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虚界少女  作者: sara
迷雾
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记忆

遠山凛は手に持った各種書類を握りしめ、主治医の真島美佳子の診察室へ向かっていた。彼女はもう何日も着続けていたゆったりとした病衣を脱ぎ、さっぱりとした普段着のジャケットを羽織っている。


診察室の扉の前まで来たとき、中からは真島美佳子医師と当直看護師長が低い声で話しているのがかすかに聞こえてきた。


凛はすぐにノックするのを控え、廊下の脇で足を止めて待機した。


看護師長は机の前に立ち、分厚い特護用のファイルを抱えながら、特別病室に入院中の東郷天美の最新状況について真島医師と話し合っていた。


「真島先生、東郷天美さんの回復状況は予想以上です。生理的な各指標が順調に上昇しており、最も懸念されていた術後の拒絶反応も全く見られません。」


真島美佳子は報告書を受け取り、ざっと目を通した。


「うん、データを見る限り、確かに一番危険な時期は乗り越えたようね。でも、その後も引き続き厳重に観察を続けないと。油断は禁物よ。ところで、生理的な指標の他に、最近の精神状態はどう?」


「精神状態は総じて非常に安定しています。入院当初のような激しい感情の起伏もなく、現在は病院の各種検査や今後の治療計画にもとても協力的です。このままの回復ペースなら、もう少しすれば集中治療室から一般病室へ移って、通常の経過観察ができるでしょう。」


「そうね。でも、その後も注意深く見守る必要があるわ。決して油断しないで。」真島は報告書を閉じて看護師長に返した。


看護師長は記録簿を受け取り、感慨深げにため息をついた。「東郷さんが来たばかりの頃は、ご飯もろくに食べようとせず、水分さえ口にしなかったんです。自殺願望も強くて……。それが今では、自ら進んで治療に協力し、回診のたびに看護師に微笑みかけることもあるなんて、本当に大きな変化ですね。」


「それは天城先生のおかげですよ。あの方があんなに根気強く励ましてくれなかったら、東郷さんもこんなに早く元気にならなかったでしょう。」


「当直の看護師の話では、回診のときに窓の外をずっと眺めて黙っていることがあるそうです。きっと、二度目の命を与えてくれたあの人のことを思っているのでしょうね。」


そこで室内は一瞬、静寂に包まれた。


しばらくして、真島が再び口を開き、看護師長にこう告げた。「だから、天城先生の最後の患者として、私たちも真心を込めてケアして、先生のご期待に応えなければなりません。」真島は看護師長に念を押した。


「はい、ご安心ください。私も看護ステーションの皆と一緒に、全力で先生のお仕事に協力します。」


東郷天美に関する会話が一段落すると、看護師長はファイルを抱えて部屋を出た。ドアを開けると、入口の両脇に静かに立つ遠山凛の姿が目に入った。


看護師長は真島医師が担当する患者である遠山凛だと気づき、軽く会釈をして、中に入っていいと合図した。


凛は礼儀正しくうなずき返し、看護師長が去るのを見届けてから、そっとドアを押し開けた。


その時、真島美佳子は俯いて、机の上の別の処理待ちのカルテをめくっていた。ドアの開く音に顔を上げると、遠山凛が立っているのが見え、すぐに手にしていたカルテとペンを置いた。


「どうぞ、お入りなさい。」


「お邪魔します。」


凛は机の前に歩み寄り、真島医師の向かいにある患者用の椅子に腰を下ろすと、ずっと手にしていた退院届を差し出した。真島はそれを受け取り、ざっと目を通した。


ほどなくして、すべての書類を確認し終えた。


「真島先生、いかがですか?」と凛が尋ねた。


「かなり良好に回復していますよ。生理的・画像上の各指標はすでに完全に基準値に達しています。」真島は凛を見て、さらにこう付け加えた。「ただ、表面も内部も傷は治っていますが、新生の筋肉や結合組織はまだ弱い状態です。退院後は日常の運動量に十分注意し、急に激しい活動をしないようにしてください。二次的な断裂を防ぐためです。」


「はい、気をつけます。」


凛の返事を受けて、真島は机の上の黒いサインペンを取り、退院許可証の下部に署名した。


「これで大丈夫。この書類を持って、身の回りの荷物をまとめて正式に退院できますよ。」


「ありがとうございます。」凛は両手で書類を受け取り、立ち上がって深々と頭を下げた。「この間は治療とお世話、本当にありがとうございました、真島先生。」


「どういたしまして。ちょっとしたことですから。」真島は穏やかに微笑んだ。


真島医師との別れを済ませた後、退院許可証を手にした凛は自分の入院室へ向かった。温かいけれどもまるで檻のような病院をついに離れられると思うと、心がふっと軽くなった。


