4幕 初めて気づいた夕暮れ時
「――え、ゲーム?」
初香は先日、千尋との間で起きたことの真実を水無月にあっけらかんと話したのだった。当の水無月はその回答に対してぽかんとした表情を浮かべている。それを見て更に笑みを浮かべるのは誰を隠そう、諸悪の根源である海老名初香であった。
「うん、そーだよ? この前にちひろんがうちに遊びに来た時にゲームしたんだ~。初めての癖にちひろん結構強くて、でも私に比べればへたっぴだからね! だから最後はぼこぼこに倒して気持ちよかったということだよ! それなのにこーちゃんはナニを想像したのかな~?」
「――~~~~~~~~ッッッ」
悶絶する水無月虹。顔を極限まで真っ赤に染め、自分の妄想力の逞しさの露呈を恥ずかしがる少女の姿がそこにはあった。それを見て笑むのは小悪魔、海老名初香である。
一連の流れは、全て初香の手の平の上であったのだ。初香は水無月の性格をしっかりと理解したうえで、彼女の純粋さを利用して勘違いさせ、そしてこの場面に誘導した。もう小悪魔ではない、悪魔の所業である。
一色は水無月を不憫に思い、彼女の隣に座って和那をあやすように彼女の頭をポンポンと撫でた。すると水無月は子供のように一色に泣きついたものだから、彼は初香を親の仇のような目で睨みつけた。
「うっ……や、やめてよちひろん、その親の仇を見るような目で私を見るなんて~」
「よく俺の気持ちが分かりましたね。全くその通りです、悪魔先輩」
「あ、悪魔先輩!? なに、その雪彦みたいなあだ名!!」
「ちょっと待て、俺みたいなあだ名って、俺にそんな不名誉なあだ名があるのか!?」
雪彦は喚くも、もちろん無視である。話が進まないため、一色も雪彦をスルーして話を続けた。
「全く、これじゃあ先が思いやられますね、魔女先輩」
「一色くん、ごめんね……変な勘違いで嫌な態度取っちゃって……」
「いいよ、これも全部あの魔女悪魔先輩のせいだから。水無月は何も悪くないから。今度家に来るってやつも構わないよ。どっかの魔女王先輩は別だけど」
「――――ごめんなさい!! だからそのあだ名だけは本当にやめて!! あだ名のランクがどんどんやばいのになっているよ!? 謝るから!! 土下座でもなんでもするから~~~!!」
……後輩二人からの批難を浴びて、さしもの初香も平謝りするしかないのである。初香の意外な弱点とは、年下から本気で軽蔑されることにあるというのが意外としか言いようがない。
せめてものやり返しが思いのほかうまくいったため、一色としてもスッキリする。思っていた以上に初香が御しやすいという思わぬ発見が出来たのだ。それだけでここまでの苦しみは帳消しである。
「……考えてみれば雪彦先輩の妹だから、そんなもんか」
……それが初香に最も効く発言であることには気付かないが、彼が知らないところで初香が意気消沈した。
ともあれ問題は解決したのであった。一色としても肩の荷が下りる感覚に囚われ、ふと息を深く吐く。そして……忘れていた最上級生たちを見た。
「…………あ、忘れてた」
「――忘れてたじゃねぇよ。っていうかそろそろ俺、泣くよ? ねぇ、本当に泣いちゃうよ? 散々放置されて無視されて、俺の先輩としてのアイデンティティーが崩壊しちゃうよ?」
散々な言われようの雪彦は、本気で涙目で一色にそう言った。
……忘れられ、空気と化した美月と思われる少女は、似合わぬ内股座りで髪の毛を弄り、さもイケてる女子高生を演じているかのようにそこに座っていた。一色としてはこの空気でいつまで続けていられるかを検証したく思い始めていたが……流石に雪彦が可哀そうであるので、水無月に尋ねた。
「それで水無月、あの人がああなったのは何となく思い辺りはあるんだけど、一応聞いていいか? ――どうしてああなったんだ」
