杀戮
「あなたは虚界の少女なの?」鞠子はこの結果に信じがたく、声を上げて尋ねた。
「ええ、私は虚界の少女です……まさか、あなたも虚界の少女だなんて。」美空は自分の右手を見つめ、少し悲しそうな表情を浮かべていた。彼女自身もこの事実を受け入れ難いようだった。
「私の時間はもうあまりありません……母のために……私は生きなければなりません!」
驚きと恐怖で顔色を失った鞠子は、美空の言葉から自分が命をかけて自分を殺そうとしていることを悟った。今や彼女の目の前には、かつて好きだった少女ではなく、人を喰らう野獣のような存在が立っていた。
「どうして?私はあなたと戦いたくないのよ!私はあなたが好きだから、一緒に生きていけるはずよ!逃げ出した人たちを探しに行こう!」鞠子は最後の抵抗を試みるように美空に叫んだ。
「私もあなたが好きです、鞠子。きっと……私たちは良い友達になれると思います。でも……もう時間がないのです。」美空は残り少ない黄印を見せながら言った。「私の残された時間はもうほとんどありません。もうすぐ死んでしまう。私にはもう時間がないのです。」
「私にも妹がいるのよ!私にも死んではいけない理由があるの!」鞠子は泣き叫んだ。
「そうですね……」美空は悲しげに言い、目には涙が光っているように見えた。「誰だって死にたくないでしょう。でも、これはルールなのです。私たちが生き延びるためには、お互いに印を奪い合うしかありません。導き手がそう言っています。」
美空は虚界を呼び出す呪文を唱え、世界が歪み始めた。間もなく二人は別の世界に立っていた。そこは元の世界と何一つ変わらないように見えたが、静まり返っていて少々不気味だった。遠くにいる人々は透明な姿になっていた。
鞠子は、自分と美空の両手にナイフが現れていることに気づいた。明らかに二人とも狩人だったのだ。
「もし二匹のハンターが出会ったら、互いに命を懸けて戦わなければならないでしょうね。」紫の髪をした女性の声が鞠子の耳に響いた。鞠子は何かを思い出し、自分と美空にはハンターとなった共通の特徴があるのだと悟った。
それは「執念」と呼ばれるもので、この世に対する未練のことだった。美空は母親への想い、そして鞠子は妹への想い。二人は相手のために生きようと願っている。その「執念」こそが「王」によって利用され、命を賭けた狩りゲームが始まったのだった。
今、戦いはもうすぐ始まる!
美空はナイフを手にし、鞠子に向かって突進した。ナイフが静寂を切り裂き、鋭い音を立てた。鞠子は次々と後退しながら、ナイフで身を守った。彼女は美空の輝く瞳に涙が浮かんでいるのを見て、心が痛みで満たされた。
なぜだろう?なぜ二人はまだ出会ったばかりで、互いに好意を持ち始めたばかりなのに、今や生き残るために互いに戦わなければならないのか?
この王が作り出した虚界空間では、生き延びるためには互いに殺し合うしかなく、それが虚界少女たちの生存ルールなのだ。
「どうして!どうして私たちは必ず互いに殺し合わなければならないの!」
「ごめん!」美空は攻撃の隙間に叫び、涙が頬を伝った。「ごめん、鞠子!」
「私はあなたが好きだけど、生き残らなきゃいけない。母のため、自分のために。だから、あなたを殺さなければならなかったんだ。」
美空の言葉には、ルールへの不満と、生きようとする強い願いが込められていた。美空のナイフが鞠子の防御を破り、彼女の腕に深い傷跡を残した。鞠子の右手のナイフが落ち、腕の痛みで彼女は膝をついた。
美空は一撃で決着をつけようと機会を狙っている。鞠子は妹のことを思い出し、もし自分が死んでしまったら、優子はどうなるのだろうか。
生存への渇望が痛みを忘れさせた。美空のナイフが振り下ろされようとした瞬間、鞠子は左腕で素早くナイフを拾い上げ、横に転がった。美空の攻撃は空を切り、その勢いで彼女自身が倒れ込んだ。
鞠子はチャンスを逃さず、反転して美空を押さえつけた。右腕の小脛で美空の首筋を押さえ込み、アドレナリンの作用で右腕の傷口から血が滲みながらも、彼女は痛みを感じなかった。左手にはナイフを持ち、美空の胸元を押し付けている。今や主導権を握ったのは鞠子だった。しかし、彼女は美空を愛しているし、自分自身もすでに負傷し、体力は失われつつあった。
美空は確かに自分を殺そうとしている。もし時間を無駄にすれば、死ぬのは間違いなく自分だ。彼女にはもう一つの道しかない。それは美空を殺すことだ。
