神楽坂迅という男
今回はついに、社内から『鉄の神楽坂』と恐れられる超エリート・神楽坂迅エリア長視点のエピソードをお届けします!
細部まで見抜くプロの目を持つ彼が、なぜ地味な薬局長・天音ちゃんにここまで本気で心を奪われてしまったのか?
そして、調剤室で見せる冷徹な仮面の裏側で、バックヤードに入った瞬間に繰り広げられる「可憐すぎる……っ!」という衝撃の爆発をお楽しみください!
俺は神楽坂迅。
社内では「厳格なエリア長」として通っている。
陣内エリア長には最年少エリア長の座こそ譲ってしまったが、数字、コンプライアンス、店舗の華やかさ……そのすべてにおいて負けるつもりは毛頭ない。
あちらの親しみやすい陣内エリア長とは違い、俺は社内から少し恐れられている。そのため、軽々しく女性社員が言い寄ってくるようなこともない。
俺は自分で言うのもなんだが、かなり細かいところまで気づく人間だ。
調剤室での表面上のノリや誤魔化しなどは、一目見ればすぐに分かる。普段から真面目に業務に向き合っていない薬局長には、当然厳しく対応する。俺が巡回に来る日だけ表面上を取り繕っても無駄だ。日々の努力や誠実さは、神は細部に宿るというように、細やかな部分にひっそりと現れるものなのだ。
そこを見抜けるか否かで、ただの薬局長で終わる人間か、それ以上へ駆け上がる人間かが決まると俺は判断している。
別店舗の一ノ瀬は普段こそチャラチャラしているが、あれはあれでかなり高い臨床能力を持っている。ライバルだが認めよう。奴は優秀だ。特に在宅医療や緩和医療に関しては明るい。
(……『天音ちゃん』などと気安く呼んで引っ付いているのは甚だいただけないがな!)
まあいい。今日も所沢駅前店の店舗管理は見事だ。
この新人の橘も素晴らしいな。まだ新卒一年目だというのに、職場を実に美しく整えている。俺はこれまで何十という店舗を見てきたから分かる。デスク周りを綺麗に整えられない人間に、良い仕事などできるはずがないのだ。
しかも東京薬科学大学の男子部をトップクラスで卒業し、高校はあの函館ラッサールか。並々ならぬ逸材だ。
(……馴れ馴れしく『天音さ〜ん』などと甘えているのは、これまた非常にいただけないがな!)
そんな中、いつもひたむきに頑張る薬師寺天音……。
実に…実に…可憐だ。
他のどの薬局長(あの一ノ瀬は除くが)も、俺が巡回に来れば顔色を伺い、何かを隠そうとコソコソ動く。
だが、彼女を見ろ。どこまでも真っ直ぐだ。
いつも愚直なまでに頑張っている。女の武器を使うわけでもない。己の地道な努力だけで、ここまで這い上がってきた。
俺に媚を売ってくることもない。自力だけで、真っ直ぐにぶつかってくる。
(くっ……恥ずかしいが……俺はこの人に、完全に心を奪われてしまったのだ……!)
『鉄の神楽坂』と恐れられている、この俺が……!
(はっ……しまった! 鼻の下を伸ばすわけにはいかん! 俺にはエリア長としての立場があるのだから……!)
「おはよう……薬師寺先生」
「あっ……おはようございます♪ 神楽坂エリア長♪ 来週が納期の書類だったんですけど……私、頑張って作りました! 少し自信がないので……ご指導ご鞭撻の猶予をいただきたく、早めに提出させていただきたいです! お願いします!」
両手で丁寧に書類を差し出してくる天音。
「うん……分かった。……よく出来ているぞ! 細かい修正にあれば個別に伝える。調剤に戻れ!」
「はい♪ エリア長、お手柔らかにお願いしますね♪」
「ちょーっと厳しすぎないっすか〜?」
横から橘がすかさず口を挟んできた。俺は表情ひとつ変えずに一蹴する。
「我々薬剤師には高い倫理観と正確性が求められる。厳しくせざるを得ん!」
「はーい……」
ぶつぶつと不満げに頬を膨らませる橘を背に、俺はそそくさと事務所の奥へと戻った。
パタンとドアを閉め、誰もいないバックヤードにひとり立った瞬間——。
「っ……ハァ……ハァ……っ! か、可憐すぎる……っ!!」
胸を強く締め付けられ、俺は壁に手をついて息を吐き出した。
誰も見ていないことを確認し、だらしなく頬を緩めてニヤニヤと笑い破顔してしまう、情けない俺なのだった。
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