冬のある日は緑豊かな恋模様 その1
超お久しぶりです。
ここから番外編、っていうか補足編を更新していきます!
春夏秋冬、虹の七色をモチーフにした話を書いていきますので、よろしくお願いします!
最初は冬のお話で、メインキャラは一色と水無月、色のテーマは緑と紫です!
あの日、君がくれたものはたくさんある。
絵が大好きだったことを思い出させてくれた。絵を描くことの楽しさを君がくれた。
一人で泣いていた時、君は周りを引っ張って……私を奮い立たせてくれた。
今の私があるのは君のおかげ……なんて言うと、みんなは君ばかりずるいって言いそうだよね。
――でも、間違いなくそうなんだ。
冬のあの日、君がくれたたくさんの色が私の心を満たしてくれた。
たとえ君がそんなことはないって言っても、そうじゃないよって断言してやる。
……最近、君のとなりにいると胸がうるさい。チクタクチクタクと短針が小刻みに針を進めるみたいだ。
でもそれは別段億劫なものではなくて、むしろじんわりとその余韻に浸ってしまう。
――ああ、これはもう病気だね。立派な病に、私は伏せてしまっている。
けれど決して身を蝕むようなものではなく、心をぐらぐらとさせてしまう病気だ。
誰しもが一度は患ったことがあるかもしれない。もしかしたら常に患っている人もいるかもしれない。
それくらいポピュラーで、風邪みたいに突発的に患う病気の名前は……
「――一色くん、一緒に部室に行こう!!」
「……水無月、別に毎日迎えに来なくてもな」
――それはきっと、恋煩い。
○●○●
季節は冬。
一面枯葉の通学路、雪が積もる道脇。遂に本格的な冬に差し掛かる。
ほとんどの学生がマフラーと手袋を身につけるほどの寒冷な時期に、美術部はというと……、
「ううぅぅう〜、寒いよ、美月ちゃん……強がってないで暖房の効いた場所で活動しようよぉ〜」
「そんな文明の利器に甘えるんじゃない! 気合いがあればこの程度の寒さ、なんてことはないぞ!」
「それは貴音先輩が化け物並の代謝をしているからです。ほら、みてください。水無月なんて、生まれたての子鹿みたいに震えて……いや、意外に元気だな」
「あはは、ちっちゃな頃から美月ちゃんと付き合ってるんだから、これくらいはね?」
「ハックシュンッ!! 虹ちゃんはつえぇなぁ。俺なんか普通に風邪引いちまったよ」
――電気ストーブ一台で、頑張っていた。
美術部部室では、いつも団欒が繰り広げられていた。
電気ストーブの周りに囲む初香、一色、水無月、雪彦。この四人は寒さに震えているのだが、一人ストーブから離れてキャンバスの前に座る美月が異常なのだ。
色々なことが続けざまに起きた今年。それも残すところ、ほんの2週間ほどとなった。
美月と雪彦も進路が決まり、バンドの練習も継続して続けているため、残りの時間はなるべく美術部で過ごすと決めている。
「流石は虹だ。それに千尋も、言ってる割には元気じゃないか」
「まぁ、寒さには強いですよ。ここ最近誰かさんに連れ回されてますからね――あとやめません、なんかムズムズするんですよ、名前呼び」
「ははって、照れてる姿も新鮮だなぁ。ほらほら千尋ー?」
なお美月の一色に対する態度が激変したのも12月に入ってからだ。
追いかけ回されないようになったのは楽ではあるものの、これはこれで面倒くさいと内心は彼も思っているのは内緒だ。
――ここ最近、休みは大抵美月に誘われて水無月と三人で遊びに出かけることが増えた。
どうにも美月は水無月と一色をけしかけている。
本当にこれまででは考えられないような彼女の行動に、一色はマウントをとられ続けているというわけだ。
……当然、その場面を気に入らない人物もいる。
「――みつきちゃーん? ちひろんを困らせんのは私の専売特許なんだけどなー?」
「何を、私は困らせようとしてないぞ? ただ可愛い子を可愛いと言っているだけだ」
「それも私の役目なのー!」
無論、小悪魔王系先輩、海老名初香である。
ここ最近、自身の影が薄くなっているのを薄々感じ取っており、激しく危機感を抱いていた。
あざとさで一色を困らせるのは彼女の十八番である。それを美月のようなガサツかつ男前な美女がそれをするのが我慢ならないのだ。
「美月ちゃんはいつも通りガサツで良いの! それが美月ちゃんの良さなのに、最近ちゃっと良い女感出してるでしょ!?」
「良い女感とはなんだ! 私はどこからどう見ても良い女だろ! 容姿だけは!」
「…………」
……貴音先輩、言ってて悲しくならないのですか。
一色はその言葉を飲み込むのだった。
「はいはい、美月。そろそろバンドの練習の時間だぞー」
その場を収めるのは意外にも雪彦だ。
「待て、雪彦! 話はまだ終わって……」
「お前は十分良い女だから大丈夫だって。ほら、いかねぇとあいつら恐ろしいんだ」