「あ、あははは……うん、ちょっと正攻法ではどうしようもなかったから、裏技を使ったんだよ」
水無月はいつもの調子を取り戻し、苦笑いを浮かべながら鞄をごそごそとする。
……そう、美月は放課後になるまでは「頑張って女の子っぽい仕草を取ろうとするも、所詮美月レベル」であったのだ。しかし今の美月は曲がりなりにもそれらしい女の子に仕上がっている。
短期間で、しかも相手が美月であるならばこうはなるはずがない。一色はそれをずっと疑問に思っていたのだが、水無月が机の上に出した二つのアイテムを見て「なるほど」と思った。
「え、五円玉を通した紐と、女子力本?」
「うん」
「たったこれだけ?」
「うん」
一色の短い質問に、これまた短い返答で返す水無月。あの一色が引き笑いを浮かべるのは珍しい。
「美月ちゃんは自力で何とかするにはもう手遅れだから、自己暗示と催眠術でちょちょいとね?」
「それって独学でどうにかなるもんじゃないだろ」
「ほら、そこは……美月ちゃん、ちょっとおバカさんだし単純だから。……正直、自分でもびっくりするくらい効果覿面だったよ! まさかこうも美月ちゃんが美月ちゃんじゃなくなるとは予想してなかったもん」
「俺もびっくりだよ。……水無月もなるべくしてこの部活に入ったんだなって思った」
「…………否定できないのが辛いね、あはははは」
……笑い声が擦れていたのは、きっと気のせいではないだろう。
ふと雪彦は水無月の前に来て、綺麗に頭を下げた。
「お願いだ、元の美月に戻してくれ、虹ちゃん!」
「えっと……それは良いんですけど、でも元はといえば二人が美月ちゃんを蔑ろのしたのが原因で……気持ちは分かるけどね? 女の子に魔王はちょっと可哀そうだと思うの」
「はい、それはもうすごく反省しております。……でも虹ちゃん。俺、さっきから肌がこうなっているんだよ」
雪彦はシャツの裾をめくると、腕は極限にまで鳥肌が立っており、今の美月に対する拒否反応が現れていた。
「虹ちゃんが思っているより俺の拒否反応すごいぞ。さっきから寒気しかしないんだ。……思い知ったよ。普段の美月の親しみやすさを。あいつに女らしさとかいらねぇわ」
「え、えっと……分かってくれているような、分かっていないようなで複雑ですけど、確かに私も正直違和感しかなかったので」
水無月は美月の傍に寄る。彼女が美月に施した処置は至って簡単だ。美月にこの本を熟読させ、その上で「あなたはその本通りに完璧に振る舞える」と何度も言い聞かせただけ。たったそれだけでこうも効果を発揮してしまう美月が単純すぎるのか、それとも水無月にその手の才能があるのか。それの真偽は確かめようがなかった。
「美月ちゃーん、もういいよ」
「あら、虹さん。私はいつもこんな風に」
「魔王美月チンパンジー」
「――――」
ボソッと雪彦が美月に聞こえるほどの声でそう呟くと、彼女の違和感だらけの笑顔が一瞬で固まった。
美月が最も反応する「魔王」という言葉と、先ほど一色が発して反応した「チンパンジー」を重ねた結果がこれだ。彼女の顔はみるみる赤くなり、そして目をカッと見開いた。
「――あ、これもうきたわ。我慢の限界だわ。ねぇ雪彦、表に出なさい今すぐに!!!」
……自己暗示にかかるのが早ければ、解けるのも簡単だった。美月は怒り心頭の様子で雪彦の胸倉を掴んで普段通りの口調で喧嘩腰である。しかし対する雪彦は安堵に満ちた表情を浮かべていた。
「あぁ、いつもの美月だ……」
「おい雪彦、私は怒っているんだぞ!? なのに何でそんなに安心しきった笑みを浮かべてるんだ!! 撤回しろ!! 魔王チンパンジーは撤回しろぉー!!!」
「ははは、やっぱり美月はこうだよなー」
「和むな!!!」
