マリヤ 其の八
着いた頃にはすっかり日が落ちていた。それとも、橋の下で鈍く渦巻く霧が太陽を完全に覆い隠してしまったのだろうか。むき出しの地面を歩き、時折空き缶や紙くずを踏みつけ、捨てられたソファやスプリングに足をとられながら進むうち、背後を走る高速道路と橋の騒音は遠ざかり、霧は次第に濃く、青みがかってきた。マリヤは服の襟を引っ張り上げ、鼻を覆った。
人影が見えた。ミロシュも目で追っている。自分たちだけではないのだ。その影はよろめくようにして霧の奥へと消え、二度と姿を見せなかった。しかし、霧の向こうからは次々と別の顔が浮かび上がり、不気味な声が聞こえるようになって、その数は次第に増していった。やがてラザルが杖のようなものに躓き、それが人間の骨であることに気づいた。
ただの骨ではない。まだ生きている人間の骨だった。
それは男の肉体だった。マリヤはこんな姿を、ニュースで見る百歳や百二十歳の、かろうじて言葉を発せるかどうかの老人の映像でしか見たことがなかった。だが、その老人たちでさえ、ここまで干からびて錆びたような色をしてはいなかった。その干からびた肉の塊は、かつて建物の一部だったであろう折れた柱に寄りかかりながら、彼らの方へ顔を向けた。
何事かを口にした。ヴァーサは目を丸くして聞き取ろうとした。だがヴァーニャが手で制止し、こう言った。
「あんたに話しかけてるんじゃないわ。この人はあんたのことなんか見えてない。『アケロン』に廃人にされた連中よ」
マリヤは耳を澄ませた。そしてすぐに後悔した。顎の骨の上に線が二本引かれたようなその干からびた口から漏れ出たのは、一つの声でも、複数の声の集合体でもなかった。それはまるで、ラジオのチューニングが合っていない時の、遠くのノイズのような音だった。雑音だけではなく、かといって人の声としてもはっきりしない。言葉は全く脈絡なく並べられていたが、奇妙な連想ゲームのようにどこかで繋がって溶け合っているようにも聞こえた。まるで、彼という「個人の殻」が削り取られ、全人類が共有する、理性を失った半ば狂気の意識の底が露わになったかのようだった。
何を言っているのか聞き取ろうとする前に、その体の頭部が落ちた。
ミロシュが目で追えないほどの速さで切り落としたのだ。彼は小ぶりなサーベルを鞘に収めるところだった。
「同情するな。これが本当の慈悲だ。こうでもしないと、こいつらは死ぬことすらできない」
彼らは、かつて工業地帯だったと思われる廃墟の跡を歩き続けた。屋根のない小屋や柱、かつて建物が建っていたことを示す基礎の輪郭、もはや何の役にも立たない工場設備――そのすべてが、悪臭を放つベタベタとした霧にさらされていた。
一歩進むごとに、おぞましさが増していく。指先から全身へと這い上がるような痙攣。顔を両手で覆い、自分の肌を掻きむしりたいような衝動……。
突然、霧の中から腕が突き出た。
幸いなことに、それはヴァーサの腕だった。
彼女はビクッとした後、その手をしっかりと握り返した。
「……もうたくさんだ。これを終わらせたら、それで終わりにしよう。もう二度とヨハネに会う必要はない」
マリヤは激しく頷いた。自分では認めるのが怖くて胸の奥に隠していた本音を、他人の口から言ってもらえたことで、それがようやく真実になったような気がして嬉しかった。
「あいつも、この状況もおかしい。どこかへ行こう。神学校なんてどうでもいい。あいつが俺たちを見つけられない場所へ行こう、それで終わりだ。あいつのために、どうして俺たちがこんな危険を冒さなきゃならないんだ?」
彼女は思わず彼を抱きしめた。
彼の目に驚きの色が浮かび――そして、計り知れない喜びへと変わった。彼も目を閉じ、マリヤの肩に腕を回した。
「お楽しみのところ悪いけど……」ヴァーニャが咳払いをした。
