5 鼠混入事件
それからベザリーは大人しくなった。
モリス秘書官の仕事の手伝いを続けて、突然ヴィヴィアの前へ現れることはなくなった。
しばらくしてヴィヴィアはベザリーのことをすっかり忘れてしまっていた。
ある日の午後、エレノアが慌ててヴィヴィアの元へと現れたのだ。
「大丈夫?」
水を勧めながら何事かとヴィヴィアは首を傾げた。
確か今日は王宮でお茶会があると聞いていた。主催者はイボンヌ王女だったか。
ヴィヴィアは育児中であり招待を辞退していたが、代わりにお祝いのお礼の品を贈った。
「ヴィー、大変なことになっているわ」
ヴィヴィアが贈った品について、参加した令嬢たちが興味を示してみたいという。
イボンヌ王女がみんなの前で開帳させたのだ。
それを聞いただけなら特に問題がなさそうであるが、中身の品が問題だったという。
中には鼠の死骸が3匹入っていて令嬢たちは悲鳴をあげて、イボンヌ王女も恐怖で顔をこわばらせたという。
話を聞いてヴィヴィアは青ざめた。
「そんなまさか」
確かにお礼の品で送ったものは彼女が好きなブティックのリボンのセットとブローチである。
鼠を入れた覚えはない。
「私もあなたがそんなことをするとは思えないわ。でも、イボンヌ王女が泣きだして、令嬢たちの中には吐いたものもいて……もう大変だったわ」
エレノアははぁとため息をついた。
「きっとこれは何かの間違いだと私が言っても誰も聞いてくれなくてね。私はヴィーと仲良しだから証拠隠滅しようとしていると箱に触らせてもらえなかったわ」
イボンヌ王女が国王に泣きつく前に何とかヴィヴィアにこのことを伝えようと馬車を走らせてきたのだ。
「そうだったのね。国王から呼び出しを受けたらどうしていいか困るところでした」
事前の情報を回してくれたエレノアに感謝をした。
「それでどうしましょう。このままいけば……クリスの耳に入るし、早くクリスを止めなければ」
「クリスを止めるって……どういうこと?」
エレノアは首を傾げた。
「実は、イボンヌ王女は難しい相手ではないかと思って……贈り物はクリスがほとんど手配してくれたの」
つまり、クリスが準備した贈り物を何者かがすり替えて鼠の死骸を混入させた。
ヴィヴィアの評判を落とす為に。国王からの怒りをヴィヴィアに向けさせるために。
それを知ったクリスは何と反応を起こすだろうか。
王宮にて仕事中のクリスの元にこの騒動は当然とうに知れられていることだろう。
「ヴィクター卿、馬車を用意してちょうだい」
王宮に参るためのドレスについても考えないと。
「ノエルのこと……ケイト。お願いできる?」
まだ乳飲み子のノエルが王宮に参るのは厳しい。ミルクでも大丈夫なときがあるし、護衛は雷獣がいるからだ大丈夫だろう。
王宮へ出向しても問題なさそうなドレスに着替えて、ヴィヴィアは馬車へと乗り急ぐ。
「ヴィー!」
後ろからエレノアが声をかけた。
「ありがとう。エリー。おかげですぐに行動できたわ。後日またお茶をしましょう」
そういってヴィヴィアはケヴィン卿のエスコートで馬車へと乗り急いだ。
◆◆◆
王宮へ訪れると騎士たちの険悪なムードに蹴落とされそうだった。
一人が近づいて、容疑の為に取り調べをするという。
「こちらはゴーヴァン公爵夫人ですよ。あなたごときが自由にしていい方ではない」
ヴィクター卿は前へ出てヴィヴィアを守る。
「夫人はイボンヌ王女の精神を傷つけた傷害罪の容疑がかかっている」
「例の贈り物ですよね。まさか、奥様が本当に贈りつけたとお思いで?」
「ここに来たのが何よりもの証拠だ。事態が大事になり慌てて弁解に来たといったところであろう」
