マリヤ 其の七
「弟は神父になりたいらしい。そうすれば俺はならなくて済む……。でも、親父にはまだ何も聞けてないんだ。今は遺産相続のことで喧嘩ばかりしてるし。身内で金の揉めごとを起こすような奴が神父だなんて笑えるよな。休みはゲームばっかしてた……。お前はどうしてた? 試験の方は……」
ヴァーサの早口で時折とりとめのない話を、マリヤは完全には追いきれなかったが、他人の平和な日常の愚痴に、彼女は不思議と慰めを感じていた。二人は、すれ違う大勢の学生たちを避け、所々に残る雪解けのぬかるみをよけながら、階段をひたすら上っていった。
ヨハネはいつもより晴れ晴れとした顔をしていた。彼の青白い頬には普段とは違う、どこか健康的な血色が差しているように見えた。彼はマリヤを見つめた。その黒に近い瞳には、温かな満足感が浮かんでいる。
「赤の連中を援助している黒幕の正体を突き止めたよ。奴の資金力があるからこそ、あれだけの盗みを働いた後でも逃げ隠れできるんだ。奴の政治的な影響力も大きな役割を果たしている……。まあ、そんなことはどうでもいい。今、奴は『ロードスの巨人』なんていう馬鹿げたあだ名で呼ばれている。奴を潰さなければならない」
その言葉に、マリヤは不意を突かれた。なぜ彼は『殺す』と明言せず、『潰す』などという曖昧な言葉を、まるで子供をあやすかのように優しく口にするのだろう。それで一体何を達成しようというのか。
「嫌よ。私は誰も殺したくない」 彼女はきっぱりと言い放った。
「もちろんだ。私だってあなたに殺人をさせたいわけではない。君が手を下す必要はない。君はただ、連中がきちんと仕事をするか見届けるだけでいいんだ」
マリヤは顔をしかめた。ヨハネの提案は、先ほどの言葉と大して変わらないように思えた。
「……もちろん、無理強いはしないよ。ただ、君はこの世界の真実を見極めたいと願っていると思っていたんだがね。なぜ君が特別な力を持っているのか、なぜこの世界がこんな風になっているのかを。人間にとって、己が生まれた真の目的を知る日こそ、人生で最も美しい日だとは思わないか?」
気まずい沈黙が流れた。しばらくして、その沈黙を破ったのはヴァーサだった。
「そもそも、その『ロードスの巨人』って誰なんですか?」
ヨハネは軽蔑するように彼を見下ろした。 「異端者の一人だ。奴の本当の名前を知る者は少ないが、私は見当がついている。かつては非常に名のある人物だったが……身内の問題で失脚した男だ」
マリヤは依然として黙り込み、口を開こうとはしなかった。
「教会の役割については説明したはずだ」とヨハネは言った。「我々は奴らをある程度泳がせている――長いリードで繋いでいるんだ。だが、狂った獣など誰の役にも立たない。人間も同じことだ。だから、鎖を引いて制御しなければならない」
*
一体何が、私の人生をこんなにも狂わせてしまったのだろう? 眼下に広がる街並みを見下ろしながら、マリヤは自問した。絶え間なく吹く風が彼女の髪を乱すが、そこまで冷たくはなかった。まだ少し息を切らしているヴァーサの呼吸が、徐々に落ち着いていくのが聞こえる。彼らは今、街を見下ろす丘を登り切ったところだった。
彼女はこの狂った世界から目をそむけたかったが、見ないふりをすれば、かえって不安が押し潰してきそうだった。「魔術なんて存在しない」と強く否定すれば、幻のように消え去ってくれるのだろうか? 眼下で静まり返る街を見つめながら、彼女はあることに気づいた。やはり、故郷の村の、退屈な日常が恋しかったのだ。あそこなら、怪物や魔術など、自分の想像の中にしか存在しなかったのだから。
「喰い屋? 喰い屋って何? 一体何を食べるの?」信じられないという顔でヨハネに尋ねた時、彼は「いずれすべて分かる」とだけ答えた。
丘の上に、大きな笑い声が響き渡った。ヴァーサの笑い声も混じっている。 本当に――一体何が、私の人生をこんなにも狂わせてしまったのだろう?
