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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第三部

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10 メドラウト

 メドラウトが授業に訪れた時、ヴィヴィアは良かったと用意していた箱を差し出した。

 赤いリボンで包装されている箱にメドラウトは首を傾げた。


「アンジェ……王都で人気のお店のクッキーです。この前は私の為にリオネス公爵家まで走ってくれたようで、そのお礼です」

「ああ」


 メドラウトは思い出したように頷いた。

 その場で開けて、中を取り出す。一枚のクッキーを食べるとこくこくと頷いた。

 まさかこの場で食べるとは思いもしなかった。

 もしかするとお腹がすいているのだろうか。


「お茶でも淹れましょうか」


 ヴィヴィアはケイトに頼んでお茶と軽食の準備をしてもらった。


「今日使う教材は……」


 メドラウトは懐から取り出したのは瓶に封じられた毒の気配であった。

 何だろうかとヴィヴィアは首を傾げた。

 みたこともない毒である。毒以外に何重も呪いが見え隠れしているようにみえる。


「その通りだ……一応古代のものも解析できるようになったようだ」


 メドラウトは満足げにうなずいた。


「古代の、毒? 呪い?」


 どちらだろうか。


「どちらもだ。これは大賢者の体を巣食う毒と呪いの一部だ」


 その言葉にヴィヴィアは目を見張った。

 大賢者というとエムリスのことだ。塔の名前にも冠されている、塔に眠る大賢者。

 メドラウトをはじめ多くの賢者たちの師である。

 そして建国の王を導いた者。毒の魔女によって眠りについた伝承を思い出す。


 毒の魔女……そういえば、大賢者を退場させた魔女も毒の魔女だった。


 ようやくヴィヴィアは思い出せた。

 ということはこれが、大賢者エムリスに巣食う毒……そして呪い。


「これは……難しそうな」


 まずは毒は何とかできるようになりたいが、呪いの方は難しいかもしれない。


「いや、できる。お前もわずかにだが呪いを触れることができるからな」

「私にも呪いの魔術が?」

「ああ……あまりに弱く顕在化できていないがな」


 メドラウトが何度も毒と並行して呪いの魔術の訓練もさせていたと今ようやく知った。


「毒以外に呪いも会得できれば、クリスの役にたてるかもしれない」


 ヴィヴィアはぼそっと呟いた。

 毒と呪い。どちらもあまり好ましくない系統の魔術である。

 だが、ベザリーの手口は覚せい剤などの薬を混ぜて洗脳する能力。

 洗脳は、呪いの系統の中に含まれている。

 ようやく教科書の知識がつながりはじめてヴィヴィアは今ではこの忌まわしい能力が誇らしく感じられた。

 ベザリーに対抗する能力になりえるかもしれない。


「その他にやって欲しいことはあるがな」


 メドラウトの呟きはヴィヴィアには聞こえなかった。

 早速訓練をしてみるが、毒も呪いも微動だにできない。

 ブレスレットを使ってみてはどうだろうか。


「やめておけ……ブレスレットで下手に操作しようとすればまた気持ち悪くなるぞ」


 そうなればノエルの面倒は誰がみるのだと言われてヴィヴィアはすぐにやめた。

 能力向上の為に焦りたい気持ちはあるが、それで倒れてはよくない。


「これを持ってきたのはお前が今どの程度か図るためだ……時間はかかるが、少しずつ訓練してブレスレットに慣れていくしかなかない」


 メドラウトはシャーレをいくつか取り出してヴィヴィアの練習につきあった。


「奥様、そろそろ休まれてはいかがでしょう」


 時計をみていたケイトが声をかける。同時にクリスが部屋の中へと入ってきた。


「どうしたの?」

「ああ、仕事に区切りがついたから一緒にお茶が飲みたいなと思いまして」


 クリスがそうほほ笑むとヴィヴィアはうれしくなった。


「では、メドラウト様とも一緒にお茶を飲みましょう」


 ヴィヴィアの提案にクリスは「え?」と呟いた。


「……」


 二人はお互いの顔を見合わせながらお茶を啜った。


「そういえば、お二人は古なじみと聞きます。確か、クリスの魔術の師だった頃があったのですね」

「ああ、元だけど」


 クリスはげんなりとした表情を浮かべた。


「幼い頃のクリスはどんな方だったのですか?」

「くそ生意気な負けず嫌いだった」


 尋ねられたメドラウトは応えた。


