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こころのいろ  作者: 如月心
番外編 こころのいろ・虹
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冬のある日は緑豊かな恋模様 その2

 

 冬のある日、一色は謎の修羅場に巻き込まれていた。


「いいいいいいい、一色くーん!」


 水無月に距離を詰められ、部室の隅に追いやられる。

 彼女の手元には可愛げのある一枚の便箋があり、それを力強く握りしめていたのだ。


「な、なんだよ、……俺、ただ手紙を渡されただけで」

「問題! これはゆゆしき問題なの! 一色くんはこの重大な問題を軽視しすぎなの!」

「いや、でもこれの中身は」

「――みなくてもわかるの! 乙女の勘でわかるの!」


 ――冬のある日。

 その日はいつもよりも拍車をかけて寒い一日であった。

 そんな早朝、一色千尋は――生まれて初めてラブレターをもらったのであった。


 ……この一通のラブレターが、それから中々な騒動に巻き込まれることになるとは、この時は彼は思いもしなかった。


 ◯●◯●


「おにいちゃん、おはよ……」

「おはよ。引っ付く前に顔を洗ってこい」

「はーい……おにいちゃん、頭やってぇ」


 ある日の朝の一色家は、特に変わらない日常が過ぎていた。

 妹の和那は相変わらず兄に対して甘え上手であり、一色もまた妹に甘い。


「仕方ないな」


 と言いながらも、ヘアブラシを使って和那の柔らかな髪をといてやっていた。

 非常にゆったりとした、側から見ればのほほんとする朝の一幕である。


「ん〜……あれ、ママとパパは?」

「締め切りがあるから徹夜で、まだ寝てる」

「いつもどーりだねー」


 芸術、特に絵の仕事をしている両親は、生活リズムがめちゃくちゃであった。

 一色は小さな頃からそんな二人を反面教師にしていたため、逆に規則正しく育ち、そんな兄の背中を見て育った和那もまた甘えはするものの基本的にはしっかりとしている。


 朝起きるのも早ければ、学校の準備も前日の夜には終わらせている。


 朝、兄に全力で甘えるためにしているということを、当の兄は知らないだろうが。


「水無月と海老名先輩が家に来るんだ」

「こーちゃんとはつかちゃん! どーして?」

「雪彦先輩と貴音先輩の卒業サプライズのためだ。二人には言ったらダメだからな」

「うん!」


 兄にしか見せない可愛らしい笑顔で頷く。

 普段からそれだけニコニコしていれば、人見知りも万事解決すると思う一色だったが……しかし一色もまた、妹離れのはまだまだ先になるだろう。


「よし完成。朝ごはんは和食と洋食、どっちが良い?」

「オムレツがたべたい!」


 最も、和那が兄離れすることがまずないのであるが。

 ――自分たちの分の朝食に加え、両親の分まで用意して、和那を小学校へ送る。


 そこから一色も学校に向かうため、実は投稿はいつもギリギリになるのだ。

 田舎ではあるものの、幸い一色家から駅までは近く、そこから電車に30分程揺られて学校に向かう。


「一色くんおはよー!」

「おはよう」


 最近では朝、水無月と()()会うことも多く、二人で登校することも多い。


「貴音先輩は一緒じゃないのか?」

「美月ちゃんは最後のライブの練習で朝練みたいなの。……あ、もしかして美月ちゃんと一緒の方がうれしかったり」

「しない。朝から全力疾走したくない」


 もちろん実際に全力疾走するわけではないが、美月は朝から異常にテンションが高いのだ。

 慣れてきているとはいえ、基本的にマイペースの一色はそれを避けるに越したことはない。


 水無月はその反応に苦笑いをするのであった。


「今日の放課後、お家に行っても良さそうかな?」

「ああ、和那も大丈夫だってさ」

「そかそか! 久々の和那ちゃんだから何して遊ぼうかなー?」

「…………作業」