自分の部屋のドアの前まで来ると、透明な覗き窓越しに、見慣れた人物がベッドのそばに静かに座っているのが見えた。


その人は清潔な制服を着ていて、漆黒の長い髪が肩にさらりと流れ、スマホを片手にうつむいていた。横顔は冷たく、それでいて端正だ。


「あ、蕭珊雅さん。」凛は少し驚いて、部屋の中の相手に声をかけた。「どうして来たの?」


ドアの開く音と呼びかけに、蕭珊雅はすぐに顔を上げ、スマホをしまった。


「今日は退院だって聞いたから、ちょうど午前中が空いてたから来ちゃった。」


「本当はわざわざ来てもらわなくても大丈夫だったのに。退院の手続きは簡単だし、一人でも全部できるから。」


凛は背後にそっとドアを閉め、ベッドのほうへ歩いていき、自分の持ち物をまとめ始めた。ベッドの端に畳んであったコートを取ろうと腰をかがめたとき、襟元が少しだけ開いた。蕭珊雅の視線がふとそれへ向き、遠山凛の鎖骨の中央に、長い傷跡があることに気づいた。


今は傷も完全に癒えて抜糸も済んでいるが、それでも深い傷だったことが見て取れる。


「あの……」蕭珊雅がゆっくりと口を開いた。


凛は作業を止め、振り返って蕭珊雅に尋ねた。「どうしたの?」


「あなたの体が……」


凛は一瞬戸惑い、自分の胸元に見える傷跡に目を落とした。


「ああ、これのことね。もう全然大丈夫よ。」凛は笑って、何気なく襟を引っ張って隠した。「さっき真島先生が再検査の結果を見てくれたんだけど、かなり順調に回復してるって言ってた。あと少し休養すれば、完全に治るって。」


「でも、そんなに急いで今日退院しなくてもよかったんじゃない? 病院の環境のほうが整ってるし、もう少し入院して安静にしてたっていいのに。」


「気にかけてくれてありがとう、蕭珊雅さん。」凛は真剣な表情で言った。「でも、私の周りには守るべき人がたくさんいるの。危険がまだどこかで潜んでいると思うと、どうしても安心してベッドに寝ているだけではいられない気がするの。」


部屋は静まり返り、蕭珊雅は目の前の凛を見つめながら、何か言葉をかけて引き留めたい気持ちになったが、口に出してみても、今の凛の決意の前ではどれも無力だと悟った。


凛は自分の助言で立ち止まることはないのだと理解し、もう何も言わず、ただこう尋ねた。「じゃあ、これからどうするの? そのまま学校に戻るの?」


「体育系とは、完全に回復してから練習に復帰することになってるの。その間は学内で体育系のサポート業務をやるつもり。陸上部の桜井コーチが手配してくれたから、給水とか記録の整理みたいな軽作業ばかり。医者も問題ないって言ってたし。」


「だから、この先しばらくは、あなたにお世話になるわね、蕭珊雅さん。」


「わかりました。」蕭珊雅は淡々と答えた。


「そういえば、私が入院してる間、あの『蝕刻の姫』は一度も現れなかった?」凛はふと思い出して尋ねた。「テレビで見たんだけど、この辺で謎の失踪事件があったみたい。警察が捜査に乗り出したけど、まだ詳しい情報は出てないみたいね。」


蕭珊雅は凛の話を聞いて、今朝病院へ来る前にニュースのSNSで目にした速報のことだとすぐに察した。


しかし、凛はまだ退院したばかりで、体も完全には回復していない。そんなタイミングで余計な心配を増やすのは避けたいと思った。


「ううん。」蕭珊雅は首を振った。「この間、彼女の痕跡は見つかっていないわ。」


「じゃあ、その失踪事件はどういうことなの?」


蕭珊雅は少し沈黙した後、冷静に分析した。「その事件のことは私も見たけど、調べたところ、現場の隅々で大量の飛散痕や引きずられたような血痕が見つかってるの。もし『蝕刻の姫』の仕業なら、被害者は襲われた瞬間にすぐ現実から隔絶された『虚界』へ引きずり込まれて砂に変わってしまうはずだけど、部屋からは砂状の物質は一切見つかっていないのよ。」


「つまり、どういうこと?」


「犯行の手口は概ね人間によるものと考えられるわ。おそらく単なる殺人・遺棄か、人質誘拐事件で、『蝕刻の姫』とは関係ないんじゃないかしら。警察が被害者を見つけたら、さらに詳しく捜査を進めるはずよ。」


蕭珊雅の論理的な分析を聞き、凛はようやく少し安心した。人間の犯行なら、やはり警察に任せたほうがいいだろう。


凛はすでに片づけ終わった部屋を見渡した。忘れ物がないのを確認すると、陽光が差し込む窓辺へ歩み寄り、中央に飾ってあった鉢植えを両手でそっと持ち上げた。


「この花は?」


「ああ、これね。」凛は抱えたスノードロップを見下ろしながら言った。「この病院に入院してすぐの頃、ある人がわざわざ贈ってくれたの。希望を運ぶ花だって言って、窓辺に飾っておくと安心して療養できるって。もう退院するし、持って帰っても面倒だから、返してあげるつもり。」


