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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第三部

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19 二つの竜杯

 コンスタン公爵領、中央都市カーク。

 恐ろしい程静かな街であった。


 人はいるにはいるが、彼らは魔物出没に警戒して外出は必要最低限のようだった。

 クリス率いる騎士団をみて、人型の魔物だと怯える始末。


 屋敷に入るとメイドは静かにクリスたちを迎えた。後ろにはコンスタン公爵家の騎士たちが並んでいる。

 メイドは静かに言った。


「旦那様がお待ちです。ご案内いたします」


 ただし、中へ入るのはクリスだけだと。

 そういう訳にはいかないと騎士が戦いの意志を示すと屋敷から無表情の騎士たちがぞろぞろ現れて応戦を始めた。

 激しい戦いの中、メイドは表情を動かすことなくクリスに言った。


「旦那様がお待ちです」


 決められたことしか言えない人形のように不気味だった。


「閣下、後から俺が追いつきます」


 剣を構えるヴィクター卿が叫ぶ。


 クリスはメイドの言葉に従い、一人奥へと進んだ。


 奥にあるパーティーホール。

 そこには今から晩餐会が開かれるのかというくらい薔薇で飾り立てられていた。


 中央には大理石で作られた台が置かれている。

 その奥の方に、長椅子に腰をかけている二人が見えた。


 一人は黒髪に金色の瞳をした男、肖像画で見た先代公爵に似た男だ。ギーベル・コンスタン公爵だとすぐに分かった。


 もう一人は黒のドレスを着た女性、黒のベールで顔と髪が隠されている。喪服かと思われたが、薔薇の髪飾り、ドレスのフリルには金の刺繍が施されている。手な膝に置かれた赤い薔薇の花束に添えられていて花嫁衣装にも見えた。


「ヴィヴィア!」


 すぐに彼女だとわかった。

 クリスの呼び声にヴィヴィアは微動だにしなかった。

 ベールで隠されているが、ヴィヴィアの瞳は虚で何も映し出していない。


「コンスタン公爵。ヴィヴィアに何をしたっ!」


 怒り狂うクリスは剣を抜き二人に近づこうとした。ギーベルは短剣を見せてヴィヴィアの首に近づける。


 その瞬間、クリスは足を止めた。


「武装して我が家に入り込んだ君をここまで招待したというのに挨拶もないとは」


 ギーベルは挑発するように笑った。


「私の妻を誘拐しておいて、私に礼儀を求めるな」


 苛立ちながらクリスは応えた。


「君の妻か……」


 不快そうにギーベルは呟いた。


「彼女に何をした」

「誤解しないでくれ。この子を守るためでもある」


 何を言い出すのかとクリスは眉をひそめた。


「私と君が争うことに耐えられずに自害をしようとした。確かに夫だった男が苦しむ様を見るのは辛いだろう。だから、わからないようにした」


 先程、自室でナイフを首にあてたヴィヴィアを止めたのはギーベルだった。――


 ヴィヴィアは泣きながら抵抗して、ギーベルは彼女を取り押さえた。ナイフを投げ捨て、彼女の顎をとらえて口付けをした。


「んっ……いや!」


 ヴィヴィアはギーベルの口を噛み、逃げようとした。それでも体は彼の腕から逃げられない。


「放して! 私はクリスの妻として死ぬわ」


 自分の力ではギーベルに叶うはずもない。ただ、クリスの足枷をはずしたいとヴィヴィアは泣いた。

 こうなれば舌を噛み切ってしまおう。


「そうか。では、全てが終わるまでわからないようにしよう」


 ギーベルは情けとしてヴィヴィアに触れた。

 ヴィヴィアは自分の中に蠢くものに恐怖した。右足の枷よりも強く恐ろしいもの。

 いつの間に入り込んだのか考えて口元を抑えた。


 先程の口付けでギーベルは悪竜の呪いをヴィヴィアの体内に注入した。

 それはギーベルの一声で動き、ヴィヴィアの視界を、聴力を奪った。真っ暗な中、何も聞こえない状況にヴィヴィアは恐怖した。


「あ……いゃ」


 叫ぼうにも声がかすれて少しずつ発することができない。

 ギーベルの腕の中にいるのに、彼に触れられる感触もわからなくなる。

 四肢の力が抜けて、だらんとギーベルの腕の中で崩れ落ちた。

 人形のように動かなくなったヴィヴィアをギーベルは愛し気に抱きしめて額に口付けした。


「安心しなさい。クリスが死んだ後、解放してあげよう。その時は君は私の花嫁だ」


 歪んだ笑顔の中ギーベルは呟いた。

 今のヴィヴィアは五感を全て奪われて動けなくなっている。ただ、ギーベルの声だけ耳元で囁かれると聞こえるだけだ。――


 ギーベルから語られた内容にクリスは動揺を隠せなかった。

 ヴィヴィアが自害しようとしていたことにクリスは恐怖を覚えた。


「何故……私はヴィヴィアを助けに来たのに。何故自害など」

「私も理解できない。何故この子がお前の為に命を捨てようとするのか……あの時だって何故あんなやつのために」


 ギーベルは忌々し気に呟いた。

 そしてすぐに表情を戻す。


「さて、私の願いを聞いてくれるな」


 ギーベルの願いは白い竜杯である。

 彼も手元に持つ黒い竜杯を示した。


「竜杯が、二つ……」


 黒い竜杯をみてクリスはすぐに頷いた。

 昔、死に間際の父が言っていたのを思い出した。

 竜杯は二つあり、悪竜退治に参加したのはゴーヴァン公爵家の祖以外もう一人の騎士がいたと。もう一つの竜杯は彼の末裔が持っている。

 それがコンスタン公爵家だったのか。


「そこの台に、二つの竜杯を。そして同時にお互いの血で満たそう」

「それで何を願うのだ。黒い竜杯だけでは足りないのか?」


 ふ、とギーベルは笑った。

 お前に理解できない。

 そう言っているように感じた。

 ギーベルは短剣をヴィヴィアの手に移した。ヴィヴィアはギーベルに操られるまま短剣を自分の首筋にあてる。


「わかった。願い通りにしよう」


 クリスはヴィヴィアを見つめた。

 もう少し待っていてくれ。


「全てが終わったらヴィヴィアを解放しろ」

「ああ、勿論だ。二つの竜杯を発動し、お前を倒したらヴィヴィアを解放しよう」


 その言葉にクリスは手に持つ竜杯を強く握りしめた。

 カツカツと、武装した足音が響く。

 同時にギーベルも中央の台に近づいた。


 台の上に、二つの竜杯が並べられる。

 一つは眩い白い光を放ち、一つは黒い気を放つ。

 対照的な二つの杯――まるでゴーヴァン公爵家とコンスタン公爵家の象徴のようだった。


 ギーベルは躊躇わずに腰に帯びていた剣を抜き、自身の右手首を切る。赤い血が勢いよく吹き出た。


「利き腕の方がよく血が出るようだ」


 お前もとギーベルは合図してクリスは自分の右手首を切った。

 お互いの血がそれぞれの杯に注がれる。

 血の勢いは早く、二つの杯は血で満たされた。


 同時にギーベルの金の瞳がさらに怪しく輝きを放っていた。今まで感じたことのない恐怖にクリスは胸がざわつくのを感じた。


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