 目的を履き違えている水無月に一言呟いて睨むと、彼女は分かりやすく目線を晒すのであった。


 ――なお隣に座るその距離は、中々に近いのであるが、しかしそれすらも慣れとは怖いもので。

 髪の香りが仄かに香るほどの距離感でも、心拍が高揚することはなく、何故か安心感の方が先行してしまうほど、二人の仲は着実に深まっているのであった。


 ……ここまではあくまで日常の範疇。


 駅に降りて、学校までの少し長い通学路を歩き、下駄箱で靴を履き替えて教室に行く。


 ただそれだけの日常だったのだが――


「……なんだこれ」


 下駄箱に入っていた一枚の便箋。それを手にとって首を傾げる。

 カラフルな紅葉の柄の便箋であるが、無論一色には白黒模様に見える。


 見る人が見れば明らかに内容がわかるものなのだが、一色にはそれが何か分からない。


「……まあなんでもいいか」


 特に気にすることなく手紙を鞄の中に入れて、一色は教室に向かった。


 ――その場面に遭遇したとある女生徒が、驚きの少女を浮かべていた。


「は、初香ちゃんに報告しないとっ」


 きめ細やかな黒髪の女生徒が、何やら一色の不安を煽ることを言っていたのだが、当の一色は気付いていなかった。


 ●◯●◯


 ところで。

 基本的に自身の教室においてほとんど交友関係に乏しい一色であるが、最近は交友関係が少しずつ増えていた。


「あ、おはよ、一色」

「……田中さん、おはよう」

「今日も彼女と仲良く登校? いやぁ、羨ましい限りだなー」

「それ、毎日言ってるだろ」


 もはや否定するのも面倒で、適当にあしらう。

 ――彼女は田中花楓(はなか)。一色と同じクラスで、コースは絵画コースの生徒だ。


 ちょうど一色と水無月が仲直りしてから一色に話しかけてくるようになった。


 席が隣ということもあり、あまり無碍な扱いはできないとのことでよく話しているのだが……この少女、妙に一色と水無月の仲を勘ぐる。


 最近では特に一緒に登校していることが多いためか、毎朝このように付き合っているのかとからかうのだ。


 もちろん一色も最初の数回は否定をしたり、濁したりはしていた。


 その応酬を何度もしている間に一色の方が不毛なやり取りと判断し、ごく薄い反応しかしないようになったのだ。


 そうすればいつかは飽きるだろうという、我慢比べの作戦である。


「まあまあ、もう挨拶みたいなもんだよ」

「…………そうか」

「あ。反応薄くして私を飽きさせる作戦は無駄だ。何故なら私は、君のごく僅かな反応を観察することに楽しみを見出してるから!」


 ――そう高らかに宣言する。

 以上のことから察せられるとは思うが、一色千尋にとって田中花楓は天敵に近い。


 これまで彼の目下の天敵は海老名初香と思われていたが、それ以上のやりにくさを感じているほど、彼女は掴み所がないのである。


「性格が限りなく悪いな」

「女の子は性格が少し悪いくらいが可愛げがある」

「そんなことは絶対にない」

「あれれー!?」


 ……その二人のやりとりを見て、クラスメイトが面白がっていることに、一色は未だ気付いてはいないのであった。


「む、でも今日は最近にしては珍しく反応がいいね。何かあったの?」

「別に何も……いや、良い事じゃないけど、下駄箱にこれが入ってた」


 一色はふと思い出したように手紙を鞄の中から取り出し、机の上に置いた。


「これって、もしかして――」


 それを見た瞬間、田中の目は、まるでおもちゃを見つけた子供のように光り輝いた。


「ああ、察するに……恐らく俺に宛てた不幸の手紙か悪戯だと思う」

「…………は?」


 田中、固まる。

 彼女の顔には「こいつ、何言ってんだ?」という言葉が分かるほど呆れた表情をしていた。


 しかし一色千尋はすこぶる真面目にそう考えているからしょうがない。


 ――性格に癖がありだが容姿に恵まれている美月、雪彦、初香や、女子力の全てを持つと言われる水無月。


 今まで数多く異性から好意を持たれてきたであろう彼女たちなら、これがラブレターであるとすぐに察せられるだろう。


