13 回帰者たち
コンスタン公爵家の応接間で、当主と客人はお茶を飲みながら歓談していた。
「先程、ゴーヴァン公爵家に手紙を送ったが、果たしてクリス・ゴーヴァンは言われた通りに動くかな」
「ええ、彼にとってヴィヴィア・ゴーヴァンは何よりも大事な存在です。何度も回帰して見てきたあなたならわかるでしょう」
そんなものか。
ギーベルは過去の世界を思い出した。
確かに、今までの世界のクリスはヴィヴィアに夢中でシシリア、イボンヌ王女をけしかけても微動だにしなかった。とはいえ駒に選んだ二人にも問題があったが。
だが、クリスが竜杯を持ち出す程なのかは理解できない。
「私が保証します。何しろ、私はあのクリス・ゴーヴァンにずたずたにされ殺されました。あの時の慟哭、憎悪はかなりのものでした。そして私を殺した後に竜杯を使い、今回はヴィヴィア・ゴーヴァンを守ろうとした。必死に」
ベザリーの説明にギーベルは頷いた。
彼女の記憶を頼りにやってもいいだろう。
「しかし、今も驚くばかりだよ」
ギーベルは感じ入っていた。
「もう一つの竜杯の担い手のクリス、その子供を宿した夫人が回帰したことはわかるがまさか君まで回帰しているとは。回帰前の全ての記憶がある気分はどうかな」
くすりとベザリーは笑った。
「私自身数ヶ月前は何も知りませんでした。ですが、神の恩寵でしょうか。たまたま夫人の側に雷獣がおり、私はその雷を受けました」
春の庭園、チューリップが咲いた場所でベザリーは再度ヴィヴィアに自分の呪いを付与した香水を渡そうとした。その時に雷獣がベザリーを跳ね除けるように微量な雷を発した。
「雷獣の雷がトリガーとなり奥底に眠っていた記憶が呼び起こされたと私は解釈しました」
学園で学んだ自然学と魔術の応用、人体のメカニズムの知識を思い出した。
「回帰前のあなたの手足として動いていた時は本当に不思議でした。閣下の指示通りに動けば本当に思うように動けたから」
回帰前のこと。
ベザリーはゴーヴァン公爵家の奨学生制度を利用して、公爵家の中に入り込み、家内の者を洗脳して回った。
自分の能力は、治癒魔術と呪いだった。
呪いは精神に作用して洗脳にも使える。ベザリーはコンスタン公爵家の支援で独自に研究していった。
呪いで生命のエネルギーを吸収することで魔術を増強できた。必要な生命はコンスタン公爵家が準備してくれたから苦労はなかった。
はじめは動物の命を利用したが、より感情が豊かな人間の方が効率がよいとわかった。
呪いで政敵を殺すこともでき、能力向上することもでき一石二鳥。ベザリーは15歳になる頃は莫大な魔力を――治癒魔術と呪いを持つようになった。
治癒魔術を盛大に使い聖女と呼ばれ、呪いを駆使してゴーヴァン公爵家を自分の支配下に置いた。
「君はとても優秀な子だった。回帰前から私の指示を期待以上に実践してくれた。はじめから君をメインに置くべきだと後悔するほどに」
ギーベルの賞賛に当然だとベザリーは笑った。
「シシリア・ルフェルは自尊心が高く強欲。イボンヌ王女は短気で短絡的。二人とも寸劇で楽しむ分には良いですが、長丁場の演劇には向きません」
「その通りだ。王妃が強く勧めるから利用したが案の定すぐにボロがいった。うまくいったのは君がサポートに回っていたからだ」
ここまでの話、ギーベルは回帰者だ。それも一度ではない。
「苦労したでしょうね、私。本当にあの二人を投入しようとした王妃の愚かさは……記憶がない頃でも呆れるばかり」
「そういうな。王妃は回帰者ではない。王妃からすればこれは1周目のようなもの」
ギーベルも姉への情はあるのか、彼女への言い方は優しいものだった。
そこは意外だと感じた。
逆にウルリカ王妃も彼に言われたら大人しくしている。何年も前の、クリス毒殺未遂事件では相当しかられたようでしばらく『シュバルツ』が使えなかったと聞いたことがあった。
「それに君も結果的に失敗したじゃないか」
「あれは私のせいではありません。竜杯を手にする目前でゴーヴァン公爵にかけた洗脳が解けたから」
さすがに竜杯にそんな効果があるなど知らなかった。
「あんなのは初見殺しです」
竜杯について教えてくれればよかったのに。
ベザリーは恨みがましくギーベルを睨んだ。
「私自身も驚いていたよ。まさか、悪竜から出た杯に精神を元に戻す効果があるなんて」
今更ながらギーベルは竜杯について説明した。
竜杯は、建国記に登場する伝説の品だ。
悪竜ファブニルを退治する騎士の物語。
建国したばかりのあるアルトス王は多くの大事を抱えており、信頼できる騎士たちに悪竜退治を命じた。
騎士ルヴァン、騎士アラウィンである。
二人は兄弟であった。
本来であれば王の賢者エムリスの助言と支援が欲しいところであるが、彼は毒の魔女に眠らされて塔から出られない。治癒魔術師ルフェルの支援を頼りに悪竜と闘った。
1年に渡る闘いの末、ようやく悪竜を倒すに至る。
騎士ルヴァンの能力で燃え尽きた悪竜の残骸から出てきたのは二つの杯――一つは白く輝き、一つは黒い気を放っていた。
白く輝く竜杯は兄のルヴァンが、黒い気を放つ竜杯は弟アラウィンが所持することになった。
この二つには奇跡を起こす力がある。
悪竜を退治した騎士の血で満たせば願いを叶えるというものだった。
これでブライト王国は滅亡の危機を回避することができた。
時と共に国は安定して、竜杯は一つとすることになった。黒い竜杯の気は禍々しく人々の不安を煽るためだ。騎士アルウィンの末裔はそれを承諾し厳しく隠匿した。
竜杯が一つとされて悪竜退治の伝承は時と共に変形していく。悪竜退治をしたのは二人の騎士ではなく、白い竜杯を持つ騎士ラヴァン一人の功績として残る。次第に、アラウィンの騎士としての姿は消えていき狡猾な頭脳家としての側面が強調された。
「私の手元にあるのは黒い竜杯は人の不安を煽る黒い気を放っています。あなたの呪いと非常に相性がいい。考えれば白い竜杯は光り輝くもの、私が持つものとは対照的で納得がいきます」
とはいえ、長らく姿を見せなかった白い竜杯の特性など気づく手立てはなかった。
「私には非はないわ。シシリアにも、イボンヌ王女にも無理だった白い竜杯を直近まで近づけたのは私だけ。それなりに褒美が与えられるべきだわ」
「褒美は成功してから与えられるものだ」
「私はあのクリス・ゴーヴァンに殺されたのよ。かなり痛かったの。それと私の情報は役立ったと思うわよ。ヴィヴィア・ゴーヴァンを誘拐できたのも私のおかげ」
今頃ヴィヴィアの捜索にクリスは疲弊している頃だろう。ヴィヴィアがコンスタン公爵家に着いた後に、ギーベルが送った手紙を見てはますます青ざめるかもしれない。
それを間近で鑑賞できないのは残念である。
「わかりました。二つの竜杯と、ニ家の血を手に入れた時に願いを叶えましょう」
満足のいく返答にベザリーは満足げに笑った。




