26 新しい朝と進化と昔話
朝の八時ごろだろうか。
俺はただいま、コボルドの村の一番大きな家のベランダで蒸したお茶をカップに注いでいた。
「……ふぅ、いい香りだ」
立ち昇る独特の茶葉の香りに心が落ち着く。
この異世界の転生した頃、俺は手製のブレンドティーを毎朝、飲むのが日課となっていた。
前世で、一度だけ自分で配合した茶葉でお茶を飲みたい思った。幸い、茶葉の加工とブレンドの知識は花娘から仕入れることができたので、茶葉の代わりとなる薬草や果物などを入手しては暇なときに茶葉をブレンドしているのだ。
そのためアイテムボックスにはいつでも飲めるよう俺が独自に配合した茶葉がシリーズごとに詰めた瓶とティーセット、さらに椅子と机が入っており、どんなところでもティータイムが楽しめることができた。
今回は、身体の気怠さを取り除くためミント風のブレンドティーにした。
香りを吸い込むと鼻から喉にかけて透き通るような爽快感。一口飲めば、ミントの清涼感、甘酸っぱい酸味が口に広がり、体中が怠さが消し飛ぶ。
あー、お茶がおいしぃ――
「孫娘殿ぉぉおおおお!! そこをどいてくだされぇえええ!」
「あの豚ぁああああああああ! よくも村の女どもを食い漁りやがったなぁぁああ!!」
「孫娘殿がいるよいうのになんという絶倫なのだ!」
「しかも女王様までノックアウトとかとんでもないドSだぜあいつ!!」
「くっそ! 俺たちが寝ている間に俺たちの娘たちを!」
「憧れの姉と大事な妹が……!?」
「おれ、 幼馴染のあの子と伴侶になる約束をしてたのに……!?」
「というか、なぜ俺の妻まで乱交に参加してるわけ!?」
目の前で憤怒にかられた雄犬たちが吠えまくる。
今すぐにでも、俺を袋叩きにする勢いだ。
だが――
「……邪魔」
ブッォーン!!
「「「「「ぎゃぁああああああああああ!?」」」」」
迫りくる男たちを俺の前に立つ美女が振るった剣撃の風圧で吹き飛ぶ。
その突風は自動車をひっくり返すほどの凄まじい威力だ。
一般人だったらタダでは済まないが……あっ、立ち上がった。
やっぱり、丈夫だなコボルドって。
「……あなたたちの嫉妬は理解……できる。けど、あの娘たちの意思を尊重するのも……大事」
「しかし孫娘殿!!」
「それに、彼女たちはあくまで恩返しの一環……興味本位による体験。心まで、弟にあげたわけじゃ……ない。本人たちもそう述べているし、ちゃんと避妊は守っている」
美女の言う通り、昨晩の乱交に参加した雌犬たちは花娘から事前に渡された薬とアイテムで避妊している。
なので誰一人、俺の子を孕んではいない。花娘の検査で確認済みだ。
策士のくせに、そういうところはしっかり区別してるところが性質が悪い。
だが、一夜で三十人以上の雌犬のパパにならなかったことに、正直ほっとした。
ガチで、責任とらないといけないかと診察結果が判明するまで不安だった。
「分かっています。我々魔物は強い者と交配したくなるのが性」
「本気、惚れているわけじゃないことは、伴侶として彼女を信じています……」
「でも……だからといって」
「「「「「我らのあこがれの長の孫娘様と女王様の処女を奪った野郎を絶対に許すせるかぁあああああああああああああ!!!」」」」」
あ、怒っているポイントはそこか。
まぁ、彼にとって犬娘は彼らの長老の孫娘であり、大事な娘であり憧れの存在。
そして、花娘は彼らに新たな性癖を開かせた愛おしいご主人様。
この二人から愛情を独占する俺に嫉妬するのは当然の摂理だろう。
ほんと、はた迷惑なことだ。
「……そう、だったら」
美女が剣を鞘に納め、右手を押す犬たち向ける。
途端、掌から巨大な魔法陣が展開した。
「私は義姉として、義弟を傷つけようとするあなたちを排除する」
「え、ちょ、孫娘様……!?」
「我々を相手に、本気で魔法を放つつもりですか!?」
「しかも、進化する前より魔力が上がってません!?」
動揺する雄犬たち。
美女の圧倒的な魔力量に、危険を感じて逃げる挙動を取ろうとするが――遅い。
「熱き水の龍――熱湯激龍波!」
ドッバァアアアアあああああああん!!
