第183話 落ち葉の向こうに分かれた灰色と、二人で描き直す景色
翌朝、窓から入ってきた光は、前の日より少しだけ鋭く見えた。空はよく晴れているものの、枝先に残っていた葉がずいぶん少なくなったせいで、森の奥まで光が通るようになったのだろう。寝台を離れた俺は、開けずにおいた窓の留め具を確かめ、それから机の端に置かれた自分の布袋を手に取った。
少し曲がった縫い目は相変わらずで、指を滑らせると布の重なるところに小さな段差を感じる。昨日セリーが自分の袋へ取り外せるポケットを加えているところを見てから、この不揃いな形まで前より好きになったような気がしていた。立派な魔導具と比べれば何の力もない小さな袋だが、塔で暮らしてきた時間を思い出させてくれる。
(俺も、使い方が変わったら直したいところが出てくるかもしれない。でも今は、この袋へ入れたいものを選ぶところからでいいんだよな)
今日の予定はまだ決まっていなかった。ただ、窓の下に広がる石畳を眺めているうちに、南側通路の石の台が気になり始める。以前、雨のあとの地面に灰色の部分が見え、別の角度から眺めると二か所以上に分かれている可能性があった場所だ。落ち葉が重なっているせいで、その間がつながっているかどうかは判断できなかった。
森の葉が減ってきたということは、以前と同じ場所でも見え方が違うかもしれない。もちろん、葉が少なくなれば石の台の正体が分かるという話ではないし、風で動いた葉が別の場所を覆っている可能性もある。それでも、今ある記録を確かめる意味はありそうだった。
食堂へ向かう廊下で、セリーと出会った。彼女は片手に自分の布袋を持ち、もう片方には昨日使った薄い布を畳んで抱えている。俺に気づくと、足を止めて朝の挨拶をしたあと、布袋の口を少し開いて見せてくれた。
「おはようございます、主様。昨日のポケットですが、今朝も筆記具と紙を入れてみました。自室からこちらまで持って歩いても大きくずれませんでしたので、今日はもう少し使ってみたいと思っております。ただ、まだ長い時間試したわけではございません」
「おはよう、セリー。早速使ってみたんだね。昨日は片側だけ結んでおく形がよさそうだったけど、今朝も使いやすかったなら嬉しいな。もしよかったら、今日は外へ出るときにも持っていってみない?」
セリーは興味を引かれたように目を上げた。俺は窓の方へ視線を向け、南側通路の石の台をもう一度眺めたいと思っていることを話す。今朝は空が明るく、足元の石畳も見えるが、現地の状態は行ってみるまで分からない。以前通った安全な道から観察し、少しでも足場が気になるなら、その先へは進まないつもりだと伝えた。
「南側の石の台でございますね。私も、以前描いた灰色の部分のことが気になっておりました。落ち葉が減った場所を見れば、違うことが分かるかもしれません。でも主様、私は新しいポケットが外で使いやすいかも確かめたいので、筆記具を取り出せる位置で立ち止まる時間をいただきたいです」
「もちろん。歩きながら取り出す必要はないから、いつもの石畳に立ってから確かめよう。袋を試すために危ない場所へ行くのも違うし、石の台のために袋の使い方を急いで決めるのも違うからね」
彼女は頷き、少し笑った。昨日まで室内で試していたものを、今日は外へ持ち出してみたいと思えたらしい。試している途中で使いにくいと気づいたら、その時点で戻せばよい。二人でそんな話をしながら食堂へ入り、まずは温かい朝食を取ることにした。
卓上には香りのよいスープと、小さく切り分けたパンが並んでいた。窓の外の空は澄んでいるが、石壁に残る朝の冷えは昨日と変わらない。セリーは俺が席に着いたのを見てから向かいへ座り、今日のパンは昨日の残りを温めたものだと教えてくれた。
「昨日は袋のことを考える時間が長くなりましたので、今日は新しい料理を試さず、食べ慣れたものにいたしました。主様、もしお庭や南側通路へ行かれるのでしたら、帰ってきてから温かいものをいただけるよう、昼食も考えておきたいです」
