24 恋と愛と怠惰で社畜な前世
第三者視点です。
「あー疲れた……」
月が真上に上る深夜。
オーズは酷使した体をほぐしがら、仮設で建てた寝室用の小屋に向かっていた。
「ったく、あのおっさんめぇ。急にカツレツを食べたくなったからオークの俺に作れって、セクハラかよ。こんな野宿みたいな場所で、そんなフレンチ料理が注文するとかどういう神経してんだか……。まぁ、俺もカツレツ好きだし。豚の魔物もちょうどよくあったし。手元にある材料で工夫してなんとかして作れたし。味は最高だってほかの奴らも褒めていたし。それはそれでこっちも満更でもないけど、こっちとら、追加の料理と犬どもの接待でクタクタなんですよ! ただでさ牢屋にぶち込んだDQN候補生どもの差し入れの料理も作らないといけなかったし! というか俺、今日一日ほとんど料理してない!? 三時ごろから仕込みして料理して、二次会始まったら、犬ども全員が飲み食い初めちゃって追加の品一人黙々と調理してた記憶があるんだけど! というか、さっきから何独り言を呟いてるんだ俺!? 働きすぎておかしくなったのか!?」
と、ブツブツと愚痴と奇鳴を吠えるオーズ。
おそらく精神的な疲労による症状だろう。
先ほどのコボルドの長『ローニン』と冒険者ギルドの支部長『ゼクト』による居住計画と新たな下宿人たちのことでストレスを溜めてしまい今頃になって苛立が噴出してしまったのだ。
「……はぁ、とりあえず、寝よ。明日の昼前にはあいつらを住処まで連れて行く予定だから、朝一番にいろいろと準備しないといけないだろうし」
夜型である彼だが、今日一日の騒動と調理のし過ぎで疲労と眠気がピークに達していた。
布団の上に倒れればすぐに熟睡する自信がある。
「えぇ……あったあった。にしても、ほかの小屋より結構離れてるなぁ此処……」
コボルドたちの仮設住宅より百メートルほど離れた小屋。
ただし、馬小屋のような雑なものではなく、加工された木材で整備された立派な家であった。
巨漢であるオーズが寝るには十分なほどの大きさの平屋であろう。
「というか小屋か? 見た目普通の家なんだけど」
引き戸を開くと、中はワンルームになって大人二十人は雑魚寝できるくらい広く新築のようにきれいである。
「しかし、拠点で生産した木材を使っているとはいえ、半日でこんな家を建てるなんて……コボルド恐るべし」
部屋には机にランタン、フカフカの布団など最低限の日常品が置かれていた。
こちらも拠点で生産したものをコボルドたちに提供した品だ。
オーズは靴を脱ぎ、敷かれた布団へ近づく。
「ふぁ~、明日は早く起きないといけえないしさっさと寝よっと。今夜はあの二人がいないから。静かに眠れそうだし」
隙あらば夜這いする魔物娘たちはメスのコボルドたちと女子会するとかで、雌のコボルドたちが寝泊まりしている仮設住宅にいる。
これにより真夜中の運動会が中止になったことに安心感を得たオーズ。
ランタンの明かりを消し、布団をめくり上げ――
「……いらっしゃい」
「…………」
すぐさまめくった布団を元に戻す。
おかしい。
いないはずのモノが布団に中にいたような気が――。
もう一度、布団をめくり上げる。
「……オーズ、ぼーとしてないと早く私と温まろう?」
スケスケのネグリジェを着たグラマーなメスケモノ義姉が居た。
「って、なんで此処にいる犬娘ぇ!?」
大声で叫ぶオーズ。
驚きのあまり後退しようとその瞬間、天井から触手が伸び、彼の四肢を拘束する。
「おっと、わたくしも居りましてよ!」
オーズが天井を見上げると、そこには触手で天井に張り付くラウラの姿があった。
逆さまになって、笑いながら見下ろす少女の顔はある意味ホラーである。
「ラウラ!? おまえらmほかの犬娘たちと女子会してるんじゃなかったのかッ!?」
「おっほほほ、もちろん女子会をやってましたわよ。ただ、とある都合上により会場場所を変更したまでのこと」
天井から床へ着地したラウラが言う。
オーズは彼女の言葉に察知して窓や扉のほうに目を向けた。
シャルロット同様卑猥な恰好でこちらを覗いていた雌のコボルドたちがいた。
しかも、全員が発情した獣ような目をしていた。
「(もしかして、嵌められた!?)」
ほかのコボルドたちの仮設住宅よりも広く、彼らの住まいから遠く建てられた一軒家。
ここならどれだけ来客が来ても、騒いでも周りに迷惑は掛からないだろう。
つまり、ここは周囲から孤立した監獄。
もしくは一匹の豚を食い荒らすための餌場。そのイメージが彼の脳裏に浮かんだ。
