4幕 木漏れ日のない美術部
自分のことを話すことが出来ない。それは何も、水無月に限らず自分自身もそうであったことを、恥ずかしいことに最近になって思い出した。
自分が目のことを隠している、ということを忘れるくらい、俺にとってこの美術部の活動は楽しいものだったからだ。
……俺が自分のことを今も話せない理由は何なのかと、少し考えてみた。
何か月も前ならば、その理由は単純だった。美術部の皆との関わりがまだまだ浅く、信じていなかったから。たぶんこれだ。
ならば今もそうなのか。そう問われれば、当然否定する。俺は貴音先輩も雪彦先輩も海老名先輩も、水無月の全員を信頼している。言い触らすようなことをする人たちではないということはたった半年という付き合いだが、はっきりと断言できる。
……それでも話せないのは、きっとそれは俺が怖がりだからだ。
昔、俺の大切な幼馴染と離れ離れになってしまったこと。これがきっと、俺の足を止めているのだ。
――思えばあいつと美術部の人たちは似ている。どこまで言っても味方で、嬉しいことがあればすぐに表情に出してしまうところなんかもそっくりで……だから俺も、自分でも驚くほどにすぐに慣れることが出来たのだろう。
……何が怖いのか。もし自分のことを知られたら、離れていってしまうかもしれないからか。それも多分あるだろう。
実際に怖い。今あるこの安心できる居場所がなくなったしまうのは、どうしようもなく怖い。
――それ以上に怖いのは、自分がまた一人きりになってしまうことだ。それが何よりも怖かった。
……だけど、それはないと断言できる。あの人たちはそんなことで離れていくなどありえない。むしろより親身になってくれるというのは、夏の合宿で明らかになったことだ。
……答えは多分、そういう機会がなかったから。わざわざ自分から自分のことを話す機会がなかったから、話さなかった。考えてみれば呆気ない答えだ。自分でもそのことを忘れるわけだ。
……水無月は話してくれない。ああ、話せないのは俺も同じだから、共感してしまう部分もある。しかし水無月と俺とではきっと、問題の根本が違うのだろう。俺には彼女が自分のことを話せず、自分一人で抱え込もうとする理由は、はっきりとは分からない。
自分の問題だから、自分で解決しないといけないと思っているのか。それともこのことが知られたくないことに直結しているのか。
考えはまとまるはずがない。
そう考えている間にも、きっと水無月は無理をする。無理をしているからこそ――水無月は、俺たちの前に姿を現さなくなってしまったのだろう。
……その事実が、ズキリと胸に突き刺さる。
――十一月が終盤に差し掛かる今。水無月は、学校にも来なくなってしまった。
それは俺が最後に水無月と部室で話してからすぐのことだった。渡邊先生と貴音先輩からそれを聞かされ、知った事実。俺はとてつもない責任を感じた。
自分との会話が引き金になってしまったのではないかと。もちろんそれを察した先生と先輩は否定したが、全くないとは言い切れない。そもそも全ての問題の発端は少なからず俺にあるのだから。
……聞いた話では、水無月はかなり体調が悪いらしい。
そんな中、俺に出来ることは少なく――俺は放課後、部室に向かうよりも先に水無月の家へと向かっていた。
電車に揺られ、自分の最寄り駅よりも数駅前で途中下車し、住宅街を歩く。
目的は、彼女が学校に来られない間のノートやプリントなどを届けるためだ。本来は彼女のクラスメイトの役割だろうが、俺は率先して自分がすると渡邊先生に進言した。
……インターホンを押すと、しばらくして水無月は出る。しかし相手が俺と知ると決して外には出ず、簡易的なお礼を言うだけだ。
俺は郵便受けに渡すものを入れて、その場から去る――そんな生活を毎日送っていた。
もしかしたら水無月が罪悪感を抱いているのではないか。そんな風に思ってはいるが、しかしこの行動を止めようとは思わない。
ここで逃げたら、きっと二度と水無月と面と向かって話すことが出来なくなる。そう思うと、俺は例え拒否されてもそれを止めようとは思えなかった。