魔法陣から滝と思わせるほどの熱湯が出現。
熱湯の巨龍のごとく、雄犬たちを飲み込んだ。
「「「「「あっちぃいいいいいいいいいいいいいいいい!?」」」」」
雄犬たちは悲鳴を上げ、そのまま遠くのほうへ流されていく。
ちなみに、彼女が使った魔法は害虫駆除兼防衛手段用に花娘が開発したもので、温度は最大一千度だとか。
まぁ、親族相手だしきっと手加減はしているはずだ。一様、火傷用の薬を用意しておこう。
「……お掃除、終わり。……オーズ、私にもお茶」
「はいよ、お茶菓子のクッキーもあるから一緒にどうぞ、――“義姉さん”」
俺は美女――義姉のシャルロットに茶を用意した。
人間になっても無表情のままだが、一瞬だけ見せる綻んだ微笑に不覚にも可愛いと思ってしまうのであった。
■■■■
「ふぉっほぉぉ、朝から仲良しじゃのう」
「あっ、長」
犬娘とティータイムを楽しんでいると彼女の祖父であるカイジさん――祖父犬がやってきた。
俺はアイテムボックスから彼の分のティーセットを取り出しお茶を差し出す。
「うむ、ありがとう。にしても、日々鍛錬を重ねても進化できなかった孫が一晩で進化するとはのう。それも、処女を捨てだけで」
「ぐぅッ、その言い方やめてくれません? いや、事実そうなりましたけど!?」
魔物と魔族は、五段階ごとに個体が進化していく。
生まれて間もない頃は未進化体。
そこから年月とレベルを積めば第一進化体。
さらに成長末期の第二進化体から最強の個体である第三進化体。
最後に幻とされる神に近い究極個体の第四進化体。
大抵の魔物は第一進化体へとなるものの、なぜか俺と犬娘、ついでに花娘はその形態にはならなかった。
花娘によれば、未進化体から二段階の進化体並みに強い個体はなにしらの条件を満たさなければ、進化することができないらしい。
俺は元から強かったため(育成ゲーマー的に興味があるが)そこまで進化にこだわらなかったが、犬娘のほうはほとんどの者が進化しているコボルドの集落の長代理という立場的からして進化できるよう十五年も努力をし続けてきた。
が、まさか処女を捨てただけで進化できるとは、さすがの花娘も想像していなかったようだ。
俺的には、目を覚ましたら犬頭の義姉が人間なったことが一番の驚きだけど。
「しかも、母親と同じ魔人型とは。その顔つき、あ奴とよく似ておる」
「顔つき? こいつの母親はコボルドじゃなかったのか? それに魔人型って……」
「うん、母はコボルド、で間違いない。ただ魔人型だから人間と同じ顔つき……してる。私と同様見た目、獣人ぽいけど……種族は魔物であることには変わりは……ない」
犬娘の説明によれば、魔物や魔族が進化すると一定の確率で人間の特徴をもつ魔人型が誕生するらしい。
また、同じ個体に進化した物でも片方が魔人型だとそちらのほうが強く、レアなスキルを獲得するという。
で、そんな魔人型になった今の犬娘のステータスはこうなっています。
シャルロット
種族:ハイ・コボルド(魔人型)
LV:110
HP:61200
MP:20640
SP:56400
筋力:4700
耐久:5100
敏捷:14300
魔力:1720
知力:1900
器用:15900
エクストラスキル:《求道の叡智》《魔獣の肉体》《狩猟の極意》《魔剣の担い手》
進化したことによりレベルが一気に100を突破。
今まで獲得したスキルは統合されエクストラスキルに変化。
にしてもずいぶん、スキルが爆盛りの俺にくらべて、すっきりしたなぁ義姉のステータス。
総合的な戦闘能力はスキルなどを合わせれば、俺とほぼ五分五分かそれ以上だろう。
敵対しないよう注意しないと。
おもに、ベッドの上で!
