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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第三部

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12 コンスタン公爵家

 ヴィヴィアが行方不明になってか2週間が経った。ベザリーもいなくなっていた。


 ヴィヴィアには雷獣の加護を受けているはずだが、対策が練られており雷獣が彼女の所在がつかめない。責任を感じたヴィクター卿も遠方まで捜索しているが情報を掴めずにいた。

 彼女の行方が一向につかめず、クリスは焦燥感に苛まれた。

 


 ゴーヴァン公爵領へ帰ろうと語り合っていた頃合いであったというのに。

 ヴィヴィアが行方不明になり、リチャード王太子、エレノアのシャルコット公爵家、リオネス公爵家にも協力して捜索してもらったが芳しい情報はない。


「くそっ!」


 クリスは何度も壁に殴りつけた。

 ベザリーが最近大人しいことで完全に油断していた。

 もっと注意を向けるべきだった。


「ふぎゃぁ……」


 ノエル=アンジェが赤ん坊のノエルをあやしている。それを見てクリスは首を横に振った。


「ノエル=アンジェ、少し休みなさい」


 先ほどからずっとノエルの面倒をみている。


「ですが、休んでいないのは旦那様の方では」

「子供がそんなことを気にしてどうする。ノエルは任せなさい」


 そういいノエル=アンジェからノエルを渡されるが、今度は一層泣き始めていた。


「閣下が抱っこしては逆効果のようですね」


 ケイトはずばずばっと言い、ノエルを抱きかかえた。ノエルはぷるぷると震えてケイトに抱きついていた。


「大丈夫です。若様、奥様は必ず帰ってきますよ」


 ぐずぐずと泣いているうちにノエルはようやく眠りについた。


 突然窓が開いて、空中からメドラウトが現れた。入るのであれば扉を使えという余力は今のクリスにはない。


「見つけたぞ、ヴィヴィア」


 メドラウトの言葉にクリスは立ち上がり彼に情報をゆする。


「どうやってわかった。どこに」

「落ち着いてくれ。見つけたのは俺ではなく大賢者だ」


 大賢者は夢を渡り歩く能力を持つ。

 塔の中で眠っていても、現代の出来事を理解して夢の中で助言を与えることができた。

 先ほどメドラウトがうたたねをしているうちに大賢者が夢に現れてヴィヴィアの居場所をつきとめたといってきたのだ。


「どこに……いるんだ」


 か細いクリスの声にメドラウトは深く息を吐いた。


「コンスタン公爵家……そこにヴィヴィアがいた」


 クリスのゴーヴァン公爵家と同じく四大公爵家のひとつ、陸のコンスタン公爵家。

 暗部組織『シュバルツ』を暗躍させるウルリカ王妃の実家である。


 今まで掴めそうでつかめなかった糸がピンと張って、関係性が見えてきたように思えた。

 

 ◆◆◆


 場面は少し遡る。

 2週間かけての馬車移動の後、ようやく目的地に到着した。


「さぁ、着きました。あなたたちしっかりと夫人をエスコートしてさしあげて」


 馬車から先に降りたベザリーは馬車の中で控えるシャドウらに声をかけた。『シュヴァルツ』はヴィヴィアを抱き上げて逃げられないように馬車から下ろした。


 長旅に疲れたヴィヴィアはあたりを見渡す。長い間カーテンで外の景色は見えず、飲食も排泄も馬車の中でさせられていた。

 昼夜の間隔はほとんどない。

 眠りにつくこともできず、ろくに夢すら見れていない。


 夢の中で大賢者様に出会えたら彼に助けを求められたのに。


 ゴーヴァン公爵家の屋敷とは遜色のない広大な屋敷の中へと案内される。使用人の多さからここはそこいらの貴族とは違うというのがわかる。

 まるで公爵家……。

 ベザリーが手足のように動かしているのは暗部組織の『シュヴァルツ』。確かウルリカ王妃がクリスを暗殺したときに使った部隊だ。

 そしてこの部隊を所持しているのは……。


 ろくに眠れずに意識が朦朧とする。なかなか考えがまとまらない。


「もう少し頑張って夫人。挨拶が終わったらふかふかのベッドへ案内しますから」


 ベザリーの応援の中、ヴィヴィアは『シュヴァルツ』に抱えられて奥の部屋へと運ばれる。

 挨拶というのは誰だろうか。


 部屋の扉が開くと待機していたのは40歳手前の紳士であった。

 黒のオールバック、金の瞳、肌はほどよく日焼けをしている。

 すらりとした長身、スーツの下でも筋肉質の健康体だとわかる。


 クリスと同じ武官?