鞠子はもう美空の顔を見ることができなかった。彼女の表情は、自分を失った悲しみなのか、それとも鞠子に敗れた怒りなのか。手にしたナイフは微かに震えていた。
鞠子は目を閉じ、冷たいナイフを温かな美空の胸に突き刺した。
やがて、美空の身体は動かなくなった。鞠子はようやく目を開けた。
美空は最後にもう一度彼女を見つめた。その瞳には恨みではなく、解放されたような光があった。彼女は命の最後の瞬間に何かを悟ったようだった。だから、鞠子に殺されることを拒まず、抵抗しなかったのだ。
美空は死んだ!鞠子は立ち上がり、呆然と美空の残骸を見つめていた。まるで現実を受け入れられないかのように。
鞠子は地面にひざまずき、茫洋とした目をしていた。涙が頬を伝って落ちる。彼女は今、一体どんな気持ちなのだろうか。生き延びたことに幸運を感じているのか、それとも美空を殺したことに悔恨を抱いているのか。
突然、美空の残骸が動き出した。魂のないその身体が、ゆっくりと地面から立ち上がったのだ。ゾンビのような奇妙な姿勢で、校門の方へ一歩ずつ進み始めた。
鞠子はこの異常な光景を見て、内心では恐怖を感じながらも、無意識のうちに後を追っていた。一体何が起こるのか、見届けたいという気持ちがあった。
美空の残骸はゆっくりと校舎の裏門へ向かっていった。目は虚ろで、歩く姿勢は非常に不気味だった。左足が先に一歩踏み出し、その後ろ足がゆっくりとそれに続く。一歩ごとに苦しそうに動く様子は、見る者にぞっとするようなものだった。残骸は徐々に裏門に近づいていき、鞠子は数十メートルほど後ろからそれを追っていた。
日が西に傾き、裏門の前には二人の少女の影が立っていた。一人は小柄な少女で、地面にひざまずいていた。もう一人は背が高く、腰まで伸びた黒髪を垂らしていた。
鞠子は木の陰に隠れ、幹に身を寄せながら、そっと頭だけを覗かせて様子を窺っていた。美空の「残骸」が二人の少女に近づいていくと、小柄な少女は素早く立ち上がり、美空の「残骸」を抱きとめた。彼女は激しく揺さぶりながら、意識を取り戻そうとしているようだった。
木の下に隠れていた鞠子は、恐怖に震えながらそれを見つめていた。
やがて、美空の残骸は崩れ始め、徐々に形を失って地面に細かな砂となって消えていった。美空には鞠子への恨みはなかったが、潜在的に生への渇望が残っていたため、死後もその意識が身体を操っていたのだろう。しかし、魂のない残骸がどれほど持続できるものか。結局、それは目に見えない砂粒へと溶けていった。鞠子はその光景を目の当たりにして、骨の髄まで染み込むような恐怖と罪悪感に襲われた。
鞠子は口を押さえ、なるべく音を立てないようにしていた。後ずさりしながら退こうとしたとき、彼女は枝に足を踏みつけてしまった。
「カクッ」
静寂に包まれた虚界の中で、枝が折れる音は異常に鮮明だった。短髪の少女は鞠子とは反対側を向いており、表情は見えなかった。彼女は悲しみに沈んでいて、音に気づいていないようだった。一方、長い髪の少女の横に置かれた魔法書が動きを感知し、素早く振り返って鞠子が隠れている方向を見つめた。魔法書の片眼と鞠子の視線が交錯した。その時、黒髪の少女も自然と顔を上げた。鞠子は彼女の顔を見た。それは清潔でありながら冷酷な表情だった。すぐに頭を引っ込め、教室の方へ走り去った。その足音が響き渡った。
彼女はただ、その黒髪の長い少女に見られなければよかったと願った。世界が再び騒がしくなり、鞠子は虚界から現実へ戻っていた。彼女は裏口にやってきて、美空が落とした石英時計を見つけた。戦闘の最中に、時計は美空の手から外れて地面に落ち、ガラスのカバーも割れてしまった。
彼女は時計を拾い上げた。時計の針は止まり、時間は永遠に、美空を殺したその瞬間に凍りついていた。
「美空、ごめんね、ごめんね、ごめんね……」美空はもう死んでいた。鞠子はただひたすら謝罪し、自分の後悔を表していた。
鞠子は以前傷を包帯で覆った場所へ行き、繰り返し謝る言葉を口にした。彼女は美空を殺した。友達になれるかもしれない、良い女の子を。そして、彼女はこんなにも悲惨な死に方をさせてしまった。完全な遺体さえ残さなかった。
しかし、彼女も美空もただ生きたいだけだった。生きるために、家族のために、自分自身のために。生きるという言葉は簡単に聞こえるが、今ではとても重く感じられる。生きるために人を殺さなければならない。自分と同じように、ただ生きたいと思っている女の子たちを殺さなければならないのか?