「ぎっしししし、どうやったらあなたさまと一線を超えることができるのか女子会でみなさんと相談した結果、いっそ完全包囲で攻めるということになりました。酒池肉林作戦ですわ」
「それにみんな、オーズにお礼したいから……平等に愛せるようにこうして集まった……わけ。全員、オーズに抱かれたいんだよ」
ラウラとシャルロットの言葉にオーズは絶句する。
全員人外だが、体型はグラビアアイドル並みに卑猥でエロく、女体に興奮する思春期の男児なら喜んで乱交を受け入れてただろう。
日ごろの魅了行為で、美女と美少女であるシャルロットとラウラに性的興奮をもっているオーズにとってなによりもうれしい展開だが、半分は残念ば気持ちだった。
なぜならば――
「オーズ……」
シャルロットが触手で拘束されたオーズの体にゆっくり抱き着く。
甘く澄み切った声色にドキッとするオーズ。
彼女は彼の胸もとで言葉を紡ぐ。
「私は、あなたのことが好き……。義姉として、一人の女性として、あなたのことが……大好き」
「……」
「あなたが望むなら、番になって、あなたの子供……産んでもよかった。けど、あなたは私との番を望まなかった……子供を望まなかった。だから、あなたの意思を尊重して、一線を乗り越えないようにしていた。……あぁ、たまにエッチな意地悪はしたけど、あれは本意じゃないのはたしかよ。ほんとよ。ラウラは知らないけど」
「おや、シャロットさんだけ清純を装うなんてひどいですわ。ともに、苦い汁を飲み合った仲だというのに……わたくし、悲しいですわ……!」
棒読みでウソ泣きするラウラ。
そんな彼女にシャルロットは頬を赤くしながら苦笑する。
しかし、いつもなら「痴女どもめ」とオーズのツッコミが入るのだが、彼は黙ったままであった。
「でも、今日、あなたに助けられて、本気であなたのとなりに立ちたいと思った。あなただけの番になりと本気で思ったの!」
「…………」
「だから、私をあなたと繋がりたい。深く、強く、愛し合いたい。魔物としてまだまだ未熟で、強い貴方とは釣り合えないかもしれないけど、私はあなたのすべてが欲しい。代わりに私のすべてを挙げる。だからどうが私と――」
「・・…悪い。それはできない」
シャルロットが言い切るまえに、オーズが言葉を切った。
彼の言葉に、絶望したような顔をするシャルロット。
「どうして? どうして、私たちと拒むの? 私のなにがいけないの? コボルドだから? 子供が生まれるのが嫌だから? それとも人間の女のほうが――」
「違う。そうじゃない」
困惑する彼女に、落ち着かせようとするオーズ。
しかし、それでも悲し気な表情でシャルロットは言い詰める。
平屋を囲む雌のコボルドたちが二人の様子に心配する中、触手でオーズを羽交い締めしているラウラが――
「……あなたさま。こういうのは卑怯かもしれませんがわたくしには《秘密看破》があります」
彼女の冷淡な言葉にオーズは一瞬硬直する。
「このスキルを使えばあなたさま内に秘めたものを暴くこともできす。どんなに黙秘しようが、言い訳しようが、わたくしには通用しません」
アルラウネであるラウラだけがもつ固有のスキル《秘密看破》。
相手が嘘や黙秘をしようが、秘密をさらけ出されてしまう。
オーズは歯を噛みしめ、どうすればこの状況を抜け出せるのか考える。
が、ラウラの次の言葉に回転していた思考が吹き飛んだ。
「なので、わたくしはこのスキルは使いません」
「……へ?」
スキルを使わないことに困惑するオーズ。
なにせ、彼女の性格上、この状況ならまちがいなく愉悦目的で使うはずなのだ。
しかし、彼女は使わないと宣言した。
フェイクかと考えるオーズにラウラは語る。
「わたくしがスキルを使わない理由はあなたに対する信頼のため。ズルをしてまであなたさまの本心を聞き出すなど、愛している人にすることではありませんわ」
オーズの四肢を拘束していた触手を緩め、彼を自由にする。
その代わり、細く綺麗な両手で彼の首元を回して後ろから抱きしめた。
耳元でラウラは囁く。
「シャルロットさんに先を越されましたが、わたくしもあなたさまのことが大好きです。あなた様がいたからこそわたくしがこの世に生まれてきた。最初は親愛でしたら、あなたさまと日々を過ごすうちにあなたさまがかけがえのないお人だと自覚しました」
優しく、そして、母性に満ちたその告白にオーズは頬を赤く染まる。
いつもの愉悦を楽しむ彼女とは違う、年相応な少女の気持ちに戸惑うオーズ。