「はじめまして」


 男は丁寧に挨拶をした。


「私の名はギーベル・コンスタン。四大公爵家のひとつコンスタン家の当主にしてもうひとつの竜杯の担い手です」


 信じられない単語が次々と出てきてヴィヴィアは混乱した。


 何故、コンスタン公爵がヴィヴィアを誘拐するのだろうか。

 もう一つの竜杯というのはどういうことか。


 質問しようにも口が思うように開かない。強い眠気の中ヴィヴィアはすぅっと意識を手放した。


「おやおや、限界だったようだね」


 ギーベルはヴィヴィアの頬に触れた。


「なるほど、美しい娘だ。この髪も美しい……忘れかけていた記憶が戻りそうで嬉しいよ」


 ◆◆◆


「はぁはぁ……」


 草原の中、娘は走っていた。

 手には薬草いっぱいの籠。後ろからは大きな黒い竜が走ってきていた。


「やぁ、毒の魔女。散歩かい?」


 突然目の前に現れるのは王の賢者・エムリス。


「ぎゃ!」


 ひどい悲鳴をあげて娘はうっかり止まった。


「邪魔しないでよ! 食べられちゃうわ」


 娘はひぃっと後ろから迫ってくる黒い竜に青ざめた。


「おやおや」


 エムリスは娘を抱きかかえてぴょーんと飛び跳ねた。その瞬間二人の姿は消えて、黒い竜は急停止した。


 二人が現れた場所は例の森である。湖がある神秘的な森。

 毒の魔女が生活している場所であった。


「今のは悪竜・ファブニルだね。何で追われていたの? 君は森の外から出られたんだ」

「人を引きこもりのように言わないで! あと質問が多い!!」


 今まで抱きしめられていた娘はするりと男から逃げ出した。


「何だい。ピンチだったんじゃないのかい?」

「……うぅ、感謝しているわよ」


 悔し気に娘はお礼を言った。


「それで何故悪竜に襲われていたのだい?」

「あいつの出現場所で生えている毒草が欲しくてね」


 籠につめられている薬草以外の毒草をみてエムリスはああと頷いた。

 確かに悪竜の体液、排泄物を栄養に育った毒草はすさまじい効力があるだろう。


「ほら、今から毒の解析と解毒の実験をするから帰って」


 娘はしっしっとエムリスを追い払おうとした。


「おいおい、助けてくれた私にお礼にお茶はご馳走してくれないのかい?」

「あいにくうちにはまずい薬茶しかないわよ。しっぶいのいれるけどいいの?」


 相変わらずつれない反応にエムリスはふふっと笑った。


「じゃあ、せめてお礼代わりに君の名前を教えてくれよ」

「毒の魔女よ。知っているでしょ?」

「それは通り名だろう。君の名前を……お姉さんたちが君を何と呼んでいるか聞きたいな」


 姉ということからエムリスは娘の出自を知っているようだ。

 女神になった四人の姉、彼女たちと同じ生まれだというのに毒の権能と忌み嫌われるもの、魔力も少ない女神のなりそこない。

 そんな娘の名を知ってなんだというのか。


「リリアよ」

「リリアか。素敵な名前だね……私はエムリスだよ」

「知っているわ」


 娘は、リリアはむすっとして応えた。しかし頬の端が緩んでいるのがみえた。


 ふわりと二人の姿が薄れていく。


「この時のリリアはとってもかわいかったんだよ」


 でれでれとした様子のエムリスはヴィヴィアに語り続ける。ヴィヴィアはぎゅっとエムリスの袖を掴んだ。手が震えている。


「助けて……」


 ヴィヴィアは震えた。


「ベザリーに誘拐されて、怖い公爵家に連れていかれたの。何がなんだかわからない。コンスタン公爵も怖いし……怖い……助けて」


 ヴィヴィアがぽろぽろと涙をこぼした。

 

「クリス……ノエル」


 ひぐひぐと泣くヴィヴィアにエムリスは抱き寄せた。


「大丈夫。君の居場所は今把握できた。私の弟子にすぐに伝えよう」


 大賢者がそこまで言うならば安心だろう。

 そう思った時、あたりが急に黒い靄がかかった。


 それが無数の手となりヴィヴィアの腕と足を掴む。暗い場所へ連れて行こうとしているようで、ヴィヴィアはエムリスに手を伸ばした。エムリスの手が触れた瞬間、彼の手は透けていてヴィヴィアの手は虚しく空を掴む。


「エムリス様!」


 彼の存在が遠ざかる。彼が何かを言っているようだが聞こえない。


 ――ああ、忌まわしい男め。勝手に私の領域に踏み込むなど。


 暗闇から苛立ちの声があがる。どこかで、最近聞いたような声だった。


「コンスタン公爵?」


 暗闇から手が伸びる。それは人の手ではない。

 黒い鱗で覆われ、細い指先には尖った爪がみられる。まるで爬虫類のよう。

 手の大きさからかなりの巨体とわかる。


 ――嬉しいぞ。ようやく私を見てくれるか。……ア。


 暗闇の中へ引きずりこまれ、目の前に見えるのは暗闇に溶けた巨体。目が慣れていくと、少しずつ姿が見える。はじめに見えたのは瞳、金色の鋭い瞳がヴィヴィアを捕らえた。


「いやぁぁっ!」


 姿を認めた瞬間、ヴィヴィアは跳ね起きた。

 自分がいる部屋をみる。


 コンスタン公爵家の屋敷の一室にヴィヴィアは軟禁されていた。

 窓からは雄大な自然、リュカリオン山脈がみえる。コンスタン公爵領、ロト地方の観光名所でもあった。最近は災害続きで観光業どころではないようだが。

 一番景色の良い部屋を用意してくれたというが、ヴィヴィアとしてはありがた迷惑である。


 三階の部屋は、窓からの脱出は不可能だ。

 それに――


「この足じゃ、逃げてもすぐに捕まってしまう」


 ヴィヴィアは右足首をみた。ベザリーの能力で掴まれた足、歪んだ影から無数に伸びた黒い手を思い出してゾッとした。

 掴まれた場所は黒い手跡が残り、焼けたように疼く。無理に走ろうとすれば激痛にうずくまってしまう。

 これは呪いであり、足枷として機能しているようだった。


 一体、自分はどうなるのか。


 不安でたまらない。

 それ以上に不安なのはノエルである。

 3日いないで辛い想いをさせたと後悔したというのに、今回は何週間かかっているのか。

 ケイトもノエル=アンジェがいるから大丈夫だけど、まだまだ母が恋しい赤ん坊である。


「ダメなお母さんでごめんね。ノエル」


 ぽろぽろと涙が溢れた。

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