「殺せ、殺せ!」近くから声が聞こえた。鞠子は周囲を見回したが、声の元は見当たらなかった。
「生きるために、私に会うために、殺せ!」
声はまだ響き続けていた。鞠子は突然、それが「王」からのものだと気づいた。紫の髪をした女性が語った通り、虚界の少女たちが最後まで戦い続けた時に出会う「王」だ。彼女は手にある黄色い印と、美空が残した時計を見つめ、すべてが「王」の仕業であることを悟った。彼女と美空の悲劇的な運命を作り出したのは、まさにこの存在だった。生命を賭けとして、二人が互いに殺し合うように仕向けた「王」。どこかに潜み、このすべてを見ている「王」!
「もういい!あなたは楽しいの?他人の命を賭けて、お互いに殺し合えと?」鞠子はどこにいるか分からない「王」に向かって問いかけた。
「あなたはもう死んでいる。私が二度目の命を与えることができる。あなたは死を恐れないのか?」
「もうたくさんだ!私はもう誰も殺さない!もし死が起点であり終点なら、『根源』に戻ればいい!」鞠子は叫んだ。
「ふん、勝手にすればいいさ。」王は鼻で笑うと、それ以上何も言わなくなった。
鞠子は美空が残した時計をそっと身につけた。彼女はゆっくりと立ち上がり、その石英時計を優しく撫でた。まるで美空の手を撫でているかのような感覚だった。
彼女は生きたい。しかし、生きるということは殺戮を意味する。絶え間ない殺戮だ。美空は死ぬ前に抵抗しなかった。おそらく彼女は最後の瞬間に悟ったのだろう。繰り返される殺戮は決して解放をもたらさず、終わりを意味する死へ向かうことが本当の安堵なのだと。
もし死という終わりへ進む必要があるのなら、自分が愛する人の手によって死ぬこともまた幸せなのかもしれない。
しかし、彼女はそれでも解放を求めている。では、自分の妹・優子はどうなるのだろう。彼女はこの世で一番大切にしている人だ。もし彼女を放っておけば、優子を待っているのは何だろう。
今、宮野鞠子はその罪深い黄色い印をじっと見つめながら、美空に対する尽きることのない罪悪感と自己嫌悪に浸っていた。妹の宮野優子はベッドで漫画を読んでおり、すぐに漫画は最後のページまでめくられていた。しかし、鞠子はまだ夢から覚めていないようだった。
「ねえ、お姉ちゃん……」小さな手が鞠子の肩をそっと揺らした。
「あ、優子。」鞠子は気を取り直して優子に言った。
「お姉ちゃん、何か悩みがあるんじゃない?ここ数日、私に会いに来るときいつも心配そうな顔をしているよ?」優子は澄んだ瞳で鞠子を見つめた。
その澄んだ瞳は美空によく似ており、鞠子は視線をそらした。彼女はその目を見ることができず、自分の罪悪感にも向き合うことができなかった。
「大丈夫、きっと貧血が出ただけだよ。」
「右手が痛いの?お姉ちゃん、いつも右手ばかり見ているよね?」
「もう言ったでしょう!大丈夫だから、ここでは先生や看護師さんの言うことをよく聞いてなさい!」鞠子はもしかすると苛立っていたのかもしれない。無意識のうちに優子に怒鳴ってしまった。
優子はその声に驚いて、一瞬ベッドの端に座り込み、目には涙が浮かんでいた。
「お姉ちゃん、怖いよ……」
鞠子は自分が言い過ぎたことに気づき、慌てて優子の体を抱きしめ、小さな頭を優しく撫でた。
「優子、怖がらなくていいよ。お姉ちゃんがいるから、怖がらなくていい。お姉ちゃんがここにいるから。」これは鞠子が幼い頃、優子が怖がるたびによく使った言葉だった。優子を落ち着かせるために、いつもこうやって慰めていた。
しばらくして、優子は静かになった。鞠子は優子の肩をそっと支えながら、穏やかで親しみのある口調で言った。「お姉ちゃんは大丈夫。ただ最近、模擬試験があって、ちょっとプレッシャーがかかっているだけだよ。ここでは先生や看護師さんのお話をよく聞いてね。心配かけたり、迷惑をかけたりしないように、いい?」
「大丈夫、お姉ちゃん。ちゃんと聞くから。それから、漫画も忘れないで持って来てね!」
「うん、わかった。」鞠子は微笑みながら、天真爛漫な優子の瞳を見つめ、胸が急に痛み出した。自分に残された時間はもうほとんどない。あと何冊の漫画を優子に持って行けるだろうか?
鞠子は何を考えたのか、ポケットからバッジを取り出そうとしたが、ポケットは空っぽだった。
「不思議だな、確かここに入れていたはずだけど?」鞠子は首をかしげた。
「お姉ちゃん、またどうしたの?」
「大丈夫、すぐ検査の時間だから、お姉ちゃんは先に行くね。」
「バイバイ、お姉ちゃん。」
鞠子は優子に別れを告げた。きっとどこかに落としてしまったのだ。あの女の子の弁当をひっくり返したときに、偶然落としたのかもしれない。もし早く戻れば、まだ見つけられるかもしれない!