マリヤは慌てて体を離した。
「着いたわよ」
工業廃棄物の山の真ん中、ある区画に一軒の家が建っていた。
それは二階建ての館で、様式は……古典主義だろうか? アール・ヌーヴォーだろうか? マリヤは建築様式には詳しくなかったが、少なくとも百年か二百年は前のものに見えた。所々に彫像やレリーフがあしらわれたファサードは、なぜか真新しいように見える。館は庭に囲まれており、このどんよりとした霧の中でも、不健康なほど明るい緑色を保っていた。庭の木々は綺麗に刈り込まれており、もしこの館が別の場所にあったなら、大勢の使用人が手入れをしている光景が目に浮かぶだろう。しかし、柵に寄りかかるようにして家の周りに転がっているのは、先ほどと同じような干からびた数体の肉塊だけだった。彼らは虚空に向かってうわ言を呟き、存在しない何かに手を伸ばしている。
彼らは中へ入った。門も玄関のドアも鍵はかかっていなかった。ヴァーニャはラザルの鍵開けの才能を利用したくてうずうずしていたが、彼は面倒くさそうに断った。
広間に出た。左右には白い階段があり、上階の扉へと続いている。屋根にある小さな天窓から差し込むわずかな光が照らし出していたのは……。最初、マリヤにはそれが何なのか理解できなかった。彼女の脳は、個々のパーツを一つの具体的な物体として組み立てることを拒絶していた。まるで、幼い頃に英語の教科書で見た写真のようだった。そこにははっきりと「CABBAGE」と書かれているのに、カリフラワーのような淡い緑色の凸凹の塊が、何度見てもキャベツには見えなかったあの感覚。目の前にある、木片や鱗片、ネジなどが屋根のひさしのように何層にも重なり、波のように波打ってぶくぶくと蠢く塊も同じだった。
……蠢く?
その考えがまとまる前に、ヴァーニャが彼女の腕を力強く柱の陰へ引きずり込んだ。マリヤは膝から崩れ落ちた。
目の前が真っ白になった。
だが一瞬後、もしヴァーニャが引っ張ってくれていなければ、自分は一山の灰になっていたのだと気づいた。
入ってきた時の静寂は嘘のように消え去っていた。周囲は、工場の中にいるような轟音と炎に包まれていた。聞こえてくるのは、パイプオルガンの音色を不器用に繋ぎ合わせたような、人の声とは到底思えない音だった。
マリヤの脳が認識できなかったあの木片や金属の塊――それは「顔」だったのだ。
そして、その顔が招かれざる客に向かって炎を吐き出していた。
「クソ……」ミロシュが毒づくのが聞こえた。「なんだこの悪魔は?」
ヴァーサはただ、影からその光景を怯えきった目で見つめている。
「どうするの? 撤退する? 手ぶらで帰るっていうの?」とヴァーニャが言った。
「黒焦げになりたくないならな!」
大理石の床に反射する炎を見つめながら――鏡のようなその床に映る炎は、まるで意思を持った幻の液体のようだった――マリヤはヨハネの言葉を思い出していた。
『……君は心配しすぎだよ。術者たちは……いや、醜い真実を覆い隠すような呼び方はやめよう。異端者たちは、実にひ弱な存在だ。ほんの小さな動き、ほんの些細な術を使うだけでも、神に背く行為であるがゆえに莫大な代償を要求される。東方から来た真の“火を運ぶ者”たちが城塞を築き、指輪に悪魔を封じ込めていた時代はとうに終わったのだ。今や奴らは、下級の小悪魔を使役するだけでも自分の手足を切り落とし、目をくり抜かなければならない……。だからこそ、奴らは手品や幻覚で一般人を騙すのだ。君は決してその罠に落ちてはならない』
だが、なぜ急にそんなことを思い出したのだろう? もう一つ、何か引っかかることがあった――まるで、以前にも同じような光景を見たことがあるような……。
そして彼女は気づいた。実際に見たのではない。本で読んだのだ。