蕭珊雅はその言葉を聞いて、凛が言う“友人”こそ、以前ショッピングモールで話していた入院中のあの人物だとすぐに理解した。そして、その“友人”は凛にとって特別な存在に違いない。


「そうだったのね。じゃあ、お別れするのは邪魔しちゃうからやめておくわ。」蕭珊雅は腕時計を見て言った。「午後は大学で必ず出席しなければならない教養選択の授業があるから、急いで戻らないと。ついでに昼食も済ませておくわ。」


「うん、今日は来てくれて本当にありがとう、蕭珊雅さん。夜にまたね。」凛は鉢を抱え、笑顔で蕭珊雅に手を振った。


「また夜ね。道中、気をつけて。」


凛がそう言って、白いスノードロップの鉢を抱え、先にドアを開けて部屋を出た。扉を出た途端、青木紗綾が薬瓶や器具を満載した医療用カートを押して通りかかった。


凛が鉢を抱えて出てくるのを見た青木は足を止め、声をかけた。「遠山さん、退院の手続きと最終チェックはもう全部終わりましたか?」


「はい、無事に終わりました。真島先生が署名してくださったんです。」


「それは良かったですね。おめでとうございます。」


「入院中、毎日の薬交換や日常生活のお世話、本当にありがとうございました、青木看護師。」凛は感謝の言葉を述べた。


「そんなに丁寧に言われなくても大丈夫ですよ。看護師として当然の仕事ですから。」青木は優しく微笑み、少し驚いた様子で続けた。「それにしても、退院の総合検査がこんなに早く終わるなんて思いませんでした。私は手持ちのいくつかの病室の投薬を済ませてから、遠山さんのところへ様子を見に行こうと思っていたのに。」


「真島先生も、私の体質は比較的良好で、傷の回復が予想以上に順調だって言ってました。何度も確認するような疑問点も特にないので、検査も報告も思ったより早くできたみたいです。」


青木は嬉しそうにうなずき、さらに言った。「準備もできて、もうお帰りになるんですね。家に帰ってからも、引き続きしっかり休んでくださいね。油断は禁物ですよ。これから後方支援のほうに連絡して、次の患者のために病室をきれいに掃除してもらいますから。」


「ありがとうございます、青木看護師。」


凛のすっきりとした背中が遠ざかるのを見送った後、青木は視線を戻し、ちょうど凛の後から部屋を出てきた蕭珊雅の姿が目に入った。


青木はその黒髪の美しい少女の顔をよく見て、以前に遠山凛への訪問者として登録されていた蕭珊雅だとすぐに判断した。


「あ、もしもし、蕭珊雅さんですか?」青木は近づいて挨拶した。「今日はわざわざ時間を作って、遠山さんと一緒に退院されるんですか?」


「はい。青木看護師、凛が入院して療養している間、お世話になりました。」


「いえいえ、患者さんのケアは看護師の務めですから。」青木は穏やかな笑顔で手を振った。「それに、遠山さんはとても順調に回復されて、私も随分助かりました。無事に退院されたので、この病室は病院で統一的に消毒・清掃しますから、ご心配なく。」


「そうですか。それでは、これ以上の御邪魔はしませんね。」


簡単に別れを告げた後、蕭珊雅は足早に病院の出口へ向かい、青木もカートを押して次の病室へと進もうとした。


しかし、カートの取っ手に手をかけた瞬間、青木の脳裏にふと一つの映像が浮かんだ。


数日前、緒方花音と一緒に、遠山凛と蕭珊雅が並んで何か奇妙な存在と対峙している場面を見ていたのだ。


突然の記憶に動きがぴたりと止まり、青木はその場に立ち尽くした。よく思い返そうとしたが、その記憶の輪郭は薄いヴェールがかかったようにぼんやりとしていて、いつどこで起きたのかどうしてもはっきりしない。数秒後にはその記憶も急速に消え去り、もう捉えることができなくなった。


「紗綾? どうしたの?」背後から緒方花音の声が聞こえ、青木は不思議な恍惚感から我に返った。


「あ、花音か。」


「ずっと立ち止まってたから、具合でも悪いのかと思って。検査してみる?」


「大丈夫よ、花音。たぶん昨夜あまり眠れなくて、低血糖気味なのかも。」


花音はそう聞くと、ポケットからミルクキャンディーを取り出し、青木に差し出した。


「これは先週コンビニで買ったやつ。とりあえず腹に入れておきなよ。」花音は心配そうに言った。「もしまた具合が悪くなったら、看護ステーションで休憩してね。」


「ありがとう、花音。」青木は礼を言い、キャンディーの包み紙を剥いて口に含んだ。甘い味がほんの少し落ち着きを取り戻させてくれた。


花音は青木の顔色が少し和らいだのを見て、肩を叩いた。「じゃあ、私は患者さんのほうへ戻るね。ちゃんと食べて、無理しないでね。」


そう言って花音は看護ステーションへ向かい、青木もカートを押して自分の担当の病室へと歩みを進めた。

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