あくまでヴィヴィアのやらかしだと信じている様子の騎士にヴィクター卿はなおも食い掛った。
「ほう、ろくに調べもせず奥様に容疑をかけようとは……王宮の騎士は余程無能のようだ」
「口を慎まれよ。これは王命でもあるのだ」
既に騒動は国王の耳に届いているようだ。
箱の中身を確認した国王はかなり怒ってすぐにヴィヴィアを取り調べるようにと命令を下していた。騎士団が公爵家へ行く前にヴィヴィアが王宮に現れたのでそのまま取り調べをするという。
「ちなみに夫は今どちらにいますか?」
ヴィヴィアは騎士に質問するが、彼は舌打ちしながら答える。
イボンヌ王女を傷つけた悪女に尽くす礼儀はないといった具合であろう。
「国王陛下に謁見してそのままどこかへ立ち去られた。おそらくあなたの行動にあきれ果ててしまったのだろう」
どうやら誰も知らないようだ。
ヴィヴィアは内心焦った。
「あの、夫を探した方がいいと思います」
さすがに王宮で事を荒立てないと思いたいが、彼のヴィヴィアへの想いはかなりのものだった。
ヴィヴィアを守れなかったことも重なって猶更。
クリスから詳細は聞かず、雷獣から回帰前の記憶を聞かされたが、なかなか過激な内容であった。
彼は洗脳が解かれた後発狂してベザリーを殺害し、そしてゴーヴァン公爵家の全ての家人を殺しつくした。
ヴィヴィアを悪しざまにいいろくな世話をせず嫌がらせをしたメイドも、それを見てみぬふりした執事も、騎士も屋敷にいた全てを殺したという。
特にヴィヴィアを拷問した騎士への痛めつけはかなりの内容で口にすることも憚れる。
その後、クリスは自害しようとしたがノエルのことを思い出してノートンへと向かって回帰への道筋となった。
そのクリスがヴィヴィアを陥れようとした者を許すだろうか。
「ふん、夫に助けてもらおうという魂胆か。往生際の悪い」
少しばかり世間ではヴィヴィアの評価は改善されつつあったが、いまだにヴィヴィアへの嫌悪感を抱く者がいたのは知っている。
ここでイボンヌ王女への贈り物事件で溜まっていたものがここでもかというほど溢れ出ているのだろう。
大賢者を奪った赤い髪の魔女への憎しみはこれでもかというほど根強い。
王宮に近い者、騎士であればなおさら。
長らく受けた差別のもと、ヴィヴィアは今更だと思った。
「わかったわ。好きなようになさい」
騎士たちがヴィヴィアに触れようとして、ヴィヴィアは一喝した。
「ただし私が無罪であったとき、その時は今の自分の言動に責任をおうことよ」
堂々とした気迫に騎士たちは怖気ついた。
それに周りはお互いの顔を見合わせる。
「ヴィクター卿、とりあえずクリスを探してちょうだい。クリスが誰かを殺す前に」
「そんな……このまま奥様を置いていったらそれでこそ俺は閣下に殺されますよ」
確かに。
ヴィヴィアは悩みながら騎士たちにいった。
「ヴィクター卿の同行を認めてもらうわ。それくらいは良いでしょう? 尋問は邪魔させないから」
後付け加える。
「夫を探しておいてちょうだい。絶対に……あなたたちの同僚を守るためでもあるのよ」
しばらくヴィヴィアは3日間、王宮の一室で軟禁され騎士たちの尋問を受けることになった。
さっきの一喝が功を奏したのか、ヴィクター卿が同席してくれたおかげでそれほどひどい目には合わなかった。
痛い思いをしなかっただけ良かったわとヴィヴィアは胸をなでおろした。
3日後にクリスは姿を現した。それでヴィヴィアは釈放されるのだが、その時の騒動を思い出しただけでヴィヴィアは頭を抱えた。