あの「ロードスの巨人」――彼女が恐ろしい脅威として想像していた謎の大物が、まるで三文小説に出てくるような安っぽい手品を使っていることに、彼女は少し拍子抜けした。
「……あれは悪魔じゃないわ」
「何だって!?」
「悪魔じゃないって言ってるの。『オズの魔法使』読んだことないの?あれはただの仕掛けだ。あの巨人だって、あんな化け物を召喚できるほどの代償を払えるわけがない。問題は、あの機械をどうやって止めるかよ」
ミロシュは、炎の放射とオルガンのような唸り声の合間を縫って、柱の陰から様子を窺った。
「小さな扉みたいなものが見えるが……」
ヴァーニャが止める間もなく、彼は駆け出した。そのシルエットが、再び噴き出した炎の中に消える。
そして、すべてが静まり返った。
その「顔」は、まるで最初から命など宿っていなかったかのように、だらりと口を半開きにして沈黙した。
彼らは恐る恐る物陰から姿を現した。
「ケーブルを切ってやったぜ!」部屋の反対側から、ミロシュの勝ち誇った声が響いた。
全員が安堵の息をついた。
マリヤはその顔を注意深く観察した。皺が深く刻まれ、顎のラインがはっきりとした、老人の顔だった。偉大で恐ろしい人物として思い描いていた通りの顔だ。両目の位置には二枚の鏡がはめ込まれており、見る者が動くたびに天窓の光を反射してギラリと光った。だが、そこにもう命の気配はなかった。その脅威は虚無へと向けられていた。
「よくやったな!」ラザルが満足げにマリヤの背中をバシッと叩いた。「あんたのこと、見くびってたよ」
どう見くびっていたのか問い詰めたかったが、今はそれどころではない。
「じゃあ、これは『巨人』じゃないのね……」ヴァーニャが安堵したように言った。「ロードスの巨人、か。名前にふさわしい出迎えだったわね。……でも、肝心の奴はどこなの?」
「……道は一つしかないみたいだ。俺たちを招き入れてるんだろう」
ヴァーサが焦げたシャツの灰を払い落としながら言い、階段の上にある扉を指差した。
ミロシュはサーベルの柄を握り直し、歯を食いしばった。
「向こうから来ないなら、こっちから行くしかないな……」
彼らは階段を上り、重厚な両開きの扉を開けた。
マリヤは立ち止まった。
目の前にヴァーサの背中が見える。
ヴァーサが自分の前を歩いているなら、それはごく普通のことだ。
しかし、先頭を歩いていたのはマリヤで、ヴァーサは列の最後尾にいたはずなのだ。
ゆっくりと振り返ると、愕然とした表情のヴァーサの顔があった。
「俺にもお前が見える……」ヴァーサが言った。
彼らは、先ほど玄関から入ってきた時と全く同じ部屋にいた。自分たちが階段の下に立っているのと同時に、部屋の反対側にある階段の頂上にいる自分たちの姿が見えるのだ。
「それってつまり……」
ヴァーサが「前の」部屋を振り返ると、列の先頭にいるはずのミロシュが驚いた顔をして立っていた。
「……じゃあ、どうやって外に出るんだ?」ラザルが不安げに小さな声で言った。
「今日はやけに頭の回転が速いわね」ヴァーニャが冷ややかに言った。「そうよ。入り口と出口が繋がってるなら、ここからは出られない……」
ミロシュの額に大粒の汗が浮かんでいた。
「おい……もう一回試してみようぜ。減るもんじゃなし」
彼らは再び階段を上り、両開きの扉を開けた。
そしてまた、同じ部屋に出た。
ミロシュは走り出し、さらに何度か同じことを繰り返した。他の者たちは、彼が向こうへ消え、そして後ろから戻ってくるのをただ呆然と眺めていた。
「どういうことだ!? これで終わりか? 閉じ込められたのか?」ミロシュが叫んだ。「お前たちの言うことなんか聞くんじゃなかった! やっぱり最悪の提案だったんだ。あのヨハネって奴も最初から胡散臭かった! どうするんだよ? 人間は食い物がなくても二週間生きられるが、水がなきゃ三日しか持たないんだぞ……!」