……このようなやりとりがこの後、数分続く。どれだけ怒鳴り散らしても何故か癒されているような表情を浮かべている雪彦に対して怒り心頭の美月であるが、数分後には息切れしている様子だ。
「はぁ、はぁ……本当にお前たちは失礼な奴だ、全く本当に!」
「悪かったよ、美月。俺も千尋も、流石に言い過ぎたって反省しているからさ。な?」
「はい。いくら貴音先輩だからって、言いすぎました。すみませんでした」
雪彦と一色は怒った素振りを見せている美月にしっかりと頭を下げ、素直に謝った。その姿を見て美月は一瞬キョトンとするも、二人の真剣さを理解できたのか軽く息を吐いた。
「はぁ……もういいさ。私もちょっとムキになっていたわ」
美月は疲れた様子で椅子に腰かけると、机の上にうつ伏せに突っ伏す。その時、一色は雪彦に目配らせた。それを確認した雪彦はうんと頷き、美月の前にあらかじめ用意していたお菓子の包みを置く。
美月はうつ伏せの状態で机に置かれたチョコレートを見つけると、バッと飛び起きた。
「ここここ、これはダンディー・ボーゲンの高級チョコレート!? ゆ、雪彦、こ、これは……」
「あはは、一応お詫びの品っていっちゃなんなんだけど、これで手打ちにしないか? これからは言葉にはできる限り気をつけるからさ」
……雪彦の爽やかな笑みを見て、一色は彼の普段の女性に見せる表情を垣間見たような気がした。チョコレートに目がない美月は、目をキラキラさせながらチョコの箱を見て珍しく素で可愛らしい反応をしていた。
「い、良いの? こ、これ貰っても……はっ、まさかこれをネタに私に卑猥なことを」
「しねぇよ!! 人の好意は素直に受け取れよ、バーカ」
「ば、バカとは失礼だが……でも今はバカでも言われても良いくらい幸せだから、許してやる!!」
美月は箱を胸に抱きだながら、心底嬉しそうに笑顔を浮かべるのであった。
……ともあれ、これにてこれまでの騒動は円満に解決したといってもいいだろう。
――そう誰もが思っていた時だった。
「ふむ……しかし虹の言う通り効果覿面だったな! こんな良い思いできるなら偶にはあのキャラも」
「それだけはやめてくれ。頼むから」
……美月がそう口走ろうとした瞬間、雪彦は穏やかな表情から一変、珍しいほど真面目な表情で彼女の肩を掴み、そう言った。
凄まじい拒否反応だ。もう一色は吹き出しそうなほどである。
「え……。ま、またまた、雪彦? 私の普段とは違う一面に、少しはドキッとしたんじゃ……」
「いや全く。俺がしたのは寒気だよ」
「さ、さむ……っ!?」
ここで言葉を濁してしまえば、雪彦は定期的に今回のような地獄を垣間見ることが目に見えていたため、ここは素直にそう言った。
雪彦の声音が真面目そのものであることをすぐに理解した美月は、周りに視線を向けると……みな、目を逸らした。
おろおろとする美月を横目に、誰一人として視線を合わせないこの状況下で、雪彦だけが美月の肩を掴んだままこう言った。
「俺、間違ってた。お前はいつも通りのお前が一番魅力的なんだって理解したよ。だって今日のお前を見てたら、いつものお前の男らしさや親しみ易さがどれだけ素晴らしいことなのか。それがよく理解できたからさ」
「そうですね。いつもこんな俺にも親身になってくれて、本当にありがとうございます」
「い、一色までやめろー!! わ、私にそんな生温かな視線を送るなー!!」
普段散々弄られている美月であるが、こうも生温かな対応をされることは少ないのだろう。難痒い、という言葉が一番しっくりくるかもしれない。
そしてここぞとばかりに雪彦に加勢するようにそう発言する一色もまた、中々にサディストな一面が伺えた。
「いつものお前が一番美月らしいぜ!」
「――もうお家帰るぅぅぅぅぅうう!!」