「そういえば、シャルロットの母親ってたしか……」
「うん、十七年前とある魔獣による襲撃で父共に死んだ」
「……すまん」
「うんうん、謝らなくていい。これも弱肉強食の掟……仕方のないことだから」
静かにお茶を啜る犬娘。
表情が出にくいが、悲しいんでいるのは感じ取れる。
「だが、死体は確認されてないなら、客観的な希望をもってもいいはずだぜ、嬢ちゃん」
突如、俺と犬娘の間にゼクトのおっさんが割り込みテーブルに置かれたクッキーを頂く。
「あの女が魔獣ごとで死ぬたまじゃねぇ。必ず生きてる。俺は今でもそう信じている」
「……あんた自己中心な野郎だと思ったけど、やけに義姉の母親のこと気にかけてるなぁ」
「うん、私の母と、いったいどういう関係?とても……気になる」
俺と犬娘がゼクトのおっさんを見つめる。
今までの祖父犬とおっさんの会話から察するに、犬娘とおっさんとは密室な関係であるのは確かだ。
俺たちの視線におっさんは言いにくそうに頬を掻くも、第三者からの言葉が会話が紡がれる。
「ほっほほほ、なんせこやつは我が娘とは同じパーティーに所属していた冒険者だからのう。男女混同のパーティーなら一夜の過ちが何度あってもおかしくはないじゃろうって」
「おい、ご老公……」
「え、まじで?」
「……残念ながら、あいつとはそう関係じゃねぇよ。俺たちはせいぜい互いにセクハラをするだけの清く正しい悪友関係なだけださ」
そう言いながら、おっさんは懐かしそうに三十五年前のことを語り出す。
当時、おっさんは駆け出しの冒険者でありながら、膨大な魔力と強力な魔法をもつ最強の魔法使いであり、同時に金にうるさく欲望に忠実というダメな人間でもあった。
彼は探索が制限されていたリーベルク樹海を無断で侵入し、大金になる素材を手に入れようとした。
「バカでっかい黄金の殻を纏った亀と出会ってな。こいつを狩れば大金に換金できると思って、自慢の魔法で仕留めようとしたとき、突然、あの女が現れて、手に持ってた槍で亀を突然真っ二つに両断しやがった。それどころか、俺にまで喧嘩を売って襲ってきやがった。あの時はマジ死ぬかと思ったぜ」
「……あの女って、もしかして私の母……?」
「そうだ。まだ魔人に至り、力を持てあやしていた、おぬしの母でありワシの娘じゃよ」
祖父犬によれば、犬娘の母親は相当な問題児らしく、根っからの戦闘狂だという。
娘が戦闘狂、親も戦闘狂だな。遺伝という奴だろう。
「ただでさえ腕っぷしが強いうえに魔人だからのぉ。あ奴を止めれる者はこの集落どころかこの樹海の生き物でも無理じゃったわい」
「ほんと、とんでもねぇ化物が産みやがって、この樹海は。おかげで三日三晩、休みなしで戦う羽目になっちまった」
「よく生きれたな、おっさん」
「伊達に、最強の魔法使いは名乗ってはねぇーからヨ。ただ、最後にお互い疲労で倒れてなちゃぁ、どっちかが死んでいたかもしれん。おっ、このイチゴジャムのクッキーうめぇなぁ」
クッキーを頬張りながら、おっさんはさらに語る。
三日三晩戦い続け、引き分けに終わったおっさんと犬娘の母親は互いを認め合う親友になった。
そして、おっさんから冒険者のことを知った犬娘の母親は外の世界での冒険を魅了され、彼と共にパーティーを結成し、加入してきた大勢の仲間と共に冒険に挑んだ。
――パーティー名《栄光の愚者》
活動期間わずか五年で、愚者の如く無謀な依頼や偉業を挑みつづけ、数々の栄光と実績を欲しいままにした伝説の冒険者パーティーである。
「パーティーを解散してから十年後、ご老公からあいつが死んだと聞かされた時は俺と仲間たちは耳は疑ったさ。とくに、あの貴族様は一番信じて無くてな。当時、樹海に軍を率いて突入しかけたこともあって。そりゃあもう大変だったぜ、たく」
「あの時は戦争になりかけて、冷や冷やしたわい」
愉快に笑うおっさんと祖父犬。
いや、さらっととんでもないこと言ってない、この二人?
戦争が起こりかけたとか、なんか物騒なんだが。
「おっさん。もしかしてあんたがギルドマスターをしているのは、義姉の母親の安否を確認するためか?」
「いいにゃ。ギルドマスターになったのはアイツの死亡報告が届く前だ。マスターになったのは成り行きでな。ただこの役所が気にってるぜ。支部の金で旨い飯と酒が飲めるし。ギルドのかわいい子とイチャコラできるし。ほんと、権力ってすばらしぃもんだ」
「……そのうち横領とセクハラで捕まるぞ」
「大丈夫大丈夫。ちゃんとこまめに握り潰してるから」
それってつまり、もう何度も証拠隠滅してる意味だよなぁ?
どんだけあくどいことしてるんだか……。
「まっ、俺としてはこの土地を守りたいってこと第一だな。なんせ、この森は俺とあいつが出会った場所だ。誰であろうと、俺たちの大切な思い出は壊させはせん。――どんな手を使ってでもな」
一瞬、ちゃらんぽらんな表情から一転して、鋭い目つきになるおっさん。
その瞳に奥に、強き覚悟の意思と――どす黒い殺意を宿していたことを俺を見逃さなかった。




