16 お茶会
部屋の中、ヴィヴィアは頭をかかえた。
ギーベルから明かされた話が途方もなく理解ができても受け入れ難い。
何よりも――
「私がリリア?」
伝承の中に出てくる毒の魔女リリア――大賢者エムリスに毒を盛り眠りにつかせた悪女。
しかし、エムリスが夢で教えてくる彼女は悪女には見えない。
「教えてください。エムリス様」
再び夢で彼が現れるのを願ったが、彼は一向に現れる気配はない。
それどころか、黒い化け物に閉じ込められる夢に苦しむ有様だった。
「失礼いたします。ベザリー・モカ嬢が、ヴィヴィア様に会いたいと仰っています」
そういえばこの数日、彼女に会っていなかった。
ヴィヴィアは悩みながらも彼女の来訪を受け入れた。
「素敵な景色ですね」
ベザリーは、窓の外から見える景色に感想を述べた。
「この部屋は特に景色がよく、コンスタン公爵家の女主人のものらしいです。ここを用意するということは閣下がヴィヴィア嬢をどれだけ大事にしているか伝わってきます」
「ベザリー嬢、私を嬢と呼ぶのはやめてください」
ヴィヴィアは既にクリス・ゴーヴァン公爵の妻である。通常は夫人と呼ぶべきだろう。
「ええ、ですが閣下は夫人と呼ぶことをお認めにならないようです。私もこちらで世話になっている身、周りに合わせないといけませんの」
先日、ギーベルが言っていたことを思い出した。
ギーベルが悪竜として復活したら、クリスを亡き者にしてヴィヴィアを妻にするというもの。
あまりに最悪な話で、冗談にしては笑えない。
「では、ヴィヴィア様と呼びます。それで良いでしょう?」
ベザリーは挑発するように笑った。
誘拐事件前後で随分と雰囲気が変わったように見える。以前の彼女の恐ろしさは感じるものの年齢相応の感情の変化が見えた。今は、見た目ほどの若さを感じない。三十代の貴婦人の所作を感じ取れた。
えたいの知れなさは変わらないものの、この屋敷のメイドや騎士、ギーベルよりはましな相手であった。
「あなたに聞きたいことがあります」
用意されたティーカップをソーサーに置いた。カチリと漆器が重なる音が響いた。
「あなたが回帰した件について」
ベザリーもその話題がくるとわかっていたようだ。
「いつから」
「あの春の頃、チューリップを鑑賞にきたヴィヴィア様に香水を贈ろうとして雷獣の雷をあてられた時」
確かに雰囲気が変わったのはあの時だった。
「雷獣をご存知で」
「ええ……私を警戒していたヴィクター卿に何度か牽制されたことがありますから、私も色々調べて対策案を講じました。あの時の研究が無駄にならずによかったです」
雷獣対策の結界を作成することは回帰前に成功させていた。
だから雷獣の加護を受けて、雷獣の力が込められているブレスレットは効能を発揮しなかった。
「あなたは、本当に回帰前にヴィヴィアを陥れてノエルをあの劣悪な環境へ追いやったベザリー・モカ令嬢なの?」
回帰前のクリスを洗脳してヒロインのように振る舞ったベザリー本人。
ベザリーは否定しなかった。
「はい、王妃経由で渡された閣下の情報を元に動いたらびっくりするくらいうまくいきました。無事、ゴーヴァン公爵夫人になれてヴィヴィア様には感謝しています」
「何故そんなことを」
「それは、閣下の目的――白い竜杯を手に入れること。それを満たすだけのゴーヴァン公爵の血を得るためです。あとはそうですね……」
ベザリーはちらりとヴィヴィアを見つめた。その視線はあまりに強い憎悪が見えた。
「あなたを不幸にしたくて」
ぞくり。ヴィヴィアが身を震わせるのを見てベザリーは愉快そうに笑った。
「後少しで白い竜杯を手に入れられるところでしたが、白い竜杯の精神を浄化されたゴーヴァン公爵に殺されてしまいました。何度も剣で貫かれてずたずたにされました」
回帰前の自分の最期を何のこともないように語る。
「何故、私を憎むの?」
「憎いというより嫌いの方が正しいかしら。あなたは特に努力をしてなくてもゴーヴァン公爵夫人になり、クリス・ゴーヴァン公爵に愛されたから」
あまりの言いように何と言えばいいかわからない。
「あなたは虐待されていたといってもルフェル子爵家令嬢でそれを十分に利用して這い上がる能力はあった。あのシシリア嬢よりは頭が良かったのに、それなのに全てを諦めたかのように端でメソメソしてシシリア嬢に大きな顔をさせていて……見ていられなかったわ」