「ありがとう。でも、予定が変わったらそのとき考えよう。今朝はまず、あの台を前と同じ場所から眺められるか確かめたい。遠回りしたり、何かを掘ったりするつもりはないから、そんなに時間はかからないかもしれないね」
セリーはパンをちぎりながら、今日持っていくものを指折り確かめた。絵を描くための紙、短い筆記具、以前の見取り図、それから薄い上着。彼女は新しい道具をたくさん用意したがるのではなく、現地で手が塞がらない程度に抑えたいと話す。俺も荷物を増やしすぎないことに賛成し、使うかもしれないものと、持っていけば安心というだけのものを分けて考えた。
食事の終わり頃、俺は一つだけ提案した。見取り図は以前描いたものをそのまま持っていくが、現地で見えたことを古い紙へ直接書き加えず、新しい紙へ別に描こうというものだ。同じ場所でも時間や光の角度によって見え方が違うなら、二枚を後から比べられた方がよい。
「主様、私もそのようにしたいです。以前の絵には、灰色の部分が一続きに見えたことも残されております。今朝、分かれて見えたとしても、以前そのように見えたことまで間違いとして消したくはございません」
「うん。前の絵は前のときに見えたものを残してるんだからね。今日は今日の見え方を記録しよう。俺たちの目で確認できないところを、線でつながないようにしたいな」
片づけを終えたあと、二人で外出の準備をした。セリーはポケットの結び目を確かめ、筆記具が滑り落ちないことを見てから袋を持つ。俺は自分の袋へ折った紙と筆記具を入れ、両手を使わなければならない場所では書くことを諦めるつもりでいた。何かを記録するために足元の確認を後回しにはしたくない。
塔の扉を開くと、冷たい空気が頬へ触れた。石畳は日差しを受けて明るく見えるが、塔の影になる部分には朝露らしい光が残っている。俺たちはいつもの歩き慣れた位置を選び、濡れているか分からない落ち葉を踏まないよう、庭へ続く道の端をゆっくり進んだ。
庭の花は、支えを外してから続いている少し横向きの姿勢で咲いていた。茎に残る色の違いも、離れて見える範囲では大きく変わっていないように感じられるが、今日は前回と違う時間の光が当たっている。セリーは花の形を短く描き、見えない箇所については書き込まず、南側通路の方へ目を向けた。
「主様。お花は今日もこのように見えますね。私はもう少し眺めていたい気持ちもございますが、石の台を見に行ってから、帰りにもう一度見てもよろしいでしょうか。日差しが変われば、違うところに気づくかもしれません」
「もちろん。ただ、帰りに同じ道を通れるかは現地の足元を見て決めよう。無理に戻らなくても、今日の花は今描けたからね」
セリーは頷いて記録板をしまった。俺たちは庭の鉢や、原因の分かっていない湿った場所へ近づかず、以前から使っている石畳だけを通って南側へ向かう。木々の間から差す日差しは細長く、歩くたびに地面へ落ちる枝の影が違う形に見えた。
石の台が見える通路へ差しかかったところで、俺は歩みを緩めた。以前より枝の間が明るくなったため、台の上面へ落ちる影は少ないように感じられる。一方、地面には風で寄せられた葉が新しく重なっている場所もあり、前に見えていた灰色の部分を、今朝も全部見渡せるとは限らなかった。
俺たちは以前立ったことのある平らな石畳の位置まで進み、足元と後ろへ戻る道を確かめた。台の縁には、前から気になっていた細い線が残っているように見える。日光を受けて明るい部分と、影になって暗い部分が分かれているが、その線が溝なのか、素材の境なのか、自然に生じたものなのかは、この距離では判断できない。
「ここからなら、前に見た位置と大きく変わらないはずだね。セリー、無理に描き始めず、まず二人でどこが見えているか確かめよう。前の絵をそのまま目の前へ当てはめないようにしたいんだ」
「はい。私は今、石の台の手前に見える灰色のところが、以前より少し広く見えるように感じます。でも、それが落ち葉の減ったためなのか、光のためなのか、まだ分かりません。主様にはどのように見えますか」
俺はすぐに答えず、足を動かさないまま地面へ目を向けた。台の手前、通路の石畳から少し離れた場所に、灰色に見える部分が二つある。以前一続きに見えた範囲の中ほどには落ち葉が重なっているが、右寄りの葉が少し薄くなったため、その奥に別の色の土か石のような面がのぞいていた。
