2 イボンヌ王女
ところは王城の庭園のひとつ。
そこではイボンヌ王女がお茶会を開いていた。
参加している令嬢は、伯爵以上の地位にある家の令嬢である。
「陛下は殿下をとても大事にしておられるのがよくわかります」
令嬢が誉めそやす。
「この素晴らしい庭園でお茶会を開けるのはイボンヌ殿下だけ」
この庭園は、チェリーブロッサムと呼ばれる。春になると桜の花が満開になる春の象徴であった。
三代前の国王が東の大国の商人から贈られ、魔術師の手で本国の気候でも咲くように調整されている。
非常に繊細な花であり一部の限られた者しか利用できない。
王妃ですら数えるほどしかお茶会を開いておらず、王太子妃候補のエレノアですらいまだに利用できていない。
イボンヌ王女が、国王に頼みかければすぐに利用可能であった。
「皆様が桜を楽しめるように準備した甲斐があったわ」
イボンヌ王女は嬉しそうに笑った。
「イボンヌ殿下も、今年のデビュタントを迎えるなんて感慨深いわ」
「楽しみだわ。きっと殿下をエスコートしたい殿方は多くいるでしょう」
「国一番の花嫁候補なのだから当然だわ」
令嬢たちの言葉にイボンヌ王女はうんうんと頷いた。
「では、花婿候補は……?」
「1、2年前ならゴーヴァン公」
「しっ」
令嬢が話を止める。
イボンヌ王女のお茶会に参加しているのであれば知っているはずだ。
イボンヌ王女がクリス・ゴーヴァン公爵に想いを寄せていることを。
「確か、お兄様は可哀想な令嬢を娶られたのですわね」
少し前までの記事の内容をイボンヌ王女は思い出した。
ルフェル子爵家の搾取令嬢と見出しに飾られることが何度かあった。
「お兄様はお優しいわ。可哀想な令嬢を見ていられず手を差し伸べ救出するなど」
「ええ、本当に。まるで恋愛小説のよう」
令嬢たちはうっとりとさせた。
イボンヌ王女の真意に気づいた令嬢は流れを変える。
「今や没落した子爵家令嬢がゴーヴァン公爵夫人を務めることができるのでしょうか?」
ちらっとイボンヌ王女を見ると彼女はにこりと微笑んだ。
「そうよね。ゴーヴァン公爵夫人というのは甘くないものよ」
この貴族社会は縁戚の力も影響を受けやすい。
良家令息が結婚相手に選ぶのはだいたいが家の権力と財力である。
不正を行う前から落ちぶれていたヴィヴィアの実家にはそのどちらもない。
対してイボンヌ王女は国王の愛娘という立場からゴーヴァン公爵家に嫁いでも遜色はなく、むしろクリスを助ける存在になるだろうという話に繋げているのだ。
ようやく意図を汲んだ令嬢たちは慌ててその話題に乗り出す。
「夫人も、もう実家から解放されたのなら大人しく身を引けばいいのに妊娠してずるずる居座るなんて」
くすくすとヴィヴィアを嘲笑う雰囲気へと変わる。
「先日発表された絵本は評価いいみたいですが、夫人の作品かしら? 誰かがゴーストライターをしているのではなくて」
最近話題になっている絵本事業についても怪しんだ。
突然、ヴィヴィアは自分の名前で絵本を売り出した。
それが子供たちが夢中になり、子育て中の貴婦人たちも興味を示した。
貴婦人の間でヴィヴィアの印象がだいぶ変わっていっていた。
一部を除いて。
その一部がこのイボンヌ王女のお茶会でもある。
「実は」
イボンヌ王女は視線を伏せて悲しげにしていた。
「はじめてお会いした時に夫人から釘をさされてしまいました。未婚前の令嬢なのだから落ち着きを持てと……久々にクリスお兄様に会えて喜んでいたら変な勘違いをされてしまいました」
令嬢たちは「ひどい」とざわめき始めた。
「殿下と公爵様は幼い頃より兄妹のように過ごされた仲なのに」