彼がいうあいつら、とはバンドのメンバーである。
基本的に優しい彼らだが、優しいだけだと付け上がるのが美月と雪彦である。故に彼らはとても厳しく、もはや彼らの親より厳しい。
後に卒業してから彼らは語る――俺たちは雪彦と美月の保護者であった、と。
「……うむ、そうだな――虹、千尋! 帰り道には気をつけるんだそ! 不安なら私を待っててくれても、むしろそっちの方が」
「もう、良いからバンドに行きなさーい!」
しつこく居座ろうとする美月を、初香が背中を押して追い出す。
あの海老名初香が手玉に取られる姿など、滅多に見れるものではない。
……そうして、美月と雪彦を締め出し、そしてようやく三人は一息ついた。
「やっと出て行った……あの二人が相手だと、サプライズも一苦労だねぇ」
「全くですよ。……相変わらず好きですね、サプライズ」
「あれれ、私の記憶が正しかったら、サプライズを言い出したのは一色くん――」
なにかを言いそうになる水無月をジッと一色は見つめる。
何も言うな。その目はそのような意味合いを兼ね備えているように見え、水無月は固唾を飲んでそれ以上は何も言わなかった。
――サプライズ。そして季節は12月。
今、後輩たち三人はそのサプライズに向けての準備期間にあった。
差し迫る来年3月――そう、美月と雪彦の卒業式である。
そしてなんと、そのサプライズを言い出したのは他の誰でもない、若干照れが入っている一色自身だ。
彼の言い分としては、「まあ、曲がりなりにもこの一年お世話になったわけですし……すごく、楽しかったから……いえ、なんでもです。…………何ニヤニヤしてんですか、ぶっとばしますの」とのことらしい。
無論、本音は水無月と初香からしたら一目瞭然である。
しかし一色が素直に認めるなど一年に一度あるか、ないかの可能性だ。
故に二人して彼を見てニヤニヤする。
「っていうか話が脱線しすぎて何も決まってないじゃないですか」
「まぁまぁ、卒業式までまだ3ヶ月以上あるじゃん♪」
「一色くん、焦りすぎだよー」
楽観的な二人に一色は眉間に皺を寄せる。
確かに時間はある。
だがそれは、あの二人が全く美術部に顔を出さない場合の時だ。
……美月と雪彦は、美術部を愛している。それを証拠に、どれだけ忙しくとも毎日顔を出し、後輩たちに接してくるのだ。
「――あの二人はこれから毎日来ます。最大限、残された時間をここで過ごそうとするでしょう。あの二人に隠れて作業をしないといけないのに、です」
「…………で、でも、何日かくらいは」
「来ます。海老名先輩、あの二人がここ最近、部活に顔を出さなかった日は?」
「……あれれー、そういえばあの二人見ない日はなかったなー」
二人も事の重大さを理解したのか、ようやく頭を抱えた。一色としたらようやくスタートラインに立った気分である。
「ともかく、俺たちでは先輩たちと仲が深すぎます」
「初香先輩、聞きました? 仲が深すぎるって、あの一色くんが言ってますよー?」
「これはちひろんルート突入かなぁ?」
「……もう協力しませんよ?」
一色が脅した瞬間、水無月と初香は彼の足にしがみついた。
「それは無理だよー、ちひろん〜!! ちひろんは私たちのブレーンなんだから!」
「ほんっと調子がいいですね。ともかく、これから話を脱線させたら……」
「……させたら?」
水無月は恐る恐る聞き返すと、一色はにこりと笑って言った。
「和那に二人に口説かれたって言います」
「「――すみませんでしたー!!」」
大の大人が小学低学年に恐れをなして土下座する姿に、一色は内心引いていた。
しかしこの二人にそこまでさせる妹に存在感に、一色自身も戦慄するのである。
「……ともかく。俺たちに今必要なのは協力者です。あの二人の動きを止める力を持つ魔王が必要です」
「……魔王」
「それって」
一色の考えに行き着いた二人は、なるほどと納得した。
「渡邊先生に協力を仰ぎましょう。あと二人のバンド仲間にも説明すれば、きっと助けてくれるはずです」
「美月ちゃん、お兄ちゃん討伐三銃士だね! 流石ちひろん、策士だね!」
「二人の嫌がることを熟知してるの、すごいよ一色くん!」
「…………」
微妙に性格悪いと言われている気がする一色であるが、ともかく方針は決まった。
「じゃあ次に何をするか。これも俺たちなら決まってるようなもんでしょう」
「まぁ、うん。逆に絵を描かないで美術部員は語れないよね――でも部室で描いてたら、いつかバレるよね」
「あ、それなら私の家とかでどうでしょう! 初香先輩の家から遠くなっちゃいますけど」
「いや、ダメだな。貴音先輩は確実に嗅ぎつける……っとなると、俺の家しかないか」
初香の自宅は雪彦がいるから論外として、水無月も野生の美月がいつ現れるかわからない。
となれば消去法で一色宅しかないというわけだ。
これは水無月、初香からしても都合がいい。
