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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第三部

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14 黒い竜杯

 ヴィヴィアの行方がわかりクリスはすぐにでもコンスタン公爵領へ乗り込もうとする勢いだった。

 それを止めたのはメドラウトだ。


「闇雲に特攻しても危険だろう。雷獣対策からかなりの準備をされている。お前一人ならどうとでもなるが、ヴィヴィアの身に危険が及ぶ」


 もっともらしい意見である。ヴィクター卿も同様の見解だが、ヴィヴィアを誘拐される失態をした身で言うのは憚かれる。メドラウトがいなければ、クリスに斬られる覚悟で進言しなければならないが。


「こうしている間にヴィヴィアに何かあればどうする」

「先程届いた手紙を思い出せ。要望を通す人質に何かしようとは考えないだろう」


 ヴィヴィアの行方が判明後にコンスタン公爵家から手紙が届けられた。

 内容は、ヴィヴィアの身柄を預かっていること、要求に応える限り客として丁重に扱う。

 コンスタン公爵家の要求は、ゴーヴァン公爵家の竜杯である。クリス自身が竜杯を持ってコンスタン公爵家を訪問することだった。


「それを信じると? あのコンスタン公爵を?」


 クリス自身、コンスタン公爵には思うところがある。ウルリカ王妃に『シュバルツ』を貸し与えてクリスを何度陥れようとしたか。命を奪われる危機にも瀕したこともある。


「そうだが……あのギーベル・コンスタンは得体が知れない。大賢者が夢の中でヴィヴィアを見つけた時、ついでにコンスタン公爵家を調べようとしたができなかったそうだ」


 塔の中で眠る大賢者は、人の夢を渡り歩く能力があった。その為塔からでることはなくても何百年と経過したこの国のありようを把握できていた。

 その大賢者がコンスタン公爵家を調べられなかった。それがどういう意味か。


「いつの頃からかわからないが、コンスタン公爵家は大賢者の対策を取っていた。容易に夢を渡り歩けないようにされている。今回ヴィヴィアを見つけ出したこともかなりの苦労を要したようで俺にわざわざ注意してきた」


 賢者メドラウトでも警戒しなければならない相手、大賢者でも把握しきれない何かがある。

 それがコンスタン公爵家の現状だ。


 ずっと黙っていたモリス秘書官が口にした。


「正直、国の宝である竜杯を持ち出すのはどうかと考えています」


 竜杯は、この国の危機に使われるべきもの。

 それを安置している場所から持ち出す。


 それもヴィヴィアの為に。


「奥様のことは大事です。ですが、これはゴーヴァン公爵家だけの問題ではなくなります。まずは国王陛下に直訴して、コンスタン公爵家へ勅令を出させるべきです」


 ゴーヴァン公爵家の夫人を誘拐したこと。

 竜杯を持ってくるように強要したこと。


「あのもうろくが動いてくれるかぁ?」


 メドラウトの国王への評価は散々であった。初対面からいい印象はなかったようだが、例のイボンヌ王女のやらかしに対して期待感は氷点下へ突き抜けた。


「閣下」


 今まで端で黙っていたヴィクター卿はクリスの目の前まで近づいた。


「どうするかは閣下がお決めください。何を決めようと俺は従います」


 それがヴィヴィアを救う為であるならば。


 長い時間が流れていた。窓を叩く風の音が聞こえてくる。部屋にいる一同、クリスの様子を伺っていた。


 ヴィクター卿の瞳をみてクリスはようやく口を開いた。


 ◆◆◆


 ロト地方。コンスタン公爵家に囚われてから数日が経過していた。

 メイドたちがヴィヴィアの身支度を開始した。

 湯浴みで体を洗われて、肌の手入れをされる。


「こちらがヴィヴィア様の為に用意されたドレスです」


 黒を基調としたドレス、胸元には薔薇を描いたレースが施されていた。


「私が着ていたドレスでいいわ」

「あのドレスは酷く汚れていた為捨てました」


 メイドの何のこともないことのように応える。

 何か言おうにもヴィヴィアは憚かれた。

 メイドたちには表情がなく、まるで機械的に動く人形のように不気味であった。


 肌に触れる手はわずかにぬくもりがあるのに、触れられる度に体がゾクリと震えた。


 抵抗すると体を抑えられて無理やりドレスを装着される。


「よくお似合いです。旦那様がお待ちです」


 部屋を出ると見張りの騎士がヴィヴィアを取り囲んだ。

 逃げられないようにヴィヴィアの動きを封じているようだった。


 右足を動かすと痛みヴィヴィアは眉をしかめた。


「ヴィヴィア様、私がお抱え致します」

「結構です」


 さすがに誘拐犯らに世話を焼かれたくない。

 足も痛むが歩けないわけではないのだ。


 そうは言うが、騎士が強引にヴィヴィアの体を抱き上げた。


 騎士の顔を見るが先程のメイドのように感情が見えず不気味だった。


 食堂へ案内されて、主人の席に座っていたギーベルが立ち上がった。


「ヴィヴィア嬢、ようこそ」


 ヴィヴィアの席を案内した。騎士によりそこへ座らされる。

 豪勢な料理が並んでいるがとても喉に通る気がしない。


「不便はないかな。必要なものがあればなんなりと言ってください」

「私を、ゴーヴァン公爵家へ帰してください」


 必要なものはない。

 ただそれだけを求めたのにギーベルは穏やかな笑みをたたえるだけだ。


 クリスとは対照的な美しさだ。


 クリスがまばゆい太陽のような殿方だが、ギーベルは夜の暗闇の中に映える月のような殿方だった。

 黒髪に、金色の蠱惑的な瞳の美しい殿方で王都の令嬢が見れば心躍らせたことだろう。


「それはできません。あなたは私の長い悲願を叶える為にここにいてもらわなければなりません」


 ゴーヴァン公爵家との交渉の道具、人質だと理解したヴィヴィアは視線を落とした。


「一体何を求めているのかしら。私を誘拐したことはいくら公爵様でも大事になります。夫が裁判をかければあなたは確実に負けますし、そうなれば王妃、王太子殿下に影響します」


