ガリガリ勉強する男たちと、天音の涙
今回は、イケメンたちが全員揃って「ガリガリ勉強している」という圧倒的なハイスペック無双回です。
今日は、なんだかいつもと空気が違う。
バックヤードも調剤室も、なぜだかあのイケメンたちがいつになくガリガリと本気で勉強しているのだ。
一体どうしたというのだろう……?
ふと、イケメンな上にハイスペックすぎるこの人たちと、凡人の私なんかが一緒に働いていて本当に大丈夫なのかと、天音の胸に小さな不安の波が押し寄せてくる。
ガリガリ、カリカリ……と、橘くんがものすごい勢いでノートに書き込みながら目を輝かせて勉強している。私は人生で一度もあんなに目を輝かせて勉強したことがないわ……。
「あっ、あの……橘くん、今いったい何を勉強してるの?」
「あ、天音さん! 見てください、これ『日本化粧品検定』です! 先日、化粧品成分検定に受かったので、今度はこっちの勉強をしてるんです! なんかですね、今年のコスメアップコンテストで最優秀の準優勝に輝いた『有栖川まひろ』さんっていう凄い人がいるらしいんですよ! 僕と歳がほとんど変わらないのに、そんなの聞いちゃったらめちゃくちゃ燃えちゃって!」
「たっ……橘くん、凄すぎるよ……」
(尊い……こんなに熱心な年下くんとか、もう尊すぎて語彙力が足りないわ……自分の表現力のなさが恨めしい……)
チラッと横に視線をやると、これまた端正な顔立ちの神楽坂エリア長が、分厚い経済の専門書を真剣な顔で読みふけっている。
どうやら『FP』の勉強らしいけれど……一体何級なのだろうか。
「あのぅ……エリア長?」
「どうしたんだ、薬師寺先生」
「いやあの……橘くんが勉強してるのを見て少し疑問に思ったんですけど……エリア長は、どうしてまたFPの資格なんて取得されたんですか?」
「あぁ……この店舗の隅に、使っていないデットスペースがあるだろう」
「た、確かに、変な作りのスペースだなぁとは思ってましたけど……」
「あそこに一時期、『店舗内にほけんの窓口を誘致するか』という活用の企画案が出てだな」
「それで、本部から何か命令が下されたんですか?」
「いや、私自身が何も分からないままでいるのも現場のトップとしてまずいかと思ってな。……だから、独学で『FP1級』と『AFP』を取った」
「いっ……1級!? え、2級……じゃなくて、1級ですか!?」
「だが、後になってから予算がうまく下りなくなってな。結局その話は立ち消えになった」
「も、惜しいですね……! せっかく本部からの案に備えて自発的に……」
「いや、スキマ時間を使って自分で勝手に勉強して取得しただけだ。今後の薬局運営の後学にもなるし、悪い勉強ではなかったぞ」
「じっ……自主的に……!? しかも『1級』を……!?」
おっ……落ち着くのよ天音!
この人たちが元々すごすぎる化物揃いだなんて、最初から分かっていたじゃない……!
ブルブルと震えながら、さらに横をそっと見ると、そこには気だるげにテキストを眺めている下田くんの姿があった。
さすかに学生と比べて、大人の私がショックを受けるのは大人げないかもしれない。だが……流石に学生の下田くんにまでは、これ以上の驚かされ要素はないはず……!
私のそんな怯えた視線に気づいたのか、下田くんがぬっと顔を近づけてきた。
「……もしかして、あの人たちと自分のスペックの差にショックを受けてるの? お姉さん……」
「ぬっ、ぬぬ……っ! そんなことないわよ……っ!」
「……僕も持ってるよ、資格」
「「「!?」」」
あまりのタイミングに、私だけでなく神楽坂エリア長と橘くんも一斉にびくっと振り返った。
「ほう……下田、君は何か、薬剤師の国家試験以外にも勉強して資格を持っているのかね?」
「どうせ大したことない資格なんじゃないの〜?」
「僕は、『危険物取扱者』の資格があるよ」
「ふーん、乙種4類とか?」
「いや、甲種だけど……」
「「「!!?」」」
待て待て待て……っ! 落ち着くのよ天音!
『危険物取扱者・甲種』なんて、化学系の難関国家資格じゃない……! 高校の化学の比じゃないレベルのやつよ……! なんでそんなものを持っているの、意味が分からないわ!!
頭がパニックを起こしながら、私は震える声でその理由を尋ねた。
「どっ……どうしてそんな凄い資格を取ろうと思ったの……!?」
「んー……大学の講義が簡単すぎて、暇だったからかな」
ガガーン……!!
――暇だから……? 一体どういうことなのよ……!? 私は毎日朝から晩まで必死こいて勉強して、やっとの思いで薬剤師になったというのに……ッ!!
その絶望的なタイミングで、自動ドアがシャランと景気よく開いた。
「ハロー! 天音ちゃん! ……って、どうしたのそんな床に崩れ落ちて!!」
我が店舗の隣…もう一人の暴れ馬、一ノ瀬蓮薬局長が颯爽とやってきた。
「うぅ……一ノ瀬薬局長……今、みんなの凄まじい資格の話を聞いて、私のちっぽけなプライドが完全に打ちのめされて……っ! 一ノ瀬薬局長は、何か持ってないの……!?」
「俺か? 俺は『医療情報技師』の資格を取ったぞ。実家の病院経営もあるし、兄貴も医者だから、IT系の医療データ知識も足しになるかと思ってな!」
はわわわわ……っ!
天音ちゃん、完全全敗……!!
あまりのハイスペックの暴力に、ついに私の目からポロリと……大粒の涙が頬を伝って零れ落ちた。
「「「「!!?」」」」
その瞬間、店内の空気が一瞬で凍りついた。
次の瞬間、ハイスペックなイケメン4人が、まるで飼い主を失った大型犬のように一斉に私の周りにびっちりと寄り添ってきた。
「なっ、泣かないでくれ天音ちゃん!」
「誰だ、天音さんを泣かせた奴は俺が許さねえ!」
「お姉さん、泣き顔も可愛いけど……僕たちのせいにされても困るな」
「私の指導不足か……すまない、薬師寺先生……!」
いいの……私なんて、この人たちと釣り合わないダメな女なのよ……と、みんなの優しさに余計に泣きそうになったその時。
はっ……! と私は頭の中で電撃が走った。
私にだって、負けない武器があるはず……!
「ま、待って……! 薬師寺天音、お料理なら……お料理なら、すごく上手にできるもん……っ!!」
涙を拭いながら、必死でそう宣言した。
「「「「!!?」」」」
「「「「食べたいっ!!!!」」」」
なぜか、イケメンたちの間で全く別の熱い「手料理争奪論争」がその場で勃発してしまったのだった。
(……こうなったら、今度みんなに何か美味しいお菓子でも大量に焼いて持ってきてあげよう……)
涙を引っ込め、心の中で密かにそう決意する、ポンコツで愛しい天音ちゃんなのだった。
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