……そして水無月の家に寄った後でもう一度学校に戻り、部活に顔を出す。だけどそれは毎日しているわけではない。
つまり、俺も部活に行く頻度が下がっているのだ。
……どうしても、部活に行きたいとは思えないのだ。それが先輩たちを心配させていることは理解しているのに、俺の足が部室に向かない。
……美術部から木漏れ日を失くしたことに対する罪悪感は、もちろんある。感じるなと言われる方が無理な話だ。
――だから出来ることをしようとする。そうすれば許されるとでも、思っているのか。
俺一人が何とかしようとしても、何も変わらない。
……だったら、俺はどうすれば良い。どう……したいんだ。
――そんなことを毎日考えていたある日。
『ちひろん、部活サボり過ぎー! あんまりサボると家に押しかけちゃうぞ?』
『千尋、あんま無理すんな。なんかあったら俺らを頼れよ?』
『無断欠席とは良い度胸をしている。今度面を貸せ』
……気付けば先週は一度も部活に顔を出していなかった。それだからか先輩たちから心配の旨を伝えるメールが来ていた。携帯電話の画面を見るも、俺は画面をパタリと閉じてしまう。
……放課後になると、今日も俺は水無月の分のノートと彼女のクラスメイトからプリントを受け取って学校を出る。向かう先は水無月の家だ。いつも通り電車に乗り、水無月の家の最寄り駅で降りて住宅街を歩いていく。そして水無月の家の前に着いて、インターホンを押そうとするが……それを止めて、郵便受けにプリント一式を入れてその場から立ち去ろうとした。だけどふと、見上げた。
――家の窓を見ると、そこには水無月がいた。寝間着姿で、カーテンの間から俺のことを見つめている。学校では滅多にかけない眼鏡をつけて俺を見るその表情は、きっと不安に満ち溢れているのだろう。
……かける言葉が思いつかないから、俺はその場を去る。決して振り返らず、歩いていく。
駅の前に着くと、俺はこれからどうしようかとつい考える。考える前に学校に戻るべきだけど、どうにも気分がそうはならない。
――思えばしばらく和那以外の誰ともまともに会話をしていない。渡邊先生とすらまともな会話をしていない。
……まるで昔に戻ったみたいと思った。だけどどうしても、誰かと会話を楽しもうとは思えないのだ。水無月が一人苦しんでいる中で俺があの輪の中に入っていくのは、どう考えても不公平だ。
そう思って自宅に帰ろうとした時――
「――ちひろん!」
……そんな特徴的な呼び方をする人物は、俺の周りだと一人しかいなかった。
そちらを見ると、そこには海老名先輩がいた。しかし鞄は持っておらず、明らかに下校途中とは思えない。
となると……
「……お久しぶりです」
「ホントにそーだよ、サボり魔な後輩くん。今もお家に帰ろうとしたでしょ?」
海老名先輩はそう言いながらドスドスと歩いてきて、俺の腕を掴んだ。そして学校方面のホームに無理やり連れていく。
「海老名先輩、俺は」
「問答無用だよ、今日はちゃんと部活に連れていくんだから!」
「……俺に拒否権は?」
「当然ないよ。最悪腕を組んででも連れて行くから。離さないから!」
……それならばどうしようもない。俺は海老名先輩に腕を引かれたまま、再び学校に戻っていった。
●○●○
……珍しくも、海老名先輩は電車の中では話し掛けてこなかった。それは電車を降りてしばらくは続く。
かなりの追及は覚悟の上だったから少し拍子抜けだ。
……通学路を歩いていると、下校する学生がチラホラと見える。放課後なのに駅から学校に向かう俺と海老名先輩を不思議そうな目で見る人も中にはいた。
「ちひろん、こーちゃんとは話した?」
ふと海老名先輩は俺にそう尋ねた。その当たり障りのない質問に海老名先輩らしさは感じないが、問われたことには答えないと不誠実だ。
「……いえ、顔は合わせましたが、話してはいません」
「そっか。元気そうだった?」
「……いいえ」
俺は率直にそう答えると、海老名先輩は通学路の途中で足を止めた。
「……先輩?」
海老名先輩は俺の前で俯きながら歩くのを止める。