「俺には、手前の灰色と右側の灰色の間に、色の違う細い部分があるようにも見える。でも、それが本当に境目なのか、上に乗ってる葉の影なのかは分からないな。今見えてる範囲だけ描いたら、二つの形は別々になると思う」
「私も、今の光ではそのように見えます。ただ、間の部分を何もない場所として描いてしまうのは違いますね。見えていないところは空けておいて、落ち葉が重なっていると記しておきます」
セリーがそう答えたとき、背後の木立から乾いた音が届いた。枝先を風が通り、数枚の葉が石畳の上を滑っていく。俺たちはその場で動かず、風が収まるのを待った。葉が石の台の手前まで届くと、重なっていた一枚がめくれ、灰色の面の端を一瞬だけ見せた。
そこには、俺が想像していたような真っ直ぐな境界線は現れなかった。明るい灰色の部分の端がわずかに曲がっているように見え、隣には茶色く暗い地面が続いている。だが、葉は完全には動いておらず、風で浮いた一瞬の見え方を、恒常的な形として描くのはためらわれた。
(今のは少し見えた。でも、見えたものを覚えておこうとするほど、頭の中で線をつないでしまいそうだな。ここで一度に正体まで知ろうとするのはやめよう)
俺は視線を戻し、セリーへ今の風で見えたところを話した。彼女も同じ動きに気づいていたが、俺の見えた位置とは少し違う場所へ目を向けていたらしい。二人の説明を照らし合わせても完全には一致しなかったので、どちらか一方へ揃えるのではなく、見え方が違ったことを記録することにした。
「主様。私には、右側の灰色の端が少し丸く見えました。でも主様は、手前側の境目をご覧になっていたのですね。私たちの立つ位置も違いますし、同じ葉が動いたときでも別のところへ目が向くのかもしれません」
「そうだね。見た場所と、そのとき何に注目してたかが違ったんだと思う。どっちかを正しいことにする前に、今見える形を別々に描いてみようか。俺はこの石の継ぎ目を目印に、さっきの位置のまま描くよ」
足元の石畳には、以前から見えている目地が通っていた。俺はそこへ新しい印をつけるのではなく、今立っている場所と目地の位置関係だけを紙へ描く。セリーは俺の少し後ろ、同じ石畳の幅の中で足場の安定したところに立ち、そこから見える灰色の部分を描くことにした。どちらも台へ近づく必要はなかった。
セリーは自分の布袋を身体の前へ持ってきてから、筆記具を取り出そうとした。昨日作った小さなポケットは内側で少し斜めになったが、紙に引っかからず、筆記具だけを抜くことができた。ただ、記録板を片手で支えながら袋の口を広げるのは思ったより難しかったようで、彼女は一度動きを止めて俺へ顔を向ける。
「主様。筆記具は前より取り出しやすくなりましたが、記録板と袋を同時に持つのは、まだ少し難しいようです。私、ここで袋を地面へ置くことはしたくありませんので、先に記録板をしまってから必要なものを取り出してもよろしいでしょうか」
「もちろん。慌てる必要はないよ。俺が板を預かる方法もあるけど、セリーが自分で順番を決めたいなら、それでもいい。持ち物を試すために両手を塞いだまま動くのだけは避けよう」
彼女は少し考えてから、いったん記録板を持ち直し、自分の布袋の中で筆記具と紙を揃える方法を選んだ。俺は横で自分の用意を終えていたが、彼女が動作を確かめるあいだは絵を描かずに待った。二人が互いに目を離して紙へ集中すると、足元で何が起きても気づきにくくなるかもしれない。だから、記録を始める前には周囲の様子を一度見直すことにした。
ほどなくセリーが準備を整えたので、俺も記録板へ目を落とした。台の位置、通路の石畳、灰色に見える二つの箇所、間に重なる葉。それぞれを無理に結ばず、見えた範囲だけ線にする。石の台の細い線については、今の位置から見えた部分だけを別に描き、灰色のところへ続いているような線は加えなかった。