自分の演じていたことに対する羞恥かどうかは分からないが、荷物を持ってそう叫びながら走り去っていく美月。
それを和やかに見守るのは、一色と雪彦の二人だった。なお水無月はもはや呆れている様子である。
「……あの人、面白いな」
「だろ?」
「もう、二人とも。美月ちゃんを弄るのはほどほどにしてね」
「……止めはしないんだな、水無月」
「えっと……美月ちゃんって反応が一々秀逸だから……ね?」
……水無月も大概である。
ふと初香は窓から校庭を見下ろした。そこには凄まじい勢いでランニング中の運動部たちの横を通り過ぎる美月の姿があった。
『こんなのあんまりだぁー!!』
……離れている部室にまで聞こえる声と運動部よりも早いその足は運動部顔負けである。それを残る美術部員の彼らは揃って見つめ、そして
「んじゃ今日は帰るか」
「そうですね。うるさいのがいないですし」
「あ、でも時間は早いから駅前の喫茶店でお茶して帰ろー」
「いいですね! 私、あそこのチョコバナナバニラアイスパフェ好きなんですよね~」
――実に切り替えの早い面々なのであった。
○●○●
「はぁ……」
「一色くん、すっごいため息だね」
「……今日一日、振り回されてばかりだったからな」
一色と水無月は二人で帰っていた。
あれから美月が逃亡したのを確認した後、残る面々は喫茶店に寄り、お茶をしていて現在に至るわけだ。会話が予想外に盛り上がり、時間が遅くなってしまい辺りも暗いため、一色は水無月を家まで送っているというわけだ。
「でも私たちの家って近いんだね。初めて知ったよ」
「近いと言っても電車で十分くらいはかかるぞ」
「でも海老名先輩たちの家よりかは近いよ?」
海老名兄妹は二人が通学に使っている電車だけでなく、幾つか電車を乗り換えるためそれなりに遠い。一色も一度お邪魔したことがあるため、水無月の言っていることを納得した。
「……今日は本当にごめんね? 私の勝手な勘違いで一色くんにすごく迷惑かけちゃって」
「だからそれはもう良いって。あの人も流石に今回は反省してたみたいだし」
散々引っ掻き回した初香であったが、今回の件は反省したのだろう。喫茶店では一色と水無月にパフェとコーヒーを奢ったのだ。とはいえ喫茶店で一番注文していたのは初香であり、初香は自分の分は兄の雪彦に奢らせていた。そう考えると本日の一番の被害者は雪彦かもしれない。
「海老名妹の方って昔からずっとあんな感じなのか?」
「んー、そうだね。でも一色くんが入ってからは特に悪戯度が増したのかなー」
「……それ、完全に新しい玩具に目をつけたような感覚だよな」
「…………さぁ」
水無月は明らかに視線を逸らして間を空けた後、そうすっとぼけた。その反応を見て引き顔になる一色。
これから初香が卒業までの間、自分が弄られる対象になる続けると考えたらぞっとするのであった。
「……来年度の進入部員の募集に力を要れないとな」
「動機が完全に生贄だよ!! それ、すっごい不純な理由だからね!?」
「だったら俺と一緒に徒党を組もう。奴に対抗するためなら俺は水無月との二人三脚を選ぶよ」
「そ、それほどなんだ、初香先輩……あはは」
一色の珍しい発言に驚きながらツッコミを入れる水無月。
……帰りの道のりは、あまり女子一人が帰るには安全といえるものではない。水無月の住む町もそれなりに田舎であり、夜道を照らす街灯はあるにはあるものの、それでもやはり暗い。家々が軒並みに並んでいて、二人はその塀の近くを歩いていた。
――そんな時、ふと水無月は一色に話しかけた。
「……ね、一色くん。美術部のこと、どう思う?」
……水無月は一色にそう尋ねた。
