表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こころのいろ  作者: 如月心
第9章 こころの筆で未来を描く
65/69

エピローグ それはいつかの、どこかの物語

「や、やばいです、先輩――じゃなかった、先生!! 絶対にこれ、原稿間に合わないですよ!!」


 ……墨の香りが充満する室内に、若い女性の声が響いていた。


 本棚が幾つも置かれているその部屋には、幾つも作業台が置かれている。そこに何人かの人が座り、ひたすら原稿用紙にペン先をぶつけていた。


 ガリガリと紙を削る音が聞こえ、鬼気迫る表情でそれをしている。


「落ち着け。担当は妹が引きつけてくれているよ」

「それでも一時間くらいしか止められないですよね!? うぅぅぅ、ここ最近ずっと徹夜で、お肌がぁ」

「――人は数日寝なくても死なない。これ、俺のキャッチフレーズ」

「――漫画家全員が一度はそれを口にしてますよ!!」


 二人の会話が室内に木霊すると、周りでクスクスと笑いが生まれる。

 ……少しばかりの心のゆとりが出来たからか、焦ったようにペンを動かすことはなくなった。焦ってミスをすれば、それこそ洒落にならないのだ。


 原稿を落とすとは、プロとしてあるまじき行動。そもそも仕事の早い彼がこんなにも追われているのは、別に理由がある。


「――日下部霊先生のせいだ。あの人が無駄に仕事を押し付けるから。リアルの名前を暴露してやろうか」

「あのー、先生? 今はお願いだから手を動かして――って手が早い!?」


 アシスタントの一人が彼にそう声を掛けようとするが、心配無用である。彼は話しながらでもアシスタント三人分の速度で作画が可能だ。


「……っていうか先生、連載を何個も持ち過ぎなんですよー。そろそろ一つに絞りましょうよ! それに私の原稿も手伝ってくれるし……」

「……まぁ、、高校からの付き合いだからな。後輩の世話を焼くのが先輩の役目だろう――大丈夫、いざとなれば最強の助っ人軍団を呼ぶから」

「……突然の呼び出しで、どうしてあの人たちは来れるのか、本当に不思議でなりませんね――あ、景気付けに音楽流しましょう。先輩たちの新曲、スマフォの中に入ってるんですよ!」


 女性のアシスタントがスマートフォンを操作して、曲を流し出す。それはとても気分が上がる激しいロックミュージックで、その瞬間、彼の目に火が灯った。


「お、お兄ちゃん! もう私じゃ手に負えないよ!!」


 ――その時、作業部屋の扉が開く。

 高校の制服を着た美少女が涙目になりながら流れ込み、更に扉の前には彼の担当編集の女性が立ち塞がっていた。


「さぁ、先生! 原稿をもらいに参上しましたよー」

「……お願いします、あと三十分だけ。それだけあれば最高の出来でお渡しします」

「……ほぅ。後で私は上司に怒られるんだけどー、それに見合うものはくれるのかね? 先生くん」

「――何でも一つ、言うことを聞く権利で」

「にひひ……はい、分かりました! じゃあ三十分くらい妹ちゃんをお借りしまーす!!」


 そうして昔から変わらない悪戯な笑みを浮かべながら、編集は彼の妹を連れて部屋から退出する。

 ――それと変わるように、もう一人の女性が室内に入ってきた。


「ひ、ひろくん、大丈夫だった!?」

「……あぁ、代償は少なくないけど、とりあえず三十分は時間を稼げたよ――皆、ここが正念場だ。無事に終わったら焼肉を奢る」

『――先生、マジかっこいいです!!』


 彼の一言で、アシスタントのやる気が爆発する。

 ……しかしそれとは裏腹に、彼は一息ついた。実はもう、彼のすべきことは全部終わっているのだ。あとは全てアシスタントの仕事なのだが……彼はアシスタントの持つ原稿を一枚取った。


「……先生、平均睡眠時間三時間なのに――俺たちが不甲斐ないのがいけないんだ!!」

「って言ってる君の手が一番遅いんだよ! ほら、さっさと手を動かす!! あ、先生はゆっくりとそれを仕上げておいてくださいね? ……先輩は先生が無理をしないように、見張っといてください」

「はーい――って言われてるけど先生、休み気、ないよね?」


 女性がニッコリ笑いながらそう言うと、彼は顔が引きつる。

 ……仕事をしていないと気が済まないのだ。周りが動いているのに、自分が動かないことが無性にそわそわするのだ。


「……先生って、お前も先生だろ――原作者様」

「一応カラーは仕上げたよ? 今回は巻頭カラーだから、張り切っちゃった!」

「……それはどうも――皆にミルクティーでも淹れて来てもらって良いか?」

「うん、任されました! ――この作品も、もう十九巻超えたんだねぇ。私たちのデビュー作!」


 女性は山積みにされた同じタイトルの漫画の一冊を手に取って、そう呟いた。


「デビュー作が今もずっと続いているからな。……お前がそれからも次々と良い案を担当に見せるから、それが全部採用されて掛け持ち連載していること、忘れるなよ?」

「あ、あはは――でもひろくんなら出来るよね?」


 女性は彼を信頼しきったようにそう言うと、彼は顔をそっぽ向ける。


「……ほら、早く紅茶を淹れてきてくれ。ハチミツ入りのミルクティーじゃないと、俺はもう今すぐに寝るから」

「――はーい、分かりましたよー」


 そう適当な声であしらいながら、女性は部屋から出ていく。

 ……彼は漫画を手に取り、その表紙を見つめる。次に発売する二十巻で、彼らのデビュー作は完結するのだ。


 それが少しばかり物悲しく、だが描きたい世界を描き切った満足感で満ち溢れている。

 ――今の描いている原稿は、記念すべき最終話の原稿。だからこそ一切の手も抜けないのだ。


「……っし、気合を入れるぞ」

「で、出た! 先生の鬼作画!! あの日下部先生も苦笑いの速度が出るぞ!!」

「む、無茶しないでください、せんせーい!!!!」

「――お前ら、うるさい」


 そうして、和やかな雰囲気が流れる。

 ――机の上に山積みにされた漫画。彼らのデビュー作で、テレビアニメ化までされた、心打たれる感動的な物語と称されている。

 心の隙間を人と人との繋がりで埋めて、大きな人の輪を作って笑顔を浮かべるその作品は、根強い人気を誇っている。



 その作品の名前は――


ものっすごい蛇足な気もしますが、もしかしたらの未来の物語としてご想像ください。

次回の更新がいつになるかは分かりませんが、そこから番外編となります。時系列はバラバラとなりますが、一応春夏秋冬の物語となります。

それでは、またの更新をお待ちください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