ヴァーニャは顔をしかめ、黙って彼を見つめていた。
「もしかして、あのチャイニーズ・フィンガートラップみたいなものかもしれないな」ヴァーサがぽつりと言った。
「チャイニーズ・フィンガートラップ?」
「筒に両方の指を突っ込むおもちゃだよ。抜こうと引っ張れば引っ張るほど、きつく締まるやつ……まあいいや。つまり、俺たちが家の奥へ進もうとしているから、こうなってるんじゃないかってことだ」
「意味が分からないわ。どういうこと?」
「出口に向かって進んでみたらどうかってことだよ」
ミロシュが顔をしかめ、歯を剥き出しにして彼を睨みつけた。
「何を馬鹿なことを! 何の根拠があってそんなこと言ってんだよ!」
「やめなさい」ヴァーニャが制止した。「試してみても損はないでしょ」
彼らは階段を降りた――ミロシュは新鮮な空気を求めるように、半ば駆け下りていた。
彼が何かを言いかけたその時、彼は「玄関」の扉を開けた。
突然、温かい空気が彼らを包み込んだ。肌を焦がすような荒々しい炎の熱ではない。暖炉の中で飼い慣らされた火の、窓を叩く雨音に答えるような心地よいパチパチという音と温もりだった。
そこは図書室だった。床から天井まで届くほど大きな窓からは、霧に、そして今はすっかり夜の闇に包まれた橋が遠くに見えた。まるでこの図書室が、外から見た館の高さよりもずっと上の階にあるような、あり得ない光景だった。焦げ茶色のフローリングの上には分厚い絨毯が敷かれ、本が整然と並べられている。そこは確かに、誰かが生活し、家として機能している空間だった。
そして、部屋の反対側、暖炉のそばの薄暗がりに――
姿が見えるよりも先に、声が届いた。それは異様なほど柔らかく、優しさに満ちた歓迎の声だった。
だが、その姿を一目見た瞬間、彼らは悟った。その声に宿る美しさは、すでに消滅した星の光が地球に届いているのと同じ、かつての残像に過ぎないと。その背の高い男の顔は、モザイク画のように焼け焦げた皮膚の塊がまだらに貼り付いており、無残に醜く歪んでいた。マリヤの視線が彼の袖口に落ちる。袖は不自然にだらりと垂れ下がっていた――彼には片腕がなかったのだ。灰色の毛が混じった茶色い長髪が、その顔を縁取っていた。
ヴァーニャが両手をきつく握りしめ、ラザルは獣のような唸り声を漏らした。マリヤは、「喰い屋」たちがこの男をよく知っていることを思い出した。
男の顔には、揺るぎない落ち着いた笑みが浮かんでいた。手には長いガラスの杖を持ち、そこに彼自身のシルエットが映り込んでいる。彼は足を引きずるようにして一歩前に出た。
ミロシュは無言のままサーベルを抜き放ち、彼に襲いかかった。
しかし、男が杖の先で軽く触れただけで、サーベルはミロシュの手から弾き飛ばされた。分厚い絨毯が音をすべて吸収し、サーベルが落ちる音さえしなかった。彼らの動きはすべて、音のないパントマイムのように見えた。この空間の静寂そのものが、主を裏切るまいとしているかのようだった。
「……ヨハネは、俺たちを殺されるためにここへ送り込んだんだな」ラザルが低い声で絞り出した。
「その通りだ」男が答えた。「最近じゃお前のような犬の方が人間より賢いくらいだが、知恵があるだけではどうにもならないこともある……」
ラザルに向けられたその声は、どこか哀れみを含んでいるように聞こえた。マリヤの気のせいだったかもしれない。彼女は恐怖で完全に麻痺しており、この粘り気のある空気の中では、思考さえも鈍りきっていた。
「そして君は?」
男はマリヤの目を真っ直ぐに見据えた。ただそれだけで――捕食者が獲物を前にした時のような、交渉の余地など一切ない絶対的な生物学的事実を突きつけられたように――彼女の全身は完全に凍りついた。