……周りに人がいない。下校のピークを過ぎたのか? それは分からない。前方には少なからず人は歩いてきているけど、それでも数人だけだ。
……海老名先輩の様子が普段とは違うということだけははっきりとわかった。
微風ながらも、冷たい冬の風が吹く。本格的な冬場を迎えているから、寒気を感じた。だから海老名先輩が少し震えているのも、寒さが原因だと思った。
「――勝手だよね。ちひろんも、こーちゃんも」
……だけど、それは違った。海老名先輩は震える声で、しかしはっきりと聞こえる声でそう言った。いつものわざと出している高音の声ではなく、緊張からの上擦った声でもなく……俺の方を振り向かず、低い声でそう呟いたのだ。
「なんでも自分一人で溜め込んで、こっちのことなんてお構いなしに一人で考えて、一人で答えを出してさ……っ」
「海老名先輩、それは」
海老名先輩は鼻をすすり、涙を我慢しているような声でそう話し続ける。先輩の方に近づき、肩を掴むと……海老名先輩は俺の方に振り返った。
――悲しそうと、そう表現するしかなかった。
頬や鼻先は赤く、くるりと丸く大きな目には涙で溢れていた。その目は俺のことを真っすぐと見据えていて、心を見透かされそうな気分になる。
「――ちょっとくらい私のことも頼ってよ!!」
――海老名先輩は、傍目も気にせずにそう言った。前から歩いてきていた人も海老名先輩の突然の大声に驚いてこちらを窺いながら歩いていく。
……だけど俺も、そんなことがどうでも良いくらい先輩の言葉が頭に反響していた。
「大好きな後輩が一人で苦しんでて、先輩は頼って欲しんだよ! ちひろんだって、こーちゃんだって、なんでも頼って欲しいし、何でも話してほしいの! それなのに二人とも、顔も見せなくなって……そんなの――悲しすぎるよ……っ」
……海老名先輩は眉間に皺を寄せ、真っ赤な顔で年不相応に子供のように泣く。それが俺や水無月のことを思って泣いているということの何よりも証明で……だからこそ、深く突き刺さった。
――水無月のことばかり考えていて、他のことが疎かになっていた。それを自覚していても、結局周りを頼らないばかりに、海老名先輩を傷つけてしまった。
目の前の問題を捉えすぎて視野が狭くなっていた、なんて言い訳なんて出来ない。
……海老名先輩は、俺の両腕を、自身の両手で掴む。
「こーちゃんがいて、ちひろんがいてこその美術部なんだよ――木漏れ日は葉っぱがないと出来ないよ!」
「葉っぱ……?」
葉……俺と水無月のことを指しているのだろう。そしてそれは俺たちだけでなく、海老名先輩も貴音先輩も雪彦先輩もそうだ。
――美術部という場所が木で、そこに所属して活動している生徒の俺たちが葉。木漏れ日は気のないところには生まれない。
「たった一つも欠けたらダメなんだよ……。だから、お願い――一人になろうとしないで、ちひろん。わかんない時はわかんないで良いんだよ。誰も何でもなんてわかるはずがないんだから」
「……でも、それじゃあ何も解決しないです」
「……うん、そうだね。そんなにすぐに解決出来たら、そんなの問題じゃないもん――分かろうとするだけでいいの。分からないときは、自分以外の誰かを頼って、そうやってさ……一人じゃなくて、皆で解決していくものなんだよ?」
海老名先輩は俺から手を離した。その表情からは険しさは消えていて、いつも俺たちと話す時よりも穏やかそうに笑う、初めて見る海老名先輩の顔であった。
「ちひろんは自分を許せないかもしれないけど、一度自分を許してあげて。ちひろんが自分を責めてばかりだと、こーちゃんだって自分を許せないからさ」
「……は、い」
なんとかして紡ぎだした声は、恥ずかしながらも情けないものだった。
海老名先輩は言いたいことを言い終わるとクルリと回転し、学校に向かって一歩踏み出す。
「ちひろん、勘違いしそうだから先に言っておくね――ちひろんは間違ってないよ。たくさんのことが重なってしまったから仕方ないけど、全部こーちゃんのためにちひろんがしていることなの。だからそれだけは、覚えておいてね」
――この人には。……いいや。本当に、この人たちは何でこう、ズルいんだろう。
