鉄の神楽坂、数字の前に崩壊す
社内から『鉄の神楽坂』と恐れられている、完璧主義で超エリートの神楽坂迅エリア長。
クールに仕事をこなす彼ですが、裏のバックヤードでは――天音ちゃんの「綺麗で可憐な字」や「完璧な財務書類」に撃ち抜かれ、一人で悶絶している真実がここに……!?
納期よりもずっと早く提出されたその書類は、来たる『店長セミナー』で使用するためのものだった。
表紙をめくり、細かく記載されたデータとグラフの余白を見た瞬間——俺は息を呑んだ。
「なっ……字……字まで可憐だとは……っ!」
細いのに、しっかりと芯のある美しい文字。
ギャルっぽい丸文字でもなければ、とげとげしい乱雑さもない。その一文字一文字から漂う清廉潔白さに、神楽坂迅の心はまたしてもガッチリと掴まれてしまう。
「過度な丸文字でもない……字の端々から漂うこの誠実さ……素晴らしい……!」
(はっ……いかんいかん! 早く心を鎮めろ! 肝心の中身を見るのだ……!)
実は、一般的な薬剤師は経済や経営の数字に触れる機会が少ない。
「処方箋が1枚来たら大体いくらの利益が出る」といった表面上の数字だけを簡単に考える輩も多いが、基本調剤料は店舗の規模や地域によって異なるし、一概に語れるものではないのだ。
今回の店長セミナーは、まさにそういった「薬剤師の金銭感覚の育成」を目的としている。本部にはメガバンク出身の顧問や部長陣が控えており、「自店舗の財務状況すら把握せずして店舗運用など言語道断」という厳しい方針なのだ。
だからこそ、普段の臨床的なスキルとは違う数字の管理に、薬師寺薬局長は「少し自信がないので……」と不安げな顔をしていたわけだが——。
フッ。だが安心しろ、薬師寺先生。
この俺は、数ある薬剤師の資格のほかに『FP』の資格まで持っている超エリートだ! この程度の経済計算など朝飯前……できんことはない!!
俺は「くわっ」と目を皿のようにして書類の数値を検閲し始めた。
(……っ!?)
計算式は……合っている。
いや、それどころか、しっかりと黒字に乗せるための最適解が叩き出されている!
ブワッ……と、俺の目頭が熱くなった。
しかも、綿密なデータ分析のおかげで至急発注(ムダな特急便)を出すこともなく、卸業者に余計な迷惑もかけていない。
指摘すべき点があるとすれば、わずかに在庫率が少し高いことくらいか。だが、それも致命的ではない。内容的に、長期間動かないいわゆる「不動在庫」になりやすい高額薬の類も一切含まれておらず、常に棚の隅々まで綺麗に管理している証拠だ。
「すっ……素晴らしい……。可憐な上層の美しさだけでなく、中身まで完璧とは……っ!」
感動を胸に、俺は次に一ノ瀬の提出書類へと視線を移した。
「ふむ……一ノ瀬薬局長の方か。……なるほど、少しズボラな性格が数字に出ているな。不動在庫の回転率がやや怪しい。ここは後で厳しく注意しておこう……」
とはいえ、こちらも流石は東方大学薬学部を上位で卒業しただけはある。利益の出し方自体は悪くなく、損益分岐点の計算も正確に弾き出されていた。
「よし……。二人とも、あとで直接褒めに行こう!!」
……だが。
問題が一つだけある。
「……待てよ。あのツンとした『鉄の神楽坂』のキャラを貫いてきた俺が、いきなりあんなデレデレした顔で『よくできました』などと素直に言えるか……!?」
誰もいないバックヤードで、書類を抱えたまま頭を抱えてうめき声を上げる。
ツンデレエリア長の苦悩と、天音ちゃんへの激重感情は、今日も明日も止まりそうにない
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