 普通の男子学生ならば初めてのラブレターに舞い上がるはずだ。


 しかし一色千尋は利口である。そもそも社交的でなく、交友関係が美術部に固定されている一色に対して、好意を抱かれるという選択肢がないのだ。


「大方、美術部の誰かに好意を持つ男の悪戯……か、海老名先輩の悪戯だ」


 初香は思わぬところで謂れのない評価を受けた。


「……まあそこが一色くんの面白いところだけどさ――流石にそれは普通にラブレターだと思う」

「……ラブレターっていうのは、漫画の世界にしか存在しないんだぞ」

「それは偏見だよ!? いや、あるよ! 誰でも一回は書いたことあるよ!」

「田中さんも?」

「もちろん! あ」


 彼女は自身が失言を吐いたことに、言った瞬間に気がついた。


「はなちゃんもラブレター書いたことあるんだ」

「っていうか好きな人いるのか」

「俺だったら良いな」

「高望みしすぎたから、あと気持ち悪い」

「ちゃっと男子! 二人の会話が聞こえないから静かにしてよ!!」

「あんたが一番うるさいから」


 身から出た錆とは言うが、一色を陥れようとしたバチが当たったのだ。


 田中は珍しく赤面して机の上に顔から突っ伏した。


 それを見て一色は少し可笑しそうに笑うのであった。



 ――場所は変わって2年生の校舎。

 朝から音楽を聴いてのんびりとしている初香の元に、友人が走って来た。


 何やら急いでいる様子であったので、初香は話を聞いて……目を見開いた。


 そして口元は吊り上がり、実に悪そうな表情を浮かべた。


「ちひろんにラブレター――これは面白いことになってきたねぇ」

「え、あれ初香ちゃんの仕業じゃないのですか?」

「人聞き悪いよ!?」


 基本的に、海老名初香は真面目な時以外は信頼されていない。


 初香の目の前にいる絶世の美女である友人は、妙に品のある所作で苦笑いするのであった。


 ◯●◯●


 ――私立高校で有名な虹陸芸術専門高等学校において、色恋沙汰というものは割とすぐに広まる。


 元が田舎の一学校ということもあるが、近場に娯楽らしいものがあまりない故に、例えば誰かが誰かに告白したという情報は、一日もあれば広まってしまう。


 だからこそ意外とラブレターを告白の手段に用いる生徒は結構な数がいるのだ。


 まあ結局、告白の場面を見られて広まってしまうのだが。


 なお、これは雪彦談である。


「千尋が俺を頼ってくれるなんてよぉ、こんな嬉しいことがあるかよぉ!」

「雪彦先輩、聞いていますか」

「おうよ、なんでも聞きやがれ! 今日はバーゲンセールだ!」

「お金は取るんですね……それで、これが相談なんですが」


 お昼休み、一色は珍しく雪彦と中庭で食事に誘った。

 その光景を見て美月が雪彦に酷く嫉妬したのであるが、一色としても同性の雪彦に相談したい案件なのである。


 一色は件の手紙を取り出し、雪彦に見せた。


「なんだよ、ただのラブレターかい」


 それを見た雪彦は、特に驚く様子もなく「あぁ、なるほどね」と納得していた。

 何分、雪彦は非常にモテる。ラブレターも今まで何度かもらったこともあるため見慣れていた。


「まあ初香に相談すれば面白がるし、美月にバレたら虹がいながら貴様ぁぁ! とか言って襲い掛かりそうだしな。それで俺に相談はまあ当然だな」

「え……その、本当に雪彦先輩ですか?」


 あまりの察しの良さに、一色は身構える。


「まあお前のことだ、まだ読んでない上にこれを不幸の手紙とか悪戯とか思ったんだろうな」

「……雪彦先輩に見抜かれるのは癪ですが、その通りです」

「癪って言った!? ねぇ、癪って酷すぎないかい、後輩くん!」

「すみません、普段があまりにもあれなので」


 主に騒動に巻き込んでいるのだから、自業自得である。


「ぐす……まあ、あれだ。お前も見てくれは良いし、俺らとつるんでるからまあまあ顔は知られてるってことだ。それにその中身も見ずに決めつけるのは、それをくれた女の子に失礼ってもんだ」