 ギーベルに利があるとは思えない。今回の件をクリスが糾弾すれば次代の国王の外戚としての立場を失うことになるだろう。

 そこまでして欲しいものとは何だろう。


「竜杯と、それを満たすクリスの血」


 ギーベルの狙いはそれだという。

 予想しないものでヴィヴィアは震えた。


 竜杯は、悪竜を退治した騎士の血で奇跡を引き起こす。ゴーヴァン公爵家の当主の持ち物であり、国の宝とされている。


 だけど、初対面でギーベルが言っていたことを思い出した。


「竜杯はコンスタン公爵もお持ちではありませんか?」


 わざわざゴーヴァン公爵家の竜杯を求める意味がわからない。


「ええ、私が持つのは黒い竜杯です。これも悪竜を退治した騎士の血で満たせば奇跡を起こします。これで今まで我が一族は奇跡を繰り返し、国の危機を救いました」

「悪竜を倒した騎士……」


 次から次に出てくる話にヴィヴィアは追いつかなかった。


「そうですよね。今残る伝承は随分変わりましたから……悪竜を退治した騎士は二人。ゴーヴァン公爵家の祖・ルヴァン、そしてその弟・アルウィン。我がコンスタン公爵家の祖です」


 そして悪竜の残骸から出てきたのは二つの竜杯、白い竜杯はルヴァンが、黒い竜杯はアルウィンが持つことが決められた。黒い竜杯は黒い気を放ち不吉であり存在を隠匿されて竜杯はひとつ、悪竜退治はルヴァンが成功したと伝承された。


「国の危機は何度も引き起こされました。うち5回は国が滅んだ。その度に密かに我が家門の黒い竜杯が利用されてきました」


 何百年という歴史の中で竜杯が利用されていたなど知らなかった。


「ええ、隠匿された黒い竜杯だから。世の人々は、国王と英雄のおかげと絶賛していた。その裏で、大量の血を流し竜杯の副作用に苦しむ当家の者がいたにも関わらず」

「副作用?」


 ヴィヴィアは一瞬クリスのことを思い浮かべた。彼は何のこともないように振る舞っていたが、もしかして回帰に伴い副作用に苦しんでいたのではないか。


「先程言いましたね。黒い竜杯は黒い気を放ちます。それが何か……人々の不安、恐怖、憎悪を煽り立てるものでした。もし、あれが悪竜の一部だとすると。血を流したコンスタン公爵の中にそれが逆流して入り込むとどうなるでしょう」


 あまりよくないように思える。

 今のギーベル、この屋敷の雰囲気に関係しているかもしれない。


「少しずつ当家の血は変性していきました。黒い竜杯を使うごとにアルウィンの血と悪竜の気は混ざり合い、ついに悪竜の魂の受け皿に相応しい子供が産まれました」


 悪竜の魂の受け皿に相応しい子供。

 それが誰か、ヴィヴィアは恐ろしく尋ねられなかった。


「私がその子供でした」


 ガチャンとフォークが落ちる。ヴィヴィアが椅子から立ち後ずさろうとしたが、右足首の痛みで崩れ落ちてしまった。


「私が長らく王都へいかず代理で済ませていたのには理由がありました」


 ギーベルは立ち上がり、ヴィヴィアに近づいた。


「ロト地方から出ればあの忌まわしい賢者共に気付かれるから。そうすれば、まだ未完成の体で滅ぼされてしまう。ロト地方は大賢者ですら渡り歩けないように結界を張り、『シュバルツ』を駆使して暗躍して準備を進めました」


 大理石の床を上質な革靴で歩く音が不気味に頭に響いてくる。ヴィヴィアは体中震えた。


「だいたいは王妃に任せていましたが、思うようにいかず歯痒い思いをしました。私のことを賢者に知られないことに固執せず、王都に出ればよかった」


 目の前で膝をついたギーベルはヴィヴィアの髪に触れた。


「ただ同じ赤髪と思ったが、私が産まれたこの時代に生まれるなど思いもしなかった」


 グイッと頬を捕らえられて顔をあげさせられる。

 目の前にあるのはいつぞやの悪夢で見た金色の瞳。それがヴィヴィアの姿を映して上機嫌に笑った。


「リリア」


 ギーベルから告げられた名前にヴィヴィアは首を横に振った。


「黒い竜杯と白い竜杯を同時に英雄の血で満たせば私はかつての力を取り戻せる。その時、クリスは八つ裂きにしてお前は私の伴侶なるのだ」


 まるで決定事項のように語られてヴィヴィアはしたかった。だが、あの金色の瞳に見つめられると体が動かず何も口にできない。ただ首を横に振ることしかできなかった。


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