描いているうちに、俺の紙の中の灰色の二か所は、思っていたより離れていることに気づいた。見取り図だけを眺めれば間には暗い地面があるように見えるが、現物では葉の重なりも多く、その下まで確認できていない。俺はそこへ薄く斜線を入れ、『落ち葉で一部不明』と添えた。
少し離れたところで描いていたセリーも、同じように空白を残していた。しかし、彼女の絵では右側の灰色の部分が俺のものより広く、台の縁との距離も短く見える。俺が違いに気づいて顔を上げると、セリーは先に自分の立ち位置を説明し、今の角度ではそう見えたのだと教えてくれた。
「主様。私の絵ではこちらの灰色が少し長くなっておりますが、主様のものと比べると違いますね。今、私は主様より後ろから見ておりますので、手前の葉と奥の灰色が重なっているのかもしれません。どちらかへ合わせる前に、それぞれの位置を残しておきたいです」
「うん、それが一番いい。俺の絵だって正しい寸法を測ったものじゃないからね。どっちもそれぞれの位置からの見取り図として残そう。後で室内に戻って比べれば、見えてなかったところが分かるかもしれない」
セリーは微笑み、自分の紙に立ち位置を書き添えた。以前からある石畳の目地を基準にしているので、地面へ新しい印をつけたり、台の周囲へ触れたりする必要はない。そこから見えた範囲を記録するだけでも、以前の曖昧な絵とは少し違うものが出来上がっていた。
しばらくすると、木立から風がもう一度吹いてきた。さっきより強く感じたので、俺は紙を押さえ、セリーへ足元を確かめるよう声をかけた。乾いた葉が滑っていく音に混じって、小枝が通路の端へ落ちる音も聞こえる。枝の位置は俺たちの歩く石畳から離れていたが、風が続くならここで細かな絵を描き続けるのは難しそうだった。
「セリー、いったん筆記具をしまおう。台は逃げないし、紙を押さえるために足元へ気を配れなくなるのは困るからね。今描けたところまでで十分だと思う」
「はい。私も、風が強くなる前に戻りたいです。ただ、今の絵を汚さずにしまうため、袋の口を一度閉じる時間をいただけますか。立ったまま急いで結ぶより、手元を確かめてから歩きたいです」
俺は頷き、彼女が記録板を持ち直すのを見守った。セリーはポケットへ筆記具を戻し、紙を折り曲げないよう袋の内側へ滑らせる。結び目は片側だけでも大きくずれず、昨日より使いやすくなったようだが、板まで一緒に納めるにはもう少し工夫が必要そうだった。そこは今ここで直さず、帰ってから考えることにした。
帰路を選ぶ前に、俺たちは石畳の上を見渡した。来るときに通ったところへ葉が少し増えているものの、歩く位置はまだ確認できる。俺が先へ進み、セリーは一歩ほど間隔を空けて続いた。風に追われるように急いで走ることはせず、一歩ごとに足元の状態を確かめながら塔へ戻る。
庭の花が見える場所を通りかかったとき、セリーは足を止めずに目だけを向けた。今は風が強く、鉢の様子を細かく描き直すには向いていない。彼女は帰ってから、通りすがりに見えたということだけを残すつもりだと話した。
「主様。私はお花をもう一度見たいと思っておりましたけれど、今は風が気になります。戻ってから落ち着いたときに、また見に行きたいか考えたいです。今日、南側で見たものを先に大切にしておきたいと思います」
「うん、そうしよう。今は室内で絵を広げる方がいいね。花は今朝の記録があるし、あとで見に行かなくても今日見たことがなくなるわけじゃないから」
塔の扉を閉めると、外の風の音が遠ざかった。廊下には朝と同じ石壁の冷たさが残っているが、風を受け続けていた頬には室内の空気が柔らかく感じられる。俺たちは上着を脱いで所定の場所へ掛け、道具をすぐにしまい込まず、まず何が濡れたり傷んだりしていないか確かめた。
セリーの布袋は、外側に細かな埃が少し付いていたものの、縫い目がほどけた様子はなかった。内側の小さなポケットも残っており、筆記具が紙の端を傷めた様子は見られない。ただ、記録板と一緒に持つと取り回しにくかったという感想は残るので、彼女は今日の日付とともに書き留めた。
「主様。私は、このポケットを作ってよかったと思います。でも、持ち物全部が使いやすくなったわけではございませんね。記録板を持って歩くときに困ったことは、袋の中のポケットとは別に考えてみたいです」
