7 海のリオネス
「その手紙は知りません」
ヴィヴィアが書いた手紙は誕生祝いのお礼の手紙と、贈り物に添えた手紙の二通のみである。
五通もイボンヌ王女に手紙を贈った覚えはない。
どれも筆跡をみると自分に似せてあるが。
「鑑定はさせてありますか?」
「ああ、既に魔術師に何度も確認させているがヴィヴィア・ゴーヴァンのもので間違いないと出た」
クリスの表情は冷ややかなものであった。
「ほう、では今すぐその魔術師を呼んでいただきましょうか」
ああ、クリスの標的がもう一人増えてしまった。
ヴィヴィアはどうやって彼を宥めようか必死に考える。
「そして例の贈り物の箱を」
従僕が例の箱を持参してきて目の前に置く。
確かにヴィヴィア名義で贈った箱と同じものだ。
中の鼠の死骸はそのままで、目の前に置かれた瞬間イボンヌ王女が青ざめて顔をそむけた。
「ちょっとそこのあなた」
ヴィヴィアは従僕に声をかけた。
「鼠の死骸は雑菌だらけなの。箱の中とはいえ、箱にも付着している可能性があるから運ぶときは手袋を装着しなさい。すぐに手洗いをしなさいよ」
ヴィヴィアの言葉にあたりはぽかんと口を開いた。
自分の身の潔白も大事なのだが、このまま従僕への感染が心配だ。
その有様にクリスは思わず笑いだした。
「こんな時に素っ頓狂なことを言うなど」
国王はあきれ果てた。
「ちなみにこの箱は本当にヴィヴィアが贈ったという証拠は?」
イボンヌ王女はちらりとメイドに目配せした。
「ええ、配送業者が間違いなくゴーヴァン夫人から送られてきたわ」
それを確認したのはイボンヌ王女付きのメイドである彼女だから間違いないという。
「なるほど。では、配達後に誰かがすり替えたのでしょうね」
「お兄様、いくら夫人を庇いたいからと苦しい言い訳はおよしになって。お兄様の品位を損ないます」
イボンヌ王女の言葉にクリスは冷ややかに睨みつけた。
耐性のないイボンヌ王女は全身震わせて父親に寄り添う。
「では例のブティックの店に確認を」
「いい加減にして。これは間違いなく夫人が私に贈りつけたもので」
なおも話を続けるクリスに何とか止めようとイボンヌ王女は叫んだ。
はぁっと呆れたクリスはついに口にした。
「いいえ、これは私が贈ったものではありません」
クリスの言葉にイボンヌ王女は瞬きを忘れそうになった。
「妻から相談されましてね。王女への返礼には失礼のないようにしたいと……それで色々話し合い私が手配しました。送り人は妻の名義にしてもらっていますが、手続きをしたのは私です」
クリスはその時の自分の判断が正しかったと感じた。
「な、何で……」
「ああ、ということは私があなたに手配したものと。私が、王女のあなたにこのようなものを贈ったと。とんだ侮辱だ」
クリスは冷ややかに言った。
謁見の間は凍り付き静まり返った。
それもそうだ。今までヴィヴィアが手配したものとされる鼠の死骸は、クリスが手配したものだったということだから。
「それで次は私を軟禁しますか? 尋問しますか?」
周りの騎士たちを見やるが誰も前に出ない。
こうなるとどうしていいかわからなかった。
「冗談はさておき既に実行犯は捕まえていますけどね」
クリスが合図を送るとヴィクター卿が拘束した二人を連れてきた。
一人はイボンヌ王女のメイド、一人は彼女の恋人で従僕だった。
二人とも疲弊してぼろぼろの状態であった。
おそらくクリスは3日間、地下で二人を尋問していたのだろう。
「わ、私たちはイボンヌ王女に言われて……贈り物をすり替えるように命じられて」
かすれた声でメイドは語る。
「嘘よ! 私を陥れる気!!」
イボンヌ王女は叫んだ。
「お兄様、騙されないで! これは私を陥れる陰謀よ」
「はぁ……仮にそうだったとしても私の妻がお茶会に合わせてこんな贈り物をするなどおかしいときちんと調べておくべきでしょう」
あきれ果てたクリスはイボンヌ王女の悲鳴に辟易していた。
「どちらにせよ自分の監督不行届きでしょう。それで、私の妻を何と侮辱しました? 毒をまき散らす悪女? 私を毒で篭絡した……口にするのもおぞましい」
何となくその先の単語は察しがつく。
ヴィヴィアが王宮に来るまで、王宮内の騎士、貴族たちはどれだけヴィヴィアのことを悪く言っていたのか想像するだけで頭が痛かった。
「私はそんなこと言っていないわ」
「言っていなくても周りが言うのを許したのはあなたでしょう」
