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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第三部

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3 ベザリー

 しんしんと降る雪の中、少女は母に連れられて修道院へと入ることが決まった。


 実家はもうなくなった。


 父が事業に失敗して、騙されて負債をかかえて、さらには罪に手を出して爵位を剥奪された。裏切られ、見捨てられた父は失意の中自殺をして少女は母と共に路頭へ放り込まれた。


 母は実家を頼るべきか悩んだ。というのも母は駆け落ちも同然に父の元へ嫁いだから、実家とは縁を切っていた。


 このままでは娘の将来が心配だった母は実家に頭を下げた。実家は母娘を養う気はなかったが、母の世話をしてくれる金持ちの男を紹介した。


 母は長らく苦しみ、ようやく男の提案を受けることを決めた。


「ベティ」


 母は娘の名を呼んだ。


「私は仕事があるからしばらく一緒に過ごせないわ。だからしばらく修道院で面倒を見てもらいましょう」


 突然言われた母との別居に娘は嫌がった。


「大丈夫よ。お金が集まったら迎えにくるわ。そしたらあなたのドレスを買うわ」


 母はそう言い、男の迎えで去って行った。置いていかれたくない娘は何度も母を呼んだ。一度だけ母が振り返ったが、男に声をかけられて再び馬車へと歩き始めた。


 目を覚ますとベザリーは綺麗な天井を眺めた。使用人でも良い部屋を与えられ、生活に必要な福利厚生を得られる環境を感じ入りながらベザリーは苦笑いした。


 母も、貴族夫人のプライドを捨ててこうした屋敷で下女として働けばよかったのに。


 起き上がって、指定された婦人服を身につける。事務仕事用の簡易なドレスである。


「おはようございまーす!」


 別館から出て、食堂に行けば使用人たちが挨拶をする。


「まぁ、ベザリー様。お食事を運ぶところでしたが」


 まさか遅かったのだろうかと不安な様子のメイドにベザリーは微笑んだ。


「うぅん、今日はみんなと食べたいと思っていたの」


 一人のメイドが席へ案内するとベザリーは優雅に座った。

 他愛もない会話の中でベザリーは館内の情報を仕入れていく。


 しばらくは大人しくするようにと上から指示を受けているが、ここで何もしない訳にもいかない。


 それに……あの馬鹿王女が私程動けるとは思えない。

 どうせすぐにあのお方は根を上げて私に新しい指示を出してくるに決まっているわ。


 クリスがどれだけ対策を練ろうとしても私はこうして新しい仲間を仕入れることができる。


 新しい薔薇の香水をメイドたちにプレゼントすると彼女たちは大喜びで本館での出来事を語ってくれた。


「今は奥様が出産後だからあらゆることが若様中心だわ」


 そのうち誕生パーティーでも開かれる予定であろう。

 そこでまたベザリーは二人に近づく機会を得られればいい。


「本当におめでたいわ。……私も奥様に何か贈り物をしたいのだけど、なかなか機会に恵まれなくて」


 ベザリーの悲し気な表情をみてメイドたちは何かしてあげなければとお互いの顔を見合わせた。

 実は彼女たちは定期的にベザリーの毒に対応できるように解毒茶を摂取している。以前よりも冷静に動けているがそれでもベザリーのふとした表情、言葉で心がざわめき焦燥する。