「……そうですね、すみません」

「人に想いを伝えるってのは思ってるよりもすげぇ勇気がいるからよ。ちゃんと読んでやれ」


 本当に珍しいくらい格好良い雪彦に、不意に一色は尊敬の念を抱いてしまうのだが……ふと疑問が一つ生まれる。


「何か、すっごい説得力のある考えですね。実体験ですか?」

「――ば、ばっかやろう! この雪彦さんがそんなわけねぇだろ! それよりも早くそれ、読め!」


 雪彦は顔を真っ赤にして一色を急かした。実体験も何も、彼はそれをまだ出来ていない側の人間である。


 一色は何かを誤魔化す雪彦をジト目で見ながら、便箋の封を切って手紙を取り出した。


 中身は小さな紙が2枚ほど。


『初めまして、一色くん。私はあなたと同じ漫画コースの二年生です。話したことはありません。

 私が一方的に一色くんを目で追っているだけです。

 いきなりで驚いたと思いますが、私は君に好意を抱いてます。話したこともないのになんで? って思うかもしれないけど、君の美術部での楽しそうな姿を何度も遠くから見てました。

 君に興味を持ったのは、君が描いた漫画を渡邊先生に読ませてもらって、感動したのが始まりです。

 一年生の課題をもう終わらして、その完成度と話に泣いちゃいました。

 えっと、長ったらしくてごめんね。私はいきなり付き合って、とかそんなことは言いません。ただ一色くんと実際にお話をしたいなと思って、手紙を書きました。

 もしよかったら放課後、漫画教室に来てください』


 ……一色は手紙を読み終わり、それを隣で見ていた雪彦はなぜか胸を抑えていた。


「これは、キュンとするな」

「奥ゆかしいですね」

「ラブレターよりも、これはもらって嬉しいものだな」

「不覚ですが、自分の作品を認めてもらうのは嬉しいですね」


 しかし最後に自分の名前もクラスも書き忘れるところに、愛らしさも感じてしまうものだ。

 雪彦はあまりにも初々しい手紙に心を躍らせているようだった。


「絶対に良い子だ、間違いねぇ。俺の女の子センサーがそう告げてるぜ」

「まあ、誠実そうなのは間違いないですけど……どうしましょう」

「お、おめえ、そりゃあ男として行かないとダメだろ!」

「それはもちろんですけど、そうじゃなくて――ほら、海老名先輩とか貴音先輩に知られたら、大変じゃないですか?」


 ……雪彦はゴクリと唾を飲み込んだ。

 そう、一色のいう通り、このことは美術部の女子に知られたら面倒なのだ。

 何より一色は、これを水無月に知られたら危険であると何故かそう思った。


「……ここはよ、俺が手を貸すぜ、千尋」

「雪彦先輩……どうして」

「こんなキュンキュンする手紙をくれたんだせ? 俺の恋愛脳が、これは邪魔してはいけないって告げてんだ」

「……そうですか」


 必要以上に雪彦が熱くなっているところに、一色は若干引いてしまうが……しかし雪彦が味方なのはありがたい。


「まあ任せろ。要はバレなきゃいいんだろ。お前が放課後、部室に行く前にその子に会いに行く。それを誤魔化しといてやるよ……遅くなるならメールしな。俺が全部、何とかしてやる」

「ありがとうございます」

「なに、良いってことよ。先輩として当然のことだぜ」


 雪彦は良い顔で笑った。

 しかし一色はなぜが嫌な予感がひしひしと感じていた。


 そして放課後――


 雪彦は部室に着くや否や、


「お兄ちゃん、ちひろんはどーこ?」

「い、一色くんがラブレターもらったって! どういうことですか?」

「おい、雪彦、知っていることを洗いざらい吐け。でなければ殺す」


 ――先輩、海老名雪彦。後輩に格好をつけるも、既に知られてしまったいるのであった。

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