水無月は一色に色々なことを割りと高い頻度で尋ねることがある。それは最近の授業課題のことであったり、漫画のことであったりと様々。しかし特にたびたび聞くのが美術部のことだ。
一色がしっかりと美術部での活動を楽しんでいるか。それを心配そうに尋ねる。これの真意は一色には分からないが、きっと水無月が知りたいのだろうと思い、毎度丁寧に恥ずかしがって話していた。
……それは今回も同様だ。
「……騒がしい、と思う。貴音先輩は馬鹿だし、雪彦先輩は真面目なのか不真面目なのかも微妙だし、海老名先輩は……はた迷惑だけど」
「あ、あはは」
「だけど、楽しいとは思う」
一色は恥ずかしいのか、顔を自分に向けてくる水無月の方を見ずにそう言った。
「……一色くんはそういうこと言うの、慣れてないよね」
「言うな、自覚してるから。というより言わせたのは水無月だからな」
「えー、心外だなー。言わせたなんてそんなことないよ?」
一色は水無月を少しばかり睨むも、当の彼女はとぼけた態度を取るだけだ。基本的に水無月を相手にするときは守勢になる一色なのである。
一色は今までこのような経験もしたことも、したいと思ったこともなかった。まさか自分が新しい集団の一員になるとは思っていなかったし、なれるとも思っていなかった。
……水無月はこのようなことをよく一色に尋ねる。しかも頻繁にではなく、一色が強くそのように思っている時に尋ねてくるのだ。一色の深層心理を見透かしたように尋ねてくると彼も思ってしまうほど。
「水無月は……何も考えてなさそうなのに、変に鋭いよな」
「一色くんは最初に比べてたくさん話すようになったね。遠慮がなくなったというか」
「……遠慮した方がやりにくいって分かったから」
「ふふ……そういうことにしておいてあげるね」
……一色はただの照れ隠しでそう言うも、水無月には見透かされていた。
こんなところも水無月の不思議なところで、きっと彼女を魅力的な人物とする一面なのだろう。
――あなたの色は、何色ですか。このフレーズは初対面で水無月が一色に投げかけた言葉だ。言葉の真意はもちろん分からない。だけど一色の脳髄に妙に残り続けて響き渡り、考えさせられるフレーズだ。
美術部に入って早二ヶ月あまりが経過した今でも考え続け、それでも答えは出てこない。
「……お前は自分が何色なのか、分かるのか?」
ふと気付けば、一色は水無月にそう問いかけていた。
その一色からポロリと漏れた言葉に水無月は一瞬目をキョトンと丸くさせるも、すぐに微笑みを浮かべて一色の方を向いた。
「――虹色だよ、きっと」
……そう言って、水無月は一色の先を行くように歩く。
その表現の真意が一色には分からない。自分の名前からそう言ったのか、はたまた別の意味なのか。
一色は前に振り向き際に彼女の顔を見た。その顔が印象的で、脳裏に焼きつく。その場で立ち止まり、ほんの少し先を歩く水無月。その後ろ姿を見つめた。
そのとき、水無月が見せた表情。それは――一色には、その顔が少し寂しげに映った。
……ポツンと一滴、水滴が落ちてくる。空から降るそれは次第に雨になり、強くなっていった。
――前を歩く水無月が、いつの間にか一色の前にいる。彼女はリュックサックの中から取り出した折り畳み傘を広げ、少しだけ雨に塗れた一色を中に招き入れた。
「――雨、降ってきちゃったね」
「……ああ」
一色は水無月から傘を受け取り、雨の降る道を二人で同じ傘の中に入って歩いていった。
――一色は自分も折り畳み傘を持参しているにも関わらず、水無月のそれを受け取った。
それは自分でもよく理解はしていない――ただ、今の水無月に距離をとってはいけないと、直感的に思ったのだ。
……大きな雨粒が傘の生地に落ちて、ポツン、ポツンと雨の音を奏でる。
その音の中、二人は帰りの道を互いに話さなかった。