「だからどうか、わたくしたちに話してください。あなたさまの秘め事を。あなたさまを想う、わたくしたちに」
懇願するラウラの言葉に、オーズはチラリと目の前にいるシャルロットの顔を覗く。
彼女もまた愛しき人の心を聞きたいとばかりの視線でオーズを見つめていた。
自身を想う美女の視線に、母性に満ちた少女の抱擁。
前門の虎、後門の狼とばかりの好意に、オーズの良心に深く突き刺さった。
「……はぁぁ、降参。おまえらの気持ちに負けたよ」
両手をあげ、白旗を挙げるオーズ。
孤高な生き方を目指している彼だが、良心の呵責には勝てないのであった。
「それじゃ、話してくれる?」
「あぁ、話すよ。お互い秘密を抱えていると人間関係ならぬ魔物関係がうまくいかなさそうだし」
コミュ障であるオーズだが、実際は頭の回転が速く、適応能力が高い。
初対面との会話ではどう話したらいいか混乱することがあるが、すぐさま冷静になって会話をシュミレーションし、コミュ障だと悟れぬよう注意して話すことができる。
要するに、雑談は苦手だが、交渉など処世術は熟知しているということ。
「それじゃー話す前に義姉よ。あんたに言いたいことがある」
「ん?」
「実は俺、元人間なんだ」
「……は?」
十五年前、ラウラにも説明した内容を語るオーズ。
いずれ、離さないといけないことだと思いながら十五年も話す機会がなかった自身のもう一つの秘密。
もしもこれで互いに溝ができてしまうかもしれないと、内心心配するオーズだったが――。
「……それでもオーズはオーズ。元が人間であろうが私の大切な義弟なのは変わらない」
「そう。ならいい」
どうやら、心配は無用であった。
ストイックなシャルロットにとって彼が元人間であったことは特に重要なことではないらしい。
むしろ、十五年も隠していたことを打ち明けてくれたことに彼女は内心喜びを感じていた。
「しかし、なぜ今更、転生者であることをシャルロットさんに話したのですか? わたくしたちと愛せないことと、なにか関係が……」
「関係は大ありだ。なんたって、俺の前世が深くかかわってるからな」
ラウラの疑問にオーズが言葉を挟んだ。
そして、彼は自身の手を強く握りしめていた。
前世の記憶を思い出すたび顔が苦痛で歪み、言葉が出てこない。
まるで、語ることを内心拒んでいるかのようであった。
そんな彼にシャルロットとラウラは心配そうに見守る最中、意を決してオーズが深呼吸をして語り始めた。
「俺は一度だけ恋をしたことがある。最初で最後の恋愛を――」
●●●●
それは、オーズがまた岡崎麟之助だった頃のこと。
当時の彼を一言で表せば“怠惰な社畜”であった。
それは怠け者という意味ではなく、“自身の意思を放棄したモノ言わぬ社会の歯車”というイメージであった。
幼いころ、自己主張ができなかった彼は常に周りに流されて生きてきた。
両親から勉強と家事を言われたら、遊ばずやり続け。
兄弟から仕事や勉強のことで手伝ってくれと頼まれ、睡眠時間を犠牲にして手伝い続け。
幼馴染やクラスメイトからパシリや掃除、汚い裏方仕事など理不尽な注文をされても、拒まず注文道理にやり遂げ。
学校の教師や近所の大人たちから人生の計画を決められても、否定することはせず彼らが思うような大人になろうとしていた。
そこに岡崎麟之助本人の選択肢はなかった。
むしろ、岡崎麟之助には“自由意思”というなの概念が無かったからこそ、便利な家畜になってしまったのだろう。
故に怠惰である。
働き者であるが、そこに意思など無い。
まさに空っぽの機械人形。
周りにとって有能で都合の良い奴隷であった。
このまま怠惰に使われ続ければ、いずれ父親の仕事を跡を継ぎ、大人たちが決めた女性と結婚、家庭を築いてそのまま老衰――という決められたレールの上を走り続けるだろう。
そんな未来を彼は何度か思い浮かべたことがあった。
しかし、機械仕掛けの岡崎麟之には無関心かつ興味の無いこと。
彼は自身の運命を受け入れ、心は怠惰に、そして、肉体は社畜のように周りにこき使われ続けた。
そんな日々の最中、彼に転機が訪れた。
中学生時代、幼馴染に頼まれて廊下を掃除してた時のこと。
窓ふきをしていると、ある女子生徒が階段を踏み外し落ちようとしていた。
彼は反射的に廊下へ落下しかけた彼女をギリギリ受け止めなんとか助けることができた。
そして――
――『助けてくれてありがとう、岡崎君』
助けた娘の名は恋凪円花。
彼の機械仕掛けの人生を狂わした原因であり、人としての感情を芽生えさせてくれた少女であった。