「彼に何を言われて来た? 連中が仕事をするか見届けろとでも? あぶれ者の寄せ集めじゃ役不足だと、彼に伝えてくれないか」
男が口を閉じると、聞こえるのは暖炉の火が爆ぜる音だけになった。彼の背後には鏡があり、そこに映る彼の影が、現実の彼よりもさらに大きく、威圧的に見えた。
「さて……気まずい沈黙は好きじゃないんだ」その柔らかくしなやかな声が告げた。「もう話すことはないだろう。さようなら」
彼は再び杖の先に触れた。
ヴァーニャが素早くポケットからメダルを取り出し、手のひらに叩きつけた。
部屋全体が漆黒に染まった。
最も濃い煙よりもさらに濃い闇が、部屋を満たした。
その闇を切り裂くように、男の咳き込む声が響いた。そして、少し乾いた途切れ途切れの声で、呪文を詠唱し始めた。
「……егда се алазаспода, да литургисат, да станеши, ветар в јаблку ока ……」
(……主よ、祭壇に立ち、汝の業をなしたまえ。瞳の奥の風よ……)
男の口元から、まるで最初から存在しなかったかのように、闇の霧が晴れ始めた。彼が親指と人差し指で口の周りに輪を作り、その隙間から息を吹きかけることで霧を払っているのだとマリヤは気づいた。
ヴァーニャがポケットに手を突っ込む。ミロシュとラザルは両側から男に飛びかかった。
しかし、男は一歩も動かなかった。
手にしたガラスの杖を、近くの鏡に叩きつけて粉砕した。
マリヤは一瞬、あり得ない方向へ伸びる影――反射像――を見た。それは暖炉の火からではなく、彼女の方へ真っ直ぐに向かって伸びていた……。
彼女は床に倒れていた。
真っ暗闇の中で手探りして、ようやく自分が倒れていることに気づいた。
頭に手をやる。
しかし、頭痛の原因は打撲や怪我ではなかった。すぐに気づいた――鼓膜が両方とも破れているのだ。
彼女の体は、瓦礫や紙の束で覆われていた。
誰かのくぐもった叫び声が聞こえたが、誰の声かは分からなかった。
ヴァーサの手が見えた。
神様、ありがとう……。
「聞こえる? 俺、自分の声もろくに……何が起きた……」
しかし次の瞬間、彼女は気づいた。その手に繋がっているはずの体の残りの部分が見えないことに。
彼の体の上には、部屋にあった巨大な本棚の一つが丸ごと覆い被さっていた。
本はほとんど散乱していなかった。本が落ちる暇もないほどの猛スピードで、本棚が倒れてきたのだ。
マリヤは、肺の奥底を引っ掻かれるような違和感を覚えた。
震えが始まった。手や足からではなく、首と頭が繋がっている脊髄の根元から。目の前の光景が、彼女を文字通り真っ二つにへし折ろうとしているかのようだった。
彼女は、なぜ肺が引っ掻かれるように痛むのか、そして誰が叫んでいるのかを悟った。それは彼女自身の喉から出ている叫び声だったのだ。
彼女が状況を把握し、目の前の惨状を言葉にして現実のものとして受け入れるより前に、彼女は『巨人』の姿を視界に捉えていた。
彼だけが、無傷で立っていた。
彼女にとって、それは現実世界に生じた決定的な綻びのように思えた。。何が起きているのかという認識が浮かび上がるにつれ――彼女はずっとその認識が具現化するのを心の隅に押しやっていたのだが――ヨハネから教わった言葉が唇からこぼれ出た。それは特に危険で、口にした者自身の命さえ奪いかねない呪文だった。それでも彼女は唱え続けた。唱えなければならなかった。きつく握りしめた手のひらの爪跡から、血が滴り落ちていた。
苦々しい静寂と、舞い散る埃に満たされた空間に、一枚の白い羽根がゆっくりと揺れながら舞い降りた。そして二枚、三枚と……。
『巨人』は一瞬、恐怖に顔を歪めて彼女を見た。
そして、きびすを返して逃げ出した。