「それがいいと思う。袋自体を直し続ければ解決するとも限らないしね。今日は中身が取り出しやすかったってことだけでも、試した意味があったよ」
食堂で昼食を取る前に、俺たちは二枚の見取り図を作業机へ並べた。窓際は明るかったが、風に動かされる枝の影が紙の上を行き来している。俺は見やすい位置へ紙を移し、セリーが自分の絵をどこへ置きたいか尋ねた。並べ方によっては二つの図の縮尺が揃っているように見えてしまうため、最初から同じ図面へ重ねるつもりはなかった。
まず、俺の図にある石畳の目地と石の台の角を指さし、どこを目印に描いたか説明した。セリーも自分の図で対応する位置を示したが、彼女の立ち位置は俺より後ろだったため、手前の灰色の部分と奥の台との重なり方が違っていた。紙の上で台の形を同じ大きさへ合わせれば、灰色の部分の位置も揃うように感じられるが、それは見取り図の線をこちらの都合で動かすことになる。
「これ、重ねたら何か分かるかもと思ったけど、今のままだとむしろ間違えそうだね。正確な寸法を取ったわけじゃないし、二人の目の高さも違う。今日はそれぞれの位置からどう見えたかを、別々に残しておいた方がよさそうだ」
「はい。私も、主様の絵と同じ形に描き直したくなっておりました。でも、私が見た形を変えたら、どこから見た記録なのか分からなくなってしまいますね。違っているところを、そのまま残しておきたいです」
セリーはそう言いながら、俺の図を自分のものの横へ少し離して置いた。二人の図には共通するところもある。台の位置、周囲の石畳、灰色の見える箇所が少なくとも二つのまとまりとして描かれていること、そして間に落ち葉が残っていることだ。しかし共通しているからといって、実際の地面が完全に二つへ分かれていると証明されたわけではない。
俺は風で葉がめくれた瞬間のことを思い出し、短い文章で補足することにした。見えた灰色の端は曲がっていたように感じたが、葉が動いていたのはほんのわずかな時間で、しかも自分とセリーでは注目していた位置が違う。したがって、その曲がりを確かな輪郭として見取り図へ固定せず、『一時的にそう見えた』という観察として残す。
「セリー、俺はさっき、風で葉が動いたときに端が曲がって見えたことが気になってる。でも、あの形をそのまま描くと、ずっと見えていた輪郭みたいになるよね。文章だけ別に残してもいいかな」
「もちろんでございます。私も、右側の端が丸く見えたことを別に書きたいです。主様と私がどこを見ていたのか違うことも、あとから読んだときに分かるようにいたします」
二人で書き終えたあと、俺は以前の絵も取り出した。そこには灰色の帯のような線が一続きに描かれており、今朝のものよりも単純な形になっている。俺は前の自分が間違えたと決めるのではなく、そのときは葉の間から一続きに見えたのだと、描いた日の事情を思い返した。記録をした場所と光が違えば、現地の姿は同じでも絵の印象が変わる。
セリーは三枚の紙を見つめ、やがて自分から古い絵を手に取った。彼女の指先は紙の端を押さえただけで、描かれた線を消すことはしない。しばらく眺めてから、以前の自分がこれを描いたときも、分からないところを知りたいと真剣に考えていたのだと話した。
「主様。私、この絵を見ると、最初に灰色の部分を見つけたときのことを思い出します。あのときは一つにつながっているように見えて、それが何なのか知りたくなりました。今日は少し違う形に見えましたけれど、あのときの私は何も考えずに描いたわけではないのですものね」
「そうだね。俺だってあの日に見たものを、あの日の俺なりに残したんだと思う。今朝の絵が絶対に正しいとも言えないし、季節がもっと進んだらまた別の見え方になるかもしれない。だから、それぞれの絵がある方がいいと思うよ」
彼女は古い紙をそっと机へ戻し、もう一度新しい図へ目を向けた。二つの灰色の部分の間に、葉で隠された場所がある。そこを埋めたくなる気持ちは分かるが、今の俺たちが見られなかった場所として残すことにも意味があった。俺は、当面は以前の絵と今日の二枚を一緒に参照できるようにし、直接線をつないだり、石の台との関係を書き加えたりしないと決めた。
