもの。」
そのとき、授業の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。これ以上課題研究に遅れたくない原田瞳は鞠子に別れを告げた。「宮野さん、私は先に行くね。経済学の授業があるから別の棟に行かなきゃ。あなたもこれから授業でしょう?またね。」
「はい、またね」と鞠子は応え、原田瞳に向かって手を振って、別の教学棟へと歩き出した。
数分後、鞠子は課題研究が行われる洋風の建物の中にいた。歴史を感じさせる古い講堂には、すでに多くの生徒が集まっていた。鞠子がぐるりと見渡すと、中央の一列に空席を見つけ、そちらへ歩いて行って腰を下ろした。
あの席は、美空と一緒に最後に授業を受けたとき、二人で並んで座った場所だ。あの日、美空は満面の笑みで本を抱え、鞠子の隣に座って、優しく挨拶してくれた。授業中、突然竹内先生に指名されて答えを求められたときも、緊張でどうしようもない鞠子をそっと正しい答えを教えてくれて窮地を救ってくれたのが美空だった。
そして、その授業を終えたあと、美空は鞠子の人生から、まるで消え去るように姿を消してしまったのだ。
鞠子は隣の空いた席を眺めながら、じわりと目頭が熱くなった。ぼんやりとした視界の中で、美空がまだそこに座って、優しく微笑みかけているような気がした。
そのとき、誰かが鞠子の隣に静かに腰を下ろした。鞠子は少し夢見心地になり、思わずそちらへ顔を向けた。さらりと肩まで伸びた髪は、記憶の中の美空によく似ていて、一瞬、親友が戻ってきたのかと錯覚してしまった。
だが、隣に座ったのは親友ではなく、どこか冷ややかな雰囲気の少女だった。彼女は鞠子の隣に腰を下ろすと、自分の長い髪を整える仕草を見せた。
バッグを置き、席に落ち着いたところで、鞠子はようやくそれが蕭珊雅であることに気づいた。
「こんにちは、蕭珊雅さん。」鞠子は我に返って、そっと挨拶した。
「こんにちは。」蕭珊雅は淡々と応えた。
「あなたの頭の方はもう大丈夫?また病院で診てもらう必要はないの?」蕭珊雅は率先して話しかけてきた。口調は相変わらず冷たく感じられたが、相手を気遣おうとしているのは明らかだった。
鞠子は蕭珊雅が自分に関心を持って話しかけてくるとは思わず、少し意外に思いながら答えた。「もう完全に治っていますよ。ご心配ありがとう。医者からは、ちょっと貧血気味だから、しっかり休むようにって言われただけです。」
「あなたの体調はどうですか?前回の授業では、ずいぶん具合が悪そうでしたよね」と鞠子も蕭珊雅の健康状態を気遣って尋ねた。
「昔からの気胸の持病があって、その上、あのときはうっかり唾を詰まらせて苦しかったんですが、今はもう大丈夫です」と蕭珊雅は淡々と答えた。
「そうですか。これからは気をつけましょうね。」
話しているうちに、竹内先生が教案を手に講堂へ入ってきて、今日の課題研究が始まった。鞠子と蕭珊雅は会話を中断し、ともに授業に身を委ねた。
授業のテーマは日本の神話と民話。竹内先生は独特の穏やかな語り口で、まず『古事記』に登場する天岩戸の伝説から話し始め、伊邪那岐と伊邪那美が葦原中国を創った話へと進んだ。さらに須佐之男命が八岐大蛇を斬り、その尾から天叢雲剣を取り出した奇跡の物語へと展開していく。竹内先生の語りは生き生きとしていて、古代の神話が次々と眼前に蘇ってくるようだった。
教壇の下の生徒たちは夢中になって話を聞き、ノートに書き留めていた。鞠子も隣の蕭珊雅をそっと盗み見ると、相手は集中して授業に耳を傾け、ときどきペンを走らせている。その真剣な横顔は、鞠子に美空の授業中の姿を思い出させていた。
ほどなく、授業の双方向交流の時間になった。竹内先生はにこやかに蕭珊雅へと視線を向け、「蕭珊雅さん、前回は事情があってプレゼンができませんでしたね。今回はぜひこの質問に答えてください」と言った。
蕭珊雅は「はい」と短く返事をして立ち上がり、竹内先生は咳払いをして問題を投げかけた。
「日本の神話に登場する『三種の神器』はそれぞれ何を象徴しているのでしょうか?」
問いが終わると同時に、蕭珊雅は即座に答えた。「三種の神器とは、八咫鏡、草薙剣、八尺瓊勾玉のことです。」
「とても正確な答えですね」竹内先生は満足そうに頷き、続けてこう語り始めた。「三種の神器は日本の皇権の象徴であるだけでなく、儒教思想における“智・仁・勇”という核心理念をも融け合わせています。八咫鏡は知恵と正直さを、草薙剣は勇気と力を、そして八尺瓊勾玉は仁愛と慈悲を象徴しているのです。
とはいえ、倒幕運動によって封建的な幕府時代が終焉を迎えた後、三種の神器の象徴的意味も次第に天皇の権力の象徴から精神的な象徴へと移行していきました。現在では、この三つの神器は伊勢神宮・熱田神宮・皇居の三か所に永久に封じられているといわれています。」