「知っていてわざわざ言うなんて嫌なら方だわ」
イボンヌ王女はちらっとそばに控えるメイドを見た。
彼女は言わずとも何を求められているかわかっているかのように頷いた。
間違いなくチャリティーイベントで言われたことだ。
ヴィヴィアにではなく、クリスであるが。
だが、他に見ているものはこのメイドのみ。
殿方のクリスがわざわざ淑女らの噂に耳を傾けるはずはない。
少しずつじっくりとヴィヴィアの悪評を伝播させられればいい。
後は。
まだイボンヌ王女が贈った誕生祝いのお返しがない。
まだ贈ったばかりだし、じっくり待てば良いだけだ。
遅ければ次のお茶会で話題にしてやろう。
私はどうやら夫人に嫌われたみたいで……
といえば令嬢たちはイボンヌ王女を慰めてヴィヴィアの非常識さを責めるだろう。
早めに届けば、それはそれで考えていることがある。
あの女が如何にお兄様に相応しくないかをお兄様にお伝えしなければ。
早く計画を実行したくて堪らなかった。
イボンヌ王女はティーカップを傾けてこくりとお茶を飲んだ。
◆◆◆
イボンヌ王女がクリス・ゴーヴァンに出会ったのは5歳の頃。
幼い王女が子供たちと交流する目的で開かれたお茶会でである。
主催者はイボンヌ王女、ほとんどは彼女の母方の叔父が動いてくれた。
「お初にお目にかかります。イボンヌ王女殿下」
15歳という若さでゴーヴァン公爵を務めるクリスは大人びていて素敵な殿方にみえた。
何よりも容姿は端麗で、イボンヌ王女の好みだった。
「お父様! 私はクリスお兄様の妻になります」
お茶会を終わらせて父への報告の最中、イボンヌ王女は宣言した。
その言葉に国王は呆気にとられた。
もっとクリスと仲良くなりたいと願うが、ちょうどクリスは辺境へと出陣することになっていた。
イボンヌ王女は泣き叫んで駄々をこねるが、すでに決められたことで変更はできない。
イボンヌ王女は彼が出征する際はハンカチを贈り、帰還してきた際は花束を持ち迎えた。
国王もクリスをイボンヌ王女の夫にと勧めてきて、彼は丁重に断り続けた。
「どうしてよ! 私と結婚できればあなたも色々いいことがあると思うわよ」
じれったくなりクリスに言い寄ったが、クリスは全くこちらに靡くそぶりを見せなかった。
「ハンカチも花束も贈ったのに!」
「あなたが望むものを返せませんから次回からしていただかなくて結構です」
何故そんなことをいうのだと詰め寄るとクリスは答えた。
「以前より想いを寄せている方がいます」
何だ、それなら簡単じゃない。
イボンヌ王女は無垢な喜びをあげ、提案した。
「なら、側妻にするのを許すわ! 私を正妻にすれば問題ないじゃない」
そう言ってもクリスは困った表情で拒んだ。
「今の言葉は聞かなかったことにします」
何をしようともクリスはこちらに振りむかず、相手が相応の令嬢であれば身を引くことも考えた。
高位貴族の令嬢か、聖女なら仕方ないと。
だが、現れたのは子爵令嬢、しかも聖女でもない無能者の令嬢であった。
下品な赤髪、毒々しい緑の瞳。
どうしてクリスお兄様は、あんな女なんかを。
理解できなかった。
だから、私が目を覚まさせないといけない。
私こそゴーヴァン公爵夫人に相応しい!
あの女が子供を産んだことも許せないがせっかく生まれたクリスの子である。
私が養子に貰ってあげるわ。
万が一、子供が生まれなかった時の対策で置いておいて損はないはずだ。
私が無事嫡男を産んだら適当な修道院へ捨てればいいのだし。
自分の未来予想図を思い浮かべ、イボンヌ王女は楽しげにしていた。