作業を区切ったとき、食堂の方から温かな香りが流れてきた。朝のうちにセリーが下ごしらえをしていた野菜を、帰ってから火にかけたものだ。俺たちは道具を片づけ、記録の上へ食器を置かないよう机の位置を整えてから、昼食を取りに行った。
窓の外では風が少し落ち着いていたが、枝から離れた葉はまだときどき舞っている。セリーは器を運びながら、今日は外へ行ってよかったと思う一方、途中で戻ることになったのは少し残念だったと話してくれた。俺は彼女に、まだ見たいと思うものがあったのか尋ねた。
「はい。私は、石の台の縁の線も、もう少し眺めてみたかったです。今朝は灰色のところを中心に描きましたので、細い線については以前の図ほど詳しくありません。でも、風のある場所で無理に描くことはしたくありませんでした」
「そうだったんだね。俺は灰色のところが気になって、線の方を後回しにしてた。次に行くことがあれば、どっちを見たいか先に話し合おうか。今日はセリーが線をもっと見たかったってことも、忘れずに覚えておきたい」
彼女は頷き、少し嬉しそうに笑った。二人で同じ場所を見ていても、注目するものは違っている。それを確認する時間がなければ、俺の関心だけで調査を進めてしまうかもしれなかった。彼女が自分の希望を口にしてくれたことで、次の外出で何を確かめたいのか、俺自身も改めて考えられる。
昼食を味わっているうち、俺は南側通路へ通じる道の先が今どうなっているのかより、塔の近くで冬を迎える準備も気になり始めた。落ち葉が減った森は遠くまで見通せるようになり、風が通る道も以前とは少し違うように感じる。かといって、風が強くなったことを塔の設備の異常と決めつける理由はない。今朝は普段どおり外へ出られ、足元が危険になる前に戻れたのだから、今日のところはそこで十分だった。
「セリー、午後は新しい道具を作るより、今あるものを片づけておこうか。今日は外で使った紙と袋を確認できたし、俺は前の見取り図を傷めずにしまいたい。セリーは何かしたいことがある?」
「私は、今日の石の台の絵をもう少し見てから、自分の袋について書きたいです。それから、主様がよろしければ、食堂の窓辺で少し休みたいと思います。風の音を聞きながら、あの場所で見えたものを思い返してみたいのです」
「いいね。俺もそばで本を読もうかな。もし絵のことを話したくなったら、遠慮なく声をかけてほしい」
食後の片づけを終えてから、俺たちは作業部屋で紙と道具を整理した。セリーは新しいポケットへ筆記具を戻したが、記録板は別に持ち上げる。今日使ってみて、袋の中身だけを整えても、板を持ち歩く手が一つ必要になることを実感したらしい。彼女はそのことを不便だったと書き留めながら、今すぐ袋へ板を固定する仕掛けを加えようとはしなかった。
「主様。私は、袋のポケットを作る前、もっと便利になれば何でも一度に持てると思っていたかもしれません。でも、今日は外で絵を描くとき、記録板をどのように支えるかも大切だと分かりました。袋を直したことが無駄だったわけではないのですね」
「もちろん。筆記具が紙に引っかからなくなったのは使いやすかったし、板のことはまた別に考えればいい。今日は無事に戻ってこられて、見えたことも残せたんだから、十分だと思うよ」
彼女は袋を持ち上げ、少し傾けて中身が動く様子を確かめた。結び目はまだ緩んでいないが、長く歩けばずれる可能性はある。だからといって、今日一度の外出で丈夫さが証明されたわけではない。セリーはそのことも含めて、自分の道具の記録へ書き加えた。
整理を終えると、窓からの光は午後の柔らかな色へ変わっていた。食堂へ移る前に、俺は見取り図をもう一度見返す。古い絵と新しい二枚では、灰色の部分の形が少しずつ違う。どれが正しい地図なのか決めるには情報が足りないが、違っていること自体は、次に何を確かめたいかを考える材料になる。