何しろ彼の家に行けば、もれなくご飯、デザート、和那が付いてくるからだ。
――ともかく、一色が司会になった瞬間、色々と決定事項が増えていくのだった。
○●○●
初香は渡邊や雪彦たちのバンド仲間にも話をつけに行き、そして残った一色と水無月はといえば……
「ここの構図なんだけどさ、鳥たちはあおりの構図で描きたいんだ」
「うん、私もそう思ってた! あ、でも小鳥は引きで描いた方が弱々しさが表現できるんじゃないかな?」
二人は、締め切りが先の向日葵学生絵画コンクールへの作品制作に没頭していた。
一色と水無月、二人が前を向くきっかけになったコンクールであり、故に二人のこのコンクールにかける思いは強い。
一色が線を、水無月が色を描く合作の作品であり、コンクールの目的がそこにあるのだ。
それぞれ全く別物の価値観が重なり合ったとき、何が起きるのか。そんなコンセプトで開かれる、学生であれば誰でも参加できる全国区のコンクールだ。
……肩も触れ合うほどこ距離で、意見を出し合う男女が一組。酷く男子が狼狽しそうな雰囲気ではあるものの、実のところその状況にドギマギしているのは……
「水無月、何ジッと見てるんだ」
「――な、な、なんでもないよ!? あはは、一色くんおかしなこというなぁ! あれ、なんか部屋暑くない? よし、換気しよう!」
「いや、むしろ寒い…………はぁ、お好きにどーぞ」
水無月は真冬に大きな窓を開ける。
意外なことに、水無月なのだ。
作品制作に集中している時の一色は、実にシンプル。水無月との作品にかける意気込みは過去最高のものであり、そのやる気は側から見ても疑う余地はない。
無論、水無月も気持ちは同じだ。最高の作品を作る一人のクリエイター、どれだけの時間をかけても足りない。
ただ――乙女心は意中の相手がそばにいるだけで、心をときめかせてしまうのだ。
「(一色くん、指が細くて長い……はっ、違う違う、作品制作にしゅう……まつ毛も長くて――も、もう、私は何考えてるのー!!)」
「何をそんな面白い顔してるんだ……っ」
一色は笑いを堪えながら、そう突っ込んだ。
一人、心の中で葛藤する水無月は、表情の変化が著しい。何を考えてるかまではわからないが、まるで漫画のように思っていることが心に出る水無月のある意味の美点だ。
――もちろんそれは葛藤の末に表出た美点だ。水無月が迷い、苦しみ、悩み抜いて……そして周りに支えられてやっと、本当の水無月に戻った。
そう思うと、一色もじーんと感極まってしまう。
「お、おもしろ!? 一色くん、乙女に失礼だよ!」
「なら鏡で自分の顔を見てみるか?」
「や、やだ!」
どうやら自分が変な顔をしていた自覚はあるようだ。
「……まあ結構長い時間話し合いやら作業をしてたから、ちょっと休憩するか」
「うん、そうしよう! それがいいよ! あ、紅茶とクッキーの用意ができてるよ!」
水無月は凄まじい手際でどこから出したのか、テーブルクロスを机に敷いて木籠から水筒に入った暖かな紅茶とクッキーの入った袋を取り出した。
見るからに手作りで、なおかつ妙に手の込んでいる。
……大量のクッキーの中に、数個だけハートの形を作り出しているのは内緒の話だ――
「ハートの形はレアなのか?」
「あれー!?」
本当にさりげない程度の量しか焼いていないハート型クッキーを、一発で当てられ、水無月は赤面するのであった。
そんな彼女の反応に気付かない唐変木は、一口クッキーを食べる。
口に広がるのは仄かなシナモンの香り。加えて生姜が鼻腔をくすぐる程度に広がり、絶妙な甘さだった。
「ジンジャービスケット作ってみたの。初めてだから自信はないんだけど……」
水無月は伺うように一色の顔を覗き込んだ。
無論、水無月の料理の腕は申し分ない。一般女子高生をはるかに凌ぐ家庭力を持つ。
しかし対するは、そんな彼女をも凌ぐ料理の腕を持つ男だ。故に口に合うかどうか、不安になってしまうのだ。
「……水無月と一緒の人は、幸せだな」
ふと溢れでた一色の一言に、彼女の顔がまだ茹で蛸のように真っ赤になったのは言うまでもなかった。
――このように、水無月虹はかなりの恋煩いにかかっている。
元より一色に対して高かった好感度が、恋愛感情を持つことでどうしようもない激情に変わってしまったのだ。
近くにいると自然と心拍数は高くなるし、顔は熱くなる。
でもそれは水無月にとって、嫌なものではなかった。
近くにいれば心は暖かく、彼の笑顔を見れば自分も自然と笑顔になる。
……水無月にとっての、初恋。
少し遅めの初恋に、彼女は慣れない悩みに振り回される。
「(もっと……もっと一色くんとお近づきになりたい)」
普段はどんな人間ともいつのまにか仲良くなれる水無月の、切なる願い。
それは、遠くない未来で叶うのだが……それは水無月は知る由もなかった。