普段はあれだけふざけてこっちに心労ばかりかけているのに、こういうときには誰よりも親身になってくれる。
……どうしてこうも、心を温かくさせてくれるのか。そう思いながら、少し俯いて海老名先輩の後をついていった。
●○●○
特別棟には各々の専門とするコースの教室があるが、そこには音楽の教室はない。防音対策が必要な音楽コースは体育館の近くに音楽コース専用の棟があるのだ。バンドを主流となっているためか、小さな部屋が幾つも並んでいて、それぞれの室内には音楽祭を控えた学生が活動していた。
……美月と雪彦もまた、そのうちの一人だ。美月は自分のパートのドラムを、雪彦はベースを担当していて、その他二人のバンド仲間と共に音合わせをしている。
しかし、二人はどうにも練習に身が入らなかった。
「――ストップだ」
バンドのまとめ役の男子生徒はパンパンと拍手し、音合わせを中断する。
……音を合わせていたら嫌でも分かる。明らかに美月と雪彦が練習に集中できていないということは手に取るように明らかであった。
それはボーカルの女子生徒も同じだ。男子生徒とは違い、普段とは違う二人を心配そうに見つめている。
「なんだよ、急に止めて」
「なんだ、じゃないだろ、雪彦。なんだ、その響かない音は。美月もそうだ。いつもはうるさいくらい強く叩いているだろ」
「いつもお前はうるさいって言ってくるじゃないか」
「それはお前の無駄にテンションが上がったときの奇声だ」
「ボーカルの声を掻き消すのはホント勘弁してほしいよ。マイクに勝つとかマジでふざけてるよ」
二人はそう指摘する。
――二人が集中できていない原因など一つしかない。無論、水無月を中心とした美術部の現在の状況だ。幾ら練習をしようと、そのことが頭にちらついて離れないのだ。
「……ったく、何があったら普段あれだけ面倒くさいお前らが大人しくなるんだよ」
「うるせぇよ。俺だってクールな時だってあるわい」
「雪彦くんがクールって……ぷぷ」
「うっせぇ! とにかくやることはやるから、早く練習終わらせるぞ!」
雪彦は弦を弾き、音を奏でる。そんな雪彦を見て二人は嘆息を漏らした。
――そんな中、美月は一言も言葉を発していなかった。
……美月はずっと、たった一つのことを考えていた。それは彼女が過保護なまでに大切にして、末代まで続く仲とまで誇張表現している水無月のことだ。彼女が学校に来なくなって既に週を越えてしまった。
水無月について思い悩んでいるのは何も一色に限った話ではない。彼以上に水無月のことを想い、しかしどうにも出来なくて心苦しく思っているのは美月も同じだ。
「早く終わらせて部活に行きたいって言えよ。……行かせてやりたいよ。でも音楽祭が近くなってる今、あんまり俺らも余裕ないんだ。悪いとは思ってるけどさ」
「……分かってる。少なくともやらかさないから安心しろ。むしろ本番に弱いのはお前らだろ? 俺と美月に緊張なんてものはねぇからな!」
――美月にとっての大切なものは何か。彼女は考えた。
自分の将来のことはもちろん大切だ。それに繋がるかもしれない音楽祭も彼女にとって非常に重要度の高い事柄であることに間違いはない。
……しかし、美月にとって本当に一番大切なことは――
「……っ」
美月は唐突に立ち上がる。言葉もなく立ち上がる美月に、他のバンド仲間は目を丸くした。
……ただ一人、雪彦だけが驚くことなく、彼女を見据えている。雪彦はすぐに気付いたのだ。美月が真剣な表情であり、何かを決心したということを。
美月は皆の前に立つと、膝を床につけた。
「――一生のお願いだ。あと三日だけ、私に時間をくれ!!」
……額を床につけ、美月は土下座をしてそう言い放った。
突然の美月の土下座に男子生徒と女子生徒は驚く。
「お、お前頭上げろ!! 俺らがさせてるみたいだろうよ!?」
「突然どうしたの、貴音ちゃん。プライドだけが取り柄の貴音ちゃんが土下座なんて、天変地異の前触れ!?」
散々な言いようであるが、実際にどうしてそんなことをするのか、二人は咄嗟の事で判別することが出来なかった。
……しかしそんな美月を見て、雪彦は少し苦笑いを浮かべる。