(あの場所で見えたことを全部つなげて、一つの答えにしたくなる。でも今は、違う形に見えた理由まで知らない。前の絵を消さずに残しておく方が、きっと後で助かるはずだ)
食堂の窓辺には、昨日置いた椅子が少し壁側へ寄せられたままになっていた。二人が通る道を妨げないことを確かめ、セリーはその椅子へ腰を下ろす。俺は近くの席で本を開き、彼女が自分の紙を広げるのを待たずに読み始めた。窓の外を渡る風はまだ時折強くなったが、室内では落ち着いて過ごせる。
しばらくすると、セリーが静かに声をかけてきた。俺が本から顔を上げると、彼女は今日の二枚の見取り図を持っていた。南側通路へ行ったとき、俺は台の線を見たい気持ちを彼女が持っていることにすぐ気づかなかった。だから、次に外へ出る前には、互いに見たいものを先に話しておきたいのだという。
「主様。私は今日、主様が灰色の部分をご覧になっているのを見て、私もそこを描こうと思いました。もちろん私も気になっておりましたから、嫌だったわけではございません。でも、石の台の細い線についても、自分から先にお伝えすればよかったと思いました」
「聞かせてくれてありがとう。俺もあの灰色ばかり見てたから、セリーが線を気にしてたことに気づかなかったんだ。今度は行く前に相談して、それぞれ何を見たいか決めようか。同じ場所へ行っても、同じところばかり見なくていいんだからね」
セリーはほっとしたように微笑んだ。俺たちは石の台の細い線と手前の灰色の場所が関係していると決めつけるつもりはない。それでも、二つの疑問が同じ現地にある以上、次に見る順番を考えることはできる。彼女が自分の関心を隠さず伝えてくれるようになったことが、俺には新しい見取り図よりも嬉しかった。
窓辺で過ごすあいだ、セリーは自分の布袋を膝へ置き、持ち手の結び目を指先で軽く確かめた。今日は外で何度か出し入れしても、作ったポケットが外れることはなかった。ただ、絵を描くときに板を扱いにくかった経験を忘れないため、あとで紙に書くことにしたらしい。
「主様。昨日は袋の形を残したまま、少し使いやすくできたことが嬉しかったです。今日は外で使ってみて、まだ考えたいところがあると分かりました。でも私は、それが嫌ではないのです。使い続けるからこそ、次に何を直したいか見えてくるのでしょうね」
「そうだね。ブラートの箱も、長く使ってきたから気に入ってるところが増えたのかもしれない。俺も自分の袋を使ってみて、もし困ることがあったら相談するよ。今日みたいに外へ持っていくなら、俺の方も紙のしまい方を考えたいな」
彼女は頷き、しばらく二人で窓の外を眺めた。遠くの森には葉を落とした枝が増え、石畳の上へはまた少し新しい落ち葉が積もっている。今日調べた南側通路のことを、ここから直接確かめることはできない。それでも、季節が進むたび見え方が変わる場所が塔の周囲にあると分かったことは、今の俺たちにとって小さな楽しみでもあった。
夕方になると、風の音は朝より少し落ち着いていた。俺たちは食堂の机を元の使いやすい位置へ整え、夕食の準備を始める。セリーは今日、少し温かい料理を多めに用意したいと話し、俺は野菜を切り分ける手伝いを頼まれた。外で冷えた身体はすでに落ち着いていたが、鍋から立ち上る湯気を見ると、自然と安心するような気持ちになる。
料理を仕上げるあいだ、セリーは南側通路で風が強くなったときのことを話した。あの場で絵を描き続けたい気持ちはあったものの、紙を押さえるために手元へ集中すると、足元や周囲を見落としてしまうかもしれないと感じたのだという。戻ると決めたあとも未練は残ったが、帰ってきて見取り図を広げられたことには満足しているらしい。
「主様。私は、見たいものがまだある状態で帰ることも、少しずつ受け入れられるようになりました。今日は石の台の線を詳しく描けませんでしたけれど、帰ってから何を見たいのかお伝えできました。次に行く機会があれば、その気持ちも大切にしたいです」
「うん。俺もそうしたい。今日の図を見ても、分からないところは残ってるしね。でも、以前のものと比べてどう違うか考えられたのはよかった。次は台の線についても、見える位置から確かめたいな」