授業はあっという間に終わり、竹内先生が終了を告げると、まだまだ話が尽きない生徒たちが先生を取り囲み、授業中に出てきた神話の細部について質問を重ねた。
鞠子はノートを片づけ、ひとりで学校の裏門へと向かった。ここで美空が落として壊してしまった腕時計を拾ったのだ。
手元の修理済みの時計を眺めながら、鞠子はつぶやいた。「美空、君が残してくれたこの時計、ちゃんと直したよ。いつか、これを直接君に返せる日が来るといいな。」
そう言って、時計の滑らかなケースに手を触れ、しばし感慨に浸ったあと、鞠子は校門の方へと歩き出した。
鞠子が立ち去ってしばらくすると、遠くからカラスが数羽飛んできて、裏門の大きな木の枝に止まり、かすれた鳴き声を響かせた。そのうちの一羽は首をかしげて、鞠子が去っていく方向をじっと見つめ、まるで遠ざかる彼女を見送っているかのようだった。
学校の課題研究を終えた鞠子は、近くの商店街で新鮮な果物をひと袋買い、聖マーガレット病院へと向かった。
小さな病室のドアを開けると、遠山凛が優子のベッドのそばに寄り添い、最新号の『怪盗少女クロエ』について一緒に語り合っているのが見えた。
鞠子はこの和やかな光景を眺め、心からほっとした笑顔を浮かべた。
「こんにちは、遠山さん。今日はまた優子さんの相手に来てくれたの?」鞠子は室内へ向けて声をかけた。
声を聞いて、遠山凛はぱっと顔を上げ、鞠子だとわかると嬉しそうに立ち上がって挨拶した。「やあ、宮野さん!やっぱり今日は来てくれると思ってたよ!」
「まさか、遠山さんはわざわざここで私を待っていてくれたんですか?」鞠子は内心驚いた。遠山凛が自分を待つほどの理由が、どうしても思い当たらないのだ。
遠山凛は答えずに、バックパックから金色の砂が流れる小さな砂時計を取り出し、鞠子に笑顔で差し出した。「この砂時計、あなたにあげるよ。」
「えっ?どうして私にくれるんですか?」
「私たちが仲良くなった記念にね」と遠山凛はにこやかに言った。
鞠子は太陽の光を受けてきらきら輝く砂時計を前に、受け取るべきかためらい始めた。自分は遠山凛のために何かをしてきたわけでもないのに、こんな高価な贈り物をもらうのは気が引けると思ったのだ。
ところが、傍らの優子はその美しい砂時計をじっと見つめ、姉がなかなか受け取らないのを見て、こう訴えた。「姉ちゃんが要らないなら、私にちょうだい!ちょうど私の小さな楽園に飾るのにぴったりだし!」と優子は期待に満ちた眼差しで砂時計を見つめた。
優子は自分のベッド脇のナイトテーブルを見やった。そこには小さな玩具が整然と並び、優子は砂時計もぜひ飾りたいと思っていた。
「じゃあ、優子にあげるよ」と遠山凛はにこやかに砂時計を渡した。砂時計が優子のところにあっても、鞠子がいつでも見られるように配慮したのだ。
「凛姉ちゃん、ありがとう!」優子は喜んで手を伸ばし、砂時計がついに自分の手に渡ろうとする瞬間、鞠子の胸にふいに不安がよぎった。彼女は素早く遠山凛の手から砂時計を奪い取り、しっかりと掌に握りしめた。
「私が要らないなんて誰が言ったの!遠山さん、必ず私に渡してください!」鞠子は急に苛立ちを募らせ、大きな声で訴えた。
「えーっ!」それを目にした優子はたちまちヤキモチを焼き、不満げに唇を尖らせて遠山凛の袖を引っ張りながら甘えた。「凛姉ちゃん!どうして姉ちゃんにはプレゼントしてくれるのに、私にはくれないの?私、一番の優子じゃないの?」と駄々をこねた。
遠山凛はそんな可愛らしい優子の姿に思わず笑い、頭を撫でながら言った。「まあまあ、優子ちゃんも欲しいなら、今度また別のプレゼントを買ってあげるから、いいでしょ?」と宥めた。
「本当?」優子の表情は一気に晴れやかになった。
「本当だよ。」
「じゃあ、指切りしよう!」
優子はどうやら指切りという儀式に特別なこだわりがあるらしく、すぐに遠山凛に向かって小指を差し出した。それを目にした遠山凛もにっこりと笑い、もう一度彼女としっかりと指切りを交わした。鞠子は二人の仲睦まじい様子を眺めながら、再び心安らぐような微笑みを浮かべた。
「凛さんがこんなに貴重なプレゼントをくれたんだから、私もお返しをしなきゃね」と鞠子は遠山凛に言った。
「お返しって、何のお返し?」と遠山凛は少し不思議そうに尋ねた。
鞠子は遠山凛の前に歩み寄ると、こう言った。「凛さん、今日は私の家に遊びに来てくれませんか? ご飯を作ってあげるし、これからは私を『鞠子』って呼んでくださいね」
それを聞いた遠山凛は、嬉しそうに答えた。「いいよ! 鞠子さん! 東京の友達の家に遊びに行くのは初めてなんだ!」