まるで長いことヴィヴィアを見ていたかのような口ぶりだった。
「ええ、そりゃね。私は記憶にないけど、ギーベル・コンスタン公爵が黒い竜杯で回帰させる前。クリス・ゴーヴァン公爵を籠絡させる始めの駒はシシリア嬢だった。私はそのサポート役。あの女のお守りなんてきっと私は苦労したわね」
ベザリーは深くため息をついた。
その世界でもクリスはヴィヴィアを妻に迎えて、嫉妬で暴走したシシリアはクリスの怒りを買う。
「あの女は自尊心と強欲さでクリス・ゴーヴァン公爵に断罪されるの。あなたは見ていただけ」
そして続けていう。
「次の回帰では、駒を変えてイボンヌ王女。シシリア嬢に続いてまたバカのお守り。でも、あれもバカだったから勝手なことをして自滅、クリス・ゴーヴァン公爵の手で断罪された。あなたは見ていただけ」
結局計画は狂い、また回帰する羽目になった。
「次の回帰前に私はギーベル・コンスタン公爵に直訴したみたいなの。私ならうまくできます!とね」
1回目、2回目は王妃の推薦で動いてみたもののうまくいかなかったギーベルはベザリーの進言に耳を貸す気になった。
あまり口には出さないものの、王妃も面倒くさい難物だった。彼女は自分より賢い女は好きではない。国王の生母も、リチャード王太子の婚約者も、王妃のコンプレックスを刺激する存在であった。だから彼女は自分が御し易い女を選ぶ癖があった。
「だから、次は私が駒になり、クリス・ゴーヴァン公爵に警戒されることなくゴーヴァン公爵家に潜り込み、薬と呪いで洗脳し続けて……あとはあなたが知っての通り。あ、回帰前の記憶がないとは言え、私の直感でシシリア嬢とイボンヌ王女は事前の根回しで遠方に追いやったわ。余程苦労したのね、私」
二人には適当な結婚先を準備させた。
どちらも大陸のそれなりの国の王族である。
シシリアはともかく、イボンヌ王女が他国へ嫁いだおかげで後見のリオネス公爵家はそれにつきっきりで翻弄され、ベザリーの計画の障害にならなかった。
だから小説『小公女ベザリー』には、シシリアとイボンヌ王女が登場しなかったのか。
妙なところで納得してしまった。
「私の手であなたを絞首刑にしたことはとても興奮したわ。そうね、後悔ならあなたの子は万が一の為に私の手元に養育しておくべきだったわ。そうすれば子供の養母という盾が手に入ったのだけど」
ノエルの話が出てヴィヴィアは吐き気がした。
まだ3歳で母を失い、劣悪な環境に追いやられて病死してしまったノエル。
それを盾にすれば良かったとのたまうベザリーに怒りを覚えた。
拳を握りしめ、ベザリーを睨みつけた。しかし、すぐに彼女を殴りたいという気持ちは失われた。
彼女の表情は、私の反応をみて嘲笑するものではなかった。悲し気に微笑んでいた。
「ねぇ、ヴィヴィア様。私からも質問していいかしら」
思わず頷いた。
「もし、あなたが子供と二人っきりで路頭に放り込まれたらあなたはどうします?」
例えばとベザリーは続けた。
「子供の養育費をたくさん手に入れる為に子供を修道院に預けて色欲強い金持ちの愛人になりますか? そうすればあなたは貴族の生活は確保できる。それとも、少ない稼ぎながらも身分低い下女として働き、子供と貧しいながらも一緒に生きていきますか?」
妙に具体的だ。質問の意図がわからない。
「私は、貧しくても子供と一緒に生きていくわ」
下女の暮らしも、そこまで苦にはならない。ルフェル子爵家での生活に比べれば、ノエルがいればどんなことも耐えられる。
「子供が綺麗な服や、貴族の暮らしをさせたくないの?」
「まずは私はノエルと一緒にいたい。ノエルが私と離れてもいいと言って貴族の暮らしを求めたら考えます」
その言葉にベザリーは泣きそうな表情を浮かべた。
「そうよ。私がいつドレスが欲しいと言ったのか……」
ぼそ、と呟く声。よく聞き取れなかった。
立ち上がるベザリーはヴィヴィアに挨拶した。
「ありがとうございます。楽しいひとときでした」
部屋を立ち去る彼女を呼び止めようにもヴィヴィアに言葉は見つからない。
バタンと扉は虚しく閉ざされた。