「――本当にお前はな。仕方ねぇよな」
そして美月はベースを立て掛け、美月の隣に同じように膝をつき、頭を下げた。
……どうして美月が突然そんなことをしたのか、彼は理解したのだ。だからこそ彼女と同じように頭を下げる。
「俺からも頼む。美月に少しだけ、時間をくれ」
「雪彦、お前どうして」
美月は頭を上げてそう懇願する雪彦に対し、驚きの表情を浮かべた。
「いつまで経っても無茶言わねぇから、心配してたんだよ。ない頭であれこれ考えて、お前が動かないとか本当にどうしちまったって思ったよ」
雪彦はそんな皮肉を口にする。しかしその表情は真剣そのもので、美月を真っすぐ見据えて言葉を投げかけた。
「お前だけにしか出来ないことがあるんだろ。だったら周りに気を遣ってんじゃねぇ。お前はそんなに器用な奴じゃないだろ。……不器用馬鹿は、真っすぐ突っ走れ」
雪彦は言いたいことを全て言い終わったのか、もう一度深々と頭を下げた。
「俺たちにとってこのバンドは大切だ。だけどそれ以上に――美術部も、掛け替えのないくらいに大事なもんなんだ。迷惑をかけることは百も承知だ――だけど、今しないと美月は一生後悔する。だから」
「――分かってるよ、そんなことぐらい」
男子生徒は盛大なため息を吐き、雪彦の言葉を遮った。
……しかしその表情には怒りといったものはない。呆れが半分と、そしてもう半分は笑顔だった。
「普段は平気でサボる癖に、何でちゃんとした理由があるときはサボらないんだよ。そんな土下座しなくても、誠意さえ見せてくれたら最初から止める気はないのによ」
「え、でもお前さっき」
「一言でも練習を休ませてくれって言ってないだろ。……言われないと分からないし、そこまで気が使えるほど器用じゃない」
男子生徒は少し照れ臭そうに顔を背ける。
「でも大事な時期っていうのは変わらない。実際に美月がいない間はリハも出来ないわけだからな――美月。時間はやる、だけど帰ってきた時、全く使い物にならなかったら分かってるな」
「――無論だ! その時は小指を切り落とそう!!」
「そんな極道望んでないから!! ……本当にもう、貴音ちゃんはやることなすことが極端だよ」
男子生徒のすぐそばに立つ女子生徒は、しゃがみ込んで微笑みを浮かべた。
「ほら、急いでいるんでしょ? やるからにはすぐ行動するの!」
女子生徒は美月を無理やり立たせ、彼女に荷物を持たせて部屋の外へと追いやる。
「……恩に着る!」
美月は鞄を片手に、駆け足で部屋から飛び出して行った。
それを見送る三人。残る雪彦は立ち上がり、パンと顔を叩く。
「うっし! んじゃ切り替えて練習を」
「――何言ってんだ、この無駄面!!」
「ぐぇ!?」
……そんな雪彦を蹴り飛ばす男子生徒。その蹴りの反動で雪彦は部屋の外の壁に衝突した。
「な、なにすんだ!? っていうか無駄面ってなんだよ、無駄面って!!」
「うるせぇ、この無駄にイケメン糞野郎! ……美月がいなけりゃ、お前がいてもいなくても同じなんだよ。っていうか何格好つけてるんだよ、美月の前だからって」
「ううう、うるせぇ!! 別にそんなつもりは」
雪彦がそう言い切る前に彼の鞄を無作法に投げ渡した。
それを受け取ると、雪彦は目を丸くして二人を見た。
「お前だって気が気じゃないんだろ。さっさと用を済ませて帰ってこい――これで本番失敗したら、ただじゃおかないからな」
「ということで、ここに雪彦くんの席はないからさようならー」
……女子生徒はそう軽い口調で言いながら、部屋の扉を勢いよく締め切る。ついでにガシャリと鍵まで施錠してしまった。
そうなれば仕方がない。雪彦は立ち上がり、鞄を片手で持って部屋の方を向いた。
「……サンキュー」
そう呟いて美月と同様に部室へと向かった。
……残された男女二人は、互いに顔を見合わせて笑い合う。
「……あいつらって本当に馬鹿だよな」
「うん、そうだね――でも、そういうところが好きなんだよね?」
「うるせぇよ。……言わせんなよ、馬鹿」
支え合って、それで前に進む。それは誰しもがそうである。
――だから彼らも、ようやく前に進めるのだ。