イボンヌ王女は周りの者をみた。誰もイボンヌ王女の為に弁解してくれるものはいない。
実行犯も既にクリスに怯え切っていてイボンヌ王女の声など聞きもしない。
「あんたのせいよ!」
イボンヌ王女は一番傍にいたメイドを叩いた。
「あんたがちゃんとしないから私が恥をかいたのよ」
「そ、そんな……殿下。私は今まで殿下の為に」
ここで起きたのは尻尾切りである。
全ての罪をかぶせられたメイドは騎士たちに取り押さえられてそのまま謁見の間から消えてしまった。
「ねぇ、お兄様……私のメイドが酷いことをしてごめんなさい。夫人にも悪かったわ。今度お茶会でもてなすから……そうだわ! お兄様も一緒に……」
イボンヌ王女はヴィヴィアの手を握ろうとした。
その図々しさにヴィヴィアは恐怖を覚えた。
イボンヌ王女の手をクリスが叩き落とす。
「イボンヌ王女殿下……あなたがここまで恥知らずとは思いませんでした。本当につくづくあなたと結婚せずに済んで良かった」
クリスの毒を含んだ声にイボンヌ王女は顔を真っ赤にした。
「そんな、酷いわ! 私は被害者なのよ。それにこの女! この女……大した能力もない無能者。毒々しい赤い髪のしこめの癖にお兄様によってたかって。こいつこそお兄様の品位を落とすのに」
頭に血が上ったのか自分が何を言っているのかわからないようである。
まだ十に満たない幼女であれば許されていたかもしれない。
これでも今年で成人を迎える身だ。
このような言動は臣下の前では見せられない。既に見せているが。
「イボンヌ王女殿下」
入口から声がした。
イボンヌ王女と同じ淡いピンクのウェーブがかかった髪を持つ美しい男であった。
知らずとも彼がイボンヌ王女と血が繋がっているととわかってしまう。
「まぁ、トランおじさま! 私を助けに来てくださったのね」
イボンヌ王女は嬉しそうに彼の元へと走り寄った。抱きしめようとするが、すぐにトランは両手で彼女を脇に立たせて、国王とクリス夫妻にむけて膝を折った。
トラン・リオネス公子。
イボンヌ王女の母、イブリン側妃の弟である。そして海のリオネス公爵家の嫡男、イボンヌ王女の後見人の一人である。
「この度は我が家門が後見している王女の不祥事のお詫びに参りました」
「そんな、私の不祥事なんて。私は騙されて」
「イボンヌ王女、あなたに王女としてのプライドがあるのであれば少し黙ることです」
叔父からの強い言葉にイボンヌ王女はショックを受けた。
「これも全て当家の教育の問題で起きたこと。父はすぐに公爵位を辞し、私に全てを委ねることを決めました」
「そんな、おじさまはまだ若いのよ。お爺様の方がずっと頼りになるのに」
「あなたよりはいくらか大人のつもりです」
不満げなイボンヌ王女にトランはぼそっと返した。それにイボンヌ王女は顔を真っ赤にしてトランを睨みつける。
「この不祥事……王家の品位を損ない、またゴーヴァン公爵家との関係を悪化させたこと心よりお詫びします。姪のイボンヌ王女を王女として未熟なまま放置していた結果……これからは厳しく養育し直す所存です」
「え?」
「しばらく我が領地内で養育させます」
「い、嫌よ。あんな田舎!」
イボンヌ王女はかなり嫌がっているが、海のリオネス公爵家の領地もかなり栄えている。海の恵みを全て受け取ったような美しい真珠、珊瑚をとることができる。他大陸との交易も盛んで莫大な利益を得ており、領地内の港町は活気にあふれていて都市開発は進んでいた。
しかし、この世の中心は王都という考えのイボンヌ王女からみたら国の端っこの方だから田舎にみえるのかもしれない。
「それは、ちょっとやりすぎでは……教育は王宮でもできるだろう」
イボンヌ王女のことが可愛い国王は助け舟を出すが、トランはぴしゃっと言いきった。
「その王宮での教育の結果がこの騒動です」
国内の四大公爵家の二つ、ゴーヴァン公爵家とリオネス公爵家に睨まれて国王もさすがにたじたじであった。
「それでは決定です。さぁさ、お前は早く準備をしなさい」
「うぅ……珊瑚でいっぱい飾り立てた部屋を用意してくれなきゃ嫌だわ」
「今もそんな我儘を言うとは……今まで散々王宮にいた間も珊瑚なり真珠なり贈ってあげただろう。友達に配りたいと大量に」
ここでみんなの前で暴露する我儘にあきれ果てさせられた。
騎士と従僕らに言われてイボンヌ王女は自室へと退場させられる。
ここに長くいても話は思ったよりも進まないからだ。