しばらく歩くと、ゴミの山に囲まれた小さな木立に行き着いた。マリヤがその異様な光景に気づくまでに数秒かかった。そこにある巨大な石の塊は自然の岩ではなく、あちこちに散らばった忘れ去られた墓石だったのだ。かつての墓地という形を失い、完全に荒れ地に飲み込まれている。墓石に刻まれた年号の多くは18世紀のものだった。
そして彼女は、一人の男がその墓石に齧り付いているのを見た。
マリヤは悲鳴を上げて飛び退き、その声にヴァーサもハッとした。彼女はきびすを返して逃げ出しそうになった。それは恐怖というより、純粋な混乱からだった。
男が振り向いた。あばた顔の若い男だった。着ている服は古いが上等なもので、明らかに彼よりもずっと大柄な人間のものだった。彼は鈍く無関心な目で二人を見つめていたが、やがて何かを思い出したように目を輝かせた。
こうして彼らは、ラザル、ミロシュ、そしてヴァーニャと出会った。 (「それ、男の名前じゃないの?」とヴァーサが口走って慌てて口を覆うと、ヴァーニャはただ苦笑いをして「知ってるわ」と返した)
ラザルはすぐに墓石を齧るのをやめた。立ち上がり、何事もなかったかのようにネクタイを直した。
ミロシュ――長身でがっしりとした体格の、落ち窪んだ黒い目をした男――が二人の後ろに立っていた。
「喰い屋?」ヴァーサが困惑したように尋ねた。「何を食べてるんだ?」
ヴァーニャは頬にえくぼを作って微笑み、ラザルにちらりと視線を向けた。 「正確に言うと、食べるのは彼だけで、私たちはその名前を借りてるだけなんだけどね」 「まだよく分からないんだけど」マリヤはようやく口を開いたが、声は緊張していた。「あなたたちは何者なの? やっぱり魔術師――」
ヴァーニャは勢いよく手を振って遮った。 「違う違う、ミロシュと私は至って普通よ。ラザルは……正直なところ、私たちも彼が何者なのかよく分からないの。彼は基本的に何でも食べられるから、いろんな連中が証拠隠滅のために私たちを使うのよ。それが私たちの一種の仕事ってわけ」
「でお前らは誰だ?」ミロシュがぶっきらぼうに尋ねた。 彼はマリヤの目をじっと見据えていた。マリヤが背筋に嫌な悪寒を感じて目を逸らそうとした瞬間、彼の口角がわずかに上がった。 「なんだ、お前も『術』を使えるのか!」
「違う、私は……あなたたちとは違う。私たちは……」 マリヤは戸惑いながらヴァーサの顔を見た。 「……教会側なの。ヨハネに言われて来たの」
「みんな怪しいんだから、いじめないの」ヴァーニャがミロシュをたしなめた。「そう、私たちを見つけたのもヨハネよ。私たちは……まあ、長い間あの『巨人』の下で働かされてたの。好きでやってたわけじゃないけどね。私たちは少し……」 「タマ握られてたんだよ」花に止まった甲虫を見つめながら、ラザルがボソッと言った。
「……そういうこと。断れる状況じゃなかったの。もちろん、『巨人』っていうのはあだ名よ。本当の正体は知らないわ。でも『術者』、つまり魔術師の一人で、しかも大金持ちよ。誰にも見つけられたくないヤバい代物を処分するのに、私たちを使ってたの。ラザルがそれを食べてたってわけ」
ラザルが激しく首を縦に振った。
「……でも、奴は私たちを裏切って、ラザルは危うく死にかけたの。おそらく私たちを始末するつもりだったんでしょ。知りすぎたからね。私たちの目的はヨハネと一致してるわ。彼がどうやって私たちを見つけたのかは知らないけど……この機会に『巨人』を片付けたいの。奴は図に乗りすぎた。今出回ってる『アケロン』のほぼ全量が、奴を経由してるわ」
「アケロン?」マリヤが聞き返した。 「『術者』の文化では何か宗教的な意味があるらしいけど」ミロシュが言った。「俺たち一般人にとってはただの強力なドラッグだ。一度ハマったら二度と抜け出せない」
マリヤは、かつてヨハネから与えられた、冷たくて、それでいて燃えるようなあの数滴の液体を思い出した。
「分かった。で、どうやって『巨人』を見つけるの? 私たちは何をすればいい?」
「奴は自分の屋敷から一歩も出ないらしいわ」ヴァーニャが答えた。「だから、私たちが乗り込むしかないの」
マリヤは、ヨハネが「異端者」と呼び、あれほど情熱を込めて語っていた「術者」の存在を、今まで一度も見たことがないことに気づいた。奴らは一体何ができるのだろう? ほんとうにヨハネの言う通り、魔物たちを従わせる代償として、自らの肉体を差し出しているのだろうか……?
ミロシュは彼女の不安を察したようだった。彼はスーツのポケットに手を突っ込み、一つのメダルを取り出した。銅に似た黒ずんだ金属が、夕日を反射して鈍く光っている。表面にはイエス・キリストの姿が彫られており、その手には鎖のようなものが握られていた。マリヤが目を凝らすと、鎖の先は……何かに繋がれているようだ。何だろう? 長年の汚れと黒ずみのせいで――少なくとも百年は前のものに見えた――はっきりとは分からなかったが、鎖の先にあるのは、中が空洞になった巨大な丸太のように見えた。
「これさえあれば安全だ」