セリーは鍋の中を確かめながら頷いた。自分の希望を話せば、俺がその場で全部叶えられるわけではない。それでも、言葉にしたことを受け止めてもらえるだけで、次に何を選ぶか考えやすくなるのだろう。俺も、彼女が何を気にしていたのか知れたおかげで、調査の続きを考える視野が少し広がったように感じていた。
夕食を運ぶ頃には外が暗くなり始め、窓には室内の灯りが淡く映っていた。二人で卓を囲み、温かな料理を味わいながら、今日見たものを一つずつ思い返す。石の台の正体はまだ分からず、灰色の部分が二つ以上に分かれているかどうかも、葉で隠されたところがある以上、断定はできない。それでも、二人の違う位置からの絵が残ったことには確かな意味があった。
セリーは食後、今日の見取り図を一緒に保管したいと話した。古い絵の横へ新しい二枚を置けば、後で見比べやすい。ただし紙を直接重ねて線を写したり、古い図の形を新しい図へ合わせたりはしない。俺たちはそれぞれの描いた位置と光の状態が分かるようにしてから、記録を同じ束に収めた。
「主様。私は、三枚の絵が違っていることを、今は悪いことだと思いません。以前見えたものと今日見えたものを、どちらも残しておけますものね。もし次にまた違う形に見えても、そのときは新しい紙に描いてみたいです」
「俺もだよ。いつか正体が分かる日が来たとしても、そこまでにどう見えてたかを知ることは無駄じゃないと思う。でも、正体を知るためだけに危ない場所へ進むつもりはないからね」
彼女は静かに頷き、束ねた紙を棚へ戻した。調査を終えたあとの部屋には、窓の外を渡る風の音だけが届いている。俺は机の端を軽く整えてから、セリーと一緒に灯りのある廊下へ出た。
休む前にいつもの窓辺へ並ぶと、セリーは少しだけ俺へ近づき、手を差し出してくれた。俺はその手を取り、暗い森の方へ視線を向ける。葉の少ない枝は夜空を細く区切り、昼間に見えていた地面の色は、今はもう分からない。
「主様。今日は、私の描いた絵が主様のものと違うことを、最初は少し気にいたしました。でも、主様がそれぞれの見え方を残そうとおっしゃってくださって、嬉しかったです。私が見たものを、そのままお話ししてよいのですね」
「もちろん。俺とセリーでは立つ場所も、目が向くところも違うんだからね。違う絵ができるのは不思議じゃないし、それを比べられることが嬉しいんだ。俺一人なら見落としてたことも、セリーが教えてくれるから」
セリーは頬を少し染め、つないだ手へ柔らかく力を込めた。俺も握り返しながら、彼女が自分の意見を言うことに遠慮しなくなっているのが嬉しかった。今の俺たちは、二人で同じ答えを出すために一緒にいるわけではない。見たものが違ったとき、その違いを確かめながら話せることが、何より大切なのだと思った。
しばらくして休む時間になり、セリーは自分の布袋を持ち直した。今日一日使った小さなポケットは、まだ袋の内側に残っている。彼女は明日も必要なときに使ってみたいと話し、俺はまた困ったことがあったら相談してほしいと答えた。
自室へ戻ると、机の上には自分の布袋が置かれていた。外で使った紙を取り出してみると、少し折り目は増えていたものの、文字や絵が傷んだ様子はない。俺はそれを確認してから袋を畳み、今日の記録が入った棚を思い浮かべた。
(石の台の線も、灰色の地面も、まだ何なのか分からない。でも今日は、あの場所でセリーが何を見たいと思っていたかも知れた。次に行くときは、その気持ちを先に聞こう)
窓の外で葉が擦れる音が聞こえた。南側通路の落ち葉も、今頃また違うところへ動いているかもしれない。今日見えた二つの灰色の部分が、明日も同じ形に見えるとは限らないが、それを確かめるために急ぐ必要はなかった。
俺は灯りを落とし、昼間の石畳に立っていたセリーの横顔を思い返した。風が吹いたとき、彼女はまだ見たいものがあると感じながらも、自分で道具をしまって戻ることを選んだ。そのあと室内で落ち着いて絵を比べ、次に見たいものを伝えてくれたことが、今は何より嬉しかった。古の塔に秋の夜が深まる中、俺はゆっくりと目を閉じた。