「出産後の体力の関係で側には許された者しか近づけないと聞いています」

「ちょっと過保護なように思えるけどね」


 あまりヴィヴィアたちのことを言いすぎるとどのようなお叱りを受けるかわからない。

 彼女たちは一度痛い目にあったのだから気を付けないといけない。

 例のナツメグ大量投入事件である。

 二人はいざというときのベザリー対応のおとりとして残されていた。


 慎重に言葉を選ぶがそれでも強く出てしまうことがある。これくらいは大丈夫よねとお互い顔を見合わせながら口にした。


「そういえば、奥様は日光浴の為に庭園へ散歩に出ることがあります」

「会う機会はそこで得られるかもしれません」


 どうせ彼女付きのメイド、護衛騎士が控えているので大きなことにはなりはしないだろう。

 これくらいなら大丈夫だ。


 そう思いながらメイドは口にして、ベザリーはにこりとほほ笑んだ。


「ありがとう。考えてみるわ」


 メイドたちは思いもしなかっただろう。

 すぐにベザリーが実行するなど。


 ◆◆◆


 ヴィヴィアは自室で勉強をしていた。

 机の上にはメドラウトが持ち込んだ授業道具である。シャーレの中にあらかじめ封じ込めた毒や呪いがみられる。

 それらを分析して操作する方法をメドラウトが直にみて適宜指導するというものだ。


「こう、でしょうか」


 ヴィヴィアは言われた通りにシャーレの中に魔力を込める。毒の気配がふわりと変形していく。


「どんな毒だった?」


 知識の中にある毒の特徴を語る。それを聞いてメドラウトはため息をついた。

 何か悪かったかな。


「知識があることは大事だ。毒への解消度があがればその分お前の毒魔術のスピードはあがるだろう。だが、知らない毒だったらどうするか?」


 それを言われてヴィヴィアは確かにと頷いた。


「時間がかかります」


 できないことはない。今までも未知の毒に対しての対処はやってきた。

 だが、普通よりも時間がかかる。わからないままだったらとにかく臓器保全の方に勤めていた。

 正体不明の物質が肝臓、腎臓を通り体外へ排泄されるように必死であった。


「そうだ。自分たちをまさに殺そうとしている敵がいた場合そんな時間猶予はあるだろうか」

「ないですね」


 前日のシシリアと不審男たちの侵入事件を思い出した。

 あの時は雷獣とメドラウトの助けがなければヴィヴィアは危険であった。

 ヴィクター卿もあのまま命を落としていたかもしれない。


「他に何か方法がありますか? メドラウト様は」


 自分と同じ魔術特性を持つ賢者にヴィヴィアは期待感を抱いた。

 きっと自分の思いもしなかった方法を会得しているだろう。

 すぐに会得できるなど思ってもいない。でも、少しでも自分の能力向上する糸口になればと思っている。


「毒をむかつく野郎に見立てて殴り、同時に衝撃魔法を体内にかけて原型留めずに破壊する」


 思った以上にバイオレンスだった。

 さすがにクリスやヴィクター卿にそのようなことをできない。


 それに衝撃魔法て、騎士専攻の人が持っている能力なんだけど。


「私には衝撃魔法はありません」

「見ればわかる」


 メドラウトはヴィヴィアの机の上に飾られている紫水晶のブレスレットに手を出した。


「お前の魔力を向上させるにも時間がかかる。だが、これを使えばスピードを向上させることができるだろう」


 ヴィヴィアにこの使い方を教えながら毒魔術の向上を指導しようというのだ。

 メドラウトはそういいながらヴィヴィアの手にブレスレットをかけた。


「これで私もクリスたちの役に立てるかもしれない」


 また毒にやられる可能性があるクリスのために使えるようになりたい。

 張り切りヴィヴィアはシャーレの課題に取り組んだ。


「次はこちらのシャーレの方がおすすめだ。そっちはやりすぎると、ブレスレットの副作用が出る」


 そう説明するよりも前にヴィヴィアは強いめまいと吐き気に襲われた。

 確かに先ほどよりも毒を操作するスピードも洗練さも向上したようにみえる。

 同時にあたりが歪んで気持ち悪くなった。


「勢いがいいのは認めるが、俺の話は最後まで聞いとけ」

「はい。すみません」


 ヴィヴィアは背もたれにもたれかかって頭を抱えた。

 やれやれとメドラウトはヴィヴィアの額に手をかざした。


「ほんの少し体内のバランスが崩れているのを整えてやる」


 そういうと確かにめまいと吐き気はだいぶ軽減された。まだ少し残っているのだが起き上がれるようになった。


「あ、ありがとうございます」

「使用になれるのに時間がかかるな。ブレスレットはそのままつけたままでもいいが、魔術を使う時の加減は気を付けて」


 メドラウトが説明しているうちに部屋の外で待機していたヴィクター卿が中へ入ってきた。


「奥様、授業は終了です」


 時間を確認してくれたのだろう。

 丁度、ノエル=アンジェが赤ん坊のノエルを抱えて中へ入ってきた。


「奥様、庭師のダンさんが今はチューリップが見頃と言っていました」


 せっかくなので今日の散歩はチューリップのある庭園の方へいかないかという提案である。


「ありがとう。そうね、少し休んだらいこうかしら」


 ノエル=アンジェから赤ん坊を受け取り、ヴィヴィアは抱き上げた。ノエルはヴィヴィアの髪をぎゅっと握ってきた。子の甘えた仕草に思わず目を細めてしまう。


「じゃあ、俺はこれで」


 授業が終わったとメドラウトは退室するという。窓を開けていく。

 見送る為に立ち上がろうとしたが、その前にメドラウトの姿は消えた。


「全く普通に退場してほしいです」


 ヴィクター卿は呆れながら呟いた。

 突拍子のない行動をとることがあるヴィクター卿でも主君の部屋にはきちんと扉から入ってくる。


 入室の時も窓から入ってきてヴィヴィアもはじめは驚いたものだ。

 塔の魔術師だから仕方ないのだろう。


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