「ヴィヴィアの前で汚い言葉はやめてください」


 クリスはこほんと咳払いした。


「お上品ぶっているけど、こいつは子供のころはそれはもう酷い乱暴な言葉遣いだったんだ。今丁寧にしているのはそれを隠す為だ」

「まぁ」


 そういえばクリスはいまだに丁寧語だったなとヴィヴィアはしみじみとしていた。


「変なことを言わないでください。それに乱暴な言葉遣いなど言われるのは心外です。レベルはあなたと同じくらいですよ」


 メドラウトと同じ口調だったのかとヴィヴィアは想像する。

 それはそれで新鮮である。


「ふふ」


 思わず笑みがこぼれそうであった。


「ヴィ、ヴィヴィア……その私の言葉遣いは今はそれほど下品ではありませんよ」

「はい。でも、クリスがどんな言葉遣いでも優しいのは変わらないので大丈夫です」


 ヴィヴィアの笑顔にクリスは頬を赤くする。


「ゲロ甘」


 ぽそっとメドラウトが呟き、すぐにクリスは表情をしかめた。


「それでどうしてメドラウト様はクリスの師をやめてしまわれたのです?」

「ああ、こいつと一緒に学んでいた子供を訓練でぼこぼこにしたら親からクレームがきて辞めさせられた」


 それがロズモンド男爵だった。今は元だが。


「とはいえ、この男の魔術の才能も剣術の才能もかなりのもので父は買っていた。私の個人的な訓練相手として置いておく予定でしたが……」


 クリスは過去を思い出す。

 丁度クレーム処理がひと段落した頃にルネ(昔のヴィクター卿)が行方不明になった。

 雨の季節で、外はすぐに冷え込んでしまう。

 メドラウトと一緒に森の中で探していると、ルネを膝枕して寝かせている女性がいた。


 その女性はとても美しい夫人でクリスは緊張してしまった。

 黒髪に紫の瞳を持つ古めかしいドレスを着たご夫人であった。


「おや、お前は……毒魔術を持っているね」


 夫人はメドラウトの方を興味深く見つめて手を伸ばした。いつもはつっけんどんなメドラウトは大人しく夫人に頬を撫でられていた。

 不思議な奇妙な時間がしばらく流れていた。


「ねぇ、お前。エムリスの塔へ行く気はないかい? 毒魔術を仕える魔術師を探していたところだ」


 それは大賢者が眠る塔である。彼を慕い、彼の元で魔術を研究する魔術師たち。新たな賢者になる者もいた。


「行けば、お前にまた会えるのか?」


 メドラウトがそう尋ねると夫人は笑った。


「ああ、賢者になれればまた私に会えるだろうよ」


 夫人はおかしげに笑った。


「じゃあ、行く」


 そういってメドラウトは夫人の手を握った。


「それではな坊主。この子は私が連れて行こう。悪いようにはしない。この子にとって良い環境だと思うし」


 そう言って急に雷が降ったかと思えば、あたりに夫人とメドラウトの姿はなかった。

 取り残されたのはクリスと、草むらで眠り続けるルネだけであった。


 回想を終えてクリスは言った。


「あの夫人は、人ではなく雨の女神・レイン様でした。雷獣の加護を持つヴィクター卿に会いに来ていましたが、たまたま迎えにきたメドラウトを見てエムリスの塔へスカウトした」


 話を聞きながらヴィヴィアは前世で聞いたような話だなぁと思った。


「まるで神隠しみたいな」

「実際神隠しですよ。しばらく父が心配してあちこちメドラウトを探し回っていましたから」


 数か月後にエムリスの塔から便りがきた。差出人はメドラウトで、そこで魔術の研究をするという。


 それを聞いて父は安心していた。


「そうか。エムリスの塔なら気難しいあの子でもやっていけるだろう」


 まるで肩の荷が下りたかのようであった。


「前の公爵様はメドラウトのことを気にかけていたのですね」

「そりゃあ、末の弟だからな」


 メドラウトはマドレーヌを頬張りながら説明した。


「末の弟? メドラウト様が、前公爵様の?」

「公にはされていない。前々公爵が魔女に産ませた子、それが俺だったというだけの話だ」


 そうなるとメドラウトはクリスの年の近い叔父と甥の間柄ということか。

 ヴィヴィアはまじまじと二人を見比べた。


 二人とも美しい男であるのは変わりない。系統は違うように見えたが、よくみたら顎のラインや骨格、目元が少し重なって見えた。


「なるほど……そうだったのですね。では、私はあなたを叔父様と呼んだ方が」

「しなくていい」

「ややこしくなるからやめた方がいい」


 二人に拒否されてヴィヴィアは少し残念な